天瀬さん、しっかりして」
うなされる美恵 に滝口は、その小さな胸を痛めていた。
「あ……そうだ、着替え用意しないとね」
そう、美恵を背にしていた滝口はそれほどでも無いが、美恵 は、雨にびしょ濡れだった。
どうやら、この家は男所帯らしく女性物の服は無い。
「ちょっと待っててね。着替え探してくるから」
滝口は、そう言って立ち上がると、まず隣の家にお邪魔することにした。




キツネ狩り―58―




全く……あいつは何考えてるんだ?

先程から怖いくらいの表情でジッと窓の外を見詰める周藤。
あんな事があった後だ、さっさと仕事に行け!!と怒鳴ってやりたい。
しかし坂持自身判断を誤って被害を増幅させてしまった責任がある以上、それを声にするのははばかられた。
何より、周藤の様子がおかしい。
さわった途端、爆発しそうなくらい怖い雰囲気だ。
ふいに周藤がディバッグを肩にかけた。

「周藤どこに行くんだ?」
「仕事に決ってるだろ。くだらない事を言うな」














――三ヶ月前――


「直人、待てよ直人」
「……俊彦」

某軍施設内の廊下を歩いていた菊池。後方から聞こえる声に立ち止まった。

「おい聞いたか?今度のプログラム、特選兵士から出すって話だぞ」
「ああ、もう知っている。親父は情報収集が専門だからな」
「そうか、それにしても相変わらず上の連中のやることときたら……」
と、言いかけて瀬名は少々言葉に詰まった。
菊地の左目の下に目立たないが痣があったからだ。


「……また親父さんなのか?」
菊地は特に返事はしなかった。
「相変わらずキツイよな、おまえの親父。なあ直人」
「何だ?」
「オレのところに来いよ。うちの上官も褒められた性格じゃないぜ。
短気だし、酒癖悪いし、でも、おまえの親父よりはマシだと思う」
「そういうわけにはいかないだろう」
「でもさぁ、疲れないか?言いたくないけどムチャクチャだぜ、おまえの父親は」
「もう慣れた。それに親父には借りがある」
「……そうか」
瀬名は、それ以上は言わなかった。


「それより俊彦。例のプログラムだが」
「ああ、参加者が定員に満たなかったら、上から命令が下るだろうぜ。
オレは、はっきり言ってごめんだ。弱い奴と女は相手にしたくない」
「安心しろ、もう3人決っている。他にも志願者がいるらしいし、おまえが参加するまでもない」
「もう3人も決ってんのかよ?」
「雅信と徹だ」
「あいつらか」




瀬名は名前を聞くなり納得した。
鳴海雅信は言いたく無いが殺し専門の工作員だ。
こういう任務は命令がなくても出るだろう。
しかし佐伯徹はわからない。
善良な一般市民を殺すことなど蚊を殺す程度の感覚の持ち主ではあるが志願する理由が無い。
自分達のように何の後見もない孤児と違い、佐伯は(噂で、ちょっと聞いただけだが)軍のお偉いさんの御落胤。
こんな任務を受けなくても、他に出世の道はいくらでもある。
それなのに志願するなんて、どんな理由があるのだろうか?
どうせ、下らない理由だろうが。


「3人目は」
「オレだ」

途端に瀬名の目が丸くなった。

「おい冗談だろ?温室育ちなんか相手にするの嫌ってたじゃないか」
「親父が決めたことだ。オレに選択権は無い」
「相変わらずだよな、おまえの親父さんも」




全国から選りすぐられた少年兵士の中から、さらに選ばれた12人。
12人は、それぞれの軍部を離れ、この一般には知られてない軍施設で特殊教育を受けている。
その中から5人選びプログラムに参戦するということで、プログラム委員会はいつにも増して白熱していた。


「……後2人か。誰になるのかな、勇二あたりが志願しそうだよな」
朝一番で会議室に集合命令が出た。 おそらく残りの2人を決定しようというのだろう。
だが、瀬名の予想は少し違った。会議室近くで、どよめきが起っているのだ。
「なんだか騒がしいな」
会議室入口で事務官が何人も忙しそうに出入りしている。
その近くで、腕を組んだまま壁に背もたれしている状態で、蝦名攻介が立っていた。


「攻介、何があったんだ?随分騒がしいようだけど」
「4人目が決った」
「ふーん、早いな。で、誰だ?勇二か?」
「科学省が申請したんだよ」
「科学省が?それじゃあ志郎がでるのか?」
「それなら、問題はなかったんだ」
「どういう事だよ」
瀬名は僅かに眉を寄せた。




