『そう、だったらなってみなさいよ』
「……クッ」
杉村は脇に貴子を抱えながら岸にあがった。
転校生は、周藤晶の姿はない。
助かったのか?
岸に上がり数メートル歩くと緊張が解けたのか、それとも体力を使い果たしたのか、杉村はその場にうつ伏せになって倒れこんだ。
キツネ狩り―74―
「……………」
すでに灰となった家。雨にうたれたとは思えないくらいに熱い。
何があったんだ?
いや、その疑問は正確にはこうだ。
天瀬が関係してるのか?――だ。
それが1番重要な事だった。
まだ火がくすぶる、その家に桐山は足を踏み入れた。
確認しておきたいことがある。
どうしても必要なことだ。
美恵と関わりがあったかどうか。
「……爆薬…?」
……の痕跡がある。どうやら転校生がここにいたらしい。
それにしても何があったのだろうか?
家一軒炭クズにするほどの爆薬を集めておきながら、むざむざ火事を引き起こしただけだとすれば、よほど間抜けな奴だ。
いや……桐山は考え直した。
そんなバカであってくれれば戦うことは容易いが、それはあまりにも楽観的希望的な考え方だろう。
相手は軍の中でもエリート中のエリート。決して過小評価してはならない相手。
菊地直人がそうであったように。
桐山は、とにかく他を探すことにし森の方に歩を進めた。
しばらく歩いた時だった。一瞬、心臓が凍りついた。
月明かりに倒れている人間――それもセーラー服を着た――が浮んだからだ。
瞬間、我を忘れて走り出した。
が、違った。
美恵じゃない。北野雪子(の遺体)だ。
(……違った)
美恵はどこに行ったんだ?
「……………」
佐伯はジッと美恵の顔を見つめていた。そっと頬に手を添えて。
美恵はというと、長椅子に寝かされている。
(……美恵)
『認めるわ』
あの言葉が何度も脳裏をよぎる。
「……桐山くん」
まただ、また美恵の口から、あいつの名を。
「お、お願い!殺さないで!!」
背後から嗚咽交じりの叫びが聞こえた。
静かに、ただ美恵の顔を見詰めていた佐伯の表情に不快感が色濃く表れる。
「……お、お願いッお願いよ!!あたしが死んだら……両親が……!!
それに弟だって、あたしに懐いて……!
だ、だって……!!美恵は殺さないんでしょ?
お願いだから、こんなことやめて、お願いよ!!」
「……うるさい」
底冷えするような低い声。
教室で聞いたときは、繊細で優しげな声だったのに、まるで違う。
「そんなに殺されたいのか?」
女はフルフルと首を横にふった。
「だったら黙ってろ」
女は、ゆっくりと頷くと恐怖で固まり動かなくなってしまった。
(どうしよう……殺されるッ!殺される!
お父さん助けて、お母さん助けて……!!
誰か、誰か…!! ………秋也くん!!)
桐山を殺したら、おまえは一生オレを恨むだろうな
佐伯は美恵を見詰めながら、ふと思った。
オレを憎んで一生赦しはしないだろう
左手に目をやった。美恵が手当してくれたものだ。
一度、心を閉ざしたら二度と開かない、そういう女だ
例え強引に手に入れても――だ。
もういい、それもいいだろう
佐伯は苦笑した。あいつが生き続けるより、ずっとマシだ
元々、オレは罵られようが忌み嫌われようが、そんなこと知ったことじゃない
桐山を殺したら、おそらく美恵は自分も殺せと言うだろう、だが――
殺しはしない。絶対に
一生かけてオレに服従させてやる
佐伯はチラッと腕時計に目をやった。
1時43分……正確にいうと、さらに20秒をまわっている。
急いだ方がいい。桐山を殺る前に24時間ルールが終る。
今、佐伯は集落の外れにある建物の放送室にいた。
この島の公民館らしく、二階には放送室もある。
佐伯はマイクのスイッチをオンにした。
「……弘樹?」
貴子は目を開けた。
どこなのかはわからないが杉村が自分を抱え川から上がってくれたことだけは理解できる。
「しっかりするのよ弘樹」
貴子は杉村の腕を肩にかけると立ち上がった。
一歩、二歩と歩く。しかし数メートルで足元のドロにすべり杉村もろとも倒れこんだ。
しかし再度立ち上がる。杉村は自分よりも、ずっと疲労しているはずだ。
今は自分がしっかりしなければ。
「……クッ」
弘樹……死ぬんじゃないわよ。
生きて……生きて帰るのよ。美恵と一緒に……。
……ギクッ!!一瞬、貴子の瞳が拡大した。
月明かりに照らされ確かに見えたのだ。一瞬だが学生服が。
(こんな時に!!)
