草木も眠る丑三つ時
と、いっても正確に言えば丑三つ時、つまり午前二時には、まだ二時間ほど時間がある。
城岩中学3年B組――現在の生存人数23名。
この暗闇の中、ただ震えている者。
目的を持って移動している者。


夜が明けた時、はたして彼等は息をしているのだろうか?




キツネ狩り―65―




E地区は目前まで迫ってきた。
しかし、美恵 がどこにいるのか見当もつかない。 桐山は地図を広げた。
自分達は軍用車で運ばれた。とにかく、車が通りやすく、かつ身を隠し易い場所。 そこから探す。
時間はかかるが、今はそうするしかない。
桐山は再び歩き出した。




「それで、これからどうするんだよ?」
「そうね。この道を通ればE地区には最短で行けるわ。
だけど、こんな目立つところを歩くわけには行かないでしょ。
多少、時間かかっても、この山道を歩きましょ」
地図を広げながら月岡の意見に耳を傾ける七原、光子、国信。
しかし、とにかく夜が明けないことには行動できない。




「ねえ川田さん。朝になったらE地区に行くって言ったよね」
「ああ、そうだ。危険だが行動範囲を広げた方がいい。 その方が仲間を見つけ易いからな」
「もしかしたら信史、E地区にいるかもしれない」
「何でだ?」
美恵 ちゃんがいるからだよ」
「何で天瀬が出てくるんだ? 」
川田が愉快そうに笑みを見せた。
「あっ、そ…その……」
「そうか、三村は天瀬に惚れてたのか」
「川田さん、内緒だよ。喋ったことがバレたら信史に怒られちゃうよ」
「ああ、わかった」
それにしても、この非常時に麗しい話だなと川田は思った。




「ねえ弘樹、美恵……見つかるといいわね 」
「大丈夫だ貴子。必ず見つかるよ。そしたら、おまえたちは、どんな事があってもオレが守るから」
「あんたも言うようになったわね。あんなに弱虫だったのに」
「オレもいつまでも苛められっ子の小学生じゃないってことだよ」
その様子を少し離れた所から見ていた新井田は苦々しい表情を浮かべていた。
(フン、プロ相手に勝てるわけないだろ?まあいい、オレの命は安泰だ)




「三村くん、痛くない?」
「ああ」 三村は、はるかと聡美から手当を受けていた。
ダメージは酷いものだったが、幸いにも出血は少ない。
とにかく今は静かにしているのが一番いいだろう。

――高尾晃司、そして佐伯徹。

どちらも恐ろしい奴等だった。
おそらく他の3人(桐山と美恵 以外の生徒は菊池の戦死を知らなかった)も同様だろう。

オレたちは勝てるのか?
ただ、一方的に痛めつけられて終わるしかないのか?

三村は悔しそうに拳を握り締めた。


今、この恐怖ゲームの中、ある程度落ち着きを保っているのは、桐山及び、この4チームだけだ。
他の生徒達は恐怖に震えながら朝を待っていた。




滝口はかろうじて命は助かったが、今だに例のバスルームで気を失っている。
幸枝と織田は、あの場所から一歩も動けず、ジッとしている。
大木は相変わらず、隠しカメラの前で震えている。
山本とさくらは桐山の忠告通り境界線近くに移動、その後は全く動いていない。
琴弾はA地区の森の中で、虫の動き一つにもビクついている。
典子はE地区に入ったが、例の爆発音が聞こえてからというもの凍ったように、その場にいる。
飯島は何か恐ろしいことがあったらしく、お迎えが来た年寄りのような表情で暗闇の中、茂みの中で丸くなっていた。














そして、この暗闇の中、桐山以外に動いているB組生徒が一人だけいた。
「ここは足場が悪いな」
佐伯が手を差し出してきた。
「必要ないわ。こう見えてもアウトドアは嫌いじゃないのよ」
「そうか。それは良かった」
天瀬美恵だ。佐伯の都合で、この真夜中に、しかも雨の中を歩かされている。
レインコートの上からも雨を感じる。
しかも、この急斜面。所々、岩肌が露出し、雨にぬれとても滑り易い。
とにかく足元に注意しないと。 美恵 は地面から突出していた大き目の石に足を掛けた。
グッと、その石に体重が掛かる。
「……!」
突然、グラッと全身のバランスが崩れた。
雨に打たれ柔らかくなっていた地面には、その石、いや美恵 は支えきれなかったのだ。


「キャァー!!」


身体が背中から宙に落ちる。しかし、それは一瞬の出来事だった。
佐伯が美恵の手首を掴んでいた。
「……くッ」
(……え?)
小石がいくつか落下して反響する音が聞こえてきた。
「大丈夫かい?」
「……ええ」
「そうか、今度からは気を付けてくれ」


(あのひと……)


助けてくれたなんて意外だったが、それ以上に気になった。

(あの時……)

美恵を助けた時、一瞬だが僅かに眉を寄せていた。


(……様子が変だった)




「見えてきた、集落だ。そうだな、あの家がいい」

この辺りでは割と大きめな家だ。いかにも佐伯らしい選択と言ったところか。
鍵はかかっていたが、そんな事は問題ではなかった。
ガチャガチャとドアノブを回し、鍵がかかっていることを確認するや否や、佐伯が蹴破ってしまったからだ。


「眠たいのなら今のうちに休んでおいてくれ」
そう言われても、こんな時に安眠なんて出来るわけがない。
「一人で寂しいのなら一緒に寝てあげようか?」
「結構よ!」
とにかく少しでも体力の消耗を防ぐべきだろう。とりあえず休んだ方がいい。
美恵 はリビングルームにあるソファに腰を降ろした。
佐伯は向かい側に位置するキッチンルーム(リビングルームとの間に仕切りはない)の真横にある洗面所だ。
蛇口から水がでる音がする。


……とにかく彼から情報を聞き出して、何とか皆に知らせないと


ギュッと拳を膝の上で握り締めながら、美恵 は俯いた。


……!


