去年のバレンタインの事だった

「あ、あの……佐伯先輩、あたし先輩のこと好きです」
またか、佐伯は心の中で呟いた。
自分のことなど何も知らないくせに。
女って奴は顔さえ良ければ、中身はどうでもいいらしいな。
自分が、どれほど残忍で冷酷な人間か知れば、恐怖で動けなくなるだろうに。
それとも顔さえパスすれば、中身も自分の想像通りだと勝手に解釈する生き物なのか?
「……良かったら付き合って下さい」


いいわけないだろ?だから女は嫌なんだ


「悪いけどオレは今は誰とも付き合うつもりはないんだ」
「そうですか……あの、じゃあ…これだけでも受け取ってください」
綺麗にラッピングした箱。どうやらチョコらしい。
その少女は、それを佐伯に渡すと泣きながら走り去って行った。


ちなみに、そのプレゼントはと言うと数分後、焼却炉の中で灰になった。




キツネ狩り―61―




「ああムカツク」
「なんなんだよ、あいつは」
軍の養成所の一角で見た感じ中学生らしい背格好の男子が4人たむろしている。
「何言ってんだよ、おまえら」
4人は一斉に振り向いた。


「せ、瀬名さん!!」
「ムカツクって、まさかオレのことか?」
「ち、違いますよ……その」
「何だよ」
「……言わないで下さいよ。立花さんですよ」
「薫?あいつが何かしたのか?」
「こいつの彼女……施設で一緒に育った女なんですけど、それが立花さんに一目惚れしてチョコやったんですよ」

なるほど、悔しそうな顔してると思ったら、よりにもよって『愛の日』にフラれたってわけか。

「気持ちはわかるけど逆恨みだろ?」
「それは、そうなんですけど……」
「まだ何かあるのか?」
「鼻で笑ったんですよ!!80個近く貰ったらしくて『そんなに欲しいのなら恵んでやるよ。
どうせ大半は捨てることになるだろうからね』……って。
いくら将来は将官になるからってあんまりです。
あのひとはオレたち歩兵をゴミぐらいにしか考えてないんだ」


瀬名はあきれ返った。
馬鹿にされてコソコソ陰口たたいていた奴も虫が好かないが、どうも立花薫は苦手だ。
確かに、あの際立った美貌とは反比例したドス黒い性格には、瀬名自身時々ムッとする。
同性から見たら、嫌悪感の対象でしかないのに、やたら女にモテる。
全く世の女たちの男を見る目の無さは表彰ものだ。


「ふーん、告げ口か。文句があるなら直接言いなよ」
「「「「……!!」」」」
と、そこへ何と言うタイミングか、噂の陰険男・立花薫登場。
4人の顔を一人一人、まるで汚いモノでも見るかのように一瞥すると
「君たちの顔はしっかり覚えたよ。
僕が将官になったら、せいぜい、いい思いをしてもらうから楽しみにしてるんだね」

……全く、相変わらず嫌なヤローだな。

「それと、もう一つ。僕が貰ったのは87個だよ。間違えないでくれ。
もっとも、一つも貰えない君たち下郎には関係ないか」














「おまえさぁ、あの程度の事で一々嫌味いうなよ。器が知れるぞ」
「僕はね、虫けらは許せない性質なんだよ。汚いモノは排除するべきだろ」

……嫌な奴

「それとも君は、あのクズたちの味方気取りかい?
類は友を呼ぶっていうけど、まさか一応はエリートに属する君が、あいつらクズのお仲間とは思わなかったな」
「何だと?おい、ちょっと待てよ。そこまで言うなら教えといてやるけどな。
おまえは女にモテるのがご自慢らしいが、徹は100個近く貰ったって聞いてるぞ。
あいつは自慢にもならないと思ってるらしい。おまえも少しは見習って……」
「なんだと!僕の前で、あいつの名前を口にするな!!」
「……ハイハイ、わかりました」




佐伯徹と立花薫は何となく似ている。
性格とか、価値観とか。
ただ大きく違う点が一つある。
立花薫は女にチヤホヤされるが嫌ではないらしい。
佐伯徹は、その反対だ。
それは他人にはわからない理由があるのだろうが、とにかく佐伯は女に興味がない。
いや、嫌悪感すら抱いている。
同じ年頃の少年から見たら理解し難い感情だ。


多分、佐伯徹が異性に興味を持ち、必要とする日なんて一生こないだろう。
ましてや、愛しいと思うことなど決してありえない。

佐伯は誰も愛せない。
誰も必要としない。

決して他人に心を開かない憐れな男に過ぎないのだ。














「……ん」
目を開けた。誰かが傍にいる。
(……誰?)
ぼんやりと視界に映った、その男。
自分の頭に手をおいて、顔に掛かった髪の毛をソッとかきあげている。


「お目覚めですか、お姫様?」


どこかで聞いたようなセリフに美恵は飛び起きた。
「……ッ…」
まだ微かに頭が重い。
「……ここ、どこ?」
壁紙の色が違う。最初に監禁されていた場所ではない。
「ああ移動したんだよ。最初の家は燃えてしまったしね」
「…燃えた…って?」
そこまで言って 美恵はハッとした。
ようやく気付いたのだ、佐伯の顔がやけに近くにあることに。


