コン、コン……ドアをノックする音

「和雄か、入れ」
「何でしょうか」
「おまえ最近ろくでもない連中と付き合っているそうだな」

父は振り向きもせずに言った。

「まあいい、どうせ高校は別だ。だが、もうあまり関わるなよ」
「はい、わかりました」
「もう一つ、友人関係はそれでいいが、異性関係だけは気をつけてくれ」


「おまえには私が最高の花嫁を見つけてやる。 間違ってもクラスメイトなんかを相手にするな」
「……………」
「あそこには、おまえに釣り合う女などいない。そんな相手に入れ込んでもらっては困る」


「わかったな?和雄」




キツネ狩り―73―




「!」
佐伯の手が止まった。先ほどまで激しく抵抗していた美恵の腕から力が抜けていた。
まるで無抵抗だ。
「……美恵?」
あきらめて大人しくなったのか?佐伯は一瞬そう思った。

「………!」

佐伯は息を呑んだ。

「……美恵」

涙が美恵の頬を静かに伝わっていた。
「……美恵」
頬に手を添えた。温かい涙だった、止めどなく溢れている。


「……泣くな」


佐伯の鼓動が、これ以上ないくらい高鳴っていた。
胸の奥が締め付けれらるように苦しい。こんな事は初めてだ。




「泣くな美恵」

自分でもわかった。自分は今焦っている。
美恵が泣いたから、泣かせてしまったから。

「……そんなに嫌なのか?」

美恵は何も言わなかった。ただ瞳を閉じ顔を背けたままだ。


「オレに抱かれるのは、そんなに嫌か? ……桐山の為に泣いてるのか!?」
「……あなたは」

やっと美恵が口を開いた。

「……あなたは暴力で全部思い通りになると思ってるの?」


微かにしか聞こえないくらいの声だった。 美恵が泣いたのは自分の為ではなかった。




「あなたは可哀想なひとだわ」




「………!!」

佐伯の為に泣いていたのだ。


力づくで手に入れてやろうと思った。
簡単な事だ、自分の力に女があがなえるはずはない。

「……クソッ!!」

佐伯が美恵から手を放した。まるで突き放すように。
そして足早に部屋を出るとバンッとやや乱暴にドアを閉めた。
なぜかはわからないが、このままこの部屋に居られなかったのだ。
美恵は、まだベッドの上で泣いている。
部屋を出るとドアに背中を預けながら、その場に座り込んだ。
顔を下に向け考え込んでいる。




何なんだ、この敗北感は!?
オレは今まで誰かに負けたことはない、それなのに!!




あの女は、ただ泣いていただけだ。自分に勝てるはずはない。
現にただ押し倒されていただけではないか?
それなのに……抱こうと思えば出来たのに出来なかった。
例え今無理やり自分のものにしても、あの女は決して自分のものにはならない。
そんな予感さえした。
今まで女には、ろくな思い出がなかった。
だが、これほどイラつかされたのは生まれて初めてだ。




『あなたは可哀想なひとだわ』




なぜだ?


佐伯は瞳を閉じ、右手で顔を覆った。


なぜ、あんな女が存在するんだ?


背中越しに微かに泣き声が聞こえる。それも佐伯の心をイラつかせた。


……泣かせるつもりじゃなかった


今まで、女を力ずくで手に入れる奴をクズだと思っていた。
だが、自分は、そのクズと同じ事をしようとした。
軽蔑し、罵ってきた連中と同じ事を。
たまらないくらいの自己嫌悪が胸をつく。
どうしようもないくらいに感情がフツフツと胸の奥からわき出してきた。




「!」
そのイラついている真っ只中だった。携帯だ。
誰からだ?こんな時に? 相手に覚えはない。

「……誰だ?」
『オレだ』
「……雅信!?」

佐伯は鳴海からの電話は全て無視していた。
鳴海から掛かって来たら電源を切っていたのだ。

『オレからの電話に出ないから、近くの家から盗んだ携帯からかけたんだ』
(……こいつ!)
『なぜオレを無視した?オレに言えない事でもしているのか?』
「……………」
『まさか天瀬美恵に手を出してないだろうな?』
「……………」
『あれはオレの女だ。指一本触れるな』
「……………」
『聞いているのか?わかっているだろうな、あの女はオレの……』




「うるさい!ふざけるのも、いい加減にしろ!!」




「いつ、あの女がおまえのものになった?!
いつから、おまえたちは付き合ってたんだ!?
告白すらしてない状態だろう?バカバカしい!!
おまえが独りよがりで勝手に決めているだけのことだ!!
自分勝手で独占欲が強いのもここまで来ると表彰物だな!!
第一、あの女が、おまえなんかになびくと思っているのか!?
あの女は力ずくで手に入る女じゃない!あの女は……あの女は……」
『………???』
「いいか、よく聞け!あの女は永遠におまえのものにはならないんだよ!!」


ガシャァァーンッ!!


壁に投げつけられた携帯の残骸が床に散らばっていた……。

「……ふざけやがって」

頭にくる、どいつもこいつも……。
佐伯は立ち上がった。階段をおり家の外に出た。
イラつく……何もかも壊してやりたい。




ガサッ……
「!」
どれほど自分を失っていても、やはり佐伯は一流の兵士だった。
微かに聞こえた物音を聞き逃しはしない。
反射的にベルトに差し込んだ銃を取り出し、音の方向に振り向いた。
「きゃぁぁー!!」
女生徒だ。数十メートル先から佐伯を見つけ、ディバッグも何もかも放り出して逃げ出している。
すぐに森の中に消えた。その女生徒の姿はもう見えない。


だが佐伯はすぐに二度、発砲した。
「ギャアッ!!」
ドサッいう物音と共に悲鳴が聞こえ佐伯はゆっくりと歩き出した。
「……ひ、ひいぃぃ…!!……助けて…誰か助けて!!」
左肩に命中。さらに右足の腿もえぐられている。
それでも地面に這いつくばって逃げようとしている。
佐伯が十数メートルの距離に来ていた。


「……嫌ッ!!お願い殺さないで!!」
涙で此れ以上ないくらいクシャクシャになった顔。
例え、この女がこの世にまたとない美女では無く、ごくごく平凡な女であろうとも男なら感情を揺り動かされるはずだ。
しかし佐伯は違った。


そうだ、女なんて生き物はこういうものだ
脆弱で見苦しい
自分の力では生きていけない
……それなのに


佐伯の脳裏に美恵の顔が浮かんだ。


『あなたは可哀想なひとだわ』




なぜオレが、その女にあんなことを言われなければならないんだ!!




ズギューンッ!!

女の顔の真横スレスレを通過していた……弾丸が。
後には硝煙がゆっくりと地面からあがっている。
女は……もう声すら出ない。 そう完全に恐怖で固まっていた。
佐伯は近づくと、女の襟を掴んで引きずりだした。
家の中から美恵が飛び出してきた。 銃声を聞きつけたのだ。

「あなた、何したの?!」

しかし、飛び出すと同時に気を失った。
佐伯が鳩尾に拳を入れて気絶させたのだ。


「……お願い、お願い!!殺さないで!!!」
女は泣きわめいていた。そうだろう、命がかかっているのだ。
恥も外聞も無い。


そうだ、女は弱いはずだ。それなのに……。

佐伯は美恵の顔を見つめた。

この女は一度も命乞いをしなかった


佐伯は気を失った美恵を肩に掛けると、痛みと恐怖で泣き続ける女の後ろ襟を掴み引きずりながら歩き出した。




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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