――あの化け物に
――オレは、ここで殺されるのか?
――それがオレの罪に対する罰なのか?
クラスメイトたちを殺して生き残った、このオレの――
キツネ狩り―52―
「……もう食べれないよ」
余程疲れていたのだろう。豊が起きる気配は無い。
それにしても夢でも見ているのだろうか?
こんな時に少し不謹慎じゃないのか?
まあ、夢でもいいから、こんなゲームからは逃避したい、そう思うのは当然だ。
川田は周囲に気を配りながらレミントンを握り締めた。
雨音は少々激しくなっている。
だが幸いにも川田たちが身を隠している森の木々が、それを遮ってくれていた。
第一、怖いのは転校生の存在だ。
それに比べたら、多少濡れることなど問題にもならないだろう。
川田は傍目から見たら、こんなゲームに投げ込まれたとは思えないほど落ち着いていた。
まるで百戦錬磨の軍人のようだ。
しかし、その胸中には、どうしようもないくらいの不安と恐怖が渦巻く。
もちろん原因は転校生の存在だが、川田と他のB組生徒とは、はっきりとした違いがあった。
他のB組生徒が恐れているのは転校生全員だが、川田が恐怖の対象としている相手は1人に限定されている。
勿論、他の転校生も怖い存在に違いはない。
だが、そのたった一人の転校生に対する強い恐怖心が他の転校生の存在を希薄にしていたのだ。
川田は去年プログラムに強制参加させられた。
そして――生き残った。
プログラム法が改正される以前の形式で行われたものだった。
少なくても一人は生きて家路につけるというありがたい(と、いえるかどうかは疑問だが)ものだ。
その為に川田は同級生を殺さなくてはならない羽目になった。
守ってやりたかった恋人は自分を見た途端逃げ出し、次に見つけた時はすでに冷たくなっていた。
仲のいい友人はというと、早々とゲームから退場してしまい、仲間をつくる余裕もなかった。
気づいた時には、正気を失った者しか残っていなかった。
今、思えば川田自身も正気だったかどうか自信がない。
ただ、正当防衛のつもりで必死になって応戦を繰り返した末に、気付いた時には自分は優勝者になっていた。
次に気づいた時には病院の集中治療室だった。
自分は生きて自宅に帰った。
死んでしまったクラスメイトたちのことを思えば確かに運が良かったのかもしれない。
だが、本当に運がいいと言えるのか?
残ったのは生き残った安堵感などではない。
恐怖、憤怒、憎悪、そして……どうしようもない悲しみだけだった。
あれほど、そう文字通り命がけで戦ったのに、そして生き残ったのに、苦しみしか残らなかった。
そんな自分を待ってくれていた人間もいなかった。
唯一の肉親だった父は、自分がプログラムに強制参加させれたことに激昂し役人に逆らった。
そして政府関係者に呆気なく殺されていた。
こんなことなら、いっそ、あの時に殺されていた方がよかったのかもしれない。
オレは何の為に生きて帰ったんだ?
こんなクソゲームに、また参加するためだったのか?
だったら、あの時死んだ方がマシだったんじゃないのか?
「……川田さん」
川田はハッとして振り向いた。
「ごめん……川田さん1人に。今度はオレが見張るから寝てよ」
眠たい目をこすりながら心配そうな表情を投げかける豊。
「いや、大丈夫だ。オレは普段から、ぐっすり寝るような規則正しい生活は送ってないからな」
「本当に大丈夫?」
「ああ大丈夫だ」
川田は思った。
そうだ過去なんかに囚われている場合じゃないんだ
答えは全てが終わってからだせばいい
今は、このゲームを終わらせることだけを考えるべきなんだ
そう、クラスメイトたちと協力して生き残ることだけを考えるんだ――。
「……はぁ……もう、先生疲れたよ。何だかとっても眠いんだ」
「永遠の眠りなのか?」
「うるさい!おまえは黙ってろ!!」
坂持は、ホトホト嫌気がさしていた。
ほんの5分程前の事だ。周藤は言いたいことをいうと携帯をスッと差し出した。
「オヤジが話があるそうだ」
頼みの綱だった鬼龍院の言葉は『晶の好きにさせておけ』という冷たいものだった。
しかも、坂持が「それでは私の面目がたちません」と切り返すと『うちの晶に文句でもあるのか?』だ。
何しろ相手は軍のお偉いさん。
坂持は「……ありません」と答えるしかなかった。
そして今はどうなったかというと周藤はモニター画面に見入っている。
片手にはブラックコーヒー、優雅な身分だ。
本当に任務を遂行する気があるのだろうか?
