事実か、単なる脅しでいったのか、それは周藤にしかわからない。
もっとも高尾は脅しなどが通用する相手じゃない。
だとすれば周藤の言葉は――。
キツネ狩り―6―
時計は4時を少し回っていた。闇は、まだ深い。
ほんの数分前、鳴海雅信が校門をでたばかりだ。
「おい、どう思う?」
校門付近で、見張りをしている数人の兵士たちは、つまらない談話に花を咲かせていた。
「おまえたちも賭けてるんだろ?」
ほとんど公然となっていた政府高官の賭博と同様に、末端の兵士たちにも闇賭博は存在した。
「やっぱり、鳴海雅信じゃないのか?あいつは殺人マニアだからな」
美恵が感じた異常とも思える独特のオーラ。
それは、やはり確実に存在していた。
「オレは、高尾晃司だ。何しろ、奴は天才だからな」
「……おいっ!」
一人の兵士が小声で叫んだ。
校舎入り口に三人同時に姿を現した、高尾、佐伯、菊地。
先程の、コンビニあたりで暇を潰している不良のような態度はどこへやら。
兵士たちは、瞬時に整列して、直立不動の姿勢をとった。
その前を、ゆうゆうと歩いていく三人。
年齢で言えば、兵士たちは高尾達より、たっぷり10歳は年上だ。
だが将来は間違いなく将官の椅子に座ることが確定している彼らとは、今の時点ですでに大きな開きがある。
そして、もちろん戦闘力においては、それ以上の差があることは言うまでもない。
校門をくぐる三人。もちろん周囲に気を配ることは忘れてはいまいが、人の気配はゼロ。
待ち伏せしている奴がいるかもしれないと、少しは期待していたが、ただの期待はずれだったようだ。
「桐山財閥の若様はオレが殺らせてもらう」
悪いな、と捨てゼリフを残し、北西の方角にさっさと走り出す菊地。
ラッキーな奴だな、と佐伯は胸ポケットからメモを取り出した。
E地区に捨てられた憐れな子羊たちの名が書き込まれている。
オレは随分とクジ運が悪いな……。
仮に、E地区の連中を皆殺しにしても、その総合得点は桐山の1000ポイントにはるかに及ばない。
だが――。
ニッと佐伯は笑みを浮かべた。
残忍な性格とは裏腹に普段はもの静かな男を演じている佐伯には、このゲームが始まる前から一つの確信があった。
それは天瀬美恵の存在だ。
自分に平手打ちなんて、ふざけたマネをしてくれた生意気な女。
鳴海雅信が手を出すなと念を押したことなどは、もうどうでもよかった。
自分からプログラムに参加した桐山。
免除されるはずだったデスゲームに自ら飛び込んだ桐山。
『天瀬は帰れるのか?』
『オレは残る。プログラムに参加する』
――桐山は間違いなく、このE地区をめざすはずだ。そう、多分。
――オレは待っていればいい。あの生意気な女・天瀬美恵を捕らえてな。
しかし、一つだけ気掛かりなことがあった。
――周藤晶、あいつは一体何を考えているんだ?
純粋戦闘者の菊地や、単に殺しを楽しむ鳴海。
そしてポイント獲得には全く興味を見せない、ヤル気があるのかないのかわからない高尾。
彼らと違い、周藤は佐伯と同じ種類の計算高い面を持つ男。
このゲームを将来の出世へとつなげることを最優先に考えている男。
当然、周藤も気付いているはずだ。桐山がE地区に向かうであろうことを。
そして、その最短距離はC地区(周藤の担当区域だ)を通ること。
――そんな男がおめおめと自分の管轄を通すというのか?
その頃――
暗闇の中とは思えないほど、スムーズな動きで移動している一つの影。
特徴的なオールバックの男、桐山和雄だ。
右肩にはディパックをかかげ特に武器もない。
支給されたものは何の変哲もないナイフだった。
接近戦でなければ(もちろん相手が銃を持っていないことを前提として)当てに出来ない代物だ。
そして、彼が降ろされた場所は、A地区の中でも最北端。
坂持が言っていた、断崖絶壁のすぐそばだった。
同じ地区には、桐山ファミリーの中でも、最も忠誠心の強い沼井がいた。
しかも、沼井は桐山より先に降ろされている。
普通の人間なら見知らぬ土地しかも暗闇という悪条件も手伝って、降ろされた場所の位置など皆目、見当もつかない。
だが桐山にはわかっていた。
しかし桐山は沼井がいる場所へは向かわずに真直ぐにE地区を目指していた。
「……天瀬」
チラッと時計に目をやった。月明かりが針の位置を暗闇の中に浮かび上がらせた。
午前4時を少し回ったところだった。
その頃、B地区では――
内海幸枝(女子2番)はディパックの中から取り出した銃を片手にじっと木の影から周りの様子を伺っていた。
幸枝はバレー部のエースで、その身体能力は、B組女子の中では貴子についで優秀だった。
だがもちろん戦闘能力など皆無だ。
それだけなら日頃修羅場を経験している光子たち女子不良グループの方が上だろう。
だが、幸枝は成績もさることながら、その頼りがいのある性格のため、非常にクラスメイトの人望が厚い。
それなりに生徒たちをまとめ上げるだけのリーダーシップを発揮できる生徒。
そのため他の女子生徒よりはポイントが高かった。
もちろん桐山はや女子不良代表の光子、抜群の身体能力を持ち気性も勝る貴子には及ばないが。
とにかく1秒でも早く仲間と合流することを幸枝は優先した。
自分のように強力な武器を支給されたものもいるかもしれない。
人数と武器さえ揃えれば、そう簡単には殺られるはずがないと考えたのだ。
林を抜けると少し明るくなった。
幸枝が降ろされたのは山の頂だったが、ようやく道路がある場所まで移動できたのだ。
下方30メートル先に車道がみえる。
しかし、幸枝はギクッと顔を強張らせた。
その車道の脇に学ランが見えた。もちろん男だ。
そして、このゲームに参加している学ランの男はクラスメイトと、敵である転校生たちしかいない。
確率は……単純に比較しても、クラスメイトである可能性のほうが高い。
しかし、もしも転校生だったら?
