「……クッ…!」
痛みはあるが、幸いにも弾は貫通。
何より、動く。神経は大丈夫のようだ。
聡美とはるかの手当のおかげだろうか、化膿もしてない。
「……天瀬、待ってろよ
」
キツネ狩り―36―
「暗くなってきたね」
豊は懐中電灯を取り出した。
「バカ野郎!!」
電気をオンにしようとした所を、川田に止められた。
「どこに転校生がひそんでいるかわからないんだぞ。敵に自分の位置を教えるようなものだ」
「あっ、そうだよね。川田さん、ごめん」
それから豊は考えた。
「で、でも、転校生がもし近くにいたら、どうやって気付けばいいの?」
「防御線に掛かってくれることを祈るだけだ。なあ瀬戸」
「なに?」
「おまえの言いたいことはわかるよ。朝日が昇ったら移動しよう。そうだなE地区がいい」
美恵
は、まさに驚愕という言葉の見本のような表情で佐伯を見詰めた。
「……冗談…でしょ?」
佐伯が九条家にとって、どんな存在なのか、美恵
は知らない。知りたいとも思わない。
しかし親が血を分けた我が子の死を願っているかもしれないなんて冗談にしては笑えない。
第一、当の佐伯は不敵な笑みさえ浮かべ、まるで悲壮感が無い。
「……あなた、自分の言ってることわかってるの?」
「天瀬さんは幸せな家庭に育ったんだね。
そんな君には信じられないのも無理はないかもしれないけど、世の中、存在するだけで困る子はいる。
オレと父の関係が、まさにそれだ。
まあ、当然だろうね。オレは、父の弱味をいくつも握ってるんだから。
第一、あんな女から生まれた子供なんて、誰だってぞっとするさ」
『あんな女』、その言葉に、美恵 は心から戦慄を覚えた。
ちょっと聞いただけで、佐伯と父親の親子関係は、かなり冷めたものだと想像がつく。
だが、そんな父親でも、佐伯は『父』と呼んでいるのに、母親は『あんな女』だ。
「天瀬さん
」
佐伯が静かに、しかし冷たい声で言った。
「君がオレと取引すると言うのなら約束は守るよ。君を必ず、この島から生還させる。
君はオレの言うとおりにして、オレの機嫌さえとっていれば何の苦労もしないで済むんだ。
でも――」
部屋の空気まで冷たく感じる。まるで絶対零度だ。
「君が拒否するなら仕方ない、死んでもらうよ。頼むから、そんな事させないでくれ」
「……どうして?」
「どうしてだって?言っただろう、殺すのは惜しくなったんだ。だから」
「違うわ。あなた……一体、どんな生き方してきたの?」
今までも何度も佐伯を恐ろしいと感じてきた。
だが、自分達は佐伯にとって何の価値のない赤の他人。
その他人を殺す事に、佐伯が何の躊躇もないのは、ある程度は理解できる。
しかし、肉親すら佐伯にとっては何の価値もない人間ではないのか?
優しさとか、思いやりとか、博愛という言葉が人間の価値ならば、この男は――。
この佐伯徹という男は、自分が思っている以上に人間としての価値を喪失している。
いや――ある意味、人間とは呼べない存在なのかもしれない。
「少し、昔話をしようか?」
「……美恵
、大丈夫かしら」
「貴子、今は身体を休めるんだ。寝たほうがいい、オレが見張っているから」
貴子と杉村は、C地区とE地区の境まできていた。
しかし辺りは、すっかり暗くなった。かといって懐中電灯で移動するわけにはいかない。
(敵に居場所を教えるようなものだと貴子が提言したのだ)
そのため、いったん移動を止めて休憩を取ることにしたのだ。
「天瀬、きっと怖くて震えているだろうなぁ。早く守ってやりたいぜ
」
少し離れた場所で新井田が独り言を呟いている。
「ねえ弘樹」
「何だよ」
「変だと思わない?あいつ、やけに余裕あるじゃない。あんなに度胸のある奴だったかしら?」
「さあ、確かに目立ちたがり屋だったけど」
「……気に入らないわね」
「昔といっても、15年くらい前のことさ。社交界に1人の女がいたんだよ。
名前は麗華。顔だけはよくて、軍の上層部の男たちはその女に夢中になっていた」
「九条家のひとなの?」
「まさか。その女は将官相手に夜の相手をしていた最低の女なんだ。
つまり高級娼婦ってやつさ。
その女の取巻きの1人が、当時、少佐に昇進したばかりの名門軍閥の跡取息子だった。
馬鹿げたことに、その男は麗華に入れ込むあまり、億単位の金で1年間専属契約したんだよ。
しばらくして男は己の愚行に気付いたんだ。麗華が妊娠したことによってね」
「……まさか、その子供って…」
今だに信じられないという顔をしている美恵に、佐伯は言った。
「そういうことだ。これで、わかっただろう?
