何言ってるの?
「だから君が心配することはないよ」
戦う?仲間と?
「君はただオレの言うとおりにしていればいいんだ。
他の事は考えなくていい。後はオレが全部引き受ける」
わからない、いいえ理解できない
とても本気で言ってるとは思えない
キツネ狩り―64―
「移動しようと思うんだ。ここから東の方に割りと大きな集落があっただろう」
「こんな時間に?」
「時間なんて関係ないね。こうして話をしている間にも桐山くんは、ここに向かってきてるんだ」
そうだ、1時間か、それとも2時間後か、それはわからない。
しかし、桐山が、ここに向かっている以上、佐伯との戦いは避けられないだろう。
「東の集落……って、言ったわね。そこで桐山くんと決着つけるの?」
「そうだよ」
東の集落……そこが佐伯が選んだ舞台。
勿論、佐伯にとって都合のいい場所だろう。
戦う、桐山と佐伯が……そして、どちらかの息の根が止まらない限り決着はつかない。
誰にも死んで欲しくない。出来ることなら転校生にも。
甘いかも知れないが、美恵は、そう思っていた。
『君を守る為に戦うよ』
佐伯はと言うと美恵
とは全く別のことで考え込んでいた。
随分とらしくないことを言ってしまった、自分でも不思議なくらいだ。
この女を信用させる為に、つい言ってしまったことだろ。
それにしても、まさかあんなセリフが出るとは思わなかった。
全くの嘘という訳ではない。
事実、邪魔な鳴海を殺すことも考えたし、もしもの時は、それなりに守ってやろうとも思ってはいる。
しかし、命がけというわけにはいかない。特に相手が高尾晃司なら尚更だ。
思えば、この女の為に自分は随分とらしくない事をしている。
三村に止めを刺し忘れたし、かなり感情的な行動もしている。
今までの自分からは想像もつかない。
そう言えば、こんなにも長い間、女と2人きりというのも初めてだ。
それに不思議と退屈とは思わない。
今まで出会った女たちは佐伯の機嫌をとったり媚びを売ったり、挙句の果ては色仕掛けだ。
うっとおしいとしかいい様がなかった。
しかも自分の恐ろしさを嫌というほど思い知ったはずなのに、この女は自分に逆らった。
女に平手打ちをくらったのも、口答えをされたのも生まれて初めてだし、それに佐伯は自分でも気付いていた。
美恵
を取り戻した時、美恵
が無意識のうちに呟いた言葉。
それを聞いた瞬間から自分の胸の中で、何かモヤモヤしているものがあることに。
表面上は愛想良くしているが、心の中ではドス黒いものが渦巻いていた。
「こんな夜に……それに雨だって降ってるし」
美恵
は少し震えていた。まだ寒いようだ。
「少し寝てからにするかい?さっきのように」
さっき?!!佐伯の腕の中で寝ていたことを思い出し美恵
は赤面した。
ああ、本当に……意識がなかったとはいえ一生の不覚。
「恥ずかしがることないよ。可愛い寝顔だったよ」
「……あなたって…よく、わからないひとね」
「そうかな?」
「……そうよ。さっき言ったことだって、とても本気だとは思えない」
「傷つくなぁ、こんなに優しくしてあげてるのに」
「理由がないもの」
「理由?」
「あなたが仲間と戦ってまで私を守る理由がどこにあるの?」
「恋人だからだよ」
「私は真面目に聞いてるのよ。あなたに私を殺す理由はあっても守る義務も責任もないじゃない」
「理由か……オレもよくわからないんだ」
美恵
は思わず瞳を拡大させた。
しかし、佐伯の言葉は多分今までのように冗談混じりのものとは違う。
おそらく真実だろう。
それにしても『わからない』なんて答えがあるのだろうか?
「君が寝ている間ずっと考えてたんだ。答えを一つ考えた」
「『モナリザの微笑み』知ってるだろ?」
「ええ」
勿論だ。あの有名な絵画を知らないはずがない。
しかし、なぜここで『モナリザの微笑み』が出てくるのだろうか?
「それが答え……かな?」
「?」
ますます、?状態の美恵
に佐伯はフッと微笑んだ。
「芸術家たちにとってのモナリザは、まさに解き明かされない謎なんだよ。
どうしたら、あの微笑を、自らの手で描けることが出来るのか?
