黒雲が月を覆った。雷鳴が轟く
しばらく後、パタパタと地面を叩く音が爽快にリズムを奏でだした
そう、再び雨が降り出したのだ
この家を燃やし尽くそうとしている炎が消えるのも時間の問題だろう

しかし――佐伯徹の心に燃え上がった炎は決して消えはしない
そう――天瀬 美恵を連れ出した奴の息の根を止めるまでは




キツネ狩り―50―




「なあ、秋也」
「何だよ慶時」
「……あのさぁ……あの二人」
そこまで聞けば、何が言いたいのか七原でなくてもわかるだろう。
そう、二人を見張りにたて寝ている月岡と光子のことだ。
国信と合流した後、4人は移動した。 とにかく安全な場所に移動しなければならなかったからだ。
(もっとも、この島に安全な場所などあるのかどうか疑問だが)


山道を出た所で数軒農家を見つけた。
その中で一番目立たない小さな家を選ぶと、中に誰もいない事を確認した。
とりあえず夜が明けるまで、この家に落ち着くことにしたのだ。
月岡が心配した通り、雨も振り出してきた。
ただでさえ疲労困憊なのだ、雨に濡れて、さらに体力を消耗するわけにはいかない。
支給されたパンだけでは不安だった。
とても、この疲れた身体のエネルギー源にはならない。
しかも残り少なく、育ち盛りにはとても満足いくシロモノではない。
幸い、この家で、食料を手に入れることが出来た。
久しぶりに(と、いっても、まだ二日もたってないが)空腹だけは満たすことが出来た。
後は、睡眠だ。もちろん、この状況のなかでは、ゆっくり寝るなんてことは出来ないが、幸いにも仲間がいる。
今のうちに、交替で仮眠をとるべきという月岡の意見に3人は賛成した。


――で、どうなったかというと月岡と光子は寝てる
――七原と国信は起きて見張りをしている


「なあ秋也。おまえ、オレと会うまで一人で見張りしてたんだろ?」
「ああ」
「次は、おまえが寝る順番じゃないのか?」
「……多分」
国信は溜息をついた。


「おまえ、苦労してたんだな」














「き、桐山さん!待って下さい!!」
山本とさくらは相変わらず桐山の後を追いかけていた。
こんな状況でなければ、間違いなく桐山の父親にストーカー被害を出されていたことだろう。
桐山の父親という人物は、自分の息子が不良の頭などやってはいても平然としている。
表沙汰になるような事でもしない限り、全く意に介さない人間だ。
だが、反対に庶民ごときがむやみに近づいたりするのを非常に嫌う男なのだ。
いつも桐山と一緒にいる沼井たちが、ただの一度も桐山邸に招待されたことのない事実もそれを裏付けていた。


当然、桐山が同級生の女の子――天瀬美恵――と仲がいいなどとは夢にも思っていない。
もしも、知っていたら、桐山を転校させてでも二人の仲を引き裂いていただろう。
そして、これは桐山自身も知らないことだが、すでに彼の父親は跡取息子の妻になるべき女性を数名に絞っていた。
正確には、その候補だ。桐山が中学を卒業し大学に入学したあかつきには早々に見合いする予定になっている。
(桐山は、その優秀な成績から、すでに高校を飛び越えて大学に推薦入学が内定している)
さっさと縁談をまとめ、悪い虫がつかないうちに身を固めさせようという心積もりなのだ。
桐山のクラスが不運にもプログラムの対象クラスであることも、彼の父親にとっては大きなアクシデントではなかった。
裏で手を回して早々と息子の安全を確保したのだから。
もしも桐山の父に誤算があったとすれば、その息子が自らの意志でプログラムに参加したことだろう。




桐山が立ち止まった。
山本とさくらは必死になって追いかけてきたが、もちろんそばになど近寄れない。
その他人を寄せ付けない何かを感じ取り2.3メートル離れた場所で立ち止まった。
桐山は(その表情からはわからないが)焦っていた。
あの赤外線装置に気付き回り道を選んだが、それは桐山にとって大きな誤算だった。
なぜなら、その山道は土砂崩れによって通行不可能となっていたのだ。
数日前の大雨が原因だ。
もちろん、ほんの二日前に、この島にきたばかりの桐山に、そんなことは知るよしもない。
渡された地図にも、もちろん通行止めのマークなどない。
桐山は、さらに遠回りとなる道を行くしかなかった。
とんでもないロスだ。 こんな所でモタモタしている暇などない。
菊地直人の言葉が正しければ、E地区担当の転校生は佐伯徹。
美恵 に恨みをもっている。佐伯徹なのだ。


桐山は地図を広げた。学ランで懐中電灯の明かりを隠しながら地図をみた。

最初の道まで引き返すか?いや、それは賢明ではない。

かと言って、このまま、この道を急いだところで、やはり時間がかかるのは必至だ。
おまけに一度やんだはずの雨が再び振り出した。この様子だと激しくなる可能性は大だ。
そうなれば、ますます足を止められる。
桐山は、その山道から下方に目をやった。遠くに灯りが見える。
そう、坂持たちがいる学校だ。
桐山が今立っている場所から見下ろせる場所にあるのだ。
あれさえなければ、どんなに危険な急斜面だろうと、真直ぐ突っ切ってやるのに。

