「……天瀬美恵」

鳴海のつぶやきに高尾晃司以外の者全員が不思議そうな顔をして鳴海をみた。
天瀬美恵?ああ、このクラスのアイドルって奴だな。すごい美人だろ?
まあ、先生は相馬のほうが好みだが」
坂持の好みなど鳴海にはどうでもよかった。
天瀬美恵か、もったいないな、こんな美人。それに、なかなかオレの好みだし。
このクラスは美人ぞろいでオレも心が痛むよ」
鳴海が刺す様な目で周藤を睨んだが、周藤は全く別のことを考えていた。


頭脳も身体能力も、まあまあだが、着目する点は特に無い。
……雅信の奴、何を気にしているんだ?




キツネ狩り―63―




鳴海は 美恵の写真を見詰めた。
あの強い光を秘めた瞳、そして表情……。
他にはどんな表情を持っているのか、想像するだけで楽しい。
こんなことも生まれて初めてだ。


ああ、そういえば力ずくで唇を奪ってやった時の、あの表情もすごく良かった
もしも、この腕の中で抱いたら、どんな表情を見せるのか……
他の奴には絶対に見せたくない。傍に近づくのも許さない


あの女の全てはオレのものだ


――それを邪魔する奴は誰だろうと抹消してやる














「終わったかい?」
佐伯が振り向いた。
「……見ないで!」
途端に何かが飛んできた。美恵の側に偶々あった林檎だ。
咄嗟に投げた割にはコントロールは良かったらしく佐伯の顔面に一直線だった。
もっとも佐伯は軽々と受け止めてしまった。
「乱暴だな」
「見ないでって言ってるでしょ!」
「わかったよ」
佐伯はヤレヤレというように向きを変えた。


濡れた制服でいるわけにもいかないので美恵は仕方なく佐伯が用意した服に着替えることにした。
が、佐伯は美恵から目を離すわけにはいかないと、部屋を出ることだけは頑として拒絶した。
佐伯曰く、他の男に見せびらかすわけじゃない、オレ一人だからかまわないだろう?――だ。
冗談ではない。こればかりは美恵も譲らなかった。
で、どうなったかと言えば美恵の抵抗に佐伯が折れて背を向けているというわけだ。
しかし、ほんの数分とはいえ、美恵にとっては災難としかいいようがない時間だった。
現にブラウスのボタンをまだはめていない時に振り向くのだから。
どうも佐伯は普通の男子中学生と全く異なる人生を送ってきたせいか一般常識というものに欠けている。
女に言い寄られたことしかないせいか、なぜ美恵がこれほど嫌がっているのかピンとこない様子だ。




(オレがここまで妥協してやってるのに、なぜ怒るんだ?)
「……終わったわよ」
すると佐伯はソファの自分が腰掛けている場所の真横を軽く2回叩いた。
「ここにおいでよ」
美恵は少し躊躇ったが、言われた通り佐伯の横に腰掛けた。
「今後の事だけど」
その言葉に美恵の顔色が変わった。
「聞きたがっていただろ?オレがこのゲームで、どう動くか」
そうだ、何とか聞き出したい。いや、聞き出さなければ。


「ああそうだ、言い忘れてたけど君が寝てる間に君の崇拝者とバッタリ会ってね」
「……まさか」

美恵の脳裏に桐山の顔が浮かんだ。 そして、あの夢。
まさか、まさか正夢なんてことは……。


「桐山くんじゃないよ」


美恵の表情が少し変わった。桐山ではない、彼は無事だ。
それから美恵はハッとした。
何を喜んでいるのか、人一人が佐伯に危害を加えられたというのに。
しかし崇拝者などと言われても美恵は全く心当たりがなかった。
桐山も自分の為にゲームに参加してくれたからこそ、その気持ちに気付くことが出来たのだ。
もしも、こんなゲームに巻き込まれなかったら、告白でもされない限り、気付かなかったに違いない。
そんな美恵の気持ちを察してか佐伯は皮肉めいた口調で続けた。


「そうか彼の気持ち知らなかったんだ。無理もないね、今も何人も彼女がいるって話だしね」
「……?」
「安心しなよ、多分死んでないから」
「……そう」


……良かった。誰かはわからないが、その相手は命に別状は無いみたい。
でも誰だろう?佐伯の話では随分と女癖の悪そうな男のようだけど。

B組の中で女癖の悪い男と言えば三村と新井田と笹川だ。
笹川は、桐山と親しくなったこともり話す機会があったが(特に月岡とは女友達の感覚だ)、そんな素振りは無かった。
それに高校生の彼女(勿論、不良少女だ)がいると言っていた。
新井田には言い寄られていた。この3人の中では一番思い当たる人間だった。
だが新井田は遊び半分だろう。とても本気だったとは思えない。
それに拍車をかけるように貴子からは忠告という名の新井田の悪口を何度も聞かされていた。


