時間は15分程さかのぼる
一人の少年がいた
その少年は普通の人間なら絶対にしないことを決断していた




キツネ狩り―53―




(校庭に4人、校舎正面に6人、正門付近に5人、校舎裏に4人。
東門付近に3人、屋上に2人……他の奴等は校舎か)


桐山は双眼鏡(雑貨屋から失敬した物だ)をスッと下げた。
そして思った。まず最初は屋上にいる奴だと。
ほかの兵士たちは中学生が相手ということで、余程油断しているのだろう。
何か雑談に花を咲かせているようだ。
話の内容はもちろん聞こえはしない。
大口を開け腹を抱えて下品に笑っていることから、下卑た内容だということは簡単に想像できる。
あれでは、いざという時に兵士として役に立ちそうにない。
それでも全員銃を所持している。
もちろんB組生徒に配られたものより数段性能がいいやつだ。
そして数、いくら何でも、あれだけの人数だと蜂の巣にされる危険が大きい。


(……戦う人数を減らしておく必要があるな)


それに、どうしても必要な物がある。足となる乗り物だ。
自分の足で駆け抜けようものなら、途端に銃の餌食になる。
100メートル11秒そこそこの早さなど、弾丸の速度に比べたら大したものではないのだ。


桐山は再び双眼鏡を目線の高さまで持ち上げた。
この山を螺旋状に頂上まで伸びる車道。それが今自分が立っている場所から見える。

(車が2台あるが……ダメだ)

かなり年季がはいっているらしく、とてもスピードがでそうにない。
もう一つは廃車だ。持ち主がスクラップ工場に払う金を惜しんで、この山に廃棄したのだろう。

(他に車は見当たらない……か)

その時だった。桐山の視覚に、もう一つの車両が飛び込んできたのは。
はっきり言って銃弾に身体をさらす危険は大きいが、この際、文句など言ってられない。
桐山は、ディパッグを掛け直すと斜面を降りだした。














「で、誰が優勝すると思う?」

その場にいた6人が全員顔を上げた。
元々、仲良しこよし、なんて関係では無いが、この重い空気は生来明るい気性の瀬名俊彦には息苦しいものだった。
何でもいいから会話でもと思ったのだろう。
「さあね。まあ、死んで欲しい奴はいるけど。何なら名前言ってやろうか?」
しかし、だ。返答第一声は、とんでもないものだった。
「……おまえさぁ、綺麗な顔して怖いこと言うなよ」

ちなみに、その綺麗な少年・立花薫は周藤晶と佐伯徹を殺してやりたいくらい憎んでいた。


「志郎、攻介、おまえたちは、どう思う?」
「晃司だろう。晃司が本気だして勝てる奴はいない」


「ああ、悔しいが晃司の勲章がまた一つ増えるだけの話だ」
「まあ、そうだけど。おまえたち、もう少し想像力を豊かに持てよ。
一番強い奴が優勝するとは限らない。それが、このゲームだろ?
第一、一番人気が勝ったところで配当金なんか少ないもんだぜ」
「おまえ賭けてたのか?」
「まさか」
よしてくれ、というようにヒラヒラと手をふった。
「いくらなんでもオレはそこまで悪趣味な人間じゃない。
上の連中のお遊びなんか金くれても嫌だね」


「300万」


その一言に、その場にいた全員が声のしたほうに顔を向けた。
「オレは晃司に300万賭けたんだ」
先ほどから静かに本を読んでいた(本のタイトルは『魔女狩りの世紀』だ)堀川秀明だった。
「おまえさぁ…」
僅かに口元が歪んでいる。


「それって悪趣味だと思わないか?」
「なぜだ?」


「そもそも、このゲームにはオレたちの中から5人選び、その5人は実戦訓練を。
残りの7人は、その戦闘データを今後の任務に生かすべく客観的にゲームを分析する。
それが上からの命令だっただろう?
ならば5人の能力や性質、それに対抗する城岩中学3年B組の生徒42人のデータを全て計算する。
その上で誰が優勝するのか予測するもの任務も一つだ。
もちろん実際には予測どおりに事は運ばないだろうが、より近い答えを出すことは可能だろう。
オレたちは何年も戦闘訓練を受けているんだ。経験に勝る知識はない。
5人の中で最も才能も経験も豊富、かつ敵に対して一切の容赦も躊躇もないのは晃司だ。
晃司が優勝すると予測するのは当然……」
「おい、ストップ!!もう、いいよ。おまえの説明を長々と聞くのは疲れる」


あーあ、なんて協調性のない奴等だよ。オレが、こんなに気をつかってやってるのに


「なあ勇二、おまえはどうだ?おまえも晃司が優勝すると思ってるのか?」
「フン、知るか。オレが参加してたら間違いなくオレが優勝してたんだ。
晶が、あのクソ野郎が汚い手を使わなければな。ふざけやがって……!」
「おい待てよ。何でケンカ腰になってんだよ」
「面白くない。どいつも、こいつも晃司、晃司……もう、たくさんだ、クソッタレが」


……協調性ない上に、短気起こすなよ。いい加減にしてくれよ


「周藤晶だ」


その凛とした声に全員が振り向いた。
氷室隼人だ。
周藤晶が所属している陸軍特殊部隊と仲が悪い海軍の精鋭部隊長。
当然、周藤とも仲がいいとは言えなかった。
それが周藤が優勝すると言い放つなんて、どういう風の吹き回しだろうか?


