静まり返った教室。薄暗い天井
誰もが思っていた これは夢だ、それも最悪な

はやく…はやく目を覚まさなければ……!!




キツネ狩り―3―




教室のあちらこちらから、かすかに嗚咽が聞こえた。
夢ではない……そう、まぎれもない現実なのだ。


「こら、おまえら、今から泣いてて、どうするんだ?
泣いたって、どうしようもないんだぞ。
自分の運命は自分で切り開く、それが青春だ。そうだろう?」
坂持のくだらない話は尚も続いた。
「いいかぁ、確かに、こいつらは戦闘訓練受けた連中だが、だからって悲観するな。
成せばなる、この言葉をしっかりと胸に刻み込んで、一生懸命闘うんだぞ。
先生、おまえたちを応援してるからな」
さらに坂持は箱を取り出した。


「今から、おまえたちに、クジをひいてもらう」
坂持が先程、黒板に書いた大雑把な地図に区切り線をつけ5区にわけた。
それぞれにA~Eまでのアルファベットを付け足す。
「このクジはA~Eまである。それぞれ、ひいた場所に兵隊のお兄さんたちが連れて行ってくれます」
クラスメイトたちは、さらに蒼くなった顔をお互い見合った。
そう、刻一刻と開始の時間はせまっている。まぎれもなく。
「今、ちょうど午前1時かぁ。さあ、ひいたひいた。早くしないと先生怒るぞ?」


美恵はひいたクジに書いてあるEの文字を確認すると、同時に黒板に目をやった。
北西部(A地区)北東部(B地区)中心部(C地区)南西部(D地区)南東部(E地区)と区切ってある大雑把な地図。


「みんな引いたな。よーし、じゃあアルファベット順に分かれてもらうぞ」


A地区
赤松、桐山、七原、沼井、小川、金井、榊、相馬
B地区
倉元、黒長、旗上、稲田、内海、琴弾、天堂、中川有、松井
C地区
飯島、大木、国信、杉村、月岡、新井田、山本、千草、藤吉
D地区
川田、笹川、瀬戸、三村、江藤、日下、中川典、南
E地区
織田、滝口、元渕、北野、清水、谷、野田、矢作、天瀬美恵

美恵と同じE地区に飛ばされる者たち。
特に親しい者はいない。雪子やはるか、それに聡美とは、時々話をする程度だ。
美恵は咄嗟に桐山の名前を探した。


A地区……一番離れている。


とにかく冷静にならなければ……。
美恵は教室中をゆっくりと見回した。ほとんんどの者は顔面蒼白だが例外もいる。
その筆頭はもちろん桐山だ。先程と同様、その表情は全く崩れていない。
そして川田章吾。転校生で、クラスメイトとはほとんど話した事すらない男で、美恵自身、川田のことはよく知らない。
だが桐山同様に落ち着いた態度をみせている。
この2人ほどではないが、三村信史、相馬光子、杉村弘樹、千草貴子など、それなりに自己を保っている者は何人かいる。
だが、ほとんどのクラスメイトは、今すぐにでも泣き出しそうな面持ちだ。無理もない。





「坂持先生」
その声に、美恵は咄嗟に前方に目をやった。
もちろんクラスメイトたちも同じだ。佐伯徹が手を上げていた。
「んっ?なんだ佐伯?」
「みんな、泣いてばかりで、ヤル気が全く感じられないんですけど。これって問題だと思いませんか?」


何が言いたいのか?


「オレ達、弱い者イジメするわけじゃないんだし、もっとヤル気だしてもらわないと張り合いがなくて」
「まあ、そう言うな。みんな、こんな経験初めてだから、戸惑っているだけだよ。
戦闘が開始されれば嫌でもその気になるだろうからさ」
「だったら今のうちに自分達の立場ってものを十分わからせてやるのも親切だと思いませんか?」


ますます、わからない。一体何を考えているのか?


「ヤル気がなければどうなるか……教えてやってもいいですか?」

坂持が「いいぞ」と言わないうちに佐伯がこちらに向かって来た。 クラス中に緊張が走る。
ほとんどの者は天敵から身を隠す小動物のように、おびえた目で彼を見詰めた。
一人一人、品定めをするように見据える佐伯。
そして一人の女生徒と視線がぶつかった。
口を笑みの形に歪め、その女生徒に近づく。そして……!!


「キャー!!」


天堂真弓だった。佐伯に髪を掴まみ上げられ、その勢いで立ち上がっている。
クラス中に蔓延していた緊張感が一気に恐怖へと加速。
立ち上がった天堂真弓は佐伯を見ていなかった。
その瞳に映し出されたもの、眼前数センチ先にあったのは……!


「バイバイ」


バァーンッ!!




真弓が最後に見たものは銃口から飛び出す火花だった。
その続きを彼女はしらない。
それを見たのは彼女以外の者たち……一瞬の後、床に真弓の遺体が転がっていた。
シーンと静寂が教室を包んだ。先程までは、微かにしろ嗚咽が聞こえたがそれもなくなった。
誰もが完全に言葉を失ったのだ。
ひとがひとを、それも年端のゆかない少年が、まるで射撃場の動かぬ的を撃つように簡単に殺した。
その事実に硬直してしまっている。


「あーあ、やっちゃったよ。佐伯、ダメじゃないか。無抵抗の女には優しくするもんだぞ」
全く説得力のない坂持の説教だった。
「それになぁ、ゲーム始める前から点取りなんて、先生感心しないぞ」
「オレは別にかまわないぜ」
そう言ったのは、先程まで黙っていた菊地直人だった。
「その女、ポイント低かっただろ」
「そうだな10ポイントしかなかったからな」
今度は周藤晶だった。
「だ、そうです先生。問題ありませんね。それに、このひとオレの好みとは程遠いからね」

美恵は耳を疑った。人一人殺しておいて……!!

「オレ清純なのが好みだから、こんな援交やってる女」

パーンッ!!と盛大な音がした。




美恵は天堂真弓とは、あまり口も聞いたこともない。
だが、ほとんどのクラスメイトが思っているような、ごく普通の女子中学生ではないことは知っていた。
なぜか美恵は女子不良代表の相馬光子と仲がよく、光子から聞いていたのだ。
もちろん、その情報には驚いたし、ひとは見かけによらないんだなとも思った。
幼い頃の複雑な事情から、複数の男を奴隷扱いしている光子は特異な存在だ。
(それに美恵と付き合うようになってから、そういう男たちとは縁を切ったそうだ)
そんな光子と違い普通の家庭で平凡な幸せを送っていながら、小遣いほしさに裏の顔をもっていた真弓。
正直いって、いい感情を持っていなかったのは事実。
だからといって――その殺され方は酷すぎる


美恵は自分でも思いがけないことをしてしまったのだ。
佐伯の左頬が僅かに赤い。
クラスメイトたちが、いや坂持も、転校生たちも自分を見て驚いている。
だが一番驚いているのは美恵自身。
いくら、カッとなったからといって、まさか平手打ちをしてしまうとは。


「……天瀬さん、だったよね」


佐伯が少々俯き加減だった顔を上げて、そう言った。
しかし、その目は先程のゲームを楽しむ余裕に満ちたものとは、まるで違う。


「わかってるの、何をしたか?……けっこう痛かったよ」




【B組:残り42人】
【敵:残り5人】




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