あの校舎が坂持たちの根城でさえなければ
あの校舎を――何とか突破することが出来れば
キツネ狩り―51―
「周藤……いいか、青春なんてのは人生一度きりなんだ。
その、たった一度の輝かしい1ページを精一杯生きなくてどうする?
おまえは、まだ若い。だからわからないだろうが、先生くらいの年になるとな、人生後悔することだらけだった。
かと言って時間は元には戻らないんだ。 だから、おまえも後悔しないようにだな……」
「坂持先生」
「何だ?」
「それ以上、やかましい口きくと地獄への片道切符をやりたくなる。あんた死にたいのか?」
坂持は怒りで震えた。
(な、なんて可愛げの無い奴だ!特選兵士のお守りなんか嫌だったんだ!!)
坂持は、さらに怒りに震えた。
なぜなら周藤がさらに可愛げのない一言を発したからだ。
「あんた今心の中で、オレのことを生意気な奴だと思っただろう?
オレのことを非難する暇があったら、その環境に悪いツラを何とかしろよ。
オレは自分のことは棚に上げて説教する奴の言う事は聞きたくないんだ」
「!!」
今度は怒りで声もでなかった。
「もういい!!全く鬼龍院大佐は、おまえにどういう教育をしたんだ!!」
「そう怒るなよ。いちいちカッとなるのは健康によくないぜ」
坂持は、もはやそれ以上は何も言わなかった。
プイっと顔をそらした。もう、かまうのはやめた。
そして教室に置かれているモニターに目をやった。
校舎内、校門、そして学校周囲にいくつもある隠しカメラだ。
時々、兵士が映る以外は猫の子一匹映らない。異常なしだ。
「坂持先生」
振り向かずに坂持は顔をしかめた。
もう、関わるのはやめたのに、よりにもよって今度は周藤から話し掛けるなんて。
「何だ?」
「あんた、このプログラムの担当教官だろ?なんだ歩兵たちの怠惰な態度は」
そこで坂持は今一度モニターをみた。特に変わった様子はない。
時々、モニターに映る兵士たち。この島には怯える中学生しかいない。
つまり敵がいないのだ。任務中ではあるが、戦場のような緊迫感などまるでない。
当然と言えば当然だが、第一線で幾度も死と直面してきた周藤には面白くないらしい。
「あれでは、まるで攻めてくれと言っているようなものだ」
「はあ?何言ってるんだ周藤?攻めるって誰が?
おまえ、自分の言っていることがわかっているのか?」
坂持は、まるで定期テストで万年最下位の生徒を見るような目で周藤を見詰めた。
攻める?この校舎を?
確かにB組生徒が全員集合ともなれば、そういう可能性も出てくるが、今の時点ではバラバラ。
転校生たちから逃げるだけが、今の彼等の精一杯の戦いに過ぎない。
それなのに、数十人の兵士が武装している、この学校を?
そんな命知らずいるわけがない。
もし、いたとしても兵士たちは全員銃を携帯している。簡単に返り討ちだ。
「周藤……バカなこといってないで、そろそろ仕事してくれないか?
いるわけないだろ?そんな命知らずのバカなんて」
「……それもそうだな」
「だろぉ?」
「オレは今まで生きてきて、そんな無茶なことをするバカは一人しか見たことがない」
「?」
「あんたが5万賭けてる奴だよ。晃司がここの生徒ならやってるぜ。そのバカなことを」
「桐山さん、どうしたんですか?」
じっと、ただ一点を見詰めている桐山に山本は疑問を投げかけた。
もっとも桐山は完全無視だ。
桐山の胸中には美恵を守ること。
そして、その為に転校生たちを倒すことしかない。
山本和彦と小川さくらなど眼中に無い。
死のうが生きようがどうでもいい。
もちろん協力しようなんて気はさらさらない。
何人いた?オレが見た奴だけでも15人いた
その倍いると思って間違いないだろう
(――天瀬)
桐山は、すでに決めていた。
時間と距離を一気に短縮する。
勿論、危険も大きい。だが、立ち止まっている暇は無いのだ。
桐山はディパッグを掛け直すと急斜面を下り出した。
佐伯はスッと屈むと膝のあたりまである草を分けた。
草の根元にクッキリと残っている――足跡が。
その形状から運動靴だとわかる。
そしてサイズだ。女のものではない。
かといって、女の足と比べて、それほど大きいとも言えない。
小柄な男だろう。地面への踏み込み具合から、何か重たいものを背負っているに違いない。
そう――佐伯から盗んだものだ。
天瀬美恵の身体は女子中学生の平均サイズだ。決して大柄な女ではない。
佐伯のように腕力のある男にとっては全く苦にはならない重量だ。
何しろ、気を失った美恵を軽々と抱きかかえ、今は見る影もない、あの家に運んだのだから。
しかし普通の、いや小柄で力もない、ごくごく普通の男子中学生には、それなりの重労働だろう。
雨が激しくなりかけていた。
「――急いだ方がよさそうだな」
雨が足跡を消す前に見つけ出さなければならない。
美恵を取り戻したあかつきには相手の男には、それなり償いをさせるつもりだ。
そう――しかるべき報いを。
坂持は周藤に心底苛ついていた。