幸枝は慎重に身を乗り出した。銃を持っているようだ。
緊張しているのか遠目にも震えていることがわかった。
さらに目を凝らすと坊主頭だということがわかる。
(ルックスもばっちりだった転校生たちに坊主は一人もいなかった)
よかった、仲間が見付かった!!
あの坊主頭はきっと旗上だろう(もう一人の坊主頭のクラスメイト川田はD地区だ)。
正直言って頼りになるとは思えないが、いないよりはマシだ。
何より、銃を持っている。
旗上自身はともかく、手にしている銃は頼りがいがあった。
早速、声をかけようと、さらに身を乗り出した幸枝。
――が、次の瞬間、恐怖に固まった。
月明かりに照らされて、さらに輝きを増しているフラッパーパーマの金髪が登場したのだ。
もちろんクラスメイトに金髪に染めた奴など一人もいなかった(それに近い茶髪は数人いるが)
「ひっ!!」
旗上も気付いたようだ。まるで、暗闇から沸いたように現れた、その男に。
その恐怖に満ちた表情は幸枝の比ではない。
「く、来るなぁ!!」
「……………」
銃を構える旗上、たいして相手はあまりにも防備だ。
ディパックを肩にかけた状態で、武器すらもっていない。
いくら何でも丸腰と銃では勝負にならないだろう。
「それ以上近づいてみろ!!う、撃つぞ!!」
これ以上ないくらいに引き攣った顔の旗上、震える手で引き金にグッと力を込めた。
距離はホンの5メールほど。しかも真正面。
外すわけがないと確信した旗上はトリガーにかかっている指を引こうとした。
次の瞬間には敵とはいえ同じ年頃の若者が、痛々しい死に様を遂げることだろう。
しかし、幸枝が見たものは、全く逆のものだった。
先程まで左肩にだらしなくディパッグをかけていた男が動いた。
まるで標的に狙いを定めたチーターのように一気にスピードアップしたのだ。
「うわぁー!!」
引き金を弾こうとする旗上。
だが、その前に、目に何か得体の知れないものが眼に飛びこんできた。
反射的に瞼を閉じる。だが、眼前の敵に恐怖を忘れたわけではない。
むしろ、予告もなしに暗闇に襲われたことで、それは倍増していた。
バーンっ!!
この島に始めての銃声。
いや正確には天堂真弓殺害を含めると、二度目の銃声が鳴り響いた。
ドスッ!!
「!!!!!」
ポタポタ……何かが滴り落ちる。
それは旗上の制服を染め、さらに地面にも侵食した。
「……あっ……」
声は出なかった。何かに圧迫されて出せなかった。
再び、瞼を開けることなく旗上はゆっくりと、倒れた。
その心臓の鼓動が確実に静止するまで、何が起ったのか旗上には全くわからなかった。
そして、それは旗上自身には永遠に解明されることはなくなったのだ。
しかし、幸枝は見ていた。
その男――名前は確か鳴海雅信――が、ダッシュした瞬間、右手で握っていた何かを旗上の顔面に飛ばしたことも。
(幸枝には、見えなかったが、ただの砂だった)
思わず、旗上が目を瞑り、それでも尚、発砲したことも。
(だが、当然、当たらなかった)
その銃声が鳴り止まぬうちに、鳴海が素早く学生服の裏側に仕込んでいたナイフで、旗上の喉を切り裂いたことも。
ビクビクと小刻みに動き、かろうじて生きているだけの旗上も。
その旗上の手から銃を引きはがし、さらに旗上のディパックから弾を回収したのも。
そして、もはや止めをさす必要さえない旗上には目もくれず、その場をゆっくりと去ったことも。
幸枝は全て見ていたのだった。
【B組:残り41人】
【敵:残り5人】
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