「そんなに桐山がいいのかッ?!!」

握り締められて手首に激しい痛みが走る。

「……痛いッ……やめて…!!」

殺される覚悟はしていた。だが……違う、何かが違った――。




キツネ狩り―71―




……お父さん

……お母さん

……彩子

「……て」


助けて、誰か!!




「貴子ー!!」




その瞬間、絶望と恐怖に塗りつぶされた貴子の心が蘇った。


「……弘樹!」

杉村だ!!傷つきながらも2人の後を追ってきたのだ。

「貴子を放せ!!」

杉村の渾身の一撃、周藤は思わず貴子から手を放した。
そして両腕をクロスさせた。杉村の拳を止めた。
だが!!

(……何だと?!)

完璧な防御だった。 しかし、身体が、体勢が後ろへと傾いた。
それほど凄まじいパワーだったのだ。


「……チッ!」

軽く舌打ちすると周藤はバックステップした。
何故かはわからないが、先ほどの杉村とはまるで違う。
このまま、まともに、その力を受け止めダメージ受けるわけにはいかない。
しかし周藤がバックステップを踏むと同時に、すかさず杉村が前に出ていた。
凄まじい勢いで拳を繰り出してくる。




(……こいつ!)

違う、まるで別人だ。確かに自分は杉村を侮っていた。
健全な試合に勝つためのルールが身体にしみ込んでいる杉村が、自分を追い詰めることなど決して出来はしないと。
だが、周藤は一つだけ計算違いをしていた。
人間は大切なものを命がけで守らなければならない時、実力以上の力を発揮すると云う事に。


「くらえ!!」

杉村の右拳が凄まじい勢いで放たれた。

「……!」

それは周藤にとっては驚愕だったに違いない。
侮っていた相手の拳が、自分のボディーに炸裂したのだ。
その勢いで周藤の身体が数メートル飛んでいた。














「……き、桐山くん…?」

美恵には、わからなかった。なぜ、そこで桐山の名前が出てくるのだ?
そして、なぜ佐伯が、これほど怒り狂っているのか?


「あいつの為に、オレを裏切るのか?」
「……あ、あなた……何を言ってるの?」
「あいつは君の為にゲームに参加した」

そうだ。確かに桐山が美恵に特別な感情を抱いていることは間違いない。


「君も、あいつが好きなんだろ?」


美恵はわからなかった。今まで、はっきり意識したことなどない。

「無意識にあいつの名前を口にするくらいだ」
「……私が、桐山くんを?」
「それに最初の夜も、あいつの夢を見ていた」
「……あ、あれは」
「認めたらどうだい?あいつに惚れてると」
「……………」
「あいつの為にオレに従うフリをしていたと」
「……………」


好き?私が桐山くんを?


いつからだろうか?
桐山と親しく話をするようになったのは。
桐山と一緒にいると心が和むようになったのは。
気が付けば、いつも傍にいた。
今も戦ってくれている。自分の為に――。


「認めるわ」

自分でも不思議なくらい自然に言葉を出していた。














ドンッ!!

周藤が背中から大木に叩きつけられる。
バサッと木の葉が一気に舞い落ちてきた。
「……ハァハァ」
荒い息、しかし杉村は構えを解かなかった。
まだだ。まだ闘いは終わってない。
あいつが動かなくなるまで油断は出来ない。


「弘樹!!」
貴子が走り寄ってきた。
「貴子、大丈夫か?」
「あたしは大丈夫よ。それより、あんたは?!」
「オレはいい。それよりも……」
杉村は周藤をキッと睨みつけた。今は、この男の息の根を止めることが最優先なのだ。
周藤がゆっくりと立ち上がる。杉村は反射的に貴子を後ろにさがらせた。

「……驚いたな」

その時、杉村の身体に何かが走った。

「まさか、ここまでやるとは予想外だった」


……こいつ!!


杉村の額から汗が流れた。

「……ひ、弘樹?」

杉村の異変に貴子も気付いた。 微かだが杉村が震えている。
それは杉村が格闘家であるが為に感じるものだ。


……こいつ、違う!!


周藤が今までと違う。自分が戦っていた相手とは思えないほどの戦慄を感じる。
なぜかはわからない、しかし拳法の極意を身につけた杉村は、それを肌で感じ取ったのだ。
周藤がスッと屈むと、ズボンの裾を少しめくった。
足首に何かを巻いている。 それを両脚からはずすと放り投げた。


……まさか!?

