『この電話は電源を切っているか、電波の届かない場所に……』

……うっとおしいくらい何度も聞いたセリフだ。
佐伯徹……なぜ出ないんだ?
オレにバレたらまずいことでもしているのか?
まさか……天瀬 美恵 に手を出しているんじゃないだろうな?


鳴海は不安げな表情でE地区を見詰めた――。




キツネ狩り―69―




「それじゃあ、オレは少し休ませてもらうよ」
一階のリビングルームに並んでいた高級家具の数々。
それに輪をかけて高値の家具で装飾されている二階の寝室。
佐伯は布団もめくらずに、そのまま掛け布団の上にあがった。
「一緒に寝るかい?」
「ずっと眠ってたから全然眠くないのよ。誰かさんのおかげでね」
「それもそうだな」
それから佐伯はこうも言った。
「逃げようなんて考えない方がいいよ。オレは、そんな間抜けじゃない」


(……もう寝たかしら?)
見た目にはスヤスヤと寝息を立ててる。
10分くらいたっただろうか?
寝室の鏡台においてあった手鏡。
小さいけれど、この際文句なんて言ってられない。
背後の佐伯をみた。相変わらずの状態だ。
美恵 は立ち上がるとソッとカーテンを開けた。














ハァハァ……と荒い呼吸音が体内から聞こえる。

(なぜだ!?なぜオレの攻撃が簡単にかわされるんだ!?)

確かに相手は戦闘のプロだ。しかし銃撃戦ではない。素手の勝負だぞ?!
背丈は同じくらい。体格では自分のほうがいいくらいだ。
それなのに、自分とあいつの差は何なんだ!?


「……クソッ!」
杉村は大きくジャンプした。
拳法大会で何度も自分を優勝へと導いてくれた得意の飛び蹴りだ。
しかし、周藤がスッと体勢を低くしただけで簡単にかわされてしまう。
おまけに次の瞬間には、間髪いれずに周藤の蹴りだ。
腹部に周藤の足が食い込む。
まるで胃に残っている全てのものが逆流しそうな激しい痛みが杉村を襲った。
勿論、のた打ち回っている暇などない。
片手で押えながら、なんとか体勢を整えた。


「……何で当たらないんだ!!」


思わず叫んだ。この戦闘中に何度も何度も自分自身に問い掛けた心の叫びだ。




「教えてやろうか?」

周藤の声、その冷たい響きが杉村の脳裏に響いた。
「理由は二つだ」
周藤は指を2本立てた。


「おまえの格闘技は見世物大会で優勝するためのものだからだ。
見世物で相手の急所を攻撃するか? 勝敗が決っている相手に止めを刺すか?
オレたちの格闘技は相手を殺すためのものだ。
おまえたちのように寸止めなんてものは一切身につけていない。
おまえが健全なスポーツとして教え込まれたことが仇となっているんだ」


「……………!」
それは事実だった。
確実に相手の息の根を止める格闘技と、技量を競うだけで止めを刺すことを一切教えてないそれとでは全く違う。
そして、このゲームは明らかに相手の息の根を止めなければならないのだ。
「もう一つ」
周藤は不敵な笑みを浮かべた。


「オレが天才だからだ」














「しかし驚いたな。まさか、あの直人がやられるとは思わなかった」

蝦名攻介は菊池とは度々組んで任務を遂行していた。
菊池がどれだけ優れた特殊工作員であるか、ここにいる誰よりもわかっているつもりだ。

「フン、どうせなら徹か晶を殺してくれたら良かったんだけどね」

それは立花薫にとっては偽りの無い本心だった。
立花は佐伯や周藤とお世辞にも仲がいいとは言えなかった。
実を言うと佐伯や周藤が殉職してくれることを願ってさえいたのだ。
もちろん一般中学生相手に、それは無理な注文だろうから期待もしていなかった。
しかし予想に反して、自分達に匹敵する人間がいたのだ。
菊地直人の事は詳しく知っているわけではない。
しかし、菊池を倒したからには佐伯や周藤を倒す可能性もあるかもしれない。
だが、はたして実力で倒したのか?
もしかしたら菊地にとっては実力をも凌駕する不運な出来事があったかもしれない。
それを思うと、その相手に佐伯や周藤殺しを期待するなんて酷と言うものだ。