「優勝するのは晶だ。オレは、そう思っている」


「意外だね。君が晶に肩入れするなんて」
そう言って、立花は少々見下すような目線で微笑した。

「別に肩入れしているわけじゃない。晃司が一番強いということに関してはオレも全く異論はない。
だが、俊彦の言うとおり、一番強い奴が勝つとは限らない。
特に晶は、今回のゲームには異常なくらいヤル気だからな。
あんなに本気になっている晶を見たのは久しぶりだ。
半年前、ブラックリストに名を連ねるテロリストを片付けた、あの事件以来だ」

瀬名が僅かに顔をしかめた。明らかに気分を害したようだ。
この軍国主義国家の元では、テロリストとはレジスタンスに他ならない。
周藤が一掃したテロリストも、本気で国を変えようとして散った憐れな愛国者なのだ。
しかし、瀬名が気分を悪くしたのは、周藤が、その愛国者を無慈悲に殺したという事実ではない。


「……嫌な事件だったぜ」
「なんでだ?」
「なんでって……決ってんだろ?晶が殺したテロリストの中には」
「俊彦」
「……何だよ、怖い顔して」


「その先は言わない方がいいぞ」














斜面を降りる桐山、途中車道に出た。
ディバッグから武器を取り出す。 ハンティング・ボウだ。
洋弓の一種だが、赤松が支給されたボウガンなどとは比較にならない威力がある。
何より普通の人間では、その弦を引くことすら容易ではない。
それほど弦が固く、それゆえに下手な銃より命中度も破壊力も上だ。


これは菊地のディパッグから発見した。
菊池が義父からのディスクを見るために使った家、そうなかなか裕福な家だった、高そうな家具、手の込んだ中庭。
だが一番目に止まったのは、家のなかを飾っていた剥製だ。
もっとも菊池にとっては悪趣味としか思えなかったが収穫もあった。
その家を飾っている剥製は、どうやら、この家の主人が仕留めた物らしかった。
それを実証するかのように、剥製のそばに高そうなハンティング・ボウが置いてあったのだから。
もっとも菊地はその武器を使用することなく、それは桐山の手に渡ることになった。




「桐山さん!!」
山本とさくらが走り寄ってきた。
桐山は振り返りもせずに歩いた。その先に止めてあったバイク、それが目的だったからだ。
当然、鍵は掛けてあったが、そんなことは問題ではない。
膨大な知識を持っている桐山にとってバイクの構造などオモチャ程度のシロモノなのだ。
バイクがエンジン音を鳴り響かせた。


「ま、待って下さい。桐山さん!!」
山本が、まさに顔面蒼白の見本と言うべき表情で桐山の傍に走り寄ってきた。
桐山は完全に自分達のことなど露ほどにも思ってない。
このままバイクで、どこかに行ってしまうだろう。
そんなことになったら、自分達はどうなる?
大人しく転校生に殺されるか、再び自殺をはかるか、二つに一つだ。
(山本にもさくらにも転校生と戦うなどという選択肢はないようだ)


「少しはオレたちのことを考えて下さい!!」
「お願いよ桐山くん」

今度はさくらが泣きそうな顔で迫ってきた。
桐山にとって自分達は何の価値もない人間だということは十分過ぎるほど自覚している。
桐山にとって守るべき存在は天瀬美恵、ただ一人。
そして、その美恵 の為に、桐山が急いでいたことも十分わかっていた。
自分も桐山の立場だったら、そして美恵 が山本だったら、何にも増して最優先させていたに違いない。
桐山には自分達を守る義務も責任もない。
他に命がけで守るべき存在もある。
一緒にいて欲しいというのは、エゴに過ぎないのかもしれない。
それでも今見捨てられるわけにはいかない。

「お願い桐山くん、美恵 の事が心配なのはわかってる。だけど……!!」
「桐山さん、オレたちだってクラスメイトじゃないですか。オレたちに死ねって言うんですか?!」


ブゥゥーンッ!!ブゥゥーンッ!!


バイクのエンジンが一気に甲高い音を響かせた。
桐山が無言のまま、ハンドルを回したからだ。
そう、『聞く耳など持たない』という意思表示なのだろう。
山本が桐山の前に立ちはだかった。




「桐山さん!頼むから少しくらい話を聞いてくれよ!!」
「……死にたくないのなら地区の境界線に行けばいいだろう」

走行進路をふさがれて、桐山がようやく口を開いた。


「え?境界線……って?」
山本には何の事か理解できなかった。もちろん、さくらも同じだ。
「気付かなかったのか?奴等の動きは限定されている。
おそらく一地区に一人ずつ、他の地区には移動できないルールでもあるんだろう」
山本とさくらは、まだ理解できない。


桐山は気付いていたのだ。転校生には何か不自由な事情あると。
転校生には、担当地区から出られないルールがあることに。
菊地直人は言っていた。自分は1000ポイントだと。
それならば、他の転校生がA地区に自分を殺しにくるそれが自然だ。
だが、実際には転校生たちは動きすら見せなかった。
菊地との死闘で、あれほど爆発音が響き渡っていたのにもかかわらず姿さえ見せなかった。
奴等は来なかったのはない。来れなかったのだ。
それでなければゲーム開始から20時間近くもたつのに、転校生たちの動きが限定されている理由がない。




「もっとも、そのルールがいつ解除されるかはわからない」


20時間か?それとも24時間か?
いつかはわからない。だが、必ず解除される時が来る。
それまでに佐伯徹を片付け、美恵 を救出しなければならないのだ。
他の転校生の動きが限定されている今のうちに!!


「桐山さん、そのルールって?解除されるって時間って……」
その時だった。山本の質問が終わらない内に、バイクの車輪が回転を始めたのは。
「話はそれだけだ」
バイクが一気に走り出した。前方に山本がいることなど一切かまわずに。
「うわぁー!!」

その場に倒れこむ山本を綺麗に避けるとバイクはそのまま急斜面を駆け抜けていった。




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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