はるかが指差した方向、ほんの数秒だが光が
「もしかして!」
「雪子か美恵
かもしれないね」
はるかと聡美は手を取り合って喜んだ。
しかし、三村は素直に喜べなかった。
――転校生が……いるのか?
キツネ狩り―40―
「ああ、こんな暗闇じゃあ、ろくに歩けないわ」
「しょうがないわね。かと言って懐中電灯をつけるわけにも行かないもの」
「美恵ちゃん、無事だといいけど
」
「そうね……せめて、疲れてなければ、もう少し早いペースで動けるのに」
「それは仕方ないわ。アタシも光子ちゃんも精神的にも肉体的にもまいってるもの」
「本当にそうだわ。いくら、あたしが夜更かしに強くても、こんな状況じゃあね」
光子と月岡は、そろって溜息をついた。
少し離れた場所から七原が、2人の会話を苦々しく聞いている。
今、3人は立ち止まり休憩を取っていた。
随分、E地区に近づいてはきたが、この暗闇の中では、ろくに動けない。
光子と月岡は、なるべく見晴らしがよく、かつ相手からは身を隠し易い場所を選ぶと七原を見張りにたて身体を休めた。
いざという時、すぐに動けるように。
(……疲れた。見張り代わってくれないかな)
何となく言いづらくて(七原はひとがいいのだ)、そのうちに光子と月岡は交代で仮眠を取り始めた。
そのため、ますます言い出せなくなっていたのだ。
1時間程たった頃だ。
「七原くん、少し代わってあげるから、あなたも休みなさいよ」
「そうね。あんまり無理するのは良くないわよ」
誰が無理させてるんだよ……と普通は思うところだ。
だが、すっかり状況に慣らされてしまった七原は、ありがたく2人の申し出を受け入れることにした。
「ありがとう、助かったよ。さすがに眠くて」
「もう、男のクセにだらしないわね」
月岡、おまえも男だろ?(失礼ね、乙女よっ!!)
「あんまり世話焼かせないでよ」
オレ相馬に世話焼かせてたのか?悪いことしたな(どこまで、お人よしなんだ?)
その時だった。ガサッ……と、物音がしたのは。すぐ、傍まで近づいてきている。
「ちょっと、あの音…!」
「どういうことよ、七原くん」
「そんな、さっきまでは物音なんて……悪い、気付かなかっ……」
「「このバカ!!」」
「三村くん、どうしたの?」
考え込んでいる三村に、2人は首をかしげた。
美恵を探す為にここまで来て、やっと手掛かりらしいものを見つけた。
それなのに三村の顔は浮かない。そう、あの光を見てからだ。
三村の脳裏に昔のことがフッと浮かんだ。
昔といっても、五年ほど前のことだ。
三村には尊敬する叔父がいた。
その叔父は家庭を顧みない両親に代わって、三村を可愛がってくれた。
パソコンからバスケまで、三村が得意とするものは全て、その叔父が教えてくれたものだ。
叔父は、よく三村を海や山に遊びにつれてきてくれた。夏にはキャンプが定番だった。
夜、テントの中でした叔父との会話、今では大切な思い出だ。
なぜなら、叔父は二年前に事故死(ということになっている)したのだから。
「やっぱり叔父さんはすごいな。アウトドアも詳しいし」
三村にとっては叔父はヒーローだった。
「別にたいしたことじゃない。たまたま知ってただけだ。
それに学生時代には登山部にいたこともあったからな」
「オレ、叔父さんみたいな、すごい男になるんだ」
「それは光栄だな。だがな信史、オレは別に偉人でもなんでもない普通の男だ。
おまえは、オレの贔屓目なんかじゃなく誰にもない才能がある。
それは、おまえ自身が持って生まれて、おまえ自身が育てなくてはいけないものなんだ。
オレは、ただ、その手伝いを少ししているだけだ。
おまえがスケールのでかい男になれるかどうかは、おまえ自身が決めることだ」
「それを忘れるな」
それは当時小学生だった三村には少々難しい言葉だった。
キョトンとしている三村に、叔父は「まだ、早すぎたかな」と苦笑しながら言った。
「とにかく、オレが知っていることなら教えてやれるぞ。
そうだな、こんな事は特に役に立つものでもないが、覚えておいて損はない」
そう言って叔父は懐中電灯を取り出した。
「こいつも使いようによっては役にたつ。モールス信号だ」
「三村くん、どうしたの?」
はるかと聡美は無言のままの三村に不安を覚えた。
(あれは……モールス信号だった。あれは確か……)
三村は記憶をたどった。そうだ、あれは……
最初は『キ』『ケ』『ン』だった。次は…『サ』…『エ』…『キ』……だ。
サエキ……三村の脳裏に教室での一場面が鮮やかに浮かんだ。
天童真弓の壮絶な死に様。そして、それを微笑して実行した男。
佐伯徹、あいつがいるのか?!
