自分を見て怯えながら逃げた恋人
生き残るためには昨日まで笑い合ったクラスメイトも殺した
そして今――オレは、またゲームに強制参加だ
今度の苦しみは――恐怖と絶望だ
キツネ狩り―47―
……全く、オレも随分とクジ運の悪い男だな
川田はそう思いながら煙草を一本とりだした。
「……おっと、こんなもの吸っている場合じゃないんだったな」
第一、ライターに火をともしただけで、転校生が――特に『あいつ』が――来るとも限らない。
隣では豊がうずくまって寝ていた。
川田は転校生で誰とも仲良くしようとしなかったことから、クラスメイトのことはあまり知らない。
もちろん、今一緒にいる瀬戸豊のこともだ。
だが見た感じといい、体育の授業の様子からといい、体力のあるタイプではないことは分かる。
現に、つい20分程前にうとうとと瞼を閉じかけ、ハッとして目を見開き、そしてまたうとうとの繰り返しだったのだ。
川田が「オレが見張るから。おまえは今のうちに寝ておけ」と言わなかったら、今でもその繰り返しだっただろう。
それにひきかえ自慢じゃないが川田は体力には自信があった。
いや……このクラスの誰よりもプログラムの恐ろしさを知っているからだろうか、とても寝る気にはなれないのだ。
とにかく今はこうしてジッとしているのが一番いい。
川田はそう判断はした、本心は違った。
1秒でも早くクラスメイトたちと合流して戦闘態勢を整えなければ、到底転校生に勝ち目などないことは理解している。
何しろ相手は軍の中で育った人間だ(しかも最悪なことに、その中でもエリートだというじゃないか)。
一般の中学生などが、まともに相手になるわけがない。
多勢に無勢など、全く問題ではないのだ。
川田は3人の遺体を見つけた。そして、あのマシンガンの音。
もしかしたら、このD地区だけで、すでに遺体は4体あるかもしれない。
おそらく他の地区も遺体が何体も出来上がっているだろう。
あいつらは戦闘のプロだ。戦うということを知り尽くしている
仮に、クラスメイト全員が合流したところで勝てるかどうかわからない
何しろ、戦争どころか、ケンカ一つできるかどうかわからない連中だからな
いや、それ以前に自己を保っているかどうか……
こんな状況だ、おかしくなっている奴が出てきても不思議じゃない
川田は考えた。
(このクラスで……ものになりそうなのは……)
それは何と言っても桐山和雄だろう。
川田自身、真面目に授業を受けてはないし、当の桐山はサボってばかりだった。
それでも桐山が頭脳、身体能力がずば抜けていることは理解できる。
何より自分から志願した、という点だ。
他の奴等は恐怖で震えているのに――だ。
何を考えているかわからないが、どんな時でも冷静な精神力を保てる奴ほど頼りになる存在はいない。
そして三村信史。
自分と同じD地区に飛ばされているということもあり、出来れば明るいうちに合流したかった。
坂持たちを前にして、冷静さを保っていた数少ない人間。
豊から得た情報から頭脳的にも頼りになる存在だと言う事は理解できた。
後、目立つ生徒は……
(と、言っても何しろ転校して日が浅すぎる。クラスメイトのことは、ほとんど知らないのだ)
川田は教室での1件を思い出した。
坂持登場から天堂真弓殺害、そんな時に泣き叫びもせず、自己を保っていた人間。
相馬光子、杉村弘樹、千草貴子、月岡彰……それに天瀬美恵だ。
なんと言っても、あの場面で佐伯徹に平手打ちくらわすなんて見かけによらず度胸がある。
後は……七原秋也とか、桐山ファミリーの沼井充なんかは泣きわめいたりしなかった。
それなりに冷静だった。他の連中よりはマシだろう。
それに女子委員長の内海幸枝は普段からリーダーシップをとっているし、他の女子よりは何とかなりそうだ。
だが……他の人間は――
そうだな、仲間を集めて戦闘態勢を整えれば、なんとかなりそうな奴も数人いるかもしれない。
例えば新井田和志とか。
ああいう自意識過剰なタイプは、自分に有利な環境なら……。
だが、反対に自分に不利な環境(特に、こんなクソゲームにおいては)に投げ込まれたら、冷静さを保つどころじゃない。
自分のエゴを最大限に引き出し何をするかわからない。
そういう点では、織田も同類だろう。
大木や、旗上や、桐山ファミリーの笹川なんかは、それなりに腕力はありそうだ。
しかし頭脳や精神面では頼りになりそうも無い。
相馬グループの清水も似たようなものだ。女である分、体力面で劣るだろう。
滝口や国信、それに委員長グループの面々は、性格は悪くはないが戦力としては全くあてにならない。
今隣で寝ている瀬戸もそうだ。
その他の生徒たちは印象も薄い。
はっきり言ってしまえば赤松や飯島、それに山本や元渕なんかは完全に問題外だ。
女生徒の大半と同様、足手まとい以外にはならないだろう。
川田は、思考を巡らし改めて思った。
これは戦争だ。そして完全に戦力不足だと。
まして今脳裏に浮かべた生徒たちが、はたして何人生き残っているか……。
とにかく夜が開けたら行動にでるしかない。
桐山や三村と合流すれば、何とかなるかもしれないんだ。
動かない三村、耳をすませば微かだが荒い息遣いが聞こえはするが。
三村は俯いていた。高尾に傷つけられた左腕なんか問題じゃない。
身体全体が悲鳴をあげている。自分でもわかる。もう限界だと――。
その時だ。足音が近づいてきた。
ほんの少し顔をあげると、目前に立っている。
「……!!」
瞬間、地面に倒れかけていた身体が起き上がった。
いや!!持ち上げられていた!!