「聞いて驚け。晃司が参戦するぞ」




菊池も瀬名も一瞬言葉を失った。
高尾晃司は、12人の中でも最強と言われている。
国内ではなく、むしろ海外での軍事活動に従事し、その戦歴は将官顔負けだ。
南米某国での大使館を占拠したテロリストを一掃した事件を筆頭に、欧州や北米を中心に華々しい活躍を遂げている。
その高尾晃司が今さら一般中学生を相手にするなんて。

「おいマジかよ?何考えてるんだ科学省の奴等は?
晃司は奴等ご自慢の戦闘マシンだろ。 それを今さら普通の中学生とやらるなんて」
「さあな、だが、そのせいで誰が5人目になるかで揉めてるんだ」




「だから、これはもう決ったことなんだよ」
特選チームの面倒を見ることになった坂持はほとほと困惑していた。
「晃司が行くことはない。晃司はオレたち科学省出身者の筆頭だ。
オレたちにも面子というものがある。
全国トップクラスだろうが、オレたちから見れば、ただの中学生に過ぎない。
そんな奴等の相手を晃司がするなんて話にならないだろう。
晃司が行くならオレがいく。だから晃司の参加を中止させろと言ってるんだ」
「……堀川、困らせないでくれないかぁ?高尾の参加を申請したのは、その科学省の長官だぞ。
先生の一存で決められるわけ無いだろう?」


「晃司が行くならオレも行く。それなら問題は無いだろう。
さっさと書類に捺印しろ。それとも、この程度の事務処理も出来ないのか?
それで、よく教育者が務まるな」
今度は速水志郎が、しゃしゃり出てきた。
どうも科学省出身の奴等は、特殊な出生のせいか感情が表にでない上に可愛げが全く無い。


(……何て扱いにくい連中だ。ああ、教師になんてなるんじゃなかった)

「おい、ふざけるなよ。晃司が参加すると決定したとたん態度変えやがって。
オレは、二日前から申請してたんだ。当然オレが最後の一人だ。
わかってるだろうな坂持?」

(……和田、先生に向かって呼び捨てするなよ。全く、どいつも、こいつも……)

「とにかく、おまえたちの希望はわかった。上に報告しておく。決定は後日連絡するから。
いいか?誰が選ばれても恨みっこ無しだぞ?」


その日のうちに上層部で会議が行われた。
そして他の2人より先に申請手続きをしていた和田勇二に内定したのだ。
しかし、その僅か24時間後に内定は取消。
そして全く候補に上がっていなかったはずの周藤晶に急遽正式決定した。














オレは必ず優勝してみせる
それは必然だ
そうでなければ何の為に参加したのか意味が無い


周藤は、ディバッグを掛け直すと、E地区に向かって歩き出した。














「……えっと、これなんか見た感じ天瀬さんに合いそうだな」

滝口はタンスの引き出しから出した服を5.6枚ひろげた。
サイズも多分いいだろう。
もっとも美恵 の服のサイズなど滝口には知るよしも無いので、あくまでも直感だが。
この家の住人は、どうやら自分達ど同世代の女の子がいるらしい。
部屋の隅にセーラー服が掛けてある。
いくら緊急時とは言え、女の子のタンスの引き出しを勝手に開け服を物色する行為は滝口の良心を痛めた。
顔を上げると、この部屋の主の女の子が愛用していたらしい等身大の鏡が滝口を映し出していた。
きっと、この鏡で日夜、自分の姿をチェックしていたのだろう。


「ごめんね、勝手なことをして。少し服を借りるだけだから」
それから滝口は借りる服を選ぶと、他の服をたたみ元あった場所にしまい、引き出しを閉めた。
「さて……と」
滝口は立ち上がろうと顔を上げた。




「…………!!」




等身大の鏡に滝口の顔面蒼白の顔が、はっきりと映し出されている。


「……あ…ぁ……」


滝口の顔色が、さらに青白くなっていった
ガクガクと手足が震える。


――振り向けない


恐怖で硬直した肉体は微動すらできない
ただ――そう、ただ視線を固定されたように鏡と向き合う事しか出来ない

そして、その鏡の中に滝口の恐怖の対象はいた
正確には、その鏡が映し出した滝口のバックにだ
ほんの数分前に顔をあげた時には部屋の壁しか映してなかった、その鏡に――

まるで、フッと浮き出たように映っていたのだ

腕を組み、壁に背を預けた格好で
そして、その瞳は、はてしなく冷たい色を浮かべている
今まさに、ほんの3メートルほどの距離しかない位置に

自分の、すぐ背後に――。


「うわぁー!!」


佐伯徹が立っていた。




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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