ハンカチを握り締めじだんだを踏む坂持。
下級兵士が数人やられただけならいい。
しかし軍用車3台の損失は大きい。
百万単位のシロモノではないのだ。
そして、さらにムカツクのは周藤の態度だ。
なんと、こんな時に、呑気に携帯をかけている。
どいつも、こいつも……何て可愛くない生徒なんだ。
キツネ狩り―57―
雨が激しくなってきている。滝口は懸命に先を急いだ。
「……やっとついた」
道を抜けると、そこは数十軒家が立ち並ぶ集落だった。
とにかく、ここの家に雨宿りしようと滝口は考えた。
このまま歩いていたら美恵が風邪をひいてしまうからだ。
滝口は、辺りを見回すと赤い屋根の家を選びお邪魔した。
幸い鍵はかかってない。 後は雨が止むのを待つ。
何しろ、こんなゲームに巻き込まれなかったら今頃は夢の中という時間なのだ。
辺りは真っ暗。こんな時間にうろつくのは転校生がいなくても危険だ。
(もっとも坂持たちがいる学校だけは照明がバッチリで明るかったが)
それに美恵が眠っている以上、このまま背負って移動するのは重労働だ。
いざという時に動きがとれないのでは話にならない。
1時間か、2時間か……いつ目覚めるかはわからない。
だが美恵が監禁されていた家からは随分遠くまで来た。
おそらく、あの近くにいる可能性が高い転校生とは、きっと出くわす可能性も低い。
ここなら安全だと、滝口は楽観的に考えた。
家に上がると美恵をリビングルームのソファの上に降ろし、タオルで濡れた髪や顔を拭いてやった。
「天瀬さん、もう大丈夫だよ」
とにかく今は休もう。そして美恵が目覚めるのを待つのが一番いい。
「……天瀬……痛ゥッ…!」
瞼を上げた途端、突然痛みが襲ってきた。
「三村くん、大丈夫?」
「……谷沢……野田?」
ぼんやりとした視界に2人の顔が映った。
「……オレは……生きてるのか……?」
それは喜びというより疑問だった。
あの男――佐伯徹――は戦闘のプロだ。それも冷酷非情で残忍な。
その男が止めを刺し忘れるなんてことがあるのか?
しかし、現に自分は生きている。
ふと高尾晃司に追われた時のことを思い出した。
そう言えばあの時も、ダメだと思ったのに助かった。
もしも今の自分の運が最高だとすれば、自分は一生分のツキを使い果たしてしまったのかもしれない。
それから、うつろな目で、ゆっくりと2人の顔を見た。
「……何で来たんだ?」
「……だって三村くん1時間以上も帰ってこないんだもの」
「言ったはずだ。待ってろ……って。帰ってこなかったら……」
喋るのも苦しい。
だが、痛みを感じるということは自分の身体は、まだ死んでいないという証拠だ。
あまり、ありがたくない証明だが。
「とにかく、ここから逃げないと。聡美、そっち持って」
「ええ」
はるかと聡美は、それぞれ三村の両腕を肩に掛け、三村を立たせた。
「三村くん、なんとか歩ける?」
「……ああ、悪いな」
クソッ……サードマンが、なんて様だ
「雪子よかった、無事だったのね」
美恵は駆け寄り雪子の肩に手を置いた。
……ドサッ……
雪子の身体が崩れるように倒れた。
「……雪子?」
死んでる…!!
ふと前方を見ると顔に風穴を開けられた天童真弓が転がっていた。
後方には、やはり血まみれの清水比呂乃と元渕恭一が、白い目をして横たわっている。
「………ッ!!」
……いや……
「……ぅ」
……助けて、誰か助けてッ!!
「……ッ!」
瞬間、心臓が凍りつきそうになった。誰かが肩に手を置いたのだ。
しかし、次に聞こえた声こそが美恵が、ずっと待っていたものだった。
「天瀬」
冷たく低くは無いが威厳のある声、懐かしい声
「……桐山くん」
「遅くなって、すまなかった」
美恵は思わず、その胸に飛び込んだ。
桐山が、そっと抱き締めてくれた。
「もう大丈夫だ」
「……うん」
とても温かかった……。
「契約違反だな、美恵さん。君はオレのものになると誓ったはずだろ?」
……え?
この声…このゲーム開始から何度も聞いた……桐山のものではない。
耳元で囁く、この声……この声は……。
「……痛い…!」
抱き締められている腕に力が込められる。
「浮気の現場みせつけられて黙ってるほど、オレはお人好しじゃないよ」
美恵は恐る恐る顔を上げた。
「……あ…あなたは……」
ガクガクと足が震えた。
その男――もちろん桐山ではない――は微笑こそ浮かべていたが、腕に込めた力が如実に怒りを表していた。
「それとも、まだ彼の方がいいのかい?」
「……痛い…!……離して…」
「オレが、あの男に劣るとでも言いたいのかい?」
「……お願い、やめて……」
「第一、彼はもう君を守ることは出来ないんだよ」
「……え?」
その男がスッと指差した先に――桐山はいた。
「桐山くん?」
静かに横たわっている。
「……桐山くん…?」
「まだ、わからないのかい?それとも信じたくないのかい?」
――いや、言わないで
「彼は、もう死んだんだ」
「……嘘よ」
「真実だよ」
「嘘よ!!」
「本当さ。だから君を守ってやれるのはオレしかいないんだよ」
「だから、もう他の男のことは――桐山和雄は一切忘れろ」
「完全に忘れ去って二度と思い出すな」
抱き締めた腕に、さらに力が込められる。
その男――佐伯徹は、さらに言った。
「オレを裏切ることは許さない」
「――絶対に」
「……や…ぁ……いや……」
「天瀬さん、天瀬さん、しっかりして」
滝口はどうしていいかわからずオロオロした。
この家について、やっと落ち着けると思ったのに、数分前から美恵がうなされ出したのだ。
最初は熱でもでたのかと思った。
何しろ、この極限状態だ。精神的疲労に肉体が悲鳴を上げてもおかしくない。
しかし、額に手をおいてみた限り発熱ではないようだ。
「怖い夢でも見てるのかな」
それなら納得できる。
こんなゲームに放り込まれるなんて女の子には刺激が強いなんて言葉ではすまない衝撃だろう。
まして、美恵は転校生の一人に監禁されていたのだ。
「うなされるくらい酷い事されたんじゃ……」
滝口は、そっと毛布(もちろん、この家の押入れから失敬した)を掛けた。
「……可哀相に……でも、もう転校生はいないから安心して」
時計を見た。もうすぐ11時を過ぎようとしている。
この家についてから30分近くたっているようだ。
「……田舎の小島のくせに、何でこんなに家があるんだ」
この雨のせいで、美恵を盗んだ奴の足跡は綺麗に消え、おまけに道が二つに分かれていた。
佐伯は心の中でまだ見ぬその相手に、すでに死刑宣告をだしていた
佐伯は滝口が向かった集落とは反対方向にある、やや海沿いの集落に向かった。
そこには目立たない家が10軒ほど立ち並んでいた。
佐伯は、その家々を(それこそ、やや乱暴ともいえる方法で)一軒一軒くまなく調べた。
そして最後の家を調べ終え(障子やドアは蹴破られ悲惨な状態だ)、元の道を分岐点まで戻った。
そして今この集落までやって来たのだ。
滝口が安全だと確信している、この集落に。
「……あの家から調べるか」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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