ただならぬ気配の教室
今にも切れそうな緊張の糸
そして殺気にも似た気配
その対象は自分自身




キツネ狩り―4―




微かに震える手を握り締め美恵は、キッと佐伯を睨みつけた。
怖い。でも、どうせ、殺されるなら服従なんてしたくない。
佐伯が一歩でた。その時だった。
何人かが同時に立ち上がっていた。


「やめろっ!美恵さんに手を出すな!!」
七原秋也、席が近く、よくギターを聞かせてもらったり、作詞を手伝ったことはある。
が、ただのクラスメイトだ。恋人なんて間柄じゃない。
「そうだ、卑怯だぞ。女相手に」
美恵の親友・千草貴子の幼馴染の杉村弘樹、貴子を通じてクラスの中では、比較的仲のいい級友だ。
「軍ご自慢のエリートのやることじゃないぜ」
独特の言い回し。プレーボーイの三村信史だ。


「……驚いたな。天瀬さんは、このクラスのマドンナなんだ」
佐伯がにっと笑った。
「マドンナ殺されれば、みんなヤル気がでるんじゃないかな?」
フッと薄笑いを浮かべ、銃を持った手を上げる。 美恵は反射的に目を瞑った。
一瞬の内に自分の死を覚悟した美恵。
だが、弾は飛んでこなかった。不思議に思って目を開けた。




「やめろ天瀬には手を出すな」

命を守ってくれたのは桐山だった。
佐伯の右手を掴みグっと持ち上げている。銃口は天井へと方向を変えていた。

「……命拾いしたね。天瀬さん」

桐山の手を振りほどく佐伯。教壇の方に引き上げていった。
後には、異臭を放つ天堂の遺体が残された。


天瀬、大丈夫か?」
「……うん、ありがとう。桐山くん」

とり合えず、胸をホッとなで下ろすB組の面々。だが、それも僅かな一瞬に過ぎないのかもしれない。
単純に死ぬ時間が少し延びただけ……誰もが、そう感じていた。




「さあ、出発するぞ。まずはA地区の連中だ」
迷彩服を着た男達が入室してきた。
「さあ、ぐずぐずするな!!」
美恵は桐山を見詰めた。

「……死なないで……桐山くん」
「ああ」

ディパックを肩に掛け教室をでようとする桐山。
その背中に声が浴びせられた。


「ちょっと待てよ。綺麗な顔した、にいちゃん」


菊地直人だ。桐山の動きが止まった。振り向きはしなかったが。
桐山に忠誠を誓っている沼井をはじめ、他のA地区行きの七原達も、桐山を、そして菊地を交互に見詰めた。


「おまえ、気をつけた方がいいぜ」
「なぜだ?」


あいかわらず振り向かずに質問だけ投げかける桐山。

「おまえたちにとっては災難だが、オレたちは違う。
このゲームで高得点をとれば将来に大きなプラスになるんだ」

腕を組み、壁に背もたれした無礼な態度。
こんな状況でなければ、沼井あたりがケンカを売っていることは間違いないだろう。


「おまえを殺れば、1000ポイントだ」


「おいおい菊地だめじゃないか、そんなこと言ったら桐山が緊張するだろう?」
だが当の桐山は全く動じてない。
「せいぜい背中に気をつけるんだな、おぼっちゃま」
その言葉が終らない内に桐山は再び歩き出した。あわてて沼井が後を追う。




そして、B地区、C地区、D地区とそれぞれの生徒たちが連行された。
最後に美恵たちのE地区だ。

「……い、いや…怖い、怖いよ……」
「雪子」

普段から人一倍控え目で内気だった雪子。足がすくんでいる。

「たって、大丈夫よ。何とかなるわ」
本当なら、美恵も泣きたかった。いっそのこと大声をあげて狂ったほうが、どれだけましか。
「私がついてるから。それとも友美子みたいに信頼できない?」
笑顔を見せた。精一杯の強がりかもしれない。

「……ううん。ごめん、私弱くて……」
「そんなことない。さあ、たって」

震えながらも立ち上がる雪子。


しっかりしなければ……!
美恵は健気にも、そう決意した。





「……待て」
美恵が雪子を伴って教室を出ようとしたときだ。
まるでセミのように、細い声が聞こえた。
「……おまえに用がある」
佐伯や菊地と違い、一言も発せずに、ただいただけの男・鳴海雅信だった。
金髪のフラッパーパーマ、整った顔立ちだが、その表情からは、まるで石膏のようにしかみえない。
明らかに、何か他のものとは違うオーラを感じる。


「……おまえには用はない。行け……」
雪子は、その只ならぬ雰囲気に、怯えながら美恵を見詰めた。
「聞こえなかったのか?…行け」
語尾に僅かだが強い口調を感じて、雪子の恐怖はアクセル全開で加速した。
「行って雪子」
「……でも、でも美恵……!!」
「大丈夫よ。すぐに行くから」
大丈夫、多分大丈夫だ。こいつらの目的はゲーム内で殺すこと。
最悪でも、ここでは殺されはしないだろう。

でも、ならば、一体何だろう、用とは?