誰なんだ、信号を送ってきたのは?!
あいつの近くにいて、まだ存在を悟られてないのか?
いや……そんな甘い奴じゃないはずだ。
それなら、なぜ?
三村は考えた。
気付かれないわけがない、だが気付かれたら即殺されるはずなのに。
……まさか!
三村の胸に恐ろしい答が浮かんだ。
そう、佐伯は信号を送った相手の存在には、とうに気付いている。
そして、その誰かが殺されていないのは、佐伯にとって利用価値のある相手だからだ。
だから生かされている。
いや、むしろ、その誰かは佐伯の近くにいるのではなく、無理やり監禁されていると考えるほうが自然だ。
E地区に飛ばされた生徒で、利用価値のある生徒など一人しかいない。
自分と同じように彼女を守る為に、この地区に向かうはずの、あの男。
確か菊地直人という奴が言っていた。
あいつは『1000点』だと。
だから――あいつの、桐山へのエサとして捕らえられている!!
「天瀬……!!」
天瀬だ、間違いない!!
心臓が凍りつくほどの衝撃が三村を襲った。
今の三村には有効な武器はない。
何しろ、支給武器のベレッタは高尾との戦闘中に落としている。
今頃は高尾晃司のディパッグの中だろう。
野田聡美はマシンガンを持っているが、それを取り上げるわけにはいかない。
怪我をしていることを差し引いても、聡美とはるかは自分より、ずっと弱いのだ。
かと言って、二人を伴って、美恵を探しにいくわけにはいかない。
下手をすれば、死体が三つになる。
――天瀬
なあ信史、一人の女の子を愛するっていうのは悪いもんじゃないぞ
叔父が生前よく言っていた。
唯一愛した女を守りきれなかった叔父は、その後ずっと死んだ彼女を愛し続け独身を通し死んでいった。
そんな叔父にとって、遊びで色々な女と交際を繰り返す三村は、どう映っていたのか?
それは怒りではなく悲しみだった。
叔父は三村にとって唯一の欠点とも言うべき女癖の悪さを一度も叱らなかった。
それは、その背景にあった両親の不仲を知っていたからだ。
本来なら、この世で最も強い絆で結ばれてしかるべき夫婦だ。
それなのに心を通わせることなど一度もなく、ただ世間体だけの為に表面を取り繕っている。
そんな両親を見て育った三村は、心の奥底に愛情に対する、拭いきれない不信感を持っていたのだ。
いつか、おまえに心の底から大事に思える女の子が現れたらいいのにな
叔父は悲しそうに、そう言った。
その叔父が死んで、三村に、そんな事を言ってくれる人間がいなくなって1年が過ぎた頃だった。
「どういうことよ!」
「だからルール違反してるのは、そっちだろ?
