大東亜共和国最悪の法――通称プログラム――
最後の一人になるまでクラスメイトを戦わせる恐怖政治の象徴的存在
昨年改正、
改正後実施されたプログラムは24クラス
生存人数――ゼロ。
キツネ狩り―2―
「そんなバカな!!」
生徒が1人立ち上がった。委員長の元渕恭一だ。
「僕の父は県政府の環境部長なんだ……僕のクラスがプログラム対象クラスに……え、選ばれるわけ……」
「バカだなぁ。いいか政府は平等を常にしてるんだぞ。君は君、親は親。
そんなくだらないことで、君たち前途ある若者を差別するわけないじゃないか」
坂持がクラス中を見渡した。
「だいたい、このクラスは名門の子女が多いんだぞ」
それは確かだった。現に美恵の家も地元の旧家で、親戚には大学教授や医者、警察庁にお偉いさんもいる。
美恵の親友の金井泉も地元の名士の娘で、父も祖父も伯父たちにいたるまで、そのほとんどは県や町の議員に名を連ねている。
織田敏憲は(成金ではあるが)会社社長の息子だ。
そして桐山。彼の家は旧華族の家柄で、全国トップクラスの財閥。
桐山の父は財界のみならず、政界にまで顔がきくそうだ。
だが、この際そんなことはどうでもいい。
「みんなも知ってるだろう?プログラムのことは」
誰かがうっとうめいた。
プログラムのことを知らない奴はいない。
世紀末の悪法。
しかも昨年改正され、さらに最悪となった。
ある一人の国会議員の発言が始まりだった。
「将来、我が国を防衛する軍事に関わるかどうかわからない中学生の戦闘に学ぶべきことがはたしてあるのでしょうか?」
そして、こうも言った。
「わが国には幼少より、国家に忠誠を誓っている、実に優秀な少年が大勢いる」
この大東亜共和国は他国に比べても、孤児院が多い。
そして、七原や国信のように民間の孤児院に入ることができるのは、
ほんのわずかなラッキーな連中なのだ。
大半は国の施設に入るのだが、そこは専守防衛軍養成所と化しているという。
その中でも、特に頭脳、身体能力に優れ、何より戦闘を好む者。
それらの若者に実戦経験をつませることこそ国益につながるというのが、 その国会議員の意見だった。
そして、それは――満場一致で可決。
かくして、最後の一人となるまで殺し合わせるプログラムは
その『国家に忠誠を誓っている優秀な少年』たちに最後の一人が殺されるまでの実戦訓練となった。
もちろん一般生徒たちも黙って殺されはしない。反撃する。
反対に奴等を全滅させれば、生きて家に帰れるのだ。
だが、結果は――無残なものだった。
改正後、生きて帰った一般生徒ゼロ。温室育ちに勝ち目は無い。
「おっと、そうだ。桐山」
突然の名指し。美恵は咄嗟に桐山を見た。
「おまえは家に帰れるぞ」
えっ?と、あっけにとられた表情でクラス中の視線が桐山に集中した。
「お父さんがな、おまえがプログラムを免除できるように手を回してくれたんだよ」
坂持の話は続いた。
「おまえの為に30億の身代金だしたんだよ。すごいな30億だぞ。
残念だよなぁ。おまえ、このクラスの中では断突でポイント高いのに。
でも、そういうことだから、しょうがないよな。
お父さんに感謝するんだぞ」
「ぼ、僕の父も出したんだろ!?」
今度は織田が立ち上がった。
「あのなあ織田、おまえの親に、こんな短時間で30億だせるわけないだろ。
現に金井の父親も必ず払うなんて言ったけど、
財産全部売り払っても3億が限度だろうからなぁ。
取引はダメだって突っぱねたら食って掛かってきて大変だったんだぞ。
あ、でも、おまえの親は『30億なんて用意できるか!』って逆切れして終わりだったけどな」
美恵は静かに桐山を見詰めた。
そして、思った。自分は死ぬだろう――でも、桐山は生きて帰れる。
とにかく、一人でもクラスメイトが助かってよかった。
「よかったわね……桐山くん」
「………」
「……桐山くんだけでも助かってよかった……」
「オレ一人か?」
桐山が立ち上がっていた。元渕や織田とは違い、静かで冷静な声だった。
「桐山くん……?」
「オレ一人なのか?」
「どういうことかな桐山」
「天瀬は帰れるのか?」
「……え?」
美恵は、あっけにとられた。なぜ、そこで自分の名前が出るのか?
