「オレ?オレは……直人かな」
その頃、7人が居る会議室から離れた情報室ではざわめきが起きていたが7人の耳には、まだ届いてなかった。
「あいつは負けず嫌いだからな」
「それだけか?おまえは直人と仲が良かったからな」
廊下を全速力で走る足音。少しずつ大きくなっていく。
「まあ、それも少しはあるけど」
バターンッ!!
勢いよくドアが開いた。
「何だ、うるさいぞ!!!」
短気な和田勇二の怒鳴り声が響いた。
しかし、その事務官は怒鳴られるまでもなく顔面蒼白になっている。
あきらかに何かあったようだ。
「何のようだ?」
冷静沈着な氷室隼人、その物静かな声にもかかわらず、事務官は相変わらず震えていた。
「……とんでもない事が起きました。菊地少尉が……」
キツネ狩り―56―
「……疲れた。それに、このまま歩いてたら天瀬さんが濡れちゃうよ。どこかで雨宿りしないと 」
滝口は肩越しに見える美恵の顔を見て足を速めた。
あの家の地下室で美恵を見つけたことは万に一つの幸運に違いない。
本当にラッキーだった。
あんな場所に地下室への入口があったなんて、偶然花瓶を倒さなければ決して気付かなかった。
そして、部屋にあったアンティークの家具、その引き出しから鍵を発見できたことも運がいいとしか言いようがない。
(この家の主人が予備としてしまっていた鍵だ。普段使用していた鍵は佐伯が持っている。
もっとも、あの家が焼け落ちた今、その鍵は道端に捨てられたが)
それにしても、もしやと思って下りた地下室で眠り姫と化した美恵 と再会とは滝口も驚いた。
外から鍵がかかっていたことを考えれば誰かが閉じ込めたと言うことだ。
その誰かとは転校生に他ならないが、クラスメイトを発見できたことに滝口は大きな喜びだった。
「天瀬さん!大丈夫?
美恵さん
」
滝口は呼びかけたが美恵
は返事がない。
激しく揺さ振っても起きる気配は全くなかった。
(きっと、何かあったんだ)
とにかく、滝口は美恵
を背負い、地下室の階段を上がると元来た道を引きかえすことにした。
「委員長喜ぶよ。天瀬さんと仲良かったからね
」
もちろん美恵
が答えるはずはない。
それでも滝口は話し掛けた。
幸枝と再会したこと。織田と合流したこと。
「きっと他の皆も見つかるよ。そしたら、一緒に頑張ろうね天瀬さん」
それにしても……滝口には気になることがあった。
美恵
を救出してから数十分後、背後に爆発音が轟いたことではない。
そう言えば、滝口は、あの家でロウソクに火をつけたまま消すのを忘れて出てきた。
もしかして、あの爆発は、自分のせいなのか?
そう思うと、家の持ち主に申し訳なく思ったが、そんな事ではない。
(正確に言えば、他人の家に爆発物を置いた佐伯の方がより責任があった。
何しろ、窓から吹き込む風にロウソクが倒れ、それが引火したのが原因なのだから)
美恵の事だ。
美恵
は間違いなく監禁されていた。
しかし学ランが掛けられていたことから、酷い目に合っていたとは思えない。
監禁していた相手は転校生に間違い無い。
どうして殺すべき相手をわざわざ監禁までして生かしておいたのか?
