自信過剰で、自己中心的で、大人顔負けの冷酷さを見せたと思えば……。
まるで、だだっ子のような態度を見せるなんて――。

そんな佐伯に美恵 は半ばあきれながらも思った。


このひと、もしかして今まで、ずっと……。
物心ついた時から、ずっと今まで大人のような顔していなければいけない境遇だったのかしら?
こんなふうに、普通の男の子みたいな態度を見せることなんて出来ないくらいに……。




キツネ狩り―66―




――半年前――


「……クソッ、相変わらず嫌な奴だ。いつか後悔させてやる」
立花薫が、さも不機嫌そうな表情で廊下を歩いていた。
途中、ばったり会った菊池と瀬名の顔を見るや睨む始末だ。
「……薫の奴、随分ご機嫌ななめだったな。何かあったのか?」
「あいつが怒る原因なんて知れてるだろう。晶とまたやりあったか。
さもなければ徹だ。どうやら、今回のケンカの相手は後者らしいな」
スッと指差した方向に佐伯がいた。高級そうなスポーツカーも一緒だ。


「見ろよ直人、フェラーリだ」
男は一般的に車なんかに興味があると言うが瀬名俊彦もそうらしい。
目を輝かせながら駆け寄っていった。
「徹、すごいじゃないか。よく買えたな、これ1000万はするだろう?」
「違う」
違う?もっとするのか?瀬名は単純にそう思ったが、それは違った。


「タダだ」
「は?何言ってるんだ?」
「つい、さっきプレゼントだって届いたんだよ。カードの差出人は……聞いた事の無い名前だ」
そう言うと、スッとカードを差し出した。
『愛しているわ。今度、一緒にドライブしましょう』
カードにはピンクの文字で、そう書かれていた。
「……おい、この女。確か空軍准将の娘だったな」
間違いない、以前、空軍の演習に来ていた准将だ。確か、娘がいると言ってたが。
「本当に覚えないのか?こんなモンをポンと出したんだぞ」
「言い寄ってくる女の顔は、なるべく忘れるようにしてるんだ。うっとおしいからね」
「……おまえなぁ、それって嫌味だぞ」




「この女」
ふいに菊地が口を開いた。
「この女、確か薫に熱上げてた女じゃないか?」
そこで瀬名はピンときた。なるほど、金ヅルをよりにもよって一番嫌っている奴に取られたってわけか。
「……何がドライブだ」
佐伯が車のキーを放り投げた。瀬名がキャッチした。


「おい、何も捨てる事ないだろ?」
「ほしいのかい?だったら、やるよ」
「はぁ?」
冗談だろ?と聞き返す間もなく佐伯は去っていった。
「おい直人どうする?」
「もらったのは、おまえだ。おまえが決めることだ」
「そう言われても、こんな高いもの……とりあえず質にでも売っておくか」














手当を終えたときだった。 美恵 はギクッとした。
佐伯の左手首。近くで目を凝らさないとわからないくらい目立たない傷跡があった。

「一つ聞いてもいい?」
「何だい?」
「どうして軍から抜け出そうと考えなかったの?
他のひとたちには事情があるだろうけど、あなたは、その気になれば普通の生活が送れたはずじゃない」

親を失い孤児となり国の孤児院に入り、そして自動的に人生を決められた人間たちと佐伯は違う。
認知こそされていないが金も権力もある父親がいる。
佐伯がその気にさえなれば、その父親からいくらでも表の世界で贅沢に生きていくだけの生活費や学費が出るだろう。
それなのに、いつ死んでもおかしくない世界に身をおいている。


「何を言ってるんだい?オレが軍にいたからこそ君は助かるんじゃないか。
それに、オレは兵士なんかで終わらないよ。軍のエリートコースに乗ってるんだ。
近い将来将官にだってなれる。君だって、オレが出世すれば嬉しいだろ?
その分、君だって、いい暮らしができるんだ」


「……こんな」
美恵 は唇をかみ締めた。

「こんなことをさせられることが嬉しいの?顔も知らない誰かの命令で殺しまでさせられて。
あなた自身だって傷ついてるのよ。もしかしたら死ぬ危険性だってあるのに。
あなたに命令した人間は安全な場所にいるわ。それなのに……」

今まで色んな女を見てきたが、本当に美恵 は初めて見るタイプだ。
女の軍人なんかは自分が戦功を上げるたびに熱狂したものなのに。


「こんな生活を続けて辛いと思ったことはないの?」
「どうして、そんな下らない質問をするんだい?
オレは辛いと思ったことは一度もない。もちろん後悔したことも」
「……でも…!」

美恵は視線を落とした。




「ああ、そうか。君は、この傷の事言ってるんだね」
佐伯の左手首の傷。
「オレが自殺図るような人間に見えるかい?任務中の名誉の負傷って奴だよ。
言っておくけど、服で見えない場所には、もっとすごい傷もある。
整形で目立たないように処置してあるけど」
「どうして?……そんな目に合って、どうして軍を抜けなかったの?
そんな……痛い思いまでして……」
「痛みはコントロールすればいい。感情から切り離せば済むだけだ」
「……そんな」
佐伯は何が何だかわからなかった。


なぜ、この女は、こんな顔をするんだ?