時間も距離も一気に縮めることが出来るのだ――。














「……高尾晃司に13口、周藤晶7口、佐伯徹と鳴海雅信、それぞれ5口と。
もう賭ける奴はいないのかよ?」
「これで全員だな。それにしても、これじゃあ大した金額にはならないなぁ」
「それしても菊地直人がやられるなんてなぁ」
「驚いたなぁ、だって、あいつは、あの特選兵士の1人だろ?」
「へっ、口先だけってことだったんじゃねえのか?」


坂持たちが根城にしている校舎の裏庭。
そこでは、相変わらず下級兵士たちの賭けが盛んに行われていた。
坂持は菊地が戦死したことは歩兵たちには黙っていた。
だが、兵士の1人が、坂持が平謝りで電話応対しているのを見てしまった。
相手は菊地の義父だ。それで、あっと言う間に全兵士に知れ渡ってしまったのだ。


「でもよぉー、信じられないよな。まあ、他の4人がやられるわけなねえけどよ」
「……だよなぁ。何といっても、この転校生チームは、全員、軍の特別兵士だからな。
ま、オレたちには関係ないけどよ」














「今頃あいつら何人片付けてるんだろうな。それにしても政府も残酷なことするよなぁ。
普通の少年兵士を使えばいいのに、何もオレたちから選ぶこと無いんだ。
ホント悪趣味な連中だぜ。あー、やだやだ」
窓から、どんよりとした空を見上げながら語る一人の少年。名前は瀬名俊彦という。


「フン、別に、あいつ等が何人殺そうが僕には関係ないね」
ソファに腰掛けながら、コーヒーを片手に、さも不愉快そうな表情。
この少年の名は立花薫だ。名は体を表すというが、その顔は女のように綺麗だった。
が、言葉といい態度といい、性格の悪さが全身から溢れている。


今、この部屋には7人の少年兵士がいた。
まるでルームシアターのような大画面を前に論争を繰り広げている。
6年に1度、全国の少年兵士13歳~18歳までの年齢の中から、最も優秀な者たちが12人選ばれる。
彼等は、その出自や育ちに関係なく軍のなかで最高のエリートコースを進める。
孤児院で育ち、義務教育を終えると同時に徴兵され、一生を歩兵で終える大半の少年兵士たちとは180度違う。
輝かしい将官への出世コースに乗れるのだ。

6年に1度の(本人たちにとっては一生に一度の)、この栄誉に輝いた12人の中から編成されていたのだ。
対城岩中学の転校生チームは。

坂持が、去年の奴等より優秀だと言ったのは、B組生徒を脅かす為の虚言でもなんでもない。
まぎれも無い事実だった。




本来なら、戦争の『せ』の字も知らない一般の中学生たちとの戦闘など、彼等にとってはお遊戯にすらならない。
だから軍が誇る特殊な将官候補生が一般の中学生と戦わされるなど、彼等にとっても全くの予想外だった。
しかし、ここ数年、国民の反プログラム感情は例年になく高まっている。
一昨年などは殺し合いを完全放棄したあるクラスが首輪の爆発によって全滅という痛ましい『事故』も起っている。
政府に対する非難は徐々に大きくなりつつあったのだ。


そこで政府は新プログラムを作った。
恐怖政治に対して反抗的態度を見せ始めた国民に見せ付ける為に。
少年兵士の為の実戦訓練など表向きの理由に過ぎない。
軍と民間との圧倒的差を見せつけ、反抗心を持ち始めた国民に絶対的恐怖を植付けることが真の狙いだった。
そして選ばれるクラスも、以前はコンピュータがランダムに選んでいたのだが、新法では違う。
もちろん表向きは公平な抽選によってだが。


城岩町立3年B組の生徒たちの身内、例えば三村信史の叔父は反政府組織に属していた。
七原秋也の両親も反政府的活動をしていた。
小川さくらの父親も似たようなものだ。
そんなクラスに、政府に怨みを抱いている川田章吾が転校させられている。

これは偶然なのだろうか?

もしも偶然だとしたら、今全国で行われているプログラムの対象クラスは全て偶然という名の産物に過ぎない。




「まったく、上の連中の悪趣味には嫌気がさすぜ」
先程から、窓の外を見詰めながら、軍上層部に対して辛辣とも言える言葉を吐き出している瀬名俊彦。
彼も、軍が誇る特殊な将官候補生の1人だ。いや、この場にいる7人全員そうである。

「俊彦、声が大きいぞ。上に知られたら困るんじゃないのか?」
「別にかまうもんんか。オレは嘘は言ってない。おまえらだって、そう思ってんだろ?」


「自分に逆らった奴への見せしめに、本人じゃなく、その子供を血祭りにあげようっていうんだ」


「それが高尚な趣味だっていえるのかよ?」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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