三村は、その理由に気付いたが、滝口はそこまで考えが及ばなかった。
しかし、美恵
と転校生の間に何があったかは知らないが、きっと美恵
は恐ろしい思いをしていたに違いない。
そう思うと滝口の可愛らしい表情は暗く沈んだ。
そして、あんなハデな爆発が起きた以上、転校生は間違いなく、あの家に引き返したことだろう。
早めに離れていて良かった。
きっと転校生は、美恵
は、あの家もろとも焼け死んだと思ってくれている。
自分は、一刻も早く、幸枝たちの元に戻る。
それが今一番しなければいけないことなのだ。
取り合えず、転校生の事を考えるのはよそう。
滝口は、そう思った。しかし――それは大きな間違いだった。
「……雨が足跡を消している」
佐伯の苛立ちは頂点に登り詰めようとしていた。
こんなはずではなかった。佐伯の計画は完璧だった。
天瀬美恵の事も例外ではない。
後は桐山を片付け(本来なら高得点の三村も始末できたはずだった)優勝に王手をかける。
なにしろ桐山をおびき寄せる最高のエサがあるのだ。
自分はただ大人しく蜘蛛の巣に獲物がかかるのを待てば良かった。
桐山さえ始末できれば、後はそれなりにポイントの高い生徒を数人片付けばいい。
後は、ゲーム終了の合図がなるのを待つだけだった。
ああ、その前に天瀬
美恵の死亡工作だけはしておかないといけないが。
何しろ、軍律違反を犯して連れて帰ろうというのだ。
いくら父親が軍の権力者と言っても、表面上は形を整えなければ。
文句を言われるだけでは済まない事になりかねない。
何しろ、掟破りをするのだ。
因縁をつける奴がいてもおかしくない。
立花薫あたりにバレたら、ここぞとばかりに何を言われるかわからない。
あの陰険男とは(佐伯自身、他人のことをとやかく言える立場では無いが)初対面から中が悪かった。
まるで前世の仇同士のように。
佐伯は決して認めないだろうが、基本的に性格が似ているのが原因だろう。
性格が最悪同士の者が仲良くなれる道理がない。
最初に因縁をつけてきたのは立花の方だ。
佐伯のことが第一印象から気に入らなかったらしい。
理由は簡単だ。生まれて初めて顔で負けた。それだけだった。
しかし、我侭という言葉の意味を極め尽くした立花にとっては我慢ならない事だった。
しかも最初に手を出したのは向こうだが、それを三倍返しにして報復した佐伯にも責任が無いとは言い切れない。
おまけに立花薫は、かなり華やかにモテる男で、女の上官たちに色々と貢いでもらっていたらしい。
ところが一番の金ヅルが佐伯を一目見た途端、態度を豹変させたのも一因だろう。
ちなみに佐伯は、その女を惜しげもなくフッた。
それも立花の感情を逆撫でした。
その佐伯が女を――美恵を――連れて帰ったりしたら、何をされるかわかったものじゃない。
他の連中だって黙ってはいないだろう。
特に、鳴海雅信だ。
鳴海は正規のルートで天瀬美恵を連れて帰ろうとしている。
鳴海から見れば、佐伯は自分の女を横取りしていると思われても仕方ないだろう。
バレたら後々うるさい。
いっそのこと、この機会に鳴海を殺しておくか?
いや……それも面倒だ。
とにかく美恵に背格好が似た女を捕まえて顔の原型が残らないように始末すればいい。
そうすれば、表向きは美恵
は死んだことになる。
鳴海がいくらわめいたところで、死んだ者を生かして返せとは言えないだろう。
とにかく今は美恵 を取り返すことが最優先だ。
それ以外の事は後で考えればいい。
「……死んだ?直人が?」
その場にいる全員が程度の大きさはあるが、それなりに驚愕したようだ。
それも、そうだろう。
プログラムが改正され二年目だが、転校生チームの勝率・生存率は100%。
しかも、城岩中学3年B組を相手にしているのは最強の精鋭から選ばれた超エリートなのだ。
「ハハ、冗談きついぜ。どうせなら、もっと笑えるジョークを言えよ」
瀬名は、事務官の報告を頭から信じていない様子だった。
他の6人も同じだ。
「いえ……何度も確認したのですが、確かに菊地少尉は戦死したとの事です」
しかし、事務官の様子は嘘を言っているとは、まして冗談を言っているとは思えなかった。
直立不動のまま困ったように、その場を動かない。
「相手は誰だ?」
堀川だった。高尾晃司と同じ科学省出身の少年兵士だ。
事務官の報告を事実と認知し、その詳細を問いただしたのだ。
「おい、よせよ。直人がやられるわけないだろ?相手なんかいるものか」
瀬名の声に僅かに焦りがでていた。
瀬名は菊地とは親友だったのだ。 菊地の育った環境に同情もしていた。
もっとも菊地に対して同情など侮辱に値するということはわかっていたので、決して口にはしなかったが。
「はい、相手の男は桐山和雄。桐山財閥の次期当主と聞いています」
「死亡原因は?どんな方法で殺されたんだ?」
「おい秀明、よせって言ってるだろ!!」
「はい、胸部および頭部に被弾。即死との事です」
「ふざけるなぁー!!」
ガシャン!!と凄い音がした。
「ひぃぃー!!」
事務次官は反射的に頭を抱え、その場に座り込んだ。
それも、無理は無いだろう。
自分の真横を通過したガラス製品が壁に激突し、バラバラと破片を飛ばしたのだから。
それは、その会議室中央に位置するテーブルの上に置かれた、ただの灰皿にすぎなかった。
それでも、そんなものが当たればかすり傷ではすまないだろう。
何より、瀬名のあまりの激怒に恐怖で固まってしまったのだ。
「おまえに何がわかる!?あいつを何だと思ってるんだ!!
敵に殺されるくらいなら舌かんで死ぬような男だぞ!!」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
BACK TOP NEXT