桐山は焦っていた。連れ去ったということは最悪でも、まだ殺されてはいないだろう。
だが、それも時間の問題だ。
まして佐伯徹は美恵
に恨みを抱いているのだ。
桐山は必死だった。とにかく片っ端から探すしかない。
あいつの佐伯徹の居場所を。
いや――美恵
を。
その時だった――『聞こえているかな桐山くん?』と、声がしたのは。
キツネ狩り―75―
「七原くん、今の声!!」
「見てくれ、杉村と千草だ」
「ま、まあ杉村くん。何なの、そのぐったりした様子は?おまけにびしょ濡れじゃない」
それはそうだろう。何しろ川を流されていたのだから。
「おまけに貴子ちゃんまで。まさか水中プレイでもしてたの?」
「……月岡、冗談は顔だけにしろよな」
光子と国信も走ってきた。おまけに、もう一人いる。
貴子の眼光が赤く色付いた。
「何なの2人ともびしょ濡れじゃない。まさか、あんたたち川の中で卑猥なことしてたんじゃないでしょうね」
「……相馬、おまえ月岡と同じこと言うなよ」
「よかった。杉村、それに千草さんも無事だったんだね」
正確に言えば無傷というわけではないが、とにかく無事だ。それは間違いない。
しかし貴子の耳には、月岡たちの言葉は聞こえなかった。
それほど凄まじい怒りが湧き上がっていたのだ。
「……よ、よお千草。無事だったんだな」
新井田は貴子と目を合わせないようにしていた。
それでも貴子の眼光は凄まじいくらいだ。
「とにかく杉村を安全な場所まで運ぼう」
七原は杉村の右腕をとると自分の肩にかけた。
「新井田、悪いけど、おまえは左側かかえてくれないか」
「あ、ああ、わかったよ」
新井田が杉村に近づこうとした時だった。
「弘樹に近づくんじゃないわよ!!」
貴子が飛びついていた。その勢いで背中から地面に倒れる新井田。
「あんた、どこに行ってたのよ!!」
貴子は新井田の胸部に馬乗りすると同時に、新井田の襟を両手で持ち上げ、これ以上ないくらい激しく揺さ振った。
「弘樹が殺されるかもしれないって時にどこに行ってたのよ!!」
「……ま、待ってくれ千草!!落ち着けよ。は…話せばわかる、話せば……!」
「この卑怯者!!」
貴子の鉄拳が新井田の頬に喰らい込んだ。
「ギャーッ!!」
「転校生に殺されるまでもないわ。あたしが殺してやる!!」
ガンッ!!ボコッ!!ボガァッン!!
「ウゲェェッ!!ヒデブッッ!!アベシッ!!」
貴子の両拳が交互に繰り出されるたびに、新井田の頭部から鈍い音が何度も何度も響いた。
おまけに、その度に新井田の頭が地面にバウンドしている。
「ひ、ひぃぃー!た、助けてくれ!!こ、殺されるー!!
お、おまえらぁ何ボサッと見てるんだぁー!!は、早く助けてくれぇぇー!!」
貴子の凄まじい勢いに思わず呆気に取られていた七原たちだったが、思わず我にかえると急いで貴子に羽交い絞めをかけた。
「お、落ち着けよ千草!!何があったかしらないけど新井田が死ぬぞ!」
「止めないでよ!それとも七原、あんたも殺されたいの?!」
「何があったんだよ!?」
「こいつは弘樹を見殺しにしようとしたのよ!自分一人だけ助かろうとしてね!!」
「……ち、違うんだ!!」
新井田は必死に言い訳した。そう言い訳は得意だった。
「す、杉村が言ったじゃないか!『逃げろッ』って。だ、だからオレは逃げたんだよ!!
オレはただ杉村の意志を尊重しただけなんだ!!」
「見苦しい言い訳するんじゃないわよ!!」
そのままだったら間違いなく新井田は貴子に殴り殺されていただろう。
「……や、やめろ…貴子……!」
と背後から声がしなければ。
「……弘樹」
杉村だ。この騒ぎで、さすがに意識を取り戻したらしい。
「……いいんだ。新井田の言うとおりオレは逃げろと言ったんだ」
「……そ、そういうことなんだよ。オ、オレも……戻ったら転校生がいて……。
一緒に戦おうと思ったんだぜ。でも杉村が逃げろって言っただろ?
だから、あいつを食い止めてる杉村の行為を無駄にしない為に逃げた方がいいと思って……」
「……やっぱり殺してやる」
「やめろ貴子!!……もういいんだよ。それに……おまえの、そんな姿は見たくないんだ」
「……弘樹」
その時だった――『聞こえているかな桐山くん?』と、声がしたのは。
「あ、あの声……真弓を殺した」
「……間違いない…あいつだ。佐伯徹だ」
佐伯の声はD地区近くにいた三村達にも聞こえていた。
『君に話があるんだ……』
佐伯は話を続けた。だが、次に佐伯が発した言葉は聞いたことがないような言葉だった。
『ーーーー』
「……え?何今の……英語?」
「違うわ……英語じゃない。三村くん、わかる?」
「……さっぱりだ。クソッ……あいつ…!」
それはE地区との境界線まで来ていた転校生たちにも聞こえた。
「……何を言ってるんだ?天瀬
美恵は関係してるのか……?
