幼い子供にとって母親という存在は特別なものだ
最初に手を差し伸べてくれる
最初に愛情を注いでくれる
そして、その母親を慕うことで愛することを学ぶ
母親によって人格形成の基礎を築くと言っても過言ではない

しかし、それは、あくまでも一般のことであり
例外というものも存在するのだ




キツネ狩り―37―




「三村くん、本当に大丈夫なの?」
「無理だけはしないで。しばらく、ここで様子を見るのも大切なことよ」
はるかと聡美が心配そうに言葉をかける。
しかし、三村はすでに決めていた。
E地区にいる以上、どうしても探さなければならない。

彼女を。 ――天瀬美恵を。


天瀬を。いや、天瀬だけじゃない。他の連中も探さないとな」
三村は床に地図を広げた。
「ここが今オレ達がいる場所だな」
D地区とE地区との境界線に近い場所。三村は赤ペンで×印を書き込んだ。
「2人とも、よく思い出してくれ。他の奴等は、どこに降ろされたんだ?」
「そんなこと言っても……夜だったし。
あの時は、恐くて、他の事なんか覚えてないわ」
それはそうだろう。
普段は活発で、どちらかと言えば行動派のはるかも今は涙目になっている。


「はるかの言うとおりだわ。それに、皆が同じ場所に留まってるとは思えない」
優等生で、しっかり者の聡美でさえこの通りだ。
三村は内心焦っていた。
2人が言ったこと、何度も銃の音を聞いたという事実が気持ちを昂ぶらせていたのだ。
自分もつい数時間前に、高尾晃司という殺人機械のような男に殺されかけた。
まして戦闘能力皆無の女の子が恐怖を感じないわけが無い。
それでも2人の気持ちを察して、『仕方ないな』と言えるほど、三村は甘くも状況を飲み込めない男でもなかった。




「笹川が死んだ。オレの目の前でだ」

はるかと聡美が目を見開いた。
「笹川は死ぬ前に言ってたよ。江藤も、南も、日下も死んだと」
「恵も、佳織も……友美子まで……」
「そんな、四人も……」


「そうだ、死んだ。殺されたんだ。これは、このクソゲームは今も続いている。
きつい事をいうが、泣き言なんか聞いてる暇は無いんだ。
おまえたちが、何もしないで、このまま震えていたいっていうんならいい。
大人しく殺されれば済むことだからな」


三村は非情ともいえる態度にでた。
七原や杉村なら、絶対に出来ないだろう。しかし、三村はわかっていたのだ。
今は自分が冷酷にならなければ、他の連中を探す前に死ぬということを。


「一度しか言わないから、よく聞けよ。生き残りたいのなら全力を尽くせ。
それが出来ないなら、オレは別行動をとらせてもらう」


はるかと聡美はショックだったらしく、しばらく口をつぐんだが、やがて無言で頷いた。
頭の片隅ではわかっていたのだ。三村が正しいことを。
「よし、もう一度聞くぞ。他の連中は、どこに降ろされたんだ」
2人とも冷静に、なるべく冷静になって記憶をたどった。そして聡美が言った。
「海……海の傍だった。波の音が聞こえていたもの」
「誰だ?」
美恵 よ。美恵 は最初に降ろされたのよ」















「あいつが死んで、父は困惑したよ。
オレをほかっておくわけにはいかないけど、引取るわけにもいかないしね」

佐伯徹は実に御機嫌だった。美恵 が取引に応じた為だろうが。
それにしても、よく喋る。
美恵 が、佐伯の過去をもっと知りたいといったので、暇つぶしも兼ねて、話しているのだ。


