周藤はジッと正門を見詰めていた。
もう、すでに桐山の影も見えない正門を。
そして時計を見た10時21分だ。
今から追ったところで、捉える前に桐山はE地区に入ってしまうだろう。
だが、今までのように、この学校で寝てなど居られない。
他の連中にやられる前に片付けなければ
特に――高尾晃司にだけは遅れをとるわけには行かない
キツネ狩り―55―
――二年前――
周藤晶は世間的な言い方をすれば中学2年になったばかりの少年に過ぎなかった。
家族は中学に上がったばかりの弟が一人いるだけだ。
両親はいない。父親とは事情があって幼い頃から離れて暮らしている。
母親はと言うと、五年前に死んでいた。
これもわけあって普通の死に方ではない。
てっとり早く言ってしまえば自殺というやつだ。
その後、孤児院に入れられたが、そこは世間の常識以上に酷いところだった。
当時、国とテロリストの戦いというやつの全盛期で、いたるところでテロが発生。
親を亡くした子供があふれていたのだ。
せまいスペースに、まるで缶詰状態のごとく詰め込まれ、最悪の衛生環境だった。
食べるものすらも満足ではない。
周藤は、まるで保健所に収容された捨て犬と同じだな、と思った。
当時の周藤は、自分の袖を掴んで泣きそうになっている弟の肩を抱きしめながら、
とにかくどこでもいい、こんな場所からおさらばできるのなら、と1日中そればかり考えていた。
そんな時だった。当時、陸軍特殊部隊の中佐だった鬼龍院に拾われたのは。
鬼龍院の元には、やはり各地から周藤兄弟のように集められた少年が大勢いた。
そして数年後には周藤は、その少年たちのリーダー格となっていた。
「おまえは、いい拾い物だったよ」
それが鬼龍院の口癖だった。
特殊部隊は、とにかく気の荒い連中の集まりだった。
その中にあって周藤は、特に自信家で傲慢な男だったといってもいい。
当然、他の部署の少年兵との衝突は日常茶飯事だった。
周藤が公園のベンチに座っていて、その隣に弟の輪也、そして部下の少年兵が2人ついていた。
ふと、前方に目をやると周藤と同じくらいの年頃の少年が赤い色付きの目でギラギラと自分を睨んでいる。
明らかに敵意を剥き出しにしているといった様子だ。
「周藤、この前は、よくも、うちの部隊の奴を病院送りにしてくれたな」
周藤には何の事か、わからなかった。
正確に言えば、身に覚えがありすぎて見当がつかなかったのだ。
「あいつはオレの弟だ。今度はオレが相手だ」
(ふーん、弟の仇をとろうっていうのか。麗しいことだな)
周藤には興味がなかった。その相手のことを知らないわけではない。
以前、ある任務で一緒に仕事をしたことがある。
そして、こう思っていたのだ。
この程度の相手は自分の敵じゃないと。
そういう相手に対しては、周藤は、とことん馬鹿にした態度にでる。
もっとも周藤自身は相手に対する思いやりと思っていたが。
周藤はこう言ったのだ。
「10人集めて来い。そうしたら相手になってやる」
とたんに相手の顔色が変わった。当然だろう。
しかも周藤は続けてこういったのだ。
「おまえじゃ無理だ」
それも憐れみを込めた目で。
軍に所属し、ある程度の修羅場を経験した奴というのは、それなりに自尊心が強い。
その男も勿論、そうだった。
これは侮辱だ。耐えがたい屈辱でしかない。
「ふざけるな!!この、クソッタレ野郎!!」
「クソッタレ?」
周藤が冷笑しながら言った。
「オレがクソッタレ?聞いたか、おまえたち!オレがクソッタレだとよ」
周藤の周りにいた連中がククッと冷笑した。
「兄貴が?傑作だな」
「全く、これだから身の程知らずは」
「周藤さんに対して……無知はいいな。怖いもの知らずで」
「ふざけるなぁ!!」
ふいに男が殴りかかってきた。
周藤はヤレヤレというようにこう言った。
「おい、思い知らせてやれ」
その言葉を合図に、三人が一斉に飛び出していった。
「……1、2、3、4、5、6、7、8……終わったか」
時計の秒針から目を離すと周藤は、ようやくベンチから立ち上がった。
その周りには地面に転がる7人。
彼らのリーダー格であり、先ほど自分に決闘を申し込んだ男の傍に近づくと、周藤はその頭を踏みにじった。
「ううっ」と男の悔しそうなうめき声が聞こえる。
「思い知ったか、クソッタレ」
それから弟たちに言った。
「おまえたち時間かかりすぎだぞ。こんな連中、五秒以内に片付けろ」
その頃の周藤は、これ以上ないくらい自惚れていた。
自分より強い奴を見たことがない
自分より優秀な人間に出会ったことがない
自分は特別な人間だ
そう、この国で、自分こそ将来トップに立つべき人間なんだ
確信さえしていた。
鬼龍院は、そんな周藤の気持ちを察してか、口うるさいくらいに、こう言った。
「晶、自惚れるのもいい加減にしろ!!今のおまえは井の中の蛙だ。
今におまえより上の人間が現れたらどうする?