」
まさか、わざとオレのわからない言葉で……佐伯徹、何を考えているんだ?
鳴海の苛立ちはさらに高まっていった。
「……まいったな。スペイン語は苦手なんだ。おまけに、なんだ、あの早口は」
……やはり、もう少し外国語を勉強しておくんだったな。
オレはたかが五カ国語程度しかわからないかな。
周藤晶は残念そうに声がする方向を見詰めた。
(……『君、語学は得意だっただろう?何しろ八ヶ国語ペラペラだからね。
だから、特別に君にだけ素敵な情報を教えて上げるよ。
今から、きっちり30分後、東の集落に来い。そうすれば天瀬美恵の居所を教えてやる。
ただし時間厳守だ。早くきても遅くきても、その時は契約違反と見なし、二度と彼女には会えなくなる』……か。
佐伯徹、人質をとっているようだな)
高尾晃司、この男にはわかったようだ。
そして勿論、もう一人理解した者がいる。
そう、桐山和雄だ。
『ーーーー』
佐伯の放送は、まだ続いていた。他の者にはわからないが、その内容は恐ろしいものだった。
(……『君が約束を破った場合、彼女がどうなるかサンプルで教えてあげるよ』……か)
……サンプル?
だが、とにかく美恵
は無事だ。今のところは。
桐山にとって、それは嬉しい情報だった。
『キャー!!』
その声は勿論佐伯ではない。美恵 でもない。
「……た、たす……け…」
女のこめかみに銃口が突きつけられていた。
「名前を言うんだ。最後の自己紹介って奴だよ」
「……お願い…お願いよ……!!」
佐伯が、さも不快な表情をした。 グリッと銃口をさらに押し付ける。
「名前を言えと言ってるんだ!!」
「……の、典子!!中川…典子ー……!!」
恐れおののいている顔こそわからないが、その恐怖で震えた叫びはマイクを通し確実にE地区全体に響き渡った。
「……典子さん!」
国信が走り出そうとしていた。そう七原が後ろから抱きつくように制止しなければ。
「は、放せ!!放せよ秋也!!」
「落ち着けよ!!」
「落ち着いてなんかいられるか!助けに行かないと殺される!!
典子さんが殺されるんだ!!」
「どこに助けに行くっていうんだよ!!」
そうだ、感情ではどうにもならない。それは国信もわかっていた。
そして例え場所がわかっていたとしても到底間に合わないという事も。
『桐山くん、さっきオレが言ったこと君なら理解できただろ?』
桐山は静かに佐伯の言葉を聞いていた。
『オレのいいつけを守らなかったら……君なら理解してくれると信じてるよ』
桐山はジッと見詰めた。声のする方向を。
まるで何も無かったのかのように表情一つ変えては無いが。
『……死にたくない…!……死にたくない!!
……あたし……あたし……死にたくない……!!』
桐山は地図を広げた。東の集落で放送設備がある場所。
(……いや、必ず移動される)
天瀬 はどこにいる?奴の傍か、それとも他の場所か?
「さてと、そろそろクライマックスといくか」
「……ん」
「……!」
起きたのか?それは違った。 しかし、佐伯は美恵
の傍にスッと屈んだ。
「……や……いや……」
(うなされているのか?)
オレが乱暴したからか?
「……美恵
」
その佐伯の様子を背後から見ていた。中川典子が。
(……今なら)
先ほどまであったのは死への恐怖だけだった。しかし今は違う。
生への執着、そして……その為にはやるしかない。
そばにあったブロンズ像を手にした。佐伯はまだ美恵
に夢中だ、振り向こうともしない。
(……やる…しかない……)
典子は平均クラスの女の子だ。バカでもない代わりに特別優れてもいない。
特に身体能力にいたっては同じ中川姓で少々太っているがテニスで鍛えている中川有香の方が優れているくらいだ。
しかし、そんな典子が平均以上のものが一つだけあった。それは腕力だ。
一年生の頃、自分より体格が大きい男子生徒を片腕で引き上げてやり少々驚かれたこともある。
典子はソッと立ち上がった。ズキッと足に痛みが走ったが、歩くことはできる。
殺人という行為。額から汗が流れ、手が震える。
だが……やらなければ殺される!そう思った瞬間震えは止まった。
典子はゆっくりとブロンズ像を持ち上げた。
そして……一気に振り下ろした!!
佐伯の頭部目掛けて!!
佐伯は振り向きもせずに、スッと銃を持った腕だけ後ろに伸ばした。
(……え?)
ズギューンッ!!
「……典子さん?」
七原の手が震えた。
友達というほどではないが、よく作詞のアドバイスをしてもらい、比較的仲のいいクラスメイトだった。
いや何よりも親友――国信――にとって大切なひとだった。
「うわぁぁー!!典子さんー!!」
「慶時!!!」
「……秋也!!典子さんが……典子さんがー!!」
七原はグッと抱き締めた。泣き叫ぶ国信を。
ブロンズ像を手にしたまま典子はゆっくりと後ろに倒れた。
目は見開いたまま。
額から一直線に穴があいた後頭部、そこから背後の壁一面に飛び散った赤い物体……。
数秒後、ドサッと音がして大の字で仰向けになった典子の頭から血液が円状に流れ出した。
佐伯は美恵
を大切そうに抱き上げると、その遺体には目もくれずに部屋を後にした。
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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