ザザァー!!
急斜面を駆け下りたバイクに急ブレーキ
地面にタイヤの跡がのめり込んでいる

桐山は静かに見渡した
今、自分が立っている場所から目と鼻の近くにある学校を――。




キツネ狩り―54―




桐山はハンティング・ボウを構えた。
屈強な大の男でも扱うのが難しい、その弓を軽々と引く。
その弓にセットされた矢、先端に何かが固定され、さらに火がついている。
桐山は狙いを定めると弓矢を放った。
瞬時にもう一本の弓に火をつけ、それも放つ。
弓は綺麗に空を切り裂き坂持たちの根城、その西側校舎の屋根に向かって飛んだ。














「秋也、オレが見張るから、おまえは寝ろよ。疲れてるんだろ?」
「大丈夫だよ。おまえ一人にまかせるわけには行かないからな」
「でも……」

その時だった。

「……美恵……あたしが守ってあげる…から……」

何だ?2人は振り向いた。 光子だ。どうやら寝言らしい。


「そっか…相馬さん、天瀬さんと仲良かったもんな」
「そうだな」

相馬も、いいとこあるんだ。七原は胸が温かくなるのを感じた。


「……ん…何よ…七原くん…男のくせに……」

と、光子が言うまでは。

「……何よ…あたしに身体で償え…っていうの……もう、しょうがないわね……」


・・・・・・・・・・。


国信が、まるで聖者の犯罪を目撃したような驚愕の眼差しで七原を見詰めた。
七原は、まるで絶対零度を体験しているかのように青ざめていた。

「……わかったわよ。……でも、帰ってからにしてよね……ん……」


・・・・・・・・・。


「……秋…秋也……おまえ、まさか……」
「ち、違う!!違うぞ、あれは相馬が勝手に!!」
「何よ、うるさいわね!七原くん、あなた何叫んでるのよ。敵に居場所教えたいの!!」
月岡が七原の叫びに目を覚ました。
もっとも震え声の七原より、月岡のお目覚め第一声の方がはるかにデカかった。
「違う、違うんだ月岡!相馬が……クソッ!!」
七原は、これ以上ないくらい狼狽して、光子を揺さ振った。


「相馬!おい、起きてくれ!!」
「……ん……何よ。うるさいわね」
「何よ、じゃないだろ!!?変な寝言いわないでくれ!!」
「何よ、寝言って……うるさいわね」
「頼むから変なこというなよ。オレが……その……」
「何よ。はっきり言いなさいよ」
「……その、おまえの……か、か……体を……その」
「ああ、あの約束?もちろん、覚えてるわよ」


………シーン………


「や、約束……?相馬さん、約束って?秋也と何、約束したの?」
「七原くんたら、あたしがちょっと実験台にしただけで、すごく怒ったのよ。
仕方ないから約束してあげたの。無事に帰ったら、一晩付き合ってあげるって」














桐山が放った二本の弓は西校舎の屋根に突き刺さった。
同時に凄まじい爆発音が響き渡る。
桐山が弓の先にくくりつけておいたもの、それは爆薬だ。
菊地が桐山の為に用意しておいたトラップ、そのトラップに使用されたものだ。
桐山は菊地との死闘の後、菊地のディバックから使えそうな武器を回収。
その爆薬を注意深くトラップからはずし持っていたのだ。
菊地が桐山をコナゴナにする為に用意した爆薬が、坂持たちの根城の一角を破壊。
何とも皮肉な話であろう。


その爆音に兵士たちは慌てふためく。
しかし、桐山には、その様子を観察する余裕など勿論ない。
すぐに銃を取り出すと屋上に向けて二発発砲。
屋上から悲鳴が二つ聞こえた。
これで、自分の動きを察知できる兵士はいない。
桐山は、すぐにバイクにまたがった。兵士が動いたら、すぐに発進だ。
奴等は必ず西校舎に行くだろう。自分は東の裏門だ。
手薄になった裏門を通り、一気に校庭をつき抜け学校を突破する。




『全員、西校舎に行け!すぐに敵を抹殺しろ!!』
坂持の怒鳴り声がマイクを通して、学校に響き渡った。
同時に桐山はアクセルをふかす。


『校舎前で待機している兵士は動くな!西校舎はほかっておけ!!
校舎裏と校舎内にいる奴は全員、東側の裏門に急げ!!』

「!」


その声、坂持のものではない。もちろん、下級兵士などではない。
若い男の声――。


(……転校生がいるのか?!)


これは桐山にとって計算外だった。
しかも、奴(誰かはわからない。高尾晃司か、周藤晶か、それとも鳴海雅信か)は自分の行動を読んでいる。
次に響き渡った一言が、それを決定付けた。




『奴は必ず、そこから来る!!』


――読まれている!!




しかし、躊躇などしていられない。
桐山を乗せたバイクは一気に斜面を駆け下りた。
兵士たちは一瞬、躊躇した。
何しろ自分では判断できない下級兵士に過ぎないのだ。
坂持は西校舎に行けといった、しかし周藤は東の裏門だと言った。

どっちに従えばいいんだ?!