敵を知り、己の能力を見極める目が無い奴の末路は犬死にだぞ!!
今のおまえでは、相手を見極めることなど到底出来ない。
海軍の氷室隼人を見ろ。実力は、おまえと同等だが人間的には、はるかに上だ!!」
鬼龍院率いる陸軍特殊部隊と、その鬼龍院と士官学校時代から犬猿の仲である海軍の柳沢中佐。
その柳沢自慢の氷室隼人とは、上司同士の因縁もあってか、度々周藤と揉め事を起こしていた間柄だった。
もっとも相手の氷室は争いごとを好まない性格だった。
それとも面倒なことに巻き込まれたくないのか、出来るだけ周藤と衝突することを避けていた。
その為、事件にはならなかった。
それさえも周藤は、氷室が自分を恐れているから戦いを避けているとすら思っていたのだ。
そんな時だった。
軍養成所で、ある事件が起こったのは。
それは毎度の事だった。周藤に対してケンカを売ってきた連中がいたのは。
相手は――周藤は名前も覚えてない。
12人ほどいたので、周藤は準備運動のつもりで、相手になってやった。
数秒で片付けた。 これも毎度の事だ。
地面に這いつくばりうめく連中を上から見下ろすことで周藤は自分は特別なのだと心の中で再確認した。
部下の一人がスッとタオルを差し出す。
「周藤さん、お疲れ様です」
周藤は、「必要ない」と言い、そのまま近くにあった長椅子に座った。
「準備運動にもならなかったな」
それから、周りを囲んでいる部下たちに、こう言った。
「おまえたち、この連中をどう思う?」
「身の程知らずの大馬鹿野郎です」
部下の一人が、そう言った。続けて周藤が言う。
「オレは何だ?」
「陸軍特殊部隊歴代最高の精鋭です」
すると他の部下たちも次々美辞麗句を上げ始めた。
「周藤さんに勝てる奴は存在しません」
「周藤さんは近い将来元帥になられるお方です」
「こいつらとは神と虫けらほど差が有ります」
陸軍の特殊部隊において周藤は絶対的存在だった。
周藤がケンカをした後は必ず部下たちが、異常なくらい褒め称える。それは恒例の風景でもあった。
そして最後に周藤は必ず同じセリフを言う。
「輪也、言え」
そして彼の弟が言うべきセリフも同じだった。
「言えよ、はっきりとな」
「兄貴は最強のソルジャーだ」
周藤は満足そうに微笑した。毎度の事だった。
ここまでは、いつもと同じだった。
違ったのは、その日は、それで終わらなかったことだ。
「相変わらず、これ以上ないくらい図に乗ってるようだな晶」
その聞き慣れた声に周藤は顔を上げた。虫の好かない奴が来た、そんな表情で。
海軍特殊部隊の氷室隼人だった。
そして、もう一人いた。見慣れない顔だ。
見た感じは優男。顔はよかったが威圧感はない、にもかかわらず妙な感じがした。
「誰だ、そいつは?」
「今度の任務で、オレと組む。科学省から派遣された奴だ」
「科学省から?」
「Ⅹ4だよ。おまえも噂くらい聞いた事あるだろう?」
周藤は僅かに眉を寄せた。
「……Ⅹ…?ああ、科学省ご自慢の、あれか?」
挨拶くらいしてやるか。
周藤はヤレヤレと言った風に立ち上がるとスッと右手を差し出した。
「よろしく」
ところが、相手の男は黙ったまま微動だにしない。
周藤はかなりムッとした。勿論、表情に出すほどガキじゃないが。
「秀明、挨拶くらいしてやったらどうだ?」
「……ああ、そうか。それも、そうだな」
相手の男――名前だけはわかった。秀明という名だ――は何事も無かったように右手を差し出した。
何と言ったらいいか、淡白と言うべきなのか、それとも天然か?