遊びで構わないから付き合ってくれって言ったのは誰だよ?」
三村の左頬が紅く染まる。
あーあ、またか……どの女も行動パターン一緒だな
「……あんたなんか大嫌い!!」
女は泣きながら走り去っていった。三村の心に罪悪感はない。
ただ叔父の事を思うと心がいたんだ。
「……叔父さん、またやっちゃったよ」
叔父が生きていたら、きっと悲しんだだろうな。
そう思うと胸の奥が疼いたが、それはあくまでも叔父に対する気持ちだった。
「三村くん」
その時だった。背後から声がしたのは。
「天瀬、見てたのか」
同じクラスの天瀬美恵。貴子や光子とは違う美しさを持つ少女。
そして春の陽だまりのような微笑と、優しい人柄でB組男子はおろか、学校中の男が夢中になっていた。
三村自身、美恵のことを、いいなと思ったことはある。
しかし恋愛感情とか、そういうものではなく、本当に単に可愛いなと思った程度だ。
同じクラスと言っても、席は離れているし、ろくに口もきいたこともない。
本当に、ただのクラスメイトだったのだ。
「あのこ、泣いてたわよ」
「いつものことだよ。絶対にオレを縛ったりしないから付き合ってくれって懇願するから付き合ったんだ。
それなのに結局は独占しないと満足しないんだ」
「よくないよ、そういうの。やめたほうがいいわ」
「お説教かよ。せっかくだけど、オレ罪悪感全くないんだ。オレのこと軽蔑しただろ?」
「違う、三村くん自身の為にやめて」
「……オレの為?」
予想外の言葉に三村はキョトンとした。てっきり罵詈雑言が飛び出すと思ったのに。
「こんなことしてたら、三村くん本気で誰かを好きになることができなくなる」
「………」
「誰か一人を大切にすることは、すごく大事なことなのよ」
「本気で好きなこを作ってみなさいよ。悪いものじゃないわよ、一人の女の子を愛してみるのも」
「………!!」
『なあ信史、一人の女の子を愛するっていうのは悪いもんじゃないぞ』
……叔父さん!!
「ごめんね生意気なこと言って。
でも三村くん、新井田くんみたいな根っからのプレーボーイとは思えないの。
なんて言うか……三村くん、女の子に囲まれてても楽しそうにみえない。
ただ愛し方を知らないだけなのかな……って。だから、やめてほしかったの」
「……………」
「あっ、もうこんな時間。帰らないと」
美恵はクルリと向きを変えると駆け出そうとした。その前に、チラッと三村に振り返り
「私の言ったこと、少しでいいから真剣に考えてみてね」
そう言って微笑んで走り去っていった。呆然としている三村を残して。
三村は、しばらく、その場から動けなかった。
「……まいったな。今までで一番キツイ言葉だ」
三村は親衛隊までいるほど華やかにモテる男だったが、B組女子からは敬遠されていた。
もちろん、そのハデな異性関係が原因だ。
はっきり口にこそ出さないが、誰もが非難がましい目で三村を見る。
三村が廊下にいることを知らず、「また捨てたんだって最低よね」と陰口を耳にしてしまったことも一度や二度じゃない。
特に、三村好みの、キツイが整った顔立ちをしている千草貴子などは凄い。
三村が杉村と楽しい会話を交わしていると、杉村の背後から新井田を見るような冷たい視線を送ってくる。
それも殺気を込めた敵意に満ちた目で。目は口ほどにものを言う。
『……あんたがプレイボーイやるのは勝手だけど、弘樹に変なこと吹き込んだら、ただじゃあおかないわよ』
貴子の目は、はっきりと、そう警告していた。
とにかく三村はクラス中の(松井知里は例外)女子から、女の敵とレッテルを貼られていたのだ。
しかしだ。三村は、そんなクラスメイトたちの冷たい中傷に全く動じていなかった。
女癖が悪いのは事実だからな。言わせておけばいい。そう思っていた。
(もっとも、貴子だけは、正直言って恐かったが、杉村が健全な中学生でいる限り実害はない)
陰口叩かれたり、非難がましい目で見られたり……それでも、三村はこたえなかった。
それなのに、今は叩きのめされている。
美恵の、たった一人の少女の言葉に……。
それは美恵の言葉が、今まで受けてきた言葉のように嫌悪とか憎悪とか不快なんてものが一切ないものだったから。
本気で、自分のことを心配して言ってくれた。
叔父が死んでから初めて聞いた温かい言葉だったのだ……。
「……叔父さん」
『誰なのかな。おまえの氷の心を溶かす女の子は』
――今やっと、あんたの声が届いたような気がする
――出来そうな気がしたんだ。本気の恋ってやつを
――させてくれそうな女を、やっと見つけたよ
「2人とも、ここにいろ」
「三村くん?」
「いいか絶対に動くなよ。もし二時間たってもオレが帰ってこなかったら最初の空家に戻ってろ」
三村は、すでに決心していた。
天瀬美恵を助けに行く。たとえ、それが地獄への近道だろうとも。
――本気で惚れた女だから
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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