再度、坂持の怒声が聞こえた。
『周藤!!勝手なことをするなぁ!ここの指揮官は先生だぞ!!』
もめているようだ。
『いいか、すぐに西校舎だ!全員、急げ!!』
ヒステリックな坂持の怒鳴り声に兵士たちは西校舎に全力疾走した。




「何を言ってるんだ!西校舎は囮だ!奴は東の裏門から来るぞ!!」
「うるさい!!生徒は先生の言うことを聞け!!」
ピリリリリィィィィ……内線電話がけたたましく鳴り響く。
「クソッ!こんな時に!!」
坂持はピリピリしながら、受話器を掴み取った。
「何だ!?」
「て、敵襲です!!手薄になった裏門から……うわぁー!!」
「どうした!?」

ツーツー……

「おい、何があった!?はっきりしないと先生が困るだろうぉ!!」


(……バイクのエンジン音?!)


それは周藤の耳に、はっきりと届いた。
周藤は早急に窓に駆け寄った。
確かにバイクだ。学生服の男が乗っている。
遠目だが、はっきりとわかった。オールバックだ。




「桐山和雄!!」




桐山がスッとハンドルから右手を離した。何か握っている。
その数百メートル先、軍の車両が何台も止まっている。


「……あいつ!!」


桐山の意図を察した周藤は身体を反転させた。

「伏せろ!」


ズキュゥゥーンッ!!


軍用車のガソリンタンクが爆発した。
金属が破壊される音がしたかと思うと、先ほどの銃声など小鳥の囁きにしか聞こえないような音が鳴り響く。


ドッギャァァーンッ!!


その振動で、周藤たちがいる教室の窓が激しく揺れる。
だが、そんなものは大したことではない。
次にクルクルと凄まじい勢いで空中を回転していた軍用車のドアの一部が窓ガラスを突
き破りながら、教室に飛び込んできたのだ。
床に突き刺さり、そして黒い炎が、その破壊された窓から一気に侵入する。
きな臭い臭いがするだが、それで終わりではない。
さらに激しい爆音が連発して構内を包み込んだのだ。




並列していた軍用車が、その爆発に巻き込まれ、連鎖して爆発。
さらに破片が、教室にバラバラと降り注ぐ。
「……ひ、ひぃぃー!!す、周藤!!……な、何とかしれくれ!!!」
自分に縋ってきた坂持を突き放すと周藤は立ち上がった。


「……オレの前で、ふざけたマネしやがって!!」


窓の側では逃げ遅れて、破片が脚に突き刺さった兵士がライフル銃を握り締めたまま悲鳴を上げていた。
「……ひっ!!あ、脚が……痛い!いてえよぉ!!」
「さがってろ、腰抜け!!」
周藤は、その兵士からライフルを取り上げると、邪魔だと言わんばかりに蹴り上げた。
その勢いで兵士が数メートル先に吹っ飛ぶ。
周藤は、右足を窓にかけると即座にライフルをかまえた。
黒煙が風に吹かされ辺り一面を覆っている。


奴はどこだっ!?


その時、五月という季節には、およそ似つかわしい突風が吹いた。
黒煙の中、ほんの一瞬――そうまるで雲の合間から月が出るように、スッと周藤の視覚の中に桐山が映った。
0.1秒にも満たない刹那――だが、周藤には十分過ぎる時間だった。


――残念だったな桐山


引き金にかけた人差し指にグッと力が入った




――これで終わりだ

――!!




周藤の動きが一瞬止まった。
桐山が、僅かに振り向いたのだ。


まさか、この距離で殺気に気付いたのか?


いや、そんな事はどうでもいい。
ぶつかったのだ――桐山の視線と。

瞬間――周藤の全身を電流のような感覚が走った




――晃司!!




次の瞬間、再び黒煙が視界を遮った
そして次に景色が目に飛び込んだ時には全てが終わっていた
最後に見たのは、学校正門を走り抜けていく桐山の背中だった




校庭には兵士が数人仰向けに倒れている。
まだ煙は収まっていない。
兵士たちが消火器を持って、慌てて今や廃車となった3台の軍用車に駆け寄り消火活動を行った。
校舎は一応無事だ。西校舎の火は、すぐに消された。
軍用車3台は痛かったが、軍用ヘリがやられなかっただけマシだ。
坂持はというと五体満足で、幸運にも、かすり傷一つ負っていない。
もっとも、精神的痛手を考えると無事といえるかどうかわからないが。
しかし、周藤には、もちろんどうでもいい事だった。
兵士が数人犠牲になったことも気にも止めていない。

どうでもいいことだ。




それなのに桐山が消えた正門を見詰め、周藤はこれ以上ないくらい厳しく、そして冷たい目をしていた。
今まで、坂持をバカにしていた時のものとは、まるで違う。


「……あいつ」


オレたちと同じ人間だと思っていた
オレたちと同じ殺す側の人間だと

油断していたわけじゃない
見くびっていたつもりもなかった

だが、一つだけ気付かなかった




「……オレたちと同じどころじゃない」




あの目――あの冷たい目は、まるで、あいつと同じだ


「……晃司クラスの人間だ」


奴と同じ目をしていた――。

「どうやら……」




周藤は、ある目的の為に、このゲームに参加した。
その目的以外の事はどうでもよかった。
このクラスの生徒など最初から眼中になかった。
しかし――それは間違いだった。


「オレ自身の手で片付けなければならない奴が、もう一人いたらしいな」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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