とにかく変な性格だ。
まだ出会って数十秒だが、周藤は、その男が普通の人間とは違うということはすぐにわかった。
フルネームが堀川秀明だということは後でわかった。
だが、この変な奴の、たった一言が周藤の人生を大きく変える事になる。
堀川は、周藤が叩きのめした連中をチラッと見た。そして言った。
「なるほど、隼人が言ったとおりだ。――おまえ、強いな」
当然だ、言われなくてもわかってる。周藤は心の中で、そう言った。
だが、堀川は次に飛んでもない一言を吐いたのだ。
「――東日本には、もっと強い奴がいるぞ」
急ブレーキをかけ、桐山はバイクから降りると前方の傾斜を見渡した。
今まで以上の急な角度。おまけに足場が悪すぎる。
バイクで移動するのはここまでだ。
ディバックを肩に掛けると再び歩き出した。
そして、先ほどの事を思い出した。
自分に狙いを定めて、ライフルの引き金を引こうとした、あの男。
一瞬だったが、視線があった瞬間、凄まじいくらいの殺気を感じた。
確か――そう、周藤晶だ。奴が、この地区の担当だったのか。
とにかく、奴は学校にいる。少なくても、このC地区でぶつかることはないだろう。
今はとにかくE地区を目指すのみだ。
「……天瀬」
美恵は無事だろうか?
今まで自分は失うものなど何一つ無かった。
だが、今は心が落ち着かない。
美恵
に、もしもの事があったらと思うと、心臓が締め付けられるようだ。
それが何なのかということさえもわからない。
だが、とにかく1秒でも早く美恵
を見つけださなければ。
あの男――佐伯徹に殺される前に見つけなければ。
「弘樹どうする?」
「……どうすると言われても」
杉村は焦っていた。
このゲームが開始した時から杉村には守るべき二人の人間がいた。
幸いにも一人は、早々に発見できた。そう今目の前に居る千草貴子。
杉村にとって最も仲のいい幼馴染だ。
そして、もう一人。そう、天瀬
美恵。
杉村がほのかに恋心を抱いている少女だ。
美恵 だけは見つけ出さなければならない。 それは貴子も同じ思いだった。
美恵は、プライドが高く孤高な性格ゆえに人付き合いが決して上手くない貴子にとって、杉村を除けば唯一の親友なのだ。
出来ることなら、今すぐにでも全速力でE地区まで走っていきたい。
しかし、杉村はこうも思っていた。
自分一人なら迷わずそうするが……下手に動いて貴子まで巻き込んだらどうする?
今、杉村の心の天秤には2人の少女が乗っている。
右には美恵 、左には貴子……だが、天秤はピクリとも動かない。
どちらも同じくらい大切な人間なのだ。
いや、それ以前に杉村に他人の命を比較するなどという事自体が不可能なのかもしれない。
杉村は、そういう男なのだ。
「新井田、どこに行くんだ?」
ふいに新井田が、その場から離れ出した。
「……ああ、ちょっと用足しだよ」
(こんな時に!だから、あいつと一緒は嫌なのよ!!)
貴子はあからさまに嫌な顔をした。
2人から数メートル離れ茂みに入ると新井田は、パッと木に背もたれし、そっと木陰から2人を見た。
こちらを見てないか用心深く探っている。
なぜか杉村と貴子の様子を伺っているのだ。
そして2人が自分に全く関心が無いことを確認すると学生服の内ポケットから携帯を取り出した。
携帯だ。一体、この非常事態に誰に電話をかけようというのだろうか?
まさか、この不遜な男が、この世の思い出に家族の声でも聞こうというのか?
それならば、なぜ、コソコソ隠れるようなマネをするのか?
とにかく、新井田は携帯をソッと耳にあてた。
「……もしもし」
電話の向こうにいるのは新井田の家族などではない。
なぜなら、新井田が、その相手に使用したのは『敬語』なのだ。
「はい、わかりました。いえ……影も形も見えません」
杉村と貴子は新井田の様子には全く気付かず真剣に話し込んでいる。
「じゃあ桐山が姿を見せたら連絡します。はい…はい、もちろんです。
それで……あの約束は?いえ、疑っているわけじゃあないんですが……その…」
「新井田の奴…遅いな」
「新井田なんか、どうでもいいわよ。それより今は美恵
を探すことを考えないと」
「そうだな。なあ貴子……天瀬、見つかるといいな。いや必ず探し出そう。
天瀬だけじゃない。三村や七原、それに他のクラスメイトも」
「ええ、そうね」
「クラスメイト全員で協力するんだ。そうすれば、きっと助かる。いや、そうしないといけないんだ」
「その通りだわ弘樹。必ず生きて帰るのよ、みんな一緒に」
「はい、ではまた後で連絡しますので」
新井田は携帯をしまった。
「可哀相だが他の奴等は全滅だな……運が悪かったのさ。だがオレは違う」
「生きて帰る。オレは生きて帰るんだ」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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