オレは勝てるのか?
いや、勝てなくてもいい。貴子さえ逃がせれば――。

杉村は悲壮な決意を胸に構えた。
相手は戦闘のプロだ。
自分は拳法の大会に優勝した経験こそあるが、実戦ではそうはいかない。

「……貴子、オレが時間をかせぐ。だから、おまえは、これを持って逃げろ」

杉村は探知機を貴子に向かって放り投げた。

「弘樹、バカな事言わないで!!」


「オレの一生の頼みだ!頼む、逃げてくれ!!」




キツネ狩り―68―




ズギューンッ!!

暗闇に閃光が走った。
「……う…」
相手は僅かにうめいただけで、その場に倒れこんだ。
もう瞬きすらしないだろう、確実に急所を撃ったのだから。
「今日中には片がつくな」
人一人殺したというのに、その少年は何事も無かったかのように、そばにあった倒木に腰を降ろした。

「……あっちのプログラムは、どの程度進んでるんだろうな」

少年は携帯を取り出すと、軍専用サイトにアクセスした。
「何だ、まだ更新されてないのか」
対城岩中学3年B組プログラムの様子はゲーム開始後5時間までの記録しか掲載されていない。
「兄貴のポイントが一番低いな」
少年は呟いた。


この少年は周藤晶の実弟、周藤輪也。兄とは別のプログラムに参加している。
しかし、あの兄がこのまま最下位をキープするなんて下らないマネはしない。
兄は、いや、あの男は勝つことを、優勝することを前提として参加したのだ。
そして兄に勝てる男などいるわけがない。そう、思っていた。
それは血を分けた弟としての欲目などではない。
それだけは確信できる。




輪也はふいに胸ポケットから折りたたんだ状態の写真を取り出した。
古ぼけていて、色あせていて……隅のほうは何箇所か破れている。
その写真の中に兄と自分がいた。今よりもずっと子供の自分達が。
写真を広げた。今度は2人の人間が写真の中に現れた。
幸せそうに笑っている母、そして……父だ。


「親父、おふくろ……兄貴は必ず優勝するだろうな。
そしたら……ますますオレなんかには届かない人間になる」

この写真の中の時間が二度と戻らないように

「兄貴はかわったよ」

かわったのは時間だけではない

「もうオレの知ってる兄貴じゃない」

あの時から兄貴はかわった。いや、本当はずっと前から……
……きっとオレが気付かないだけだったんだな

「……親父、おふくろ…オレは…」

輪也は、その写真を破った。家族で映した写真は、それだけだ
その、たった1枚を


「……正直言って時々兄貴が怖いんだ」














「……頼む貴子!オレも必ず後から行く、おまえと天瀬の所に!!
だから信じて待っていてくれ!! 」
「弘樹!!」
「……頼む、貴子…!」

押し殺したような杉村の声。
それだけで、杉村の決意の固さがわかった。
幼馴染だから、いやずっと一番近い場所にいた人間だからわかる。


「……弘樹、約束しなさいよ。必ず迎えに来るって」
「……ああ、必ずだ」


悔しそうに唇を噛み締めると貴子はクルリと背を向けた。
そして走り出した。陸上部エースの名に恥じない走りだった。
だが、その背中はエースという華やかな看板には似つかわしい哀しみが宿っていた。




「愛しい恋人との別れは済んだか?」
「……貴子はオレの女じゃない」

こいつ……なんて余裕だ。杉村は拳を握り締めた。

「でも一番大事な存在なんだ。おまえたちみたいな人殺しにはわからないだろうけどな」
「だろうな。そして、そんなものゲームの中では不要な存在に過ぎない」


遠ざかっていく貴子の足音

「あの女はポイントが高いんだ。見逃すわけにはいかないな」

周藤が一歩でた。
それを遮るように杉村が前に立ちはだかった。


「……貴子には指一本触れさせない」
「そうか、だったら」


周藤の目の色が変わった。

「おまえから倒すまでだ」

一気に周藤が動いた。杉村目掛け一直線だ。














(……どうしよう)
人の気も知らないで気持ち良さそうに眠っている佐伯に美恵は困惑していた。
(とにかく桐山くんに何とか連絡とらないと)
この集落を佐伯がどんな理由で選んだのかは知らない。
しかし、選ぶからにはそれなりの理由があるはずだ。

もう一度隙をみて鏡で合図してみようか?