杉村の顔が引きつっていった。

……まさか、まさか、あいつは!!


周藤は今度は袖口をめくった。やはり手首に何かを巻いている。
それもはずし放り投げた。


……まさか!!


「桐山以外の奴に、こいつをはずすとは思わなかった」
「逃げろ貴子!!」


その言葉より早く周藤が動いていた。

「クソッ!」
すかさず杉村が攻撃にでる、同時に周藤が蹴りを繰り出した。
「……クッ!!」
杉村が右腕を上げ防御した。


「うわぁー!!」
「弘樹!!」

まるで骨が軋むような衝撃が杉村を襲った。
まるで違う、パワーが段違いに違うのだ!!


「……おまえ……!」


杉村が悔しそうに周藤を睨んだ。
そう、周藤は鉛入りのパワーリストを装着していたのだ。
つまり自分の力を、あえて押さえつけていた。
その鎖とも云うべきパワーリストを周藤ははずした。
本気になったのだ。














「認めるわ」

自分でも不思議なくらい毅然と答えた。

「…………」

佐伯は、言葉を失っていた。


「……一度だけだ」


どのくらい時間がたっただろうか?
ふいに佐伯が口を開いた。

「……一度だけ許してやる。だから誓え」

美恵の肩を掴み迫るように言い放った。


「二度とオレを裏切らないと。オレに従うと!!」
「…………」
「あいつは……桐山はオレが必ず殺す!!」
「……!!」
「だから二度と桐山の名前を口にするな!
心の中で思い出すこともするな!!
完全に忘れるんだ、そしてオレに従え!!
そうすれば約束通り命は助けてやる!!
あいつの……桐山の命と引換だ!!
さあ誓え!!オレに協力すると、あいつは切り捨てると!!」




「……出来ないわ」




「…………なぜだ?」
命がかかってるんだぞ?
「死にたいのか?」
「死にたくない。恐いわ、すごく恐い……でも」
「……………」
「でも桐山くんを裏切ることは出来ない」




「絶対に出来ない」




美恵は覚悟した 。二度目はないだろう。間違いなく殺される
しかし、それは違った。
美恵は殺される覚悟はしたが佐伯を理解してなかったのだ。
いや、佐伯自身、己を理解してなかった。
佐伯は美恵に殺意を抱かなかった。
だが、それ以上にドロドロした感情が心の中に広がっていた。

まるで薄暗い森の奥、枯れ果てたはずの古井戸の底から、ドス黒い水が湧き上がってくるような感覚だ。




「………殺しはしない」

その低く押し殺したような声に美恵は背すじが凍るのを感じた。

「……その代わり二度と桐山に会えないようにしてやる」
「……どう…いう事?」

佐伯がグイッと手首を引いた。

「キャアッ!」

バフッと音を立ててベッドに叩きつけられていた。
その乱暴な扱いに、慌てて起き上がろうとする美恵。
しかし本当の恐怖は、すぐ後だった。
起き上がろうとするも佐伯が両手首を握り締めベッドに押し付けてきた。
その力に、女の美恵が勝てるはずもない。


「……やめて、何するの!?」


怖い、怖い、怖いッ!


別人のようになった佐伯に美恵の頭はパニックになった。
そんな美恵を佐伯は、上から冷たい視線で見据えた。

「言っただろう?二度と桐山に会えないようにしてやると」

『どういう事?』そう聞き返す間もなく、美恵の唇が、佐伯のそれで塞がれていた。


「………!」


……嫌!


「………ン…ッ……」


……誰か……!


「……嫌!」

やっとの事で顔をそらした。

「やめて、どうしてこんな事するの!?」

佐伯は答えなった。多分、佐伯自身にもわからない。


「殺すのなら一思いに殺しなさいよ!!」


なぜ? なぜ、こんな目に?
美恵の頭は、今だ現状を理解できずにいた。


「……暴れない方がいい。なるべく傷つけたくはないんだ」
「……あ、あなた……」

その時になって、ようやく理解した。 佐伯が何をしようとしているのか。
いや、理解したくなかっただけだ。




美恵の首筋に、佐伯が顔を埋めてきた。

「やめて……!!こんな事して何になるの!?」

美恵は叫んだ。 しかし掴まれた手首はさらにベッドに押し付けられた。


……桐山くん!!

桐山の顔が浮かんだ。

……助けて、桐山くん!!


佐伯の手が、ブラウスのボタンにかかった。




「いやぁぁー!!」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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