いつも冷たい態度で女を突き放していた
涙と罵声、哀しみと怒り、二つの感情
当時は何も感じなかった。罪悪感も――
でも今は違う。随分と酷い男だったと思える自分がいる
気付かせてくれた女がいる


天瀬……おまえを守る為だったらオレは命なんて惜しくない
心の底から、素直にそう思うんだ――。




キツネ狩り―48―




「ずいぶんと粘ってくれたけど、ここまでだね。御褒美に楽に逝かせてあげるよ」

――やはり最後の最後に実力の差が出た。

見下ろすように言い放つ佐伯。地面にうずくまっている三村。
それが今の2人の立場を映し出している。


「覚悟は出来たかい?」

佐伯が一歩前に出た。

「……おまえさぁ」


何だ?佐伯が怪訝そうな顔をした。
それもそうだろう。三村が笑っているのだ。それも、余裕に満ちた表情で。

「知らないのか?世の中には逆転満塁ホームランってことがあるんだぜ」


「何言ってるんだい?」
「……ハハ…まだ、気付かないのかよ。オレが捨て身の戦法に出た本当の目的に」




――三村が右腕を上げた。その先、右手には銃が握り締められていた。


「おまえから、こいつをもぎ取る為だったんだよ!!」


佐伯の強烈な攻撃に吹っ飛ばされた瞬間、三村は奪い取っていたのだ。
佐伯がベルトに差し込んでおいた銃を!!
人差し指にグッと力を入れた――。


「――これで最後だ」














「坂持先生、あいつヤル気あるんでしょうかね?」
「……さあなぁ、何考えてるんだか。しかし、あいつは志願したって聞いてるぞ」
「その割には、あまり動いてないじゃないですか」
「奴等が疲労したのをみはからってから一掃する気なのかな?
……全く、特殊部隊ブラックベレーのエリートのやることじゃないな。
とても鬼軍曹と恐れられる鬼龍院大佐の寵児とは思えないな……やれやれ」

ちなみに鬼龍院とは特殊部隊を率いる、周藤直属の上官だ。
その名の通り鬼のような男だと軍の中で恐れられている。
そして周藤を戦闘マシンとして鍛えあげた育ての親でもあった。




田原は周藤に近づくと、その寝顔を見て言った。

「……県知事殿もとんだ奴を買ってしまいましたね。やはり今回の優勝者は高尾晃司ですよ。
それに比べて、こいつは……ぐッ!!」


田原は言葉を飲み込んだ。
ナイフが――喉に突き刺さる寸前の位置!!
何より恐ろしいくらいの殺気!!


「……ひ……あぁ……」
「ああ、一つ言い忘れたけどな」

やれやれと言った感じで周藤が瞼を開いた。


「むやみにオレに近づくな。寝ている時に声もかけずに近づく奴は反射的に攻撃してしまうんだ。
オレは、そう訓練されている」

ナイフをスッと引いた。とたんに田原がシリモチをつく。

「……ひ、ひぃぃ…!」




周藤が身体を起こした。腕時計に目を通す。
「……全く、ひとの睡眠を邪魔してくれて。言っただろう、オレは寝るのを邪魔されるのが大嫌いなんだ。
坂持先生、あんた兵隊の教育悪すぎるぞ」
「……悪かったな。おまえの安眠の邪魔をして」
「それもあるが、こいつ、はっきり言って役立たずもいいとこだ。
この程度で悲鳴をだすような奴はオレの部隊に入ったら1日ももたない。
それどころかオヤジに殺されるぞ」
オヤジとは鬼龍院のことだ。


「オヤジは一流の軍人を育てる名人だと評判だが、それ以上に廃人にするのも得意だからな」

それは本当だった。この周藤を始め、何人もの少年が優秀な軍人となり将官への出世街道を歩んでいる。
しかし大半は、その過酷な訓練に耐え切れず逃げ出すか、さもなくば再起不能だ。
そんな中で周藤は育ち鍛えられた。当然、自惚れも自信も強い。


「それにしても、おまえいつになったら出掛けるんだ?」
「24時間ルールが解除されるくらいかな。E地区に行こうと思ってるんだ」
「あ、あのなぁ、それまで寝ているつもりなのか!後、何時間あると思ってるんだ!?」
「6時間17分だ。なんなら秒単位まで言ってやろうか?坂持先生」
坂持はガクッと肩をおろした。
暖簾に腕押し、ぬかに釘……何を言っても、このマイペース男には通用しない。