「父は、部下に命令してオレを養子に出した。オレの苗字も変わった。今の姓にね。
養父母は中小企業の経営者で、平凡な善人だった。
客観的にも悪くない家庭だったと思う。
もっともオレからみたら、つまらない家だったけどね。
父もホッとしただろうね。養子に出してしまえば、オレとは何の関係も無くなる。
法的にも赤の他人になったんだから」
「義理の両親はどうしたの?あなたは孤児院で育ったんでしょう?」
「養子に入って半年後に死んだ。いっておくけど、オレが殺したんじゃないよ。
交通事故で、あっけなくね。オレは孤児院に入った。
そこで、戦闘訓練を受けたんだ。そして待った」


「待った…?」
「チャンスが訪れるのを」
「チャンス?」
「二年前だったよ。祖父が軍務大臣の椅子を巡って政敵と熾烈な争いをしている時だった。
面白い情報を手に入れたんだ。
ある左翼系組織が九条一族の汚職の証拠を手に入れた……ってね」















「このバカが!あんな低俗な暴力団に弱味を握られるとは何事だ!!」
豪華な密室の中、初老の男の低い声が響き渡る。
「申し訳ございません!!」
床に額をこすりつけて土下座をする秘書官。
もっとも、土下座一つで済む問題ではなかった。
「どうします、お父さん?もしも、あれを三沢に売られたら九条家は終わりですよ」
「わかっておる……しかし、だ。だからと言って、奴等の取引などに応じられるか。
金で済む問題ではない。一度、取引に応じれば、奴等は必ず図に乗る。
あんな奴等に寄生されるわけにはいかん」
「やはり工作員を使って始末させましょうか?」
「バカな事をいうな!!こんな時だ、軍の人間を動かせば、すぐに三沢がかぎつけるぞ。
……あんな、あんな成金政治家に軍務大臣の椅子を渡してたまるか」
その時だった。内線電話が鳴ったのは。


「何の用だ?!今は取り込み中だぞ!!」
『で、ですが……時貞様に、どうしてもお会いしたいという者がきてまして』
「私に?バカな事をいうなアポもなしで」
『それが、名前を伝えれば必ず会う筈だ。と、申してるのです』
「……誰だ?」
『はい、ーーーー』














少々乱暴に開け放たれる扉。無礼な来訪者はそこにいた。
青ざめた顔で、改めて、その招かれざる客を見た。

「……麗華……」

咄嗟に出た言葉。もう二度と思い出すことはないと思っていたのに。
その封印した記憶を一瞬にして呼び覚ますほど生き写しだったのだ。

その華やかな容姿は。


「はじめまして、お父さん」
初めて会う、その少年は、そう言った。
「……おまえは……その」
かなり戸惑っているようだ。

(まあ無理もないね)


「そんなに似てるんですか?あの女に。でも、安心してください。
オレは、あの女と違って、あなたを困らせるつもりは毛頭ありませんから」
会いにきた時点で十分困らせている。いや、それより、この少年の意図がわからない。
絵に描いたような微笑みの裏に何を考えているのか。
「……佐伯の両親は知ってるのか?君が、ここに来ることは」
「まさか、2人とも5年前に死にましたから」
「……そうか、大変だったな」
一応、同情するような態度は見せているが、この男にとって重要なのはそんなことではない。


「私に何の用かな?済まないが、今はゆっくり話をすることもできなくてね。
経済的に困っているのなら、それなりのことはするが、とにかく今は……」
そう言って小切手を取り出すと、かなりの金額を書き込み差し出した。
口にこそ出さないが早く帰ってくれと促したのだ。
「別に金の無心にきたわけじゃないですよ、お父さん」
「……君、その『お父さん』というのは……私にも立場がある。わかるだろう?」
「ああ、そうでしたね。では改めて、少将閣下」




