『本気で好きなこを作ってみなさいよ』
見つけたよ、最高の女を
『悪いものじゃないわよ、一人の女の子を愛してみるのも』
ああ、本当だった。悪くなかったよ

一人の女に命がけで惚れるのも




キツネ狩り―42―




佐伯は、ゆっくりと近づいて来た。身構える三村。
ほんの数時間前の出来事が脳裏をよぎった。


高尾晃司――あの恐ろしい暗殺者。
全身バネのような、しなやかで洗練された動き。
正確かつ無駄の無い射撃の腕前。
そして何より、躊躇や容赦のかけらもない冷たい瞳。


奴は、佐伯徹はどうだろうか?
もちろん、冷酷非情だということは天童真弓の死に様を見ればわかる。
しかし、戦闘能力は?
あの厭らしい中年男・坂持金発は高尾晃司を要注意人物と言っていた。
ならば、この佐伯徹は、高尾晃司より劣るということだろうか?


いや――たとえ、そうだろうとも、もともとレベルが違い過ぎる。

三村の口元が引き攣った。実際、笑っていたかも知れない。

オレは、ここで死ぬかもしれないな


それが現実味を帯びてきた。
その証拠に、先ほどまで三村の心の中で大きな比重を占めていたのは叔父だった。
だが、今は郁美――たった一人の妹――の顔が鮮やかに脳裏に浮かぶ。

それは、もう二度と、この世では会えないからなのか?




郁美……悪いな、兄ちゃんは叔父さんの所に行くかもしれない
親父もお袋も最低な人間だと思っていた
けど、オレも、よくよく考えたら、いい兄貴じゃなかったな
おまえは違う。おまえはオレたちみたいな人間にはなるな

幸せな恋をして、幸せな結婚をして、幸せな家庭を作ってくれ


兄ちゃんは……出来そうも無い














天瀬、早く会いたいぜ」
新井田のふざけた独り言は相変わらず続いていた。
(どうして、あたしが、あいつと二人っきりにならなきゃいけないのよ。弘樹、さっさと帰ってきなさいよ!)
今、新井田と貴子は二人っきりだ。もっとも二人の間には数メートルの距離がある。
ほんの10分程前に杉村は出かけた。
ペットボトルの水が残り僅かになったことに気付き、貴子が引き止めるのも聞かずに水を補給しに行ったのだ。
幸い、この山道を歩いている時に湧き水があった。
それを思い出した杉村は3人分のペットボトルを持って引き返したのだ。
『大丈夫だ。歩いて五分くらいだっただろ?すぐに戻るよ』
そう、確かに片道5分程度の距離。10分もすれば戻ってくるはずだ。
もちろん、転校生に会わなければの話だが。
探知器を持っているとはいえ、貴子は心配だった。

もしも杉村に万が一のことがあれば……。

(弘樹、死ぬんじゃないわよ)


「千草ァ」
下卑た声が聞こえた。ギロッと睨みつける貴子。
ただでさえ杉村のことで神経を使っているのだ。
そんな時に、この男の声は騒音より性質が悪い。
「そんなに嫌な顔するなよ。知ってるだろ?オレが、以前おまえのこと、いいなって思ってたこと」

思い出したくもないわよ!

「なあ千草」
いつの間にか無礼にも近づいてきていた新井田が貴子の肩に手を置いてきた。
「オレたち死ぬかもしれないんだぜ。その前に思い出つくりたくないか?協力するぜ」
その厭らしい目つきと、肩に置かれた嫌な感触が、ついに貴子の逆鱗に触れた。
肩に置かれた新井田の手をつねり上げたのだ。


「痛!な、何するんだよ!!」
「あたしに触れるんじゃないわよ、この最低男!」
「何だとぉ!」
今度は新井田の目が血走った。
「せっかく天瀬とやる前に、おまえと、いいことしてやろうと思ったのに!」
「何ですって!?」

この最低男は何ていった?

