『来たいと思わなかったからだ。出席日数も足りている以上、登校する理由も無い』
『でも学校は勉強するためだけの場所じゃないのよ。
だから、なるべく来た方がいいわ』
『天瀬はオレが登校した方が嬉しいのか?』
『え、私?』
『嬉しいのか?』
『うん、嬉しい』
『そうか、だったら学校に来るのも悪くないな』
学校をサボらなくなった。美恵
の為だった。
ゲームに参加した。それも美恵
の為だ。
「……天瀬、どこにいるんだ?
」
桐山はE地区に来ていた。
美恵
とは、まだ会っていない。
キツネ狩り―72―
「さてと、他の奴等を見つけないとは」
新井田は調子よく歩いていた。一人では絶対にE地区に入れない。
何しろE地区には他の転校生がいる。
24時間ルール(ってやつだったかな?)が、ある以上、このC地区には周藤晶以外に転校生はいない。
その周藤は杉村と戦っている。
このC地区にいる以上、後3時間(と少し)程は大丈夫だ。
しかし、その間に天瀬美恵が殺されたりしたら元も子もない。
思えば2年になった時から、自分は懲りずに美恵にアタックしてきた。
しかし美恵は全くなびかない。
あまりにもしつこくしたせいか、一度など杉村を伴った貴子に呼び出しをくらって脅迫まがいの目に合った事さえある。
だが、このゲームで助けてやれば、美恵もさすがに自分の深い愛情に気付き受け入れてくれるはずだ。
「楽しみだなぁ」
新井田は顔がにやけるのを押えることが出来なかった。
残念なのは貴子をモノに出来なかったことだが、本命の美恵が手に入るのだ贅沢は言えない。
その時だった。何かを見つけた。
屈みこんだ。足跡だ。
しかも一人や二人じゃない。
「……3人くらいかな?サイズが小さいのもあるし女も一緒なんだ」
よし、今度はそいつらと合流するか。
しかし、その必要はなかった。
茂みの中に入ったときだ。
「うわぁぁー!!」
何かにつまづき新井田は転倒した。
おまけにガシャンガシャンと激しい金属音が鳴り響く。
「な、何だぁ?……ロープ?」
そう丁度足首の少し上くらいの位置に、細いロープがかかっている。
その上、そのロープの先には空き缶が数個。それがぶつかり合っていたのだ。
「……誰だよ、こんなもの仕掛けたのは」
その時だった。
「動くと撃つわよ!!」
と、野太い声が背後から聞こえたのは。
反射的に新井田は両手を挙げた。よく刑事ドラマで見るアレだ。
「イイコね。さあ、七原くん。誰か調べてきて頂戴」
「ああ」
(七原?それに、あの野太い声は)
両手を挙げた状態の新井田の前に男が回ってきた。
「……新井田、おまえ新井田じゃないか。無事だったんだな」
「七原……じゃあ、あいつは」
新井田は、ゆっくりと後ろを振り向いた。
月岡がデリンジャーを構えて立っていた。
他に2人いた。国信慶時(チッ、野郎かよ)と相馬光子(ラッキー、あいついい身体してるもんな♪)だった。
「弘樹!!」
「……クソッ!!」
腕は動く。骨折はしてない。
しかし、まるで鉄棒で殴られたように痺れている。
「悪いが、おまえたちに付き合っている暇は無い。もう、そろそろ止めといくか?」
「……ふざけるなぁ!!」
杉村が先に動いていた。間髪入れずに拳を繰り出した。ただ繰り出した。
だが焦りは隙を作った。
「足元がガラアキだぞ」
「……何?!」
周藤の蹴りが杉村の膝を直撃した。
「……クッ!」
途端に体勢が崩れる。さらに周藤は瞬時に回し蹴りの体勢になっていた。
狙うべき部分は顔面だ。
「!」
だが周藤は蹴りを繰り出さなかった。
背後に殺気を感じたのだ。
反射的に横に飛んだ。背後から貴子が木の棒で殴りかかっていたのだ。
「よくも弘樹を!!」
すかさず貴子は再び棒を振り上げた。
格闘こそ習っていないが、貴子の身体能力は城岩中学女生徒№1だ。
そして気の強さも。相手が誰だろうと負けはしない。
もちろん、それは普通の男が相手ならの話だ。
貴子が振り下ろした棒、だが周藤はそれに蹴りを繰り出した。
メキッと嫌な音を立てながら棒が折れた。
「でも本当によかったな」
七原は素直に喜んでいた。
「それにしても、おまえ一人だったのか?」
思わずギクッとなる。やばいな……新井田は考えた。
「……ああ、まあな。おまえらはラッキーだったんだな」
「ああ最初にオレと相馬が合流して、次に月岡、それにノブだ」
「おまえたち、どこに行くつもりなんだよ?」
「E地区だ」
「E地区?奇遇だな、オレもなんだ。なあ、オレも一緒につれてってくれるだろ?」
「当たり前だろ?でも、その前に確かめることがあるんだよ」
「何だよ、確かめることって」
「おまえには聞こえなかったのか?銃声みたいな音がしただろ?」
新井田の額に脂汗が浮かんだ。
「もしかしたら誰かが転校生と戦っているかもしれない。
だから確かめに行くところだったんだ」
何だってー!!