父にとってオレは決して公にはできない存在なんだ。
娼婦に産ませた子供なんて、絶対に認知できない。
かと、いって将官クラスの連中は口にこそ出さないが、オレのことは薄々感づいている。
だから、ほかっておくわけにもいかない。 実にやっかいだったと思うよ。気の毒に」
まるで他人事のように、佐伯は笑っている。
「だから、あの女は毎月莫大な養育費を貰っていたらしいけど、実際は口止め料だ。
何しろ、あの女は、男なしではいられない淫乱でね。
いつベッドの上で、父の政敵に口を滑らすとも限らない。
オレも子守唄がわりに、上層部の連中の秘密をよく聞かされた」
美恵 は突然理解した。
なぜ、佐伯が、天童真弓を、清水比呂乃を、小川さくらを、矢作好美を嫌っているのか。
おそらく、佐伯は物心ついた時から、母親が男を家に連れ込むのを当たり前のように見てきたのだろう。
しかし、美恵
は、さらに恐ろしい事実を知ることになる。
「子供心にもわかったよ。いつか、この女はオレの人生の邪魔になる。
だから、消えてもらったんだ。オレが七歳の時に」
――消えて……もらった?
佐伯は楽しそうに笑っていた。
「君にも見せてあげたかったな。あの女の最後を」
――人生の邪魔……って?
「自分の身に起きた事が理解できない、最初は、そんな表情だったよ。
でも苦しみは増していく。オレに助けを求めたんだ」
美恵は何も考えることが出来なかった。
「床に倒れ込んだ、あいつを見て笑ってやったよ。
その時やっと気付いたらしくてね、信じられないって顔でオレを見詰めるんだ。
まるで悪い夢でも見ているような、そんな表情で。
あいつは一人息子のオレを溺愛していたからな。
オレが、あの女を邪魔に思っているなんて全く気付いてなかったんだ」
「……殺したの?……お母さんを?」
「警察も全く疑わなかったよ。あんな生活をしていた女だ。
仕事上のトラブルで自殺した。誰もがそう思った。
七歳のオレが、あの女の睡眠薬に劇薬を入れたなんて誰も思わなかった。
今でもそう思っているだろうね。真実を知っているのはオレと……君だけだ」
美恵は震えた。
この男の恐ろしさを脳でも心ではなく、魂の芯から戦慄を感じた。
生まれでもない。
育ちでもない。
父親のせいでも、母親のせいでもない。
誰のせいでもなく、佐伯徹は生まれつき『こういう人間』なのだろう。
――この男は、あまりにも恐ろしすぎる。
(……桐山くん……みんな…)
桐山は転校生を1人倒した。しかし、この男は、どうだろうか?
この男は、手段なんて選ばない。
もしも、この残忍性がゲームの中で最大限に生かされたら?
B組生徒は勝てるのだろうか?
美恵は考えた。しかし、いい考えなど浮かばない。
「……本当に私を助けてくれるの?」
「勿論だよ。何なら、誓書でも書こうか?」
「取引に応じるわ」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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