(……徹には、どれだけ理不尽な思いをさせられた事か)


ふいに携帯の着メロが聞こえた。立花薫のものだ。
「少し失礼するよ」
立花は部屋の外に出ると携帯を耳に当てた。




「何だい?」
『はい、例の電話記録の最新版を手に入れたのですが』

それは立花の部下からの物だった。

『佐伯から連絡がありました』
「徹から?こんな時にか?」

ここで説明しておこう。
例の電話記録とは、あろうことか海軍の将軍の私室に置かれた直通電話のことだ。
本来なら盗聴してやりたいところだが、相手が相手だけに、それは出来ない。
そこで立花は軍の通信部のシークレットと言うべきその電話記録を盗ませていたのだ。
これは立花が所属していた部署と通信部が密接した関係にあるからこそ出来た事だ。
もちろんバレたら軍法会議ではすまないだろう。
立花が危険を承知で、危ない橋を渡った理由は、ただ一つ。
自己保身よりも佐伯徹に対する憎悪が上回ったからに他ならない。
佐伯徹は公になれば困る事を海軍の中将閣下、いや認知すらしてくれない父親にやらせているはずだ。
何とか奴の弱味を握りたい。それが立花の狙いだったのだ。


「それで奴は何の用だったんだ?」
『それが……何しろ相手は将軍ですからね。
その電話記録はトップシークレット扱いで全記録を盗むことは不可能だったんですが』
「わかったことだけでいい」
『それが変なんですよ』
「変?」
『佐伯はマンションの購入を依頼したらしいんです』
「マンションだと?」

確かに変な話だ。佐伯は名門の寄宿学校に通っている。 エスカレート式で高校も同じだ。
マンションなんて今の佐伯には必要ないだろう。
まして、わざわざプログラム中に連絡をとるようなことではない。


『しかもですよ』
「まだ、何かあるのか?」
『聖華学院への転入手続きも依頼したそうです』
「聖華学院に?」
どういう事だ?あそこはお嬢様学校で男の佐伯には無縁のはずだ。
『とにかく、わかったのはそれだけです。特に重要な事ではありませんが』
「………」


そうだ確かにどうでもいいことだ。マンションに転入手続きなんて。
しかし、どうでもいい事だからこそ気になる。
どうでもいいことを任務中に依頼するなんて不自然だ。
しかも父親の裏の力を必要としている、もしかしたらどうでもいいことなどではないかもしれない。


「……念のためだ。他の通信記録も全部調べろ。徹以外の奴のも全部だ」














「理解できたか?」
杉村は悔しそうに唇を噛んだ。そうだ、悔しいが確かに言うとおりだ。
自分は何度も拳法の大会に優勝した。
しかし所詮は実戦には何の役にも立たないお飾りに過ぎなかったのだ。
「そろそろ止めといくか?」
周藤が動いた。杉村は反射的に目を閉じた。
周藤の回し蹴りが杉村の頭部目掛けて繰り出された。














「……眠ったかしら?」

そばで見ると本当に天使のようなあどけない寝顔だ。
これが目覚めれば悪魔になるのだから、本当に容姿などでは人間なんて判断できない。
佐伯が眠ったことを確認すると美恵 は窓のそばにきた。

(……どうか桐山くんが気付いてくれますように)


「何してるんだい?」


ビクッ…!
全身の血が一瞬凍結した。














ヒュンッ……何かが空を切った。


「何?!」

周藤の体勢が崩れた。
その何かを受け止めながら周藤は、すぐに反撃に出れる体勢で地面に着地した。
拳大の石。しかし、それこそが杉村を救った。


「……逃げたんじゃなかったのか」


周藤の冷たい視線の先。その先を杉村も見た。


「……弘樹から離れなさいよ」


杉村の目が見開いた。




「弘樹に手を出したら承知しないわよ!!」
「………貴子!!」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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