新井田の心の叫びに七原は全く気付かなかった。
砕け散った棒に貴子はゾッとした。
とてもじゃないが素手で勝つなんて自信はない。
周藤がスッと右拳を上げた。そう相手が女だからといって容赦も躊躇もない。
そして彼の拳は瓦を10枚まとめて砕くほどの威力があるのだ。
「やめろぉー!!」
杉村が必死に羽交い絞めをかけてきた。
貴子は、貴子だけは死なせない!!
「弘樹!」
「に、逃げろ貴子!早く!!」
「嫌よ!!」
貴子は数メートル先にあるアイスピックに飛びついた。
「弘樹、そのまま押えてなさいよ!!」
心臓だ。こんなチャチな武器で一撃で相手の動きを止めるには心臓しかない。
相手が誰だろうと人を殺すという行為はゾッとしたが、だがやらなければ、この男は自分と杉村の命を奪うのだ。
貴子はアイスピックを両手で握り締め突撃した。
「……グッ!」
「……弘樹!?」
だが、その前に杉村の羽交い絞めが解けた。
周藤が杉村の腹に肘鉄をくらわしていた。
「残念だったな。アイデアだけは、なかなかだった」
貴子の美しい顔が悔しそうに歪んだ。
貴子はディバックを手にすると、チャックを開け周藤目掛けて投げつけた。
ディバックの中身がバラバラを周藤目掛けて飛び散る。
もちろん、こんなもの時間稼ぎにもならない。
周藤がスッと身体を飛ばしただけで全て除けてしまった。
「……貴子!!」
杉村が貴子の手を握り締め走り出した。
「逃げるんだ貴子!!」
そうだ、今は逃げるしかない。到底、勝てる相手じゃない。
しかもだ、今はまだ素手だが、もし、もしもだ銃を出してきたらどうする?
とてもじゃないが勝ち目はゼロだ。
「やれやれ、また追いかけっこか」
すでに遠くで走っている二人の背中を眺めていた周藤だったがディバックを抱えると猛スピードで走り出した。
「弘樹!あいつ追いかけてくるわよ!!」
「振り向くな貴子!!」
杉村は走った。貴子も走った。
しかし数十秒、そうたった数十秒で遠くに聞こえていたはずの足音が大きくなってくる。
こんな所で死んでたまるか!!
貴子は、貴子と天瀬だけは死なせるわけにはいかない!!
だが、足音はますますでかくなってきた。
クソッ!!ここまでか!!
こうなったら、もう一度戦うしかない。
貴子を逃がすために自分が、ここに残るんだ!!
杉村が決意した時だった。
グラッ!!
足元がグラついた。いや、正確に言えば林を抜けた時、そこに地面がなかったのだ。
「うわぁぁー!!」
「きゃぁぁー!!」
杉村と貴子の身体が落ちていた。
「何!!?」
周藤が立ち止まった。
下のほうで水音が聞こえた。
川だ。ここ数日の雨で水量は増し流れも速くなっている。
「……まいったな」
追いかけてもいいが元々マイペース人間の周藤は余計な労力は使いたくないという主義の持ち主なのだ。
「さて、どうするか」
その時、携帯が振動した。
(着メロなんてオシャレなものは使わない。音で敵に居場所を教えるようなものだ)
「……なんだ、おまえか」
こんな時に。周藤はさも面白くないと言った感じだった。
「本当か?ああ、わかった」
しかし、どうやら相手は嬉しい情報をくれたらしい。
「あせることはない。もう少し生かしておいてやるか」
(まとめて一網打尽にした方が効率がいいというのもだ)
周藤は、その場を後にした。
流れていく杉村と貴子には目もくれなかった。
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
BACK TOP NEXT