散々可愛げのない言葉を連発したと思ったら、今度は奇襲に用心しろ、警備が怠慢だと坂持の任務態度に文句を言い始末。
自分は(志願までしておきながら)仕事もせずに、この教室で寝てばかりいるというのに――だ。
「ちょっと待ってろ」
坂持は教室を出ると携帯を取り出した。
(あいつは完全に自分をバカにしている。いくら言ったところで自分の言うことなど聞く耳持たないだろう。
周藤が言うことをきく人間に話をしてもらうしかないだろう)
「……本当なら、こういうことはしたくなかったんだがな。
教師が生徒になめられて父兄に泣きつくなんてマネは……はぁ」
「城岩中学の生徒は全国トップクラスだとは聞いていたが、まさか菊地直人がやられるとは」
「そうだ。だが事実だよ大佐。菊地春臣は怒り心頭らしい。
まあ、無理も無い。心血を注いでつくりあげた最高傑作が動かぬ肉隗と化したんだからな」
「ところで、その相手……菊地直人を倒した桐山和雄ですが」
「ああ軍事産業の最大手、桐山財閥の跡取だ。
莫大な身代金と引換に不参加が決定していたはずなんだが本人が参加を希望したということだ。
確かに情報では変わった男だということだったが、いくら何でも常軌を逸しているな」
「その桐山がどうかしたのか?」
「……いえ、ただ、うちの奴が言ってたんですよ。城岩中学には、とんでもない奴がいると」
「そうか、君の部署からも参加していたんだったな。どうかね彼は?
まさか菊地直人の二の舞を踏むようなことになったらと心配はないか?」
「お言葉ですが総本部長。うちの奴は負けませんよ。例え相手が高尾晃司でも」
「おいおい、私は高尾晃司に賭けているんだ。高尾には頑張ってもらわないと」
その時だった。トルゥゥゥゥ……と、電話の着信音が響き渡ったのは。
「もしもし」
『総本部長!!私です、坂持です』
「坂持君?何の用だね」
『副長はいらっしゃいますか?』
どうやら坂持が用があるのは自分ではなく、今向き合っている男らしい。
プログラム総本部長はスッと受話器を差し出した。
「何の用だ?」
『副長、何とかしてください!!あいつは私の手には負えません!!』
「晶に問題でもあるのか?」
『もう大アリです!!ろくに仕事もしないで寝てばかり。
はっきり言って、ヤル気があるとは思えません。
おまけに私のやることなすこと一々文句をつけるんですよ』
ここで簡単に説明しておこう。
プログラム総本部副長に任命されているのは鬼龍院(地位は大佐、来月には准将に昇進が決定している)。
周藤晶の直属の上司だ。
「あいつの職務怠慢は軍律違反に匹敵します。お願いですから副長から周藤に……」
その時だった。まるで手品のように握っていた携帯がスッと消えたのは。
「??」
?状態の坂持。もっとも、1秒もしないうちに理由が判明した。
「オレだ、オヤジ。ああ特に問題はない、今のところはな」
いつの間に!全く気配など感じなかったのに!!
しかし、そんな坂持など無視して周藤は会話に華を咲かせている。
『あんまり坂持を苛めるなよ。ストレスで早死にするタイプだからな』
「まあ、その方が社会の為だと思うぜ。はっきりいって空気の無駄遣いだ」
『全く、その通りだな。おまえも言うようになったじゃないか』
「オヤジが普段言ってることだろ。
バカは死ぬことでしか世のため人の為にならない。 オレもそう思うぜ」
『ところで晶、大丈夫なのか?おまえが要注意だと言っていた桐山和雄は想像以上のようだが』
「まあ、見てろよオヤジ。このゲームが終わったときには、オヤジの株は、また一段と上がってるぜ。
約束するよ。必ず俺が優勝してやる」
『そうか、それは楽しみだ。期待してるぞ。ところで晶――』
そこまで言って鬼龍院の声が変わった。
つい今しがた世間話のような会話をしていた時のものとは、まるで違う。
『どうなんだ、奴の様子は?』
「ああ、真面目にお仕事してるよ」
マイペースな口調は変わって無いが、周藤の声も先ほどのふざけたようなものとはまるで違う。
『優勝する自信はあるのか?』
「なければ最初から参加してない」
『だろうな。おまえは勝ち目のない勝負をするようなバカじゃない』
それから数秒沈黙が続いた。
『晶、おまえが探していた答えは見つかったのか?』
「いや、まだだ」
『晶』
『おまえは強い。オレの最高傑作だ』
さらに続いた。
『確かに奴は最強と言われているが、それは1年前のことだ。今は違う』
『おまえは、この1年間血の滲むような努力をしてきたんだ。
オレが保証してやる、今のおまえに勝てる奴など存在しない』
「もちろん、そのつもりだ。そうでなければ、こんな下らないゲームに参加した意味が無い」
『そうだ。自信を持っていい。もう一度言うぞ、おまえは強い』
『おまえが最強だ』
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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