三村には――B組女子には嫌われていたが――美恵は悪意や嫌悪感は全く抱いてなかった。
本当に嫌な奴なら七原や杉村と、あれほど仲がいいわけがない。
確かに異性関係には問題はあるが、本当は優しい不器用な人なんだ、そう感じていたのだ。
しかし、だ。噂では三村は美人でスタイルもいい年上の彼女が何人もいるそうではないか。
到底、自分なんかに好意を抱いているとは思えない。


(三村の奴、全く気持ちに気付いてもらってなかったのか。
身から出た錆だね。普段の行いが悪すぎる)


「実は君が寝ている間に本部から連絡が入ったんだ。
君の王子様は、また飛んでもない事をしたらしい」
「桐山くんが?」
「オレも驚いたよ。まさか本部を強行突破するなんて」
これには美恵も驚いた。坂持たちがいる学校を?
「多分、今頃はC地区との境界線辺りまで来ているはずだ」

美恵の心臓はこれ以上ないくらい高鳴っていた。
つまり、それは――桐山と佐伯の戦いが刻一刻と近づいていることに他ならない。




『彼はもう死んだんだよ』




美恵さん」
「な、何?」
平静を保っているつもりだが、あきらかに動揺している。
「怖いのかい?」
「……あなたにはわからないわ」
「だろうね。オレにはわからないよ。
オレは何度も危険な任務をしてきたが死の恐怖を味わったことは一度もなかった」


「今思えば死の危険に直面したことは何度もあったけどね。
でも怖いとは思わなかった。自分でも不思議なくらいだよ」


「……………」
美恵は言うべき言葉が見つからなかった。
この男は自分のような普通の中学生などには想像もつかないような半生を送ってきたのだろう。
「でも安心していいよ。君の命は保証するから」
「それより今後の事……だけど」
そうだ、何とかして聞き出さないと。
そして桐山が、いやクラスメイトたちが殺されるのを防がないといけない。




『オレを裏切ることはゆるさない』




ふいに夢の中の出来事を思い出した。
もしも…だ。もしも自分の真意を知れば、この男は何の躊躇いもなく自分に銃を向けるだろう。


美恵さん、どうかしたのかい?顔色が悪いよ」
「……別に。ただ、気になるだけ……皆の事。私だけが助かるなんて……」

上手く誤魔化さないと……。

「そうか美恵さんは優しいんだね。でも気にすることはないよ。
世の中、不条理や理不尽な事だらけなのさ。一々気にしてたら身が持たない。
自分の事だけ考える。それも仕方のないことだ」
それから美恵にスッと携帯を差し出した。佐伯が予備として、もう一つ持っていたものだ。
「持ってなよ。オレが傍にいない時に、他の奴等に見つかって殺されてもまずいからね。
何しろ後四時間程でオレたちを縛り付けていたルールが解除される。
ゲーム終了まで君には隠れていてもらうけど、もしも他の奴が近くに来たらそれで知らせるんだ」
「……ありがとう」
と、言うべきなのだろうか?美恵は、やはり戸惑っていた。
「お礼なんていいよ。婚約指輪というわけでもないしね」

やっぱり変わってる……こんな時に、こんな冗談を言うなんて。


それよりも美恵は佐伯の言葉で思い出した。他の転校生たちの存在を。
鳴海雅信――美恵にとっては、ある意味一番怖かった――。
周藤晶――教室で見ただけだし、どんな人間なのか想像もつかない――。
高尾晃司――何となく桐山に似てる。あの冷たい瞳は以前の桐山を思い出させた――。




「もし見つかったら私殺されるのかしら?」
「だろうね」
佐伯は言葉を選ばす即答した。
(もっとも雅信は連れて帰るつもりらしいけどな。まあ、そんな事は不可能だけどね)
「あなたに殺されなくても、結局は殺されるのかしら?」
それは美恵の本心だった。
佐伯に限って言えば、自分に命の危険はない(今の時点では)
しかし、他の3人は違う。迷わず引き金を引くだろう。
それにしても、佐伯は自分が傍にいない時に他の転校生に見つかったら知らせろと言ったがそれがわからない。
隠れていろ、と言うからには、他の転校生の行動に佐伯が制止する権限は無さそうだ。
知らせたからと言って、どうこうなるわけではないだろうに。
美恵はチラッと佐伯を見た。
命の保証はするとは言ったが、やはり佐伯は信用できない。


「まだ心配事があるのかい?オレが信用できない?」
「……そういうわけじゃないけど」
「それとも他の奴等が怖い?」
「……そうね、怖いわ。もしも見つかれば、すぐに殺されるもの」
「安心していいよ、言っただろう命の保証はするって」
「あなたはね。でも他の転校生が……」
「そうだな、その時は」
佐伯は予想もしてなかったことを口走った。


「あいつらには死んでもらうか」


「……え?」
「約束しただろう?命の保証はするって」
「ま、待って……あなた何言ってるのか、わかってるの?」
「正直言って晃司は敵に回したくない。だから、あいつにだけは見つからないでくれ」
「……仲間と戦うっていうの?」
「必要ならね」




「君を守るために戦うよ。少しは感動してくれてもいいんじゃないかな?」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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