どこの家かは知らないが、少々高級そうな家具が並ぶリビングルーム。
そのソファに佐伯は座っている。
ついでに美恵を抱きかかえた状態で。
美恵は慌てて、佐伯の胸部を押し返した。
よりにもよって、この男の胸の中で寝てたなんて。
おかげで完全に覚醒した。 と、同時に思い出したあの銃声。




「……また誰か殺したの?」
「いや、あれは殺害目的じゃないからね。平和的に話し合いに持ち込もうとしただけなんだ」

滝口はどうなったかといえば、佐伯にもわからない。
生きているのか、死んでいるのか。
滝口はあのままほかってきた。止めを刺しておくべきだったか、とも思う。
だが三村と違ってポイントの低い相手だったので、後で思い直したところで特に後悔もしなかった。
三村は惜しいことをした。あいつだけは殺しておくべきだった。
他の奴等が今どれだけ点数をかせいでいるかは知らない。
しかし三村を倒し、そして桐山さえ片付けておけば、まず優勝は間違い。


――オレはプロらしくないミスをした。


佐伯にとっては生まれて初めての汚点に違いない。
だが、悔やんだところで、どうにでもなるものではない。
とにかく、当初の計画通り桐山を片付ける。
三村も、あれだけ痛めつけたのだから、しばらくは動けないだろう。
焦ることはない。




改めて美恵に視線をやった。 少し震えている。
「寒いのかい?」
それはそうだろう。濡れたセーラー服を着ているのだ。
「脱いだ方がいいな。そのままだと風邪をひく」
佐伯は立ち上がると、テーブルの上に置いてあった服を取り差し出した。
「着替えだよ。君の好みに合うかどうかわからないけど」
そう言うと佐伯は、またソファに座り込んだ。 暇つぶしなのか小説らしきものを読んでいる。
2.3分たった頃だろうか? 佐伯がチラッと美恵に視線を向けた。


「着替えないのかい?」
「……あの」
「何か足りないのかな?」
「……そうじゃなくて」
「君の趣味に合わないのか?今は、それで我慢してもらうよ。
そのビショ濡れの制服よりマシだろ?」
「違うわ……ここで着替えろって言うの?」
「?」
佐伯は少し考えた。


「……ああ、そういうことか。安心しなよ、ちゃんとカーテン閉めてるだろ?
それに、この辺りには誰もいない。気配を全く感じないんだ。
覗き見しようなんて奴はいないから気にすること無いよ」
「……あなたがいるじゃない」
「オレ?」
「少し席をはずしてくれないかしら」
「悪いけど、もう君から目を離すのはやめた。オレのいない間に、どこかにいかれても困るからね」
「……待ってよ、あなたの前で裸になれっていうの?」
「何か問題でもあるのかい?」
「大アリよ!!……男のひとの前で」
「オレは気にしないよ」
「……私が気にするのよ!!」














「……今、何時だ?」
「…えっ…と。11時37分よ」
「……そうか」
三村たちは最初の隠れ家まで来ていた。
「とにかく、ここで休みましょ」
「……ダメだ」
「え?どうして」
「そうよ。それに三村くんの手当しないと」
「もっと先……D地区との境界線辺りまで行くんだ」
聡美とはるかはお互いの顔を見合わせた。


「……奴は、佐伯徹は容赦もクソもない奴だった」


「佐伯徹……?」
「真弓を殺した……あの?」
「ああ……なぜ奴がオレに止めを刺し忘れたのかわからない。
だが、もしも奴とまた出くわすことになったら今のオレじゃあ逃げることすらできない。
まして、おまえたちを守ってやることなんて出来ない」
「でも、どうして境界線まで?」
「ずっと考えてたんだ?なぜ、あの時……高尾晃司はオレに止めを刺さなかったのか……ってな……」




ほんの数メートルの位置にいながら高尾は引き返した。
佐伯の言葉を信じるなら、自分は高得点だ。見逃すはずが無い。
勿論、高尾の戦いぶりから、あの男に情けや憐れみがあるとは思えない。
そして出した答えは一つだ。
おそらく、奴等は区内しか動けないルールでもあるのだろう。
勿論、何か条件が揃えば、そのルールは終了となるだろうが。
三村は、その事に気付いたのだ。

「じゃあ、境界にいれば安全ってこと?」
「……しばらくはな。多分、終了時間があると思う。それがいつかはわからないが」


……天瀬

三村の胸に美恵の顔が浮かんだ。




『彼女とは一夜を共にした仲だから』




クソ!オレは何を考えてるんだ!!
くだらない事に気を取られている場合じゃない
とにかく天瀬は生きている、生きているんだ!!
生きてさえいれば、生きていてくれさえすればいい
他の事は考えるな!!




今度は佐伯の憎らしいまでに自信に溢れた顔が浮かんだ


――あいつ!!


悔しそうに唇を噛んだ。
生まれて初めて殺意を抱いた。
殺してやりたいくらいにひとを憎んだ。

だが、あいつは美恵の命までは取らないだろう
とりあえず今のところは


――天瀬


オレは必ず、おまえを救い出す
だから……生きていてくれ
どんな事があっても


頼むから生き抜いてくれ




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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