答えはNOだ。だからこそ永遠の名画として後世に受継がれている」
「……答えになってないわ。私とどう関係があるの?」
「オレにとって君はモナリザなんだよ」
「あの微笑のように、君の強さや美しさも、また永遠の謎」
「だから解き明かしたくなったんだ。そんなところかな?」
「………………」
……何なの、このひと?やっぱり理解できない
「じゃあオレのこと信じてくれるんだな?」
「アタシは信じてるわよぉ」
「……そうだな。オレも信じてるよ……秋也」
だったら目を合わせてくれよ……慶時
「はぁ……どうしてこんなことになったんだ?」
七原は考えた。すぐに答えが出た。
相馬だ!!そうだ、思えば相馬と一緒になってからろくなことがない。
荷物を持たされるし(オレは怪我人だぞ)
吊り橋から落とされそうになるし。
それに月岡に射殺されそうになったのだって、元はといえば相馬のせいだ。
今だって、相馬と月岡に見張りに立たされて、ろくに寝ていない。
挙句の果てに無二の親友に白い目で見られる羽目になったのも
「相馬のせいじゃないか!!」
「何わけのわかんないこと言ってるのよ」
「それはオレのセリフだよ。相馬、言いたくないけど、おまえのせいでオレは何度嫌な思いをしてきたか」
「何よ、それ?それが女の子にいうセリフ?」
「おまえがオレにしたことだって、女の子がすることじゃないだろ?」
「フーン、何よ。この際はっきり言っておくけど、あたしにとって大事なのは自分と美恵
の命よ。あなたは?」
「……そ、それは……そうだけど……」
「だったら、今はそんな文句言ってる暇はないって事くらいわかるでしょ?」
「確かに……そうだ」
「とにかく細かい文句は後で聞いてあげるから。今はお互い協力しましょ。ね?七原くん」
「ああ、そうだな。ごめん、相馬……オレがバカだったよ」
「いいのよ。全部水に流してあげる」
秋也……簡単に丸め込まれてる。
さすが相馬さん、秋也みたいに女に夢持ってる奴が勝てるわけないよ
国信は、ある意味賞賛に近い眼差しで光子を見詰めた。
「それで集落についたらどうするの?」
「それは向こうについてから話す」
「…そう」
美恵
は立ち上がろうとした。動きが止まった。
「何?」
佐伯が右手首を握ったからだ。
「その前に確かめておきたいことがあるんだ」
「確かめる……?」
『何を確かめるの?』そう言おうとしたときだ。いきなり掴んだ手首を引き寄せられた。
「……!」
途端に佐伯に寄りかかるような状態で倒れ掛かる。
「……何するの?!」
咄嗟に身を引こうとしたが、佐伯が腰に手を回し引き寄せた。
間近で見る佐伯の顔は、吸い込まれそうになるくらい綺麗だったが、そんな事はどうでもいい。
それよりも佐伯の突然の強引な行動に美恵
は戸惑った。
何が何だかわからない。
何も考えられない美恵
の頬に、佐伯は今度は手を添えた。
何?
佐伯の顔が近づいて来た。
――!!
「……嫌!」
反射的に佐伯の胸部を押し返し顔を背けた。
どのくらい時間がたっただろうか?
「もしかして彼の顔でも浮かんだのかい?」
佐伯の声、しかし先ほどまでの優しげな声とは全く異質の冷たい声。
「……彼?」
目が覚めてからというもの、佐伯は始終笑みを浮かべていた。
しかし、今は違う。
美恵
は何が何だかわからなかった。
突然の行為、そして佐伯の豹変。
しかし、一つだけわかることがある。
自分は(思い当たることはないが)佐伯の機嫌を損ねることをした。
そして佐伯は、それに腹を立てている。
「行こうか」
佐伯が立ち上がった。まるで何事もなかったかのように。
「……あの」
「何だい?」
やっぱり怒ってる。美恵は言葉に詰まった。
「美恵
さん」
美恵
が何も言わなかったので、今度は佐伯が口を開いた。
「そう怖がることないだろ?オレは雅信と違って無理強いはしないよ」
「……私、何かしたの?」
「別に」
「でも怒ってるじゃない。言いたい事があるなら、はっきり……」
「美恵
さん」
思わずビクッとした。佐伯の口調が強くなっていた。
「何もないっていってるだろ。さあ行くよ」
ディバッグを肩に掛けると佐伯は歩き出した。
美恵
は、あの男を忘れていない
オレを選んだはずなのに、まだあの男のことを
オレとあの男が戦うことを承知しているはずなのに
佐伯は、美恵
を取り戻した時、はっきりと聞いた
――オレの傍にいるのは、あの男の為なのか?
美恵 は微かだが、はっきりと言ったのだ。
『……桐山…くん』
――と。
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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