いつも周りに女がいて
いつも女に不自由しない
そして――いつも心は満たされなかった
キツネ狩り―43―
三村が一気に攻撃を仕掛けてきた。佐伯は微動だにしない。
そして、ほんの少し、スッと身体を引いた。三村が振り上げた木刀を紙一重で除ける。
と、同時に、左足を一歩出した。
勢いのついていた三村の身体は、それにつまづいただけで激しく転がった。
しかし、三村の身体能力も並ではない。1回転すると、そのまま瞬時に起き上がった。
間髪入れずに佐伯の蹴りが三村の顔面目掛けて繰り出される。
「…クソ!」
反射的に身体を沈めた。佐伯の蹴りは凄まじく、掠った髪の毛が数本飛んだ。
何とかかわした。しかし体勢を立て直す暇もなく、佐伯は再度蹴りを繰り出してきた。
咄嗟に上半身を後ろにそらした。
今度もかわした。だが完全にバランスを崩し背後に転がる。
もちろん、すぐに起き上がったが。
「ふーん、結構やるじゃないか」
「……サードマンをなめるなよ」
強がってはいるが、三村は内心焦っていた。
――こいつ、汗一つかいてない
佐伯と自分では決定的な違いがある。それは精神的な余裕だ。
例え、今は互角でも、このままでは時間が進むにつれて、自分は焦りが表面に出てくる。
攻撃も防御も隙がでるのだ。
――勝負は早めにつけるしかないな
三村が再度向かって来た。余裕綽々の佐伯。
また紙一重で除けてやる、佐伯は、そう思っていた。
しかし、次の瞬間、三村はまるで野球の盗塁のように足から滑り込んできた。
佐伯の顔色が僅かにかわる。しかし三村の蹴りは、またしても除けられた。
が、それは佐伯にとっても驚きであったに違いない。
三村は瞬時に立ち上がると、佐伯の胸倉を掴み、一気に引き寄せた。
バランスを崩した佐伯の腹目掛けて強烈な膝蹴りを食らわしたのだ。
「反撃開始……ラウンド2だ」
「確か、この辺りだったよね」
滝口は月明かりで地図と磁石を確認した。
正直言って転校生がいつ登場するのかと思うと足取りも重いが、それでも立ち止まっている暇は無い。
とにかく今は、あの光を送った人間を確認することが最優先だ。
誰だろう?天瀬さんかな?
そうだ、確か天瀬さんが降ろされた場所は、ここから1㌔と離れていない。
それとも北野さんか、野田さんか、谷沢さんかな?
ちなみに滝口は相手が清水比呂乃でないことだけは知っていた。
五時間ほど前、偶然、比呂乃の遺体を発見してしまったからだ。
そして元渕は、こんなことを言っては失礼かもしれないが、とても警告を送るような人間には思えない。
もっとも滝口は知らないが、その元渕も、すでにこの世にはいない。
どれくらい歩いただろうか?
やっと、家が数軒ある場所までたどりついた。
五軒ほど、並んでいる。少し離れた場所に、もう三軒。
しかし、滝口はチラッと、もっと先に視線を送った。この八軒から50㍍程離れた場所に一軒ある。
特に理由は無いが、あの家から調べてみよう。滝口は、そう思った。
「じゃあ、いいわね七原くん」
「ああ、オレがあいつを引きつけるから、二人は、その間に逃げてくれ」
「ああ、でも心が痛むわ。安心して七原くん、あなたの死は無駄にはしないから」
月岡……オレ、まだ死んでないんだけど
「七原くん、あなた少し素敵だったわ。あなたのこと、あたし一生忘れない」
相馬……縁起でもないこと言わないでくれ……
ガサァ!