それが女の『泣きそうな表情』だということは、佐伯には全くわからなかった。


「もう、いいよ。ありがとう」
少し左手を動かしてみた。
「君、白衣の天使になれるよ」

相変わらずキザなセリフをポンポンと……。

「あなた、今まで誰かに軍から抜けるように言われた事ないの?
例えば……お父さんとか……恋人とか」
「いや、誰も。父はオレには、あまり関わりたくないみたいだし。
恋人なんて一人もいないよ。いたら、君を連れて帰る事なんて出来ないだろ?」
「一人もいなかったの?」
「そうだよ」
佐伯は腕時計に目を通した。桐山は、この闇の中を睡眠も取らずに向かっているはずだ。

――この女の為に。


ふいに佐伯が寄りかかってきた。頭を美恵 の肩に預け目を閉じる。
「……え?」
「少し寝る」
冗談ではない。
どうして嫁入り前の娘が出会ったばかりの男に、こんなに密着されなければならないのか?
美恵の疑問を余所に、佐伯はすぐに寝息を立て始めた。














「雨が止んだな」
「ねえ弘樹、そろそろ移動しましょ。美恵 が心配だわ」
「ああ、そうだな。貴子、荷物はオレが持つよ」
「別にいいわよ。あんた見張りで、ほとんど寝てないじゃない」
「オレは丈夫なのが取り柄なんだ。それは、おまえが一番、よく知っているだろ?」
少し離れた場所から新井田が2人の様子を伺っていた。


「新井田、移動しようと思うんだが、賛成してくれるか?」
貴子にとっては新井田の意見など、どうでもよかった。
不賛成なら置いて行けばいいと考えていたが、律儀な杉村は新田にも意見を求めたのだ。
「そうだな、オレは賛成だよ。天瀬の事はオレも心配なんだ 」
「そうか、それは良かった」
「あ、悪い……その前にちょっとだけいいか?」
そう言うと新井田は草むらに入っていった。


「また?あいつ、さっきも用足ししてたじゃない」
「まあ、仕方ないな」
「ところで弘樹、E地区に入ったらだけどね。まず、あの爆発があった場所から探したいの」
「あの場所から?」
「ええ、美恵 が関係しているとは思えないけど、一応念の為に確認しておきたいのよ」
「そうだよな。おまえの言うとおりだ」




何分たっただろうか?

「新井田?」

それは偶然だった。杉村がチラッと、本当に偶然に林の奥に目をやったのだ。
暗闇の中、微かに、そうほんの一瞬だがキラリと何かが黒光りしたのだ。

(誰かいるのか?新井田か?)

そう城岩中学校の生徒なら誰でもつけている胸の校章。
それが雲の合間から微かにもれる月の光に反射した。そう思った。

「弘樹?」

杉村の様子がおかしい。
それは、幼いときから、ずっと一緒にいた貴子だからこそわかる。




違う!新井田じゃない!!
そうだ、あいつが歩いていった方向とは全く違う!!
何より、そう何より全く気配を感じない!!




それは拳法を修得した杉村だからこそ、わかることだった。
気配を感じない、そう気配を消している!!
新井田に、そんなマネが出来るはずがない!!




「貴子!!」




杉村が飛んでいた。貴子を庇うように抱き抱えて。
ズキュン!と激しい音がして、何かが空を切った。
そして、それは杉村の頭部スレスレに飛んだのだ。
それに掠った杉村の髪の毛が数本宙を舞った。
貴子を抱きかかえたまま、杉村は数メートル地面を滑った。


「貴子、大丈夫か?!!」
「あたしは大丈夫よ。それより弘樹、あの音!」




「驚いたな。なかなかどうして、桐山以外にも骨のある奴はいるじゃないか」




林の奥から近づいてくる。
黒光りする銃を片手に。


「……おまえは!」
「杉村弘樹400ポイント、千草貴子250ポイント」


教室で一度見ただけだ。だが、その顔を見忘れるはずがない。
そう、恐怖の殺戮者の顔を。




「桐山を片付ける前に点稼ぎでもしておくか」




杉村は貴子を庇うように前に出た。

「……おまえは…!」
「その前に改めて自己紹介でもしておくか」


「周藤晶、陸軍特殊部隊少年部部隊長だ。
年はおまえたちより一つ上、未来の総統陛下だよ」




「はじめまして、そして、さようなら」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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