そして、首だ。佐伯が、首を握り締め持ち上げたのだ。
その華奢な身体には到底似合わない腕力だ。
「そろそろ楽にしてあげるよ」
首に佐伯の左手が食い込んできた。
「……ガハッァ…!!」
声にならない叫びが漏れるように喉からでる。
……郁美!!……叔父さん……!!
「大人しくしなよ。暴れると、その分余計苦しくなる」
……天瀬!!
「!?」
佐伯の動きが止まった。 三村が笑ったのだ。
その不可解な行動に虚を突かれたのか、三村の首に食い込む佐伯の手が僅かに緩んだ。
「何がおかしい?」
「……待ってたぜ、この時を」
その時だ!!三村が左手で、佐伯の襟首を掴んだ。
そして、右腕で佐伯の顔面目掛けて一気に攻撃を仕掛けた。
咄嗟の事だった、それでもかわした。しかし、左頬にかすった。
そう、先ほどまでは紙一重で軽々と除けていたのにだ!
距離が短すぎるということもある。しかし、何より三村が襟をがっちり掴んで放さないの原因だ。
どんなにフットワークが達者な人間でも、これでは除けられない!!
「貴様!!」
佐伯は、三村の左腕に向けって強烈なジャブを放った。三村の顔が苦痛で歪む。
しかし、それでも放さない。 三村は捨て身の戦法に出たのだ。
どれだけ攻撃を仕掛けてもかすらせもしない佐伯。
それならば、その動きを止めるしかない。
止めなければ、いくら攻撃を仕掛けても除けられるからだ。
そして、それは佐伯が止めを刺す為に近づく、その一瞬しかチャンスがないのだ!!
佐伯も瞬時に悟った。三村が捨て身に出たことに。
(バカか、こいつは!!)
佐伯が、そう思うのは当然だ。佐伯の左腕が再び三村のボディにくい込む!!
そう、この方法で相手の動きを止めるということは、反対に自分が攻撃される危険度が高くなるということなのだ。
三村の顔が、さらに苦痛に歪んだ。
しかし、ここまで来て余裕たっぷりだった佐伯が僅かに眉を寄せた。
放さないのだ!
これほど強烈な反撃にあっても、三村は佐伯を放さなかった。
先ほど佐伯は三村をバカか!と思った。
それは当然だ、これは両刃の剣なんてものじゃない。
どう考えても、三村のほうがダメージを受ける。それでも三村は放さない。
自分が傷つくのを防ぐ気は全く無いのだ。
三村が蹴りを繰り出した。この状態で除けられるはずが無い。
佐伯は左手で、それを防いだ。 間髪いれずに三村が右手で攻撃を仕掛けてくる。
その分、佐伯から何倍にもなって拳や蹴りをくらっても攻撃を止めない。
止めなかった。
この状態では完全には除けられない。
今はまだ、かすっている程度だが、いつ命中するかわからない。
そして、左手のみの防御にも限界がある。
そして、ついに三村は佐伯を追い詰めた。
右拳をこれ以上ないくらいに強く握り締め、その顔面に向かって渾身の力を込め放ったのだ。
右ストレートを!!
それは完全に佐伯の顔面を射程距離に捉えていた。除けられるはずが無い!
今度こそ決めてやる!!
――空中に吹っ飛ばされた次の瞬間、土ぼこりをたてながら数メートル地面を滑っていた。
三村の身体が――。
佐伯が鋭い視線で刺す様に、その様子を見ていた。右拳を握って――。
数秒後、三村が身体を起こした。
「……おまえ」
佐伯を刺すように睨んだ。
「……おまえ、右手は使わないんじゃなかったのかよ?」
「……サービス時間は終了したのさ」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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