ずっと待っていたチャンスだ。必ず、ものにしてやる。

「少将閣下にはご心痛でしょう?あんな下種な連中に弱味を握られるのは」

あの女は、オレの人生の邪魔でしかなかった。だか、この男は違う。

「軍の工作員を使って始末するわけにはいかない。でも――」

この『父』は利用価値がある。

「オレなら、表向きは一般の中学生ですからね。あなたのお役に立てると思いますよ」
「……どういうことだ?」

だからこそ、権力の地盤を完全に固めておいてもらう必要がある。
いずれオレが高い場所にあがる時の為に――。


「オレが奴等を片付けますよ」














「やったな兄貴」
「ああ、政治家なんて、ちょろいものだ」
「で、いくらですか?」
「とりあえず20億だ。だが、これからも甘い汁をすわせてもらう」
10人くらいはいただろうか。待ち合わせの場所は郊外にある、取り壊し寸前の廃墟ビル。
屋上に出た時だ。てっきり秘書が来ていると思ったが、いたのは少年だった。
それも、どう見ても年端のいかない少年だ。


「ん?なんだ、ガキか」
「こんな時間に夜遊びか。さっさと消えな、ここは子供が遊ぶ場所じゃないんだよ」
「――例の物は持ってきたのか?」
「え?……おい、何ていった。おまえは……?」
「まだ、わからないのか?常識なんてつまらないものに縛られてると長生きできないぜ」
男が「どういうことだ?」と聞き返そうとした瞬間だった。
声が出なかった。当然だ、肺にナイフが突き刺さっているのだから――。


「あ、兄貴ぃ!てめぇ!!」
全員が懐に手を伸ばした。それが銃か、ナイフか、なんてことはわからい。
なぜなら、それより早く全てが終わったからだ。
そう、武器を取り出す前に全員、その場に倒れこんでいた。
少年が手にしたサイレンサー付き銃から、硝煙が立ち昇る。
すでに致命傷だったが、まだ生きていた。意識はある。
少年は、例の証拠を取り上げると、屋上の隅に置いておいたドラム缶を勢いよく倒した。
ドラム缶から黒い液体が流れ出し、辺り一面から嫌な臭いが立ち込める。

「……こ、この臭いは…まさか!!」

少年がライターを取り出した。ライターに火が。

「ひ、ひぃー!!や、やめてくれぇー!!」

少年が微笑した。そして言った。


「グッドラック」


ライターを放り投げた。そして、屋上のドアから消えた。
そしてライターは――落ちた。


その後の説明はいらないだろう。激しい爆発音。
そして炎。後に残ったのは黒焦げの焼死体のみ。
今も警視庁の未解決ファイルに、この事件は保管されている。














「……………」
「そして、祖父は晴れて軍務大臣さ。もちろん莫大な報酬も貰ったよ。
スイス銀行に作った口座に振り込ませておいた。
その後も、父の為に色々と働いてやった。
その、おかげで、決して公には出来ない秘密をいくつも知ってる。
父は内心ビクついてるのさ。いつ、オレが脅迫者に豹変しやしないかと……ね」
「……私のことも、お父さんを脅迫して片付けるつもりなの?」
「脅迫だなんて穏やかじゃないね。これはつまりギブアンドテイクって、やつさ。
オレは父の為に何度も、この手を汚してきたんだ。たまには父に骨を折ってもらったっていいだろう。
そうだな、ついでにマンションを買わせておくよ。君は、そこに住めばいい」


「私に何をさせるつもりなの?私なら桐山くんも油断する…って、いったわよね。
もしかして私に彼を殺せと言うの?」
「もちろん、それがベストだけど。まあ、無理だろうね。何しろ直人を倒したほどの相手だ。
どれほど心を許した相手だろうと、戦闘能力皆無の女性には荷が重過ぎる。
ただ、さっきも言ったとおり、彼は君の為にゲームに参加した。
だから君との再会は、その第一段階クリアだ。どんな人間だろうと、そこに隙が生まれる。
君は、彼を油断させてくれればいい。後はオレがやる」
「……具体的に、どういう方法をとるの?」
「それは言えないな」
「どうして?私たち契約をしたのよ」


「悪いけど、オレは100%、君を信用したわけじゃない」
「―――!」


「だから全てをさらけ出すわけにはいかないんだ」





【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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