「……周藤……先生なぁ、おまえが志願したと聞いて嬉しかったんだぞ。
最近、何をしても無気力な若者が多い。
おまえみたいにヤル気を持って頑張っている奴を見るのは教育者として喜ばしいことなんだ。
それなのに何だ、おまえは?……はぁ」
「安心しろよ。ヤル気なら一番あるぜ」
「……嘘つけ」
「まあ、そう悲観するなよ先生。戦争っていうのは何も直接の戦闘行為だけが戦いじゃないんだ。
戦う前から、自分に有利な環境を整えておくのも大切なことだろう?」
「なんだ?その有利な環境っていうのは?」
「企業秘密」
「!!」
坂持のストレスは限界点に達しようとしていた。














E地区を一見できる丘の上に――高尾晃司はいた。
川田と豊が幸運だったのは、高尾が気配を読み取れる守備範囲の外にいたことだろう。
ほんの数十秒前、高尾は気配を一つ捉えた。それだけでわかる。決して強い人間ではない。
おそらく女だ。そして、その女は幸運にも高尾が駆けつけるより早くE地区に入っていた。
そこで高尾は、これ以上D地区を歩き回って、体力を消耗するのはやめた。
なぜなら、今立っている場所からもE地区から、いくつもの気配を感じたからだ。

その中で二つの気配がぶつかっている。


――ひとつは佐伯徹か、……もう一つは


もちろんB組生徒だろうが、かなり弱々しい。随分と痛めつけられているようだ。
風が近づいて来た。腰まである長髪がたなびいている。
坂持はおろか、軍の上層部の人間の多くが高尾に大金を賭けている。
それなのに高尾は全く意に介してないといった様子だ。
なぜなら、この男は人間なら誰しも味わう感動とか怒りとか哀しみなんてものとは無縁の人生を送っているからだ。
腰まである長髪を首の後ろで束ねただけの髪型を通しているのも理由は簡単。
誰も切ろとは言わなかった、それだけだ。 特に邪魔でもなかったし。


だが、この男がプログラムに参加するということが正式発表された時、誰もが思った。
5人のうち誰が最高得点を出して優勝するのかなんて問題ではない。

高尾晃司が、いったい何点だして優勝するか――が問題だ、と。

そして彼を送り出した科学省は自信を持って軍上層部の連中に、こう言ったという。


『この世に絶対なんて言葉はありませんよ。だが――』


『奴には、高尾晃司には絶対があります』














「――これで最後だ」
三村は勝利を確信した。引き金を――引いた。


……カチン


静寂の中、静かに、その音だけが聞こえた。
三村は目を見開いた。

聞こえなかった銃声が、いや何より――
――佐伯徹が笑っていた。多少、憐れみを込めた目で


カチン!カチン!!


再度、引き金を引いた。安全装置は解除されている、それなのに銃声は無い!!

「――まさか」

最後まであきらめなかった三村の顔に絶望の文字が色濃く表われた。


「――まさか、そんな……!」


最後の手段だったのだ。これ以外に勝つ道はない。

それなのに、それなのに……!!
なぜ、弾が出ないんだ!!!!!




「アイデアとしては悪くなかったよ」

ここにきて、佐伯が口をひらいた。

「でも、それってオレを甘く見てるんじゃないかな?
オレ、これでも軍のエリートなんだよ。敵に自分の武器を簡単に取られるほど間抜けじゃない。
君は、オレを出し抜いたと思ったんだろ?随分と失礼だな、君も」


佐伯の雄弁は止まらなかった。

「戦いの最中で、君が銃を奪うんじゃないかってことくらい予測してたよ。
オレは『弾を込めた銃』を、むざむざ渡すほどバカじゃない」

最初から弾は抜かれていたのだ。 そして弾のない銃など、飾り物に過ぎない。


三村の目がかすんできた。
とっくに限界を超えた肉体。ついに気力さえも終わりと迎えていたのだ。
佐伯が少し屈んで、ズボンの裾を上げた。
銃だった、勿論弾入りの銃だ。
もっとも意識が遠のいていた三村には、はっきりと見えなかったが――。


「最後に謝っておくよ。他に武器は持っていないっていったけど、あれは嘘だ」


引き金にかけた人差し指にグッと力が入った。


「――ゲームオーバーだ」




チュドォーンッ!!




「何!?」

佐伯が振り向き、目を見ひらいた。
その視界に入ったのは炎だ。空に向かって伸びる炎!!




「――あれは」

その方角、そして距離。

「――あの中には……!」

佐伯の瞳が、さらに拡大していた。銃を持った手が微かに震えている。

なぜなら――。
天瀬美恵を監禁している家だ。
いや正確には、その可能性が高いというべきか。




「……美恵!!」




佐伯が向きをかえ走り出していた。
その声は三村の耳には届かなかった。
止めを刺されずに済んだ事すら気付かず、三村は意識を失いその場に倒れた。


美恵が監禁されていた家が紅蓮の炎に包まれていることも、今の三村には知る由もなかった――。




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




BACK   TOP   NEXT