美恵に促され、教室を出た雪子の足音が遠のき、全く聞こえなくなった。
今、教室にいるのは坂持と、5人の敵だけ。

「何なの?用件って」

ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、鳴海がこちらに向かって歩いてきた。
美恵は無意識の内に、後ずさりした。ほんの数歩下がっただけだが、壁に当たってもうさがれない。
しかし、鳴海は、まだこちらに近づいてくる。真直ぐに 美恵を見据えたまま……
ふいに何か、死とは全く違う恐怖を感じ、 美恵は咄嗟に逃げようとした。


「……痛い!」

美恵が動くより先に、鳴海が 美恵の手首を握り締めてた。すごい力だ。
そのまま、教室の壁に背中から叩きつれられた。
だが、悲鳴はでない。口が何かに塞がれ出せない。


「!!」


美恵の瞳が拡大した。
唇に、鳴海のそれが押し付けられているのを理解するのに数秒もいらなかった。


……なに……?……いやっ!……いやっ、いやぁ!!


暴れようとしても、力に格差がありすぎる。動くことすら出来ない。
反射的に噛み付いてた。
「……つぅ!」
鳴海が怯んだ隙に唇を離し、ほんの数十分前、佐伯にお見舞いしてやった平手打ちをくれてやった。
だが、その手は震え、それ以上に表情は凍り付いている。
まだ、心臓の鼓動は激しく波打っている。


何なの?この男は……!!


先程、殴ってやった佐伯には、静かな怒りすら感じた。
それなのに、この男には得体のしれない違和感しか感じない。


「……思ったとおりの女だ。ますます気に入った」


(……嬉しそうに笑っている!!)

美恵はディパックを抱えると全速力で走った。




(何なの、あいつは……!!)


手の甲で、唇を拭った。それでも、あの感触は消えない。


(悔しい、ファーストキスなのに!!)


いや、このさい、そんな事は些細な事かもしれない。


(怖い、あいつ……!!)




今度、会ったら、唇を奪われるくらいじゃ済まないような気がする。全身鳥肌が立つほどの恐怖。
校舎を出ると、マイクロバスサイズの軍用車が止まっていた。

「遅いぞ、さっさと乗れ!!」
迷彩服の男がどなりつける。
美恵、大丈夫だった?」
雪子が心配そうに顔をのぞいてくる。
「……………」
「どうしたの美恵?」
「何かされたの?」
はるかや聡美も雪子同様、 美恵を心配してくれた。
「うん…大丈夫よ」


言える訳ない、あんなこと……!


車に乗り込むと 美恵 は顔をうずめ黙り込んだ。

……誰か…誰か……助けて……









「おいおい鳴海、先生の目の前で不純異性交遊なんて何考えてるんだぁ?」
「………」
坂持完全無視の鳴海。それどころか、またガムを噛み始めている。
「に、しても意外だな。おまえでも女に興味があったんだ」
「………」
まるで当然というように菊地も完全無視だ。
「彼女、オレを随分コケにしたんだよ。この借りはゲームで……」
しかし佐伯が死刑宣告ともとれる発言を投げかけた時だった。
瞬間、佐伯は首に圧迫を感じた。
鳴海の右手が襟元を掴み上げている。


「……あれはオレのものだ。勝手なマネをするな」


佐伯は唾を飲み込んだ。
「おい、佐伯を放せ!仲間同士でケンカなんて先生許さないぞ!!」
坂持の言葉などには全く耳をかさない。それどころが圧迫感がますばかりだ。
「……わかった……あの女には手を出さない……約束するよ」
鳴海の手が離れ、同時にケホッと咳き込む佐伯。

(……フン、調子に乗りやがって……あの女が飛ばされるE地区はオレの担当だ。
後は勝手に殺るだけだ。この変態野郎め!)









暗闇の中、車のヘッドライトが車道を照らす。
30分くらいたっただろうか?車が止まった。
天瀬美恵、降りろ」
波の音、海の近くだと直感で理解した。
「さっさとしろ」
「あ、あの……美恵 だけ?私たちは?」
怯えながらも一言一言を確実に話す雪子
「そうだ、全員一度に降ろすと、すぐに徒党を組むだろう?それではゲームにならない。一人ずつ降ろしていく」
車のエンジン音が遠ざかっていく。
雪子や、はるかや、聡美もすでに遠くに行ってしまった。


美恵はしばらく呆然と立ちつくしていた。

……甘かった……
とにかく身を隠さないと!


美恵は月明かりだけを頼りに移動を開始する。
ゲームはまだ始まったばかりなのだ。




【B組:残り42人】
【敵:残り5人】




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