よりにもよって、美恵の名前をだして、言ってはならないことを口走ったのだ。


「オレは、このゲームで生き残ってやる!天瀬を連れ帰ってオレの好きにしてやるんだ!!
オレはやるぜ!天瀬をオレの女にして、一生オレのおもちゃにしてやる!!」
「こ、この……ゲス野郎!!」


貴子の鉄拳が新井田の顔にヒットした。その勢いで後ろに吹っ飛ぶ新井田。
しかし貴子の勢いは止まらない。
陸上部で鍛えた貴子の黄金の左足が新井田の脇腹に、強烈な勢いで食い込んだ。


「ギャー!!」
「まだ足りないわよ!!」

貴子の脚が、再度、新井田目掛けて蹴りを繰り出した。
しかし、新井田もサッカー部エースの看板は伊達ではない。
咄嗟に身体を回転させて、蹴りをかわした。間髪いれずに立ち上がる。
「ふざけやがって!」
新井田が反撃に転じようとした時だった。
新井田の振り上げられた拳が空中で止まっていた。




「貴子に何をするんだ!!」

杉村だ。幸運にも転校生と出くわすことなく、帰ってきたのだ。
その杉村の目に飛び込んだのは、大切な幼馴染に殴りかかろうとしている新井田。
「何があったんだ!?」
杉村の乱入に、新井田は怒りの形相を抑えるとヘラッと笑い出した。
「な、なんでもないよ。ちょっとふざけただけだよ」
そんな言い訳が通用するほど杉村もバカではない。


「何があったんだ貴子?」
今度は貴子に事情を求めた。
「何でもないわよ」
いくら弘樹でも言えないわよ。あんなこと。
「……貴子」
杉村は新井田の右拳を離すと貴子の肩に手を置いた。


何があったか知らないが、幼馴染として理解できることが一つだけある。
貴子はプライドが高く、気が強いが、理不尽なことは絶対にしない女だ。
その貴子が、ここまでするとは、よほど腹に据えかねる事があったのだろう。
そして貴子本人が『何でもない』と言った以上、あえて聞き出そうとも思わなかった。
だが――。


「な、何だよ杉村……恐い顔して」
例え陪審員が全員一致で無罪を言い渡したとしても新井田は有罪だ。
「新井田……今度、こんな事があったら、オレはどんな理由があっても、おまえとは手を切らせてもらう」
有無を言わせない迫力に新井田は唾を飲み込んだ。
「あ…ああ、わかったよ」
杉村は、さらに言った。

「貴子の傍に近寄るな」
「お、……OK」




新井田が距離をとるのを見届けると杉村は貴子を座らせた。
そして自分の学ランを羽織ってやった。
「貴子、寒くないか?」
「……大丈夫よ」
その様子を10メートル先から苦々しく見詰める新井田


畜生、見せつけやがって。だがな、おまえたちが大きな顔できるのも今だけだ。
おまえたちは死ぬだろうけど、オレは違うぜ。
オレは生き残る。生きて帰れるんだよ!!

しかも、天瀬込みの特典付きでな!!














佐伯の右手には銃が握られていた。

クソ!やっぱり持っていやがったのか!!

相手はプロ、しかも銃を持っている。そのうえ自分は怪我人だ。
いくらなんでも、不公平じゃないのか?


「ふーん、銃器類は持ってないようだな」
「ったりまえだろ!持ってたら、とっくに、その顔に風穴開けてたぜ」
フッと微笑すると佐伯が持っていた銃をベルトに差し込んだ。
そしてワザとらしく両腕を広げて見せた。
「……何のマネだ」
「見ての通りだよ。オレは、この通り他に武器は持っていない」
「………?」
「君は怪我人。オレは五体満足。どう見たって不公平だろ。だからハンデをやるよ」
佐伯は、利き腕の右をズボンのポケットにいれた。
「右手は使わないよ。そのほうがオレも楽しめるからね」


……こいつ。このクソゲームを楽しんでやがる


余程、余裕があるのだろう。それにしても、ふざけた行為だ。
だが、その余裕は、自分に絶対的な自信を持っているからこそ出来る事だ。
三村の目の色が変わった。バスケをしている時よりも、はるかに真剣な目だ。
そう、覚悟を決めたのだ。
この男に殺されるかもしれない。だが、この男の向こうには美恵がいるのだ。


「……後悔するなよ」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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