「……あいつ、やりやがった」

三村は悔しそうに唇を噛んだ。
まただ、また一人クラスメイトが減った。
聡美とはるかが抱き合って声を殺して泣いている。
無理もない、いつも一緒にいた仲良しグループだったから。
しかし三村には典子の死を悼んでいる暇などなかった。
冷たいようだが今は死んだ人間より、これからもの事を考えなければならない。


何人だ?後何人残っているんだ?




キツネ狩り―76―




「……う…うう…秋也……オレ……」

七原は国信をただ抱き締めた。それしかできない。
そう、陳腐な慰めの言葉一つ思い浮かばない。
たとえ思い浮かんだとしても言えないだろう。
それは杉村も同じだった。
自分と貴子は助かったが全員が助かる保証はない、その現実を突きつけられ言葉を失った。
新井田は、と言うと特に心が痛む事もなかった。
何しろ自分は、この件にはからんでいない。
そう、中川に運がなかった。新井田にはそれだけだった。
だが、恐怖だけはある。佐伯徹の冷酷さは想像以上だ。
とてもじゃないが、あんな冷酷な相手に太刀打ちなどできない。
その証拠に顔が引き攣っている。

哀しみに打ちひしがれる国信、どうしていいのかわからない七原と杉村、恐怖しか感じていない新井田。
だが他の3人は違った。




まず月岡は思った。

(あの声、ああ確かあの可愛らしい美少年の声よね。
全く、顔に似合わず残酷なことやってくれるじゃないの。
あきれて物が言えないわ。それにしても……桐山くん、E地区に来てるのかしら?)


そして光子も思った。

(何言ったのかさっぱりわからないけど、桐山くんに挑戦状を叩き付けたことは間違いなさそうね。
まさか美恵 が関係してるんじゃないわよね)


貴子もだ。

(あいつ……桐山とサシで勝負する気なのかしら?
桐山が挑発に乗ると確信できるくらいのエサを持っているってことよね。
宣戦布告するからには余程自信があるはずだわ。一体何を企んでるのよ?)




この3人は冷静だった。
もちろん、先ほどの銃声から中川典子がどうなったのかは理解できる。
しかし冷静に考えた。
正直言ってゾッとしたし微かに震えさえ感じるが、だからこそ今自分がしっかりしなければならないと思ったのだ。
この男たちに代わって自分がしっかりしなければ。
そう、いざとなったら男より女の方が精神力は上(もちろん月岡も、そう自覚している)なのだ。














「……美恵。もうすぐ、あいつが来るよ。嬉しいかい? 」

佐伯は 美恵の頬に手を添えると、その額にキスをした。


「……あなた」
「……目が覚めたのか」
「……あなた…今何て言ったの?」
「君の王子様が来るんだよ」
「……桐山くんが…!」

上半身だけ起こし、美恵 は再度、佐伯に問い掛けた。

「本当なの?」
「ああ、そうだよ」


桐山くんが?


佐伯は着ていた上着を脱いだ。
美恵 に掛けてやった学ランは、あの家と共に焼失したので、近くの店から適当に失敬したものだ。
何しろ、春とはいえ五月の夜(しかも、先ほどまで雨が降っていたのだ)はとても寒い。
そして、脱いだ上着を美恵 に掛けてやった。


「寒いだろ。その格好だと風邪をひく」
誰のせいでブラウスが引き裂かれているのよ、美恵 は、そう言ってやりたかったが、今はそんなことどうでもいい。
そう、桐山がここに来るのだ。今は、そんな事問題ではない。
「随分嬉しそうだね」
「……嬉しいわけないじゃない。桐山くんが危ないのに」
「……浮気者」
佐伯が立ち上がった。瞬間、美恵 の心に恐怖が押し寄せた。


あの夢!!桐山が……死んでしまう、あの夢!!