美恵の瞳が拡大した。

「……血?」

右手に血がついている。痛みなんて全然感じなかったのに、いつの間に?
慌ててハンカチで血を拭った。

「……どこも怪我してない」

確かに血が付いていたのに……。

「……まさか」




「……三村の奴」

やはり息の根を止めておくべきだった。
あの時、そう天瀬美恵の手首を握った瞬間、激痛が走った。
思ったとおり三村に切りつけられた左手の傷がひらいていたのだ。
洗面台で血を洗い流すと佐伯は壁に背をつき、床に座り込んだ。
ディバッグから救急道具を取り出すと傷口にガーゼを当てた。
自分で自分の手当とは全くもって面倒な作業だ。


「何かあったのかい?」


隣に気配を感じた佐伯は振り向きもせず、そう言った。
何しろ、この女が自分から近づいてきたのだ。何か用があるのだろう。
しかし佐伯の予想は少し違った。

「やっぱり、あなた怪我してたのね」
「ああ、そのことか。ただのかすり傷だ」

それから佐伯は美恵 が自分の怪我を気にしている様子が不思議だった。

(オレが怪我していようが、この女には問題ではないのに)


「かして」
美恵が、佐伯のすぐ傍にスッと正座をすると左手で佐伯の左手を取り、右手を差し出した。
「何のマネだい?」
「救急用具よ。早く」
佐伯の目が僅かに丸くなった。どうやら驚いているようだ。
この冷酷非情な男にも、その程度の感情はあったらしい。
美恵 は佐伯のことを、理解できない男、そう評価していた。
しかし、それ以上に佐伯にとって美恵は理解できない存在だった。
この女は自分を嫌っていたはずだ。
命がかかっているからこそ嫌々自分に従っているに過ぎない。それなのに。


オレの機嫌をとろうとしているのか?


しかし、直感だが、どうやらそれは違うようだ。
何となくだが、それだけは違うということはわかる。
それは今まで自分の機嫌を取ろうとして媚びてきた女たちを見てきた経験上確信出来た。




「包帯は?」
「全部使った」
見ると洗面台に赤く染まった包帯が無造作に置かれている。
美恵 はポケットから清潔そうな白いハンカチを取り出すと、それを包帯の代用にした。
「きつくない?」
「……………」
「どうしたの?痛かった?」


「……君、変わってるよね」
「私が?」


「オレのことが怖いくせに服従しないし、契約したくせに全く心を許してない。
そのくせ今さら機嫌取りかと思えば、そうでも無さそうだ。 何考えてるんだい?」
「何も考えてないわよ。怪我した人間をほかっておくのは気分よくない、それだけだわ」
「……やっぱり理解できないな」
「あなただって私のこと助けてくれたじゃない」
「助けた?……あれが?」

死んでもらっては困る。それだけだ。

「やっぱり理解できない」
「失礼ね。私に言わせれば、あなたの方がずっと理解できないわ」

口調が強くなった美恵 に佐伯は少しムッとした。
ただでさえ美恵 が桐山の名を口にした時からムカついているのだ。
それも理解し難い感情だった。




「黙って聞いていれば随分言ってくれるね。 オレにそんな口をきいた女は君が初めてだよ」
「それなら私も言うけど、あなたみたいに冷たくて何考えてるのかわからない人は初めてよ」




「ごめんなさい。言い過ぎたわ」
少し間をおいて美恵 は再び言葉を紡いだ。
「本当はこんなこというつもりじゃなかったのよ」
珍しく謙虚な態度に、佐伯はさらに不思議そうに視線を向けた。
「……さっきの事、お礼言ってなかったから」
「……………」
「それと、ごめんなさい。その傷がひらいたの私のせいね」


……この女、オレに謝るつもりだったのか?


「そうだな」
しかし美恵 はやはり甘かった。
「全部、君のせいだよ」
佐伯は 美恵が思っていた以上に自己中心的な男なのだ。
一度でも非を認めようものならば、とことん図に乗る男なのだ。


「君が大人しく監禁されていれば全て丸く収まったんだ」


「え?」
美恵 には何のことかわからなかった。
何しろ、ずっと眠っていたのだ。その間に何があったのか知るよしもない。
「……あんな奴に連れ出されたおかげでオレがどんなに苦労したか」
「ま、待って。何の話なの?」
滝口に連れ出されたことさえ知らない。
それも当然だ。佐伯は何も話していないのだ。
「オレのものになると誓ったくせに、よりによってあんなことを口走るなんて」
「あなた何を言ってるの?」


「このゲームが終了したら、せいぜいオレに奉仕してもらうよ」
そう言うとフンと美恵 から顔を背けてしまった。


……このひと


わけのわからない男だと思った。
しかし何かに怒っている。それだけは肌で感じていた。
そう、美恵 は佐伯を理解できないと思ったが一つだけはっきりとわかってしまったのだ。
何が原因で怒っているのか知らないが、いや怒っていると言うよりも――。
信じ難いことではあるが……何と拗ねているのだ。


……あきれた。まるで子供だわ




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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