美恵 は、そっと窓から外を見た。
海が見える。が、もちろん歩いて数分という距離ではない。
かと言って、遠く離れているというわけではない。
1キロ程か。直線距離ならば、5.600㍍程だろう。
とにかく、クラスメイトたちが、この場所に迂闊に近寄らないようにしなければ
美恵 は、チラッと部屋中を見渡した。




キツネ狩り―38―




『女を住まわせるからマンションを買えだと!?』
「ああ、それと新しい戸籍の作成もお願いしますよ。
なにしろ書類上は死亡したことになるんですから。
それに彼女は、まだ学生ですから転入手続きも。
そうだな、聖華学院がいい。あそこは生徒はもちろん教師も全員女だから」
『……君は年齢はいくつだったかな』
「今年の誕生日で15になりますが」
『その年で女なんて、何を考えてるんだっ!』
「何を憚ることがあるんですか?薄汚い娼婦を囲っていた、お父さんのお言葉とは思えませんね。
今だって奥様に言えない女が何人もいるでしょう? 何なら一人一人の名前をいって差し上げましょうか?」
携帯の向こうで、グッと押さえ込んだ声が聞こえた。

「それでは宜しくお願いしますよ。ゲームが終わるまでに迅速に処理してください」














「はぁはぁ……さくら、大丈夫か?」
「和くん、私もう走れない」
暗闇の中、全速力で走る山本和彦と小川さくら。
そして、その数十メートル前に走るという単語さえ似つかわないほど、かろやかに且つしなやかに動いている人影。
月明かりが無ければ、とうに2人はその影を見失っていただろう。
「ま…待ってくれ……桐山さん、待ってください!!」
ふと前方の桐山が止まった。
2人は息を切らしながらも安堵の表情を浮かべて走り寄ってきた。


「桐山さん、お願いだから、もっとゆっくり走ってほしい。……オレだけならともかく、さくらが……」
と、言いかけて山本は固唾を飲んだ。
下を向いて呼吸を整えていた、さくらも顔をあげるなり凍りついた表情をしている。
桐山が自分達にスッと銃を向けたからだ。
「……き、桐山くん?」
引き攣った顔のさくら。それ以上に山本は完全に固まり言葉さえ出ない。


「大声を出すな。敵に居場所を教えているようなものだ。第一、なぜオレの後を追う?」


「だって…桐山くん、私たちクラスメイトだし……。あの人たちと戦うために協力しないと」
「オレは、おまえたちを必要としていない」
呆気に取られている二人に桐山は続けた。
「おまえたちの走り方は物音を立てすぎる。それになぜ気配を消さないんだ?」
2人は、さらに呆気に取られた。
「そ、そんなこと……出来ないわ。私たち……ただの中学生なのよ?」
「そ、そうだよ、さくらの言うとおりだ。桐山さん頼むから……」
ここにきて、黙っていた山本が口を開いた。


山本にも一つだけわかったのだ。 桐山の『必要としていない』という言葉の意味が。
自分達にとって桐山と一緒にいることは心強いことだが、桐山は決してそうではない。
むしろ、その逆、お荷物に過ぎないことに。
それも命がけのデスゲームにおいては足を引っ張るなんて生易しい言葉で済むようなお荷物では無い。
だからと言って桐山に見捨てられたらと思うだけで足が震える。
桐山には災難でも、なんとか自分達と一緒にいてもらわなければ。
しかし、2人が思っている以上に桐山は哀れみや人情なんて言葉とは無縁の人間だった。


「もう、オレについて来るな」

それだけ言うと、桐山は静かに歩き出した。
この辺りは坂持たちがいる例の学校の近く、C地区の中間地点まで来たことを桐山は知っていた。
つまり、転校生が近くにいても不思議ではない。
歩きながら桐山はデイパッグから銃を取り出した。
菊地が持っていた銃だ。それをベルトに差し込む。
今、自分が持っている銃は三丁。なるべくなら今、転校生とやり合いたくは無い。
やるのはE地区に行ってからだ。
それまでに体力と弾を消耗するわけにはいかないのだ。