坂持は、ふぅと、さも哀れそうに溜息をついた。
「あのなぁ桐山、天瀬が帰れるわけ無いだろ?くだらないこと言ってないで、おとなしく帰り支度しろ。
帰ったら、せいぜいお父さんに親孝行するんだぞ」
「……桐山くん」
美恵が桐山の荷物を手にとって差し出していた。
「……言うとおりにしたほうがいいわよ……せっかく、お父さんが助けてくれたんだもの……」
それは本心だった。もっとも今からおこる自分の運命を考えると差し出した手が震えている。
「あいつらの気が変わらないうちに、早く……」
クラス中が桐山を見詰めていた。
なんで、あいつだけ!と歯軋りしている者。
羨ましさを通り越して、妬ましさのあまり涙を浮かべている者。
いいさ、あいつはオレ達庶民とは違うんだからなと割り切っている者。
そして、誰もが思った。桐山は家路につき、
いつもと変わらない豪華な人生を再スタートさせるだろう――と。
美恵から荷物を受け取る桐山。そして――。
「桐山くん?!」
美恵は目を疑った。他のクラスメイト達もだ。
何と桐山が自分の席に再びついたのだ。
「おい、桐山、何してる?」
「オレは残る」
「桐山くん!!何言ってるの?!」
「プログラムに参加する」
美恵も、クラスメイト達も、坂持や転校生たちも己の耳を疑った。
正気なのか?それとも、このくだらないゲームを面白がっているのか?
パチパチパチ、拍手が響いた。全員、教室前方に目をやる。
「すごいな桐山くん。さすがにランキング第一位だけあるね。感服したよ」
あのアイドル風の美少年、佐伯徹だった。
よく見ると、周藤もククッと冷笑している。
菊地は恐ろしいくらい冷たい目で睨んでいた。
鳴海と高尾は無表情だが、桐山の意外な行動にさすがに驚いたらしく、僅かに眉を上げ此方に視線を送っている。
「しょうがないなぁ、まあ本人がやりたいんなら仕方ない。に、しても、勿体無いよなぁ30億」
ブツブツ言いながら、坂持は黒板に大雑把な地図を書いた。
「ここが今皆さんがいる島です。
周囲は十キロ程、ただし海を泳いで逃げようなんて考えても無理だぞ。
北方は高さ50メートルの断崖絶壁、
海岸沿いには10メートルの鉄条網が張り巡らせてあるからな。
警告しとくけど、100万ボルトの電流が流れてるから、よじ登ろうなんて思わないほうがいいぞ」
クラスメイトの誰もが顔色を失っていた。冷静なのは、桐山、川田はじめ数人だけだ。
「えー、ではルールを説明します。ルールはいたって簡単。
転校生チームか皆さん、どちらかが全滅するまで、殺し合いをしてもらいまーす」
坂持はディパックを教壇の上においた。
「この中に、水と食料、 懐中電灯と地図とコンパス、それに武器がはいってまーす。
どんな武器かはあけてみないとわかりませーん」
……桐山くん……
坂持の説明に耳を傾けながら、美恵は全く別のことを考えていた。
……どうして?……
……生きて帰れたはずなのに……
だが、今となっては、そんなことを考えるのもムダだ。
とにかく考えなければ……。生きて帰る方法を。
そう思っているのは美恵だけではない。クラスメイト全員が思っていた。
いくら、そういくら戦闘訓練を受けているといっても、相手は5人。
所詮は多勢に無勢。
クラスメイト全員で力を合わせれば何とかなると考えたのだ。
その思いを砕くかのように坂持がとんでもないことを言い放った。
「そうだ。参考までに言っとくとな。去年実施された24クラス。
転校生チームの勝率・生存率100%だ。
ああ、怪我した奴は数人いたけどな。一番重傷は全治5日の打撲」
顔面蒼白だったB組生徒たちの顔色が、
さらに色を失った。
「しかも、こいつら間違いなく去年の奴等より優秀だぞ。将来、この国を牽引するエリートなんだ。
おまえら本当ラッキーだな」
坂持の厭らしい笑い声が響く。
さらに坂持は5人のうち2人に指差して、満面の笑みを浮かべた。
「もっと教えておいてやるが、鳴海雅信と高尾晃司。こいつら特に要注意だよ」
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