そして連鎖しておきた業火
その紅い炎は龍のようにうねりを上げ
天に向かって伸びていた
まるでB組生徒たちの運命を暗示するかのように
キツネ狩り―49―
「聡美、あれ」
はるかが指差した方向。聡美はクールな眼鏡をかけ直してジッと見詰めた。
「すごい火事よね」
「……火事どころじゃないわ。何かが爆発したのよ」
「あれって……どういうこと?まさか三村くんと関係してるんじゃ?」
「わからないわ。とにかく三村くんの言うとおり待ってよう。
それでも帰ってこなかったら元の場所に戻って隠れるしかないわよ」
「弘樹、見て!!」
「なんだ、あれは?」
暗闇の中、まるで地獄の業火のように燃え上がる炎。
E地区に近い場所まで来ていた杉村たちの目にも、はっきりと届いた。
「どういうことなんだ?」
「まさか……美恵
が関係してるんじゃないわよね?」
驚愕と不安の眼差しでお互いを見詰め合う杉村と貴子。
(天瀬が?冗談じゃない。せっかく2人で生きて島から出られるっていうのに死なれたら元も子もないじゃないか!! )
美恵
の身を案じる2人に、苦々しく歯軋りをしている新井田の怪しい様子など気が付くはずもなかった。
「……あれは……あの光の場所よ。間違いないわ」
幸枝は持っていた銃をギュッと握り締めた。
「滝口くん……無事だといいけど」
そうだ、あまり考えたくはないが、滝口が何らかの形で関わっている可能性は大いにある。
(フンッ、下品なオタク野郎がどうなろうと知ったことじゃないさ。
それよりも、今はどうやって、この女から銃を奪うかが問題なんだ)
織田は、幸枝が握っている銃をジッと見詰めた。
木々の間をすり抜け佐伯は猛スピードで林の斜面を駆け下りていた。
これが邪魔な木など無い平地なら、もっとスピードを出せるのに。
(走るのは得意だ。何しろ100メートル11.1秒)
三村に止めを刺し忘れたことなどどうでもいい。
(今は天瀬美恵の事が最優先だ。三村の事など考えている余裕はない
)
何も考えずに反射的に走り出していたが、走っている間に確信した。
あれは間違いなく天瀬美恵を監禁した家だ。 あの爆発音、それが全てを物語っている。
燃えるだけならまだしも、爆発するなんて条件が揃っていなければ起り得ない。
例えばガスが充満していたとか、爆発物があったとか。
佐伯は、あの家の二階に天瀬美恵を監禁したが、その一階リビングルームに大量の爆発物を置いていた。
例えばニトログリセリン、美恵 を眠らせたクロロホルム同様、診療所で手に入れたのだ。
医学的には心臓の治療に用いられるが、ダイナマイトの原料になることは一般にも広く知られている薬品だ。
佐伯は(他の転校生も同じだが)支給された武器と、B組生徒から奪った武器だけに頼るつもりはなかった。
時間を見つけては、お手製の爆弾作りに精を出していたのだ(何しろ、時間はたっぷりある)
それが爆発した。それしか理由がない。
(どういう事だ!?)
そうだ。爆発したのは、自分が用意した爆弾の原料には違いない。
しかし、引火しなければ『爆発などするわけがない』
そして、もちろんそれは『誰かが火をつけた』のだ。
(……クソッ!!)
だが、そんな事は、この際どうでもいい。
問題は、そんなことではない。
(地下室には、あの女が!天瀬美恵が――)
佐伯は滑るように斜面を駆け下りた。
あの炎、ほんの数分前は、その視界に小さく映っていた炎。
それが眼前に現れた。
まるで巨大な生き物のように踊り猛っている。
佐伯は、その炎の中に一気に飛び込んだ――。
(……佐伯徹が使っていた建物だな)
あの爆発音、そして尋常ではない炎。爆発物が無関係なはずはない。
おそらく佐伯がダイナマイトでも作るつもりで用意したものが何かのトラブルで爆発したのだろう。
なぜならE地区に飛ばされた生徒に、そんな専門的な知識があるとは思えない。
何より、爆発と同時に、つい今しがた戦っていた内の一人が、その場を離れた。
あの炎に向かって移動している。
もっとも彼――高尾晃司――が気配を読み取れる範囲外に出た為に、それ以上はわからなかった。
――何があったのかは知らないが、佐伯徹にとって計算外の事が起ったようだな
崩れかけた天井が火の粉と共にパラパラと床に降り注ぐ。
灼熱の炎。まるでオーブントースターの中にいるかのようだ。
だが、そんな悠長なことを考えている暇など、勿論無い。
佐伯はリビングルームに飛び込んだ。
そして見た。地下室への扉が開いているのを。
佐伯は滑り込むように、その中に飛び込んでいった。
いない!!どこにもいないのだ!!
天瀬美恵を寝かせていたソファ。あるのは美恵に掛けてやった学ランだけ。
(もっとも灰になるのも時間の問題だ)
天瀬美恵自力で逃げるのは不可能だ。
いや、それどころか、こんな短時間では目覚めることすら出来ないのだ。
(誰だ!?誰が連れ出したんだ!?)
三村との戦いの最中、一度も余裕の笑みを絶やさなかった佐伯の顔に初めて焦りの文字が色濃く出始めた。
その時、何か不気味な音がした。
(――崩れる!!)
限界だ!!
佐伯は地下室の階段を駆け上がると同時にスッと右手を上げ銃の引き金を引いた。
ガッシャーンッ!!
窓ガラスがコナゴナに粉砕すると同時に窓枠のみとなった窓に向かって飛んだ。
まるで猫がジャンプするかのように華麗に一気に窓の外に飛び出す。
そして地面でクルッっと1回転すると立ち上がった。
その、ほんの数十秒後だった。
嫌な音を上げながら家が不自然な形に曲がったかと思うと、火の粉を散らしながら焼け崩れていったのは――。
佐伯は、しばらく(と、いっても数十秒だ)その家の様子を眺めていた。
天瀬美恵は、あの中にはいなかった。それは確かだ。
もちろん、家中調べたわけではないが、それだけは確実に言える。
佐伯は拳を握り締めていた。ワナワナと震えている。
佐伯は、この高齢化社会の中においては、たかが14歳の少年に過ぎない。
だが、そのたった14年間で、普通の大人の何倍も生きてきた。
そして自分の思い通りにならなかったことなど、ただの一度も無い。
父親でさえ佐伯にとっては操り人形に過ぎない。それなのに――
よりにもよって『佐伯が慎重に隠しておいたもの』を佐伯が居ないのをいいことに盗んでいった奴がいる。
『八つ裂きにしても足りないくらい、ふざけた奴』がいるのだ。
そいつは佐伯が、こうして焼け落ちる家を見ている間にも何食わぬ顔をして『この島を生きて歩いている』のだ。
『佐伯を出し抜いて連れ出した女』を伴って
焼け落ちる家、その炎の勢いが衰える
そして新たな炎がもえる。佐伯の心の中に――
……誰かは知らないが、よくも、ここまでオレをバカにしてくれたものだな。
今まで生きてきて初めてだ。
こんな、ふざけたマネをされたのは。
どこのコソ泥かは知らないが
――必ず生まれてきたことを後悔させてやる
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
BACK TOP NEXT