周藤が見ていたのは学校および、その周辺にとりつけたカメラではない。
島中(およそ二十箇所ほど)に取り付けたものだ。
もっとも、その一つは桐山と菊地の死闘の際、爆弾の直撃を食らってコナゴナに粉砕したが。
A地区のカメラには誰も映っていない。
B地区も同様だ。何しろ、鳴海雅信しかいないのだから。
D地区では、車で逃げる笹岡たちを映し出したものの、それ以降は変わらぬ景色だ。
C地区では、隠しカメラの存在に気付かずに大木立道がナタを握って怯えている。
どうやら、もう何時間も、その場所から移動してないらしい。
E地区ではというと、カメラの一つが爆発を捕らえていた。
そして周藤は思った。どうやら佐伯が根城にしてた家らしいと。
(徹の奴……まさかとは思うが、あの家に天瀬美恵を監禁でもしているんじゃないだろうな?
あいつのやりそうなことだ。あの女にはいい感情を持っていなかったしな。
だが、あの家……全焼するのは時間の問題だ。
だとしたら、あの女は焼死体だな。雅信が黙ってはいないだろう)
周藤はC地区に仕掛けた別のカメラに目をやった。
二人いる。男と女だ。
寄り添うように歩いていることから、どうやらカップルらしいということがわかった。
周藤はチラッと見ただけで、すぐに興味を失った。
(誰かと思えば、絵に描いたようなボンクラとミルクのみ人形のカップルじゃないか。
あいつらを始末したところで30ポイントにもなりはしない)
点数に結びつかない生徒には興味はない。
周藤は、そのまま目をそらそうとした。
そのカップルが慌てて急斜面を駆け下りているのを見なければ。
(何だ?)
もう、すでにモニターから例の二人は消えている。
(なぜ、あの急斜面を降りているんだ?しかも随分と慌てていたな)
このC地区担当の自分がここにいるのだ。
そう転校生に襲われているわけではないのに、なぜあんな場所を?
(……いや、あれは誰かに追われてではなく、誰かを追いかけているような……)
そこまで考えて周藤はハッとした。
自分が仕掛けた赤外線装置、それに掛かる寸前に遠ざかっていった二つの気配。
その時、周藤はこう考えたのだ。
あの時感じた二つの気配、つまり二人の人間とは別に赤外線に気付いたもう一人の人間がいる。
赤外線に気付き、そして気配も消すことができる人間がいると。
(桐山和雄か!?)
周藤は地図を広げた。
あのカメラが仕掛けてある場所、それは校舎から北に位置する山。
そう、自分達の背後だ。
(まさか!!)
その時だった。
爆音が轟き教室が揺さ振られたのは!!
「…な、なんだぁ!?」
思わず転びそうになり、素っ頓狂な声を上げながら咄嗟に椅子に掴み寄る坂持。
モニター画面の一つに、その原因がはっきりと映し出されていた。
学校の西側校舎の一角から煙が上がっている。
それを見た坂持は立ち上がると校内放送用のマイクを掴み取った。
「…て、敵襲だ!!」
先ほど周藤に対して、ここを襲うバカなどいないと言った舌の根も乾いて無いが、そんなことを考えている余裕はない。
現に、攻撃されたのだ。
とにかく今は、そのバカを殲滅することが最優先。他の事なんかかまっていられない。
「全員、西校舎に行け!すぐに敵を抹殺しろ!!」
その時だった。手にしたマイクが強引に奪われたのは!!
周藤だった。
「校舎前で待機している兵士は動くな!西校舎はほかっておけ!!
校舎裏と校舎内にいる奴は全員、東側の裏門に急げ!!」
「奴は必ず、そこから来る!!」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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