「待って!!」
美恵 必死の形相で、佐伯の前にでた。
「あなた、桐山くんをどうするつもりなの?」
「決ってるだろ?それともこう言えばいいのかな」
佐伯は意地悪そうに笑った。
「まず、銃弾で彼の手足を撃ち抜き自由を奪う。次は腹部だ。彼の血液は何色かな?
最後は心臓と頭だね。止めは確実に刺す、それが鉄則なんだ」
美恵 は顔をしかめた。




「満足かい?」
「……やめて。お願い桐山くんを殺さないで!!」
佐伯の胸に縋り付いて頼んだ。もう見苦しいなんて言ってられない。
「お願い!!私、何でもするから、あなたの言うことなら何でも!!」
「……………」


「だからお願い桐山くんを殺さないで!!」


「……あいつの為ならどんなこともする…か。大した惚れ込みようだな」
その低い響きに美恵 はビクッとなった。
佐伯はおそらく今恐ろしい表情をしているだろう。
あの時、そう自分を力ずくで奪おうとした、あの時のように。
美恵 は怯えながらも顔をあげた。
しかし――それは違った。




「……あなた……?」

一瞬、ほんの一瞬だったが……とても寂しそうな表情だった。




「君には、しばらくこの地下室にいてもらうよ。もちろん鍵も掛けさせてもらう」
そこで美恵 は改めて周囲を見た。地下室、一見してわかる。
窓が全くなく部屋の隅には水道管らしきパイプが剥き出しの状態だ。
部屋の半分以上は物置に使われているらしく、大小色々なものが無造作に積み重なっている。
明かりと言えば、天井につけられた電球が一つだけだ。
「それじゃあイイ子にしててもらうよ」
佐伯がドアを開けた。
「待って!!」


「………ッ!」

美恵 は一瞬言葉を失った。


「……美恵 」


抱き締められていた。今まで何度もあったが、今までとのそれとは全く違う。

無理やり力ずくで縛り付けるような、あの抱き方とは……。

ただ、相手の温もりを感じていたい、そんな深く優しい抱き方だった……。




「……あなた?……どうしたの…?」


今までの佐伯とはまるで違った


「……何か…あったの……?」


佐伯は答えなかった。 ただ無言のまま美恵 を抱き締めた




「……すぐに戻るから大人しく待ってろ」
それだけ言うと、佐伯は出て行った。
「……………」
美恵 は何も言えずに、その場に立ち尽くした。


――そしてこれが、美恵 が佐伯徹を見た最後の瞬間だった。














「どうだ?他に何かわかったのか?」
もちろん、その何かとは佐伯の弱味に他ならない。
『それが……何しろ将軍相手ですから』
「……この役立たずめ!!」
犯罪を犯しているということなどどうでもいい。
とにかく、あの生意気な佐伯徹を蹴落としてやりたい。
その為なら何だってしてやる。立花はそれほど佐伯を憎んでいた。


『……あの一応ご命令どおり他の通信記録も調べたのですが』
「何かわかったのか?」
『他に外部と連絡をとった者は三名いました。坂持担当教官と周藤……』
「晶が!?それを早く言え、この役立たず!!」
もしかして周藤の弱味を握れるかもしれない。
立花のテンションは、これ以上ないくらい盛り上がった。
まさに棚からぼた餅だ。
しかし通信記録は他愛もないものだった。
そう周藤とその上官・鬼龍院の単なる世間話だ。
坂持はさらに下らない内容だ。周藤の態度についてのチクリなのだから。


「……くだらない調査しやがって」
『……で、でも……他の奴の通信記録も調べろと言ったのは立花さんじゃないですか』
「……おまえ。もしかして僕に口答えしてるのかい?」
『…そ、そんな…!!滅相もない!!』
「で、最後の一人は?」
『鳴海雅信です』














その集落には小さな公園があった。
公園というには似つかわしい程小さなスペース。
滑り台とブランコ、砂場。そしてベンチがあるだけだ。
そのベンチに座って佐伯は待っていた。
腕時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。

チッチッチッ……


「……そろそろ来る頃だな」


……美恵


「……さて、どんな殺し方をしてやろうか」


……美恵


……チッ。時計が告げていた。
舞台の上演時間を。

「……時間だ」




……美恵 。今度おまえに会うときは――。
――桐山の息の根を止めた時だ。




【B組:残り22人】
【敵:残り4人】




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