だが、それもこれも佐伯が傍にいたのでは実行できない。
美恵は、そっと佐伯から身体を離した。

とにかく壁にもたれさせて何とかその隙に……。


「何ひとの安眠を妨害してるんだい?」
「……起きたの?」
「気付かないわけないだろ?」
「そう言われても肩が重くて……ねえ、眠たいのなら寝室で寝たら?」
「寝室で?」
「そうよ。ベットで寝たほうが疲れも取れるし」

美恵は必死だった。何とか桐山に連絡しないといけない。
この場所には近づくな……と。


「あなた疲れてるんでしょ?」
「オレの事、心配してくれてるのかい?」
「……ええ、そうよ」
少しばかり良心が痛んだが、綺麗事などいっていられない。
「それにしても意外だな。君の口から、そんな言葉をきくとは思わなかった」
(疑っているのかしら?)
心臓の高鳴りが嫌というくらい美恵の体内からこだまする。


「……ベットか、それもいいかもしれないな」
珍しく佐伯が美恵の意見に賛成した。 美恵はホッと胸を撫で下ろした。
いや、まだ安心するのは早い。安心するのは桐山に合図を送った後だ。
とにかく二階に上がって一番見晴らしのいい部屋から合図を送らなければ。

「だったら早く休んだ方がいいわ」
美恵さん」
「何?」

「君もしかして、オレのこと誘っているのかい?」














「……クッ!」
杉村は棒を大きく振り上げ、前に出ると同時に周藤目掛けて振り下ろした。
しかし、棒はヒュッと空気を切っただけだ。
杉村が振り下ろすより一瞬早く周藤が飛んでいた。
「…なっ!」
ほんの一瞬だが僅かに周藤の左足の爪先が、棒の先端に触れた。
と同時に、まるで踏み台のようにグッと蹴っていた。
その勢いで、周藤はさらに高く飛んでいた。
杉村の頭上で屈伸のままクルリと一回転すると、次の瞬間には杉村の背後に立っていた。
もしも、こんなクソゲームの最中でなければ、そして杉村がハリウッドのアクション映画が好みであれば、
『マトリックスのネオか!?』と思うところだが、勿論、そんなことを考える暇など無い。
周藤の身体能力に驚愕しながらも杉村は攻撃を止めなかった。
周藤がスッと地面に降り立った瞬間、杉村は背後に振り向きながら再度棒を(今度は横一直線に)叩き込んだ。


「せいやぁ!!」


が、いない!!
そこに周藤はいなかった。
次の瞬間、杉村は背後に殺気を感じた。
反射的に頭部だけ振り向く。


「遅い!」


杉村の首筋に強烈な痛みが走った。
周藤のヒジ打ちが炸裂したのだ。
ガクンと杉村の体勢が崩れる。
間髪いれずに周藤の回し蹴りが杉村のボディに食込んだ。


「……グッ…!」
右腹部に強烈な痛みを感じながらも杉村は左に飛んだ。
そう、咄嗟に蹴りこまれた反対側に身体を飛ばしダメージを押えたのだ。
しかし、やはり遅かった。周藤の蹴りは凄まじいくらいに強烈な痛みとなって杉村を襲った。


……貴子……!


杉村の脳裏に貴子の姿が浮かんだ。
今より、ずっと背が低く、髪の毛も短い。何より幼い顔。
そう、昔の貴子の姿が。
同時に思い出した。あの時の誓いを


貴子に強い男になると誓ったことを――。


貴子、オレは強い男になったのか?
おまえに約束した強い男に?


周藤を睨んだ。
いや、睨むというよりは悲しいくらい劣等感を秘めた悔しい瞳で。


この男は強い
オレと違って確実に相手の急所を狙ってきている
オレなんかより、ずっと強い


『……弘樹、約束しなさいよ。必ず迎えに来るって』


……すまない貴子
約束、守れそうも無い……














「……弘樹!」

貴子は立ち止まった。嫌な予感がする。
美恵がいるE地区には目と鼻の先まで来ていた。
城岩中学はおろか県内の女子中学生の中でトップのスピードを誇る貴子なら十数秒全力疾走すればいいだけの距離だ。
しかし、どうしてもこれ以上先に進めない。


「……美恵」

後、少し……後ほんの少しで親友に会える。
しかし……。


「……弘樹」


「……美恵、ごめん」

貴子は向きを変え走っていた。




ごめんなさい美恵、やっぱり弘樹を見捨てることは出来ない
あんたは大事な親友だった
いつもお高くとまってると陰口をたたかれてたあたしにとってかけがえのない友達よ

――でも


貴子は、その才能や性格ゆえに友達と呼べる人間は杉村しかいなかった。
他のクラスに北沢かほるという、仲のいい友人がいたが親友なんて間柄ではない。
そんな貴子にとって杉村以外に初めて出来た親友、それが美恵だった。
しかし、貴子は杉村を選んだのだ。


でも、あたしにとって弘樹は他の誰とも比べられない親友なのよ


足元のドロが跳ねあがりスカートの裾を汚すのもかまわずに貴子は走った。
その誰とも比べられない親友――杉村の元に。




「……千草の奴、引き帰すのか?バカな女だ、死ぬとわかってるくせに」
草むらから現れた男。いままで、どこにいたのか?そして何をしていたのか?
「あーあ、こんな事なら、やっぱり、あの時千草をやってればよかったなぁ。
まあしょうがないか、それにオレの本命は天瀬だしな」
新井田だった。
「おまえたちの分までオレは幸せになってやるよ」
少々、憐れみを込めた瞳。
「安心しろよ、おまえたちの大事な天瀬はオレが守ってやる。
無事に島から出たあかつきにはオレが一生大事にしてやるよ」

だから――、と新井田は続けた。


「悪く思うなよ。オレだって命は惜しいんだ」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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