「このオタク野郎が! オレをなめてるのか!?
ひとの女連れ出して知らないで済むと思っているのか!?
このッ……アニメオタクがぁ!!」


滝口の髪の毛が掴み上げられた。
そして、次の瞬間、滝口の頭部は湯船に突っ込まれた――




キツネ狩り―60―




「ち、違うんだ!!相馬いい加減なことを言わないでくれ!!」
「何よ。今さら照れなくてもいいじゃない」
「見損なったよ秋也!!」
「……ち、違う!!誤解だ!!!」
「……何だよ秋也。オレ、秋也は一途で純情な奴だと思ってた」
「だから違うって言ってるだろ!」
「女の人に関係迫るなんて最低だ!!」


「いい加減にしなさい!!」


その野太い声に3人は一斉に振り向いた。
「さっきから聞いていれば……国信くん、あなた七原くんの一番の親友なんでしょ?
彼の話も聞かずに一方的に責めるなんて酷いと思わない?
七原くんにだって言い分はあるでしょ?
ずっと一緒にいてわかったけど七原くんは本当にいいひとだわ。
誠実で優しくて……そんな七原くんを親友のあなたが信じてあげなくてどうするの?
アタシは信じるわよ。七原くんは、そんな男じゃないわ」
「……月岡」
七原はジーンと胸に込み上げてくるものを感じた。
ただ、こき使われてただけだと思ったが月岡は、ちゃんと自分のことを認めてくれていたのだ。


「ありがとう月岡」
「いいのよ七原くん誰にだって過ちはあるわ。気にすること無いわよ」


「………おい」














「…ゴ、ゴホッ…ッ、ウァッ……ブ…!!」

大きな水泡が、まるで沸騰している鍋のように連続して浮かぶ。
バシャバシャと激しく叩き付けられ波をたてる水面。


……苦しい!!


「…ゲ…ゲホォッ……!」
口から、鼻から、まるで顔中にある穴から水がなだれ込んできるような感覚。


……苦しい…!!
…し…死ぬ……


このまま風呂場から三途の川に直行か?
グイッと顔が引き上げられた。


空気、空気だ!!


しかし、そのありがたみを感じる暇なく滝口は咳き込むように水を吐いた。
が、生きている。生きている。今のところは。


「喋る気になったかい?」


ハァハァと、これ以上ないくらい大きな呼吸音を自分の身体の奥から感じながら、滝口はチラリと佐伯に視線を向けた。

本気だ!本気で殺す気でいる!!




「彼女をどこにやった?」
「……ハァ……ハァ……」




何回か、深呼吸した後。

「……し、知らない……」


バシャッッ!!
再び激しい水しぶきをあげながら、滝口は湯船に叩き込まれた。


……だ、誰かッ……! ……誰か助けてッ!!


「さあ言え!!」
「ゲッ……ゲホォッ…!」
「言えといってるんだ!!」
「……ウエォ…!……ヒッ……ゲフッ…!」
意識が遠のいていく 。これが死ぬということなのか?
「言え!!死にたいのか!?」
「…し、知らないッ!!!……本当に知らないよ!!」
何度も水の中に突っ込まれながら、滝口は叫んだ。


「……まだ、言うか!!」


佐伯の苛立ちは急激に上昇しだした。
「……ゲフゥッ…!」
滝口の頭が引き上げられた。しかし、それは一瞬に過ぎない。
滝口の髪の毛を掴んでいる佐伯の手に今まで以上に力が込められた。
今度は滝口の上半身まで一気に湯船に沈めた。
滝口が激しくもがく、まるで台風直撃の海面のように水しぶきが飛び散った。




「オレを怒らせたらどうなるか、たっぷりと教えてやる!!」




数分後、滝口の足がバタバタと動いた後、ガクンと力が抜けたように腰から下がった。
しまった、やりすぎた。佐伯は滝口を引き上げた。
ピクリとも動かない。殺すのは簡単だが、今死なれては困る。
滝口の顔は血の気が全く無かった。
「おい」
滝口の口からヒューヒューと微かに空気が漏れるような音がする。
呼吸音だろうか?

「……死んだのか?」


こいつ、最後まで天瀬 美恵の居場所を吐かなかった。


――まさか

その時、佐伯の胸に嫌な想像が浮かんだ。
あの家――焼け落ちた、あの家。


『知らない!!本当に知らないよ!!』


――まさか、あの炎の中に

そんなはずはない!!
あの女は、いなかった!!

そうだ、影も形もなかった、こいつが連れ出したんだ!!




家中探したわけではないが、確かにいなかった。
しかし、しかしだ――佐伯の胸に、まるで吐く一歩手前のような感覚が、湧き上がってきた。
もし――もしもだ、こいつの言葉が真実だったら、あの女は、天瀬 美恵は、まだ、あの家に。
いや、燃え尽きる寸前の、あの家の中で、すでに――?


「起きろ!!」
佐伯は滝口の胸倉を掴むと激しく揺さ振った。
「起きろと言ってるんだ!!」
しかし、滝口はカクン、カクン、と前後に揺れるだけで、まるで反応しない。
「殺されたいのか!?」
しかし、滝口はピクリとも反応しない。 本当に死んでしまったのか?


……ガタッ……


物音が聞こえた。
(何だ?)
佐伯は滝口から手を離すと、ベルトに差し込んだ銃を手にした。
(……玄関か)
慎重にバスルームの扉から、玄関の方をみた。

――佐伯は走り出していた。

美恵だ。
玄関のドアに掴まっていたが、崩れるように、その場に倒れた。




「……美恵!!」




駆け寄り片膝をつくと、佐伯は美恵を抱き上げた。

(――生きていた)

確かに生きている。
抱き締めた身体は雨に濡れ冷たくなってはいたが、微かにぬくもりを感じた。


「……お…がい…よ」


意識がはっきりとはしていない。
まだ、クロロホルムの効果が残っているのだろう。


「……おね…がい……もう…殺さない…で……」


微かだが、今度ははっきり聞こえた。

「ああ、わかった」

勿論、嘘だ。しかし、その言葉を聞いた美恵は再び意識を手離した。
それから佐伯は美恵の頬にそっと触れた。

――生きていた


佐伯はハッとした。
こんな事は生まれて初めてだった。




美恵が生きていたことに、今自分は心の底から安堵した。
まさか、自分は、この女が無事だったことにホッとしているのか?

自分以外の人間、いや自分以外の全てに対して何の価値も持てない自分が
ましてや、たかが女ひとりに


――いや、違う
佐伯は、それを否定した。


そうだ、この女が死んだら、桐山をおびき寄せるエサが無くなる
そうなったら、自分の今までの苦労が水の泡だ
だから安心しただけだ

この女も、今まで自分が利用してきた人間と何ら変わらない
利用価値という名の重さしかない
父と同様に利用するだけに過ぎない

死んでもらっては困るが、あの父が死んだところで自分は何の悲しみも感じないだろう
この女もそうだ


とにかく生きていた
これで計画通り全てが上手くいく

だから安心した。それだけだ


――それだけに過ぎない




「………――…くん…」


美恵の愛らしい口から微かに言葉が漏れた。
その瞬間、佐伯の瞳の色が変わった――。




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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