何もない。杉村が武器として使ったモップも、アイスピックも。
あるのはポケットの中に入っている探知機(防水加工あり)だけだ。
貴子は少し屈むと、拳大の石を拾い上げた。
(……冗談じゃないわ。簡単にやられてたまるものですか)
『起きろ』
意識の彼方から声が聞こえる。随分と綺麗な声だな。
『聞こえないのか?』
そう言えば、ここはどこだろう?オレ何してるんだろう?
そうだ確か修学旅行に来てたはずだ。
アレ?でも確か途中で……。
パンッ!
それほど痛くはなかったが、右頬に小気味いい音が響いた。
とたんに目が覚めた。同時に……思い出した!!
水!!水が……転校生がいるんだ!!
殺される!殺される!!殺されるー!!
「うわぁぁー!し、知らない本当に知らないよぉぉー!!」
目覚めると同時に叫んだ。
「何を言っているんだ?」
「え?」
目の前にいる男(気絶した自分に平手打ちをしたが、そんな事は些細な事だ)を見上げて滝口はしばし呆然とした。
混乱したこともあって、一瞬誰だかわからなかったが転校生ではない。
あの佐伯という恐怖の男同様、整った顔立ち、そして冷めた瞳をしているが別人だ。
「聞きたいことがある」
その声。あまり聞いたことはないが、その澄んではいるが威厳のある声、一度聞いたら忘れるはずはない。
思わず、もう一度、今度はじっくりと男の顔をみた。
前髪が下りているせいもあってか最初はわからなかった(随分とイメージが違う)
「き、桐山さん!!」
思わず辺りを見渡した。いない、転校生はどこにもいない。
しかし油断などできない。現に自分は殺されかけた。
「おまえは転校生に会ったんだな」
「そ、そうだよ!!大変だ桐山さん、あ、あいつ近くにまだいるかも!!」
「聞いてくれるかな?」
今だショック状態の滝口に桐山は静かに切り出した。
「オレは天瀬を探しに来たんだ。会わなかったか?」
「天瀬……さん?」
その瞬間、興奮状態だった滝口の心が正気に戻った。
「た、大変だよ桐山さん!!天瀬さん……!天瀬さんが危ない!!
い、今、隣の家にいるけど……」
「隣の家は、もう探した。いなかった」
「そんな……!!」
その様子から滝口は今の美恵の居所は知らない、そうはっきりわかった。
だが、一つだけわかった。転校生は(佐伯徹、美恵に恨みを持っているはずだ)美恵を連れ去った。
最悪の事態だ。 桐山は立ち上がり走り出していた。
「……え?桐山さん……?」
呆然とする滝口をそのままにして。
(弘樹……あんたは、あたしが守るわ。だから死ぬんじゃないわよ)
貴子はキッと相手を睨みつけた。顔は……逆光で見えない。
「そこで止まりなさいよ!!一歩でも近づいたら容赦しないわよ!!」
「……千草?千草なのか?」
その声に貴子はハッとした。
「その声は……」
「オレだよ、七原だよ!!」
「七原?」
「そうだよ、おまえたちもE地区に来てたんだな。オレたちも、さっき来た所なんだ」
「……E地区なの、ここは?」
「そうだよ」
七原が走り寄ってきた。
「杉村……!!まさか死んだのか?!」
近くに来ると同時にグッタリしている杉村を目の当たりにして、七原は思わず叫んだ。
「何ですって?!バカなこと言わないでよ!!
弘樹は生きてるわ!勝手に殺すんじゃないわよ!!」
「……わ、悪かった!!つい口が滑ったんだよ!!」
瞬間、貴子に両手で胸元を掴み上げられた七原は少々顔が引き攣っていた。
ちなみに貴子が手を放したせいで杉村は地面に放り出されていた。
「で、でも良かった杉村と会えるなんて」
そう、それは本当だ。偽り無き七原の本心だった。
「とにかく杉村を運ぼう」
「そうね。それより、あんたさっき『オレたち』…って」
「ああ、他にも仲間がいるんだ。この先の林の中に、ほんの数十メートル先に」
その時だ。何人か人影が走ってくる。
どうやら先ほどの貴子の凄まじい怒声を聞きつけたようだ。
「あ、ほら来た。月岡にノブに相馬、それにさっき合流したばかりの新井田」
「何ですって!?」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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