山本とさくらは桐山の言葉にかなりショックを受けた。
しかし十メートルほど後ろから伺うように桐山の背中を見ながら無意識のうち追っている。
一度は自殺まで考えた。
だが、生きる道を1度選んだ時点で2人の思考は、生き残るということ以外ほとんど考えられなくなっていた。
まるで動きが決った仕掛け人形のように、数歩歩いては立ち止まり、また早足で追ってくる。
桐山が徒歩に切り替えた為、あせって走る必要もなくなったのだ。
しばらくして桐山が動きを止めた。二人は顔面蒼白になる。
また、そうまた追ってくるなと釘を刺されるだけならいい。
しかし桐山は脅し(か、どうかはわからないが)とはいえ、仮にもクラスメイトの自分達に平然と銃を向けたのだ。
しかし、桐山は2人の方には振り向かず、ただ、じっと前方を見詰めていた。
そこは、木々の間隔もあいており、これといった障害物もも無く、虫が静かにメロディを奏でている。

転校生らしき人影は全く無い。物音も、気配も――

ただ夜の空間を蛾が十匹ほど群れて飛んでいる、それだけだった。














「今、何時かな?」
「そうだな、8時をまわってるくらいだと思うぞ」
「どうして、わかるの?」
暗闇の中、時計を見れないのに。そう豊が聞く前に川田が答を言った。
「月の位置だ。下手な時計より、ずっと正確なんでな」
「すごいな川田さん……信史も頭いいけど、川田さん本当にすごいよ」
生来、素直な性格の豊は川田の言うことに、いちいち感嘆していた。
「川田さんだったら、あの転校生たちにだって勝てるよね」
「……そいつはどうかな?」
川田は苦笑しながら言った。しかし、その額には汗が光っていることに豊は気付いてなかった。

『そいつはどうかな?』

その言葉の本当の意味を豊は理解していなかった。
いや、豊でなくてもわからなかっただろう。
その言葉は豊ではなく、むしろ川田が自分自身に投げかけた言葉であることを。
川田の脳裏に5人の転校生の顔が浮んだ。
いや、正確に言えば、その中の一人が強く焼きついていた。
川田は溜息をつくと俯いた。




――間違いない、あいつだ




まさか、こんな所で会うなんて思わなかったな

オレは前のプログラムで優勝した

だが、一人の人間の運が長続きするとは思えない




――まして、あいつが相手なら




「川田さん、どうしたの?疲れたのなら寝なよ。オレが見張るから」
「……いや、大丈夫だ」














部屋のドアが開く、すっかり上機嫌の佐伯だ。
天瀬さん、話はつけておいたよ 」
「話って…?」
「もちろん君の身の振り方についてだよ。
オレは全寮制の学校に通っているから週末にしか会えないけど君に不自由はさせないようにはしておいた」
美恵は、かなり戸惑っていた。
もちろん、この残忍な殺戮者が自分に本気になっているなんて自惚れるつもりはない。
契約に対しては信義を守るタイプだとも思えない。
本当に、ただの気まぐれなのだろう。
多分、自分は佐伯にとっては今まで会ったことのないタイプの女なのだ。
それゆえ佐伯は珍しいペットでも手に入れた気持ちになっているに決っている。
おもちゃを手に入れて喜んでいる子供と一緒だ。
しかし、美恵は不思議と怒りは湧いてこなかった。
むしろ――。




「それと、雨も止んだことだし、また狩りに出かけようと思うんだ」

この男は人間を殺せるか、殺さないかでしか判断できない

「……そう、可哀想ね」

可哀想ね

「君が気にすることはないんだよ。本当に天瀬さんは優しいんだね」

本当に可哀想ね

「君に免じて苦しまないようにしておくから」




そう言って、佐伯は銃を手にすると部屋を出て行った。
美恵は誰もいない部屋で、そっと呟いた。




「――本当に可哀想なひと」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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