茂みから何かが飛び出してきた。学生服を着ている。もちろん犬や猫ではない。
しかし、七原の顔がパァッと輝いた。
暗闇で顔も見えないが、あの背格好を見間違えるはずが無い。
「慶時!!」
その声に、相手は動きを止めた。そして、ジッとこちらをみつめる。
「その声は……秋也?」
慣れ親しんだ声。七原は走り出していた。
「慶時、無事だったんだな!!」
「……秋也、おまえこそ」
国信は随分と疲労している。走っていたせいか、ゼイゼイと息も荒い。
「よかった……慶時」
七原は親友の肩を抱き締めた。
もしかしたら会えないかとも思っていた。でも、会えた。
本当によかった。
そんな感動の再会に水をさすように月岡が言った。
「移動するわよ」
「えっ、何でだよ?転校生じゃなかったんだ、もう逃げる必要は無いだろ?
それに慶時は疲れてる。休ませてやらないと」
「あたしは月岡くんの意見に賛成よ」
七原は何が何だかわからなかった。
「待ってくれ二人とも。見てくれよ、慶時は走ってたんだ。少しでいい寝かせてやってくれ」
「それは安全な場所に行ってからの話よ。わからないの七原くん?
国信くん、随分物音たてて走ってきたみたいじゃない。
もしかしたら、どこかで転校生が足音を聞きつけて、ここに向かってきてるかも知れないのよ。
さっさと、ここを離れないと危険なの。用心に越したことはないわ」
「月岡……おまえ頭いいんだな」
「あら?あなた、そんな簡単なことに今気付いたの?」
「反撃開始……ラウンド2だ」
形勢逆転だ。渾身の力を込めた膝蹴りは間違いなく佐伯の肉体にダメージを与えた。
そう、与えたはずだ。だが、三村は次の瞬間、目を見開いていた。
ボディに決ったと思っていた膝蹴り、しかし、何と言うことだろうか!
佐伯は、その膝蹴りを、ボディに当たる寸前のところで、左掌で止めていたのだ。
そして――反対に、三村の腹に強烈な膝蹴りを繰り出していた。
「……ゲボッ」
まるで、異の中にあるものが全て逆流するんじゃないかという衝撃が三村を襲った。
――なんて奴だ。格が違う
それもそうだろう。
尊敬する叔父は格闘技も教えてくれたが、戦闘のプロを想定して教えたわけではない。
腹を押さえ込んだ三村に、佐伯はさらに、その後首筋目掛けて今度はヒジ打ちを食らわした。
三村の身体が重く沈んだ。
「……天瀬」
無意識に、その名を口にしていた。
いきなり顔を持ち上げられた。佐伯が髪の毛を掴み上げたのだ。
「会いたいのかな?彼女に」
「……どういうことだ?」
やっぱり、こいつは知っているのか天瀬の居所を?
そんな三村の気持ちを察してか、佐伯は優越感に満ちた笑みを浮かべた。
「そうか、やっぱり君も美恵さんの崇拝者の一人だったんだね」
「何が言いたいんだよ……天瀬の居場所知ってるのか?」
「まあね。彼女とは一夜を共にした仲だから」
佐伯の意味深な言葉。その瞬間、三村の心の中で、何かが壊れた。
「おまえ!天瀬に何をした!!」
「もしかして妬いてるのかい?見苦しいな男の嫉妬は」
「……ふざけるな!!」
三村の心の最も奥底に大切にしまっている美恵の笑顔。
それが、まるで落とされた鏡のように砕けた。
「安心しなよ。美恵さんは、これからはオレが大事に守ってあげるよ」
「おまえ何をした!言えっ、天瀬に何をしたんだ!!」
「……五月蝿いな。それに、さっきから黙って聞いてれば天瀬、天瀬って。
もう一つ、言っておくけど、彼女はもう君なんかが届く人間じゃないんだ。
気安く名前を口にしないでくれ。
これ以上、彼女の名前を口にすることはオレが許さない」
「あの女の所有権はオレにあるんだ」
「ふざけるな!!天瀬は物じゃないぞ!!
おまえ、天瀬を何だと思っているんだっ?!」
佐伯は笑みを浮かべた。
「もちろん、愛しているよ。心の底から」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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