「君なら、彼の弱点を知ってるんじゃないのかい?」
佐伯は、今度は全く笑ってなかった。
「……知らないわ」
美恵は目をそらした。 握り締められた両手首に、さらに痛みが走る。
「……本当よ!」
ふいに左手首から痛みが消えた。
佐伯は離した右手を美恵の左頬に添えると強引に顔を自分に向かせた。
「まさか君、雅信がファーストキスの相手だっていうんじゃないだろうね?」
美恵の瞳が拡大した。




キツネ狩り―34―




「それにしても奇遇よねぇ。アタシもE地区目指してたのよ」

さわやか熱血少年と、堕天使の魅力を持った美女・光子、そして狡猾な異端児にしてオカマの月岡。
なんともアンバランスな3人だ。

美恵ちゃんはアタシの親友だし、それに何と言っても桐山くんよ。
彼と合流すれば、転校生に勝つ事だって可能だわ。
桐山くん、絶対にE地区に向かっているはずだもの」

そう、菊地直人との戦いに勝利していればの話だが。
もちろん、すでに結果は出ているが、七原と光子は勝敗の行方は知らないのだ。


「とにかく急いでE地区に行きましょ。美恵が心配だわ」
「そうね。それにしても……」
月岡はマジマジと七原を見詰めた。
「七原くんって、優しいのね。光子ちゃんの荷物まで持ってあげるなんて」
デイパッグを二つも抱える七原をみて、月岡はそう言った。そして、こう続けた。
「女には優しくしないとね。と、言うわけで、これもよろしく♪」
ドサッとデイパッグを渡される七原。かなり重い。


「何だよ、これ。オレのデイパッグより、ずっと重いじゃないか。何が入ってるんだよ」
「男と違ってね、女は色々と必要なのよ。民家から必要最低限の物を失敬したの。
それに武器になりそうなものも結構あったのよ。ナイフとかハンマーとか。それに、これ」
ポケットから取り出したもの、それは拾い物だった。
「すごいわスタンガンじゃない」
「そうでしょ。それにアタシの支給武器は銃だし」
「後は美恵を見つけるだけね」
「そういうこと。さあレッツ・ゴーよ」
光子と月岡は同時に振り返った。
「「行くわよ、七原くん。早くしてちょうだい」」
なぜか七原は(怪我人にもかかわらず)月岡の荷物まで持つ羽目になってしまった。














「てっ、転校生か?!」
「和くん…!!」

山本は、あたふたと銃を握り締めようとした。しかし、汗で滑って銃は地面に。
ついでに言えば、山本は安全装置を外すのを、完全に忘れていた。
それでも、慌てて銃を拾う。しかし、構える暇もなく茂みから男が現れた。
その姿を見た途端、緊張の糸が切れた山本は、思わず、さくらに寄り掛かった。
前髪は降り、全身濡れている。しかし、転校生ではない。それは確かだ。


「き、桐山さん……」

水も滴る、いい男というが、とにかく、そんな事はどうでもいい。

「桐山くん、無事だったの?」


菊地の宣戦布告を知っていた、さくらは驚きを持っての再会となった。
桐山の無敵伝説は、さくらも多少は聞いてはいたが何しろ相手は戦闘のプロ。
まして、さくらは実際に、その恐ろしさを体験しているのだ。
正直言って桐山が死んだ可能性も考えていた。
しかし当の桐山に2人は全くの問題外だった。2人に近づくと桐山はスッと右手を出した。


「よこせ」


「えっ?」
何の事か、わからなかった。
「よこせと言ったんだ」
次の瞬間、山本の手に銃はなかった。桐山が握っていたのだ。
山本と違い、さまになる握り方だった。
「弾もだ」
「あ、あの…桐山さん」
山本には何がなんだか、わからなかった。しかし――。


「早くしてくれないか」


語尾が少し強くなっていた。
「は、はい!」
山本はデイパッグから銃弾を取り出した。
桐山は、先ほどの銃の時と同様に素早く取った。
そして、2人を無視して歩き出した。




「ま、待ってください桐山さん!!」
ここにきて、山本はようやく自分達の立場に気付いた。そう、丸腰になったことに。
本来なら、桐山とのやりとりの最中に気付くべきことだ。
しかし桐山の迫力に完全に気圧されして、考えることすら出来なかったのだ。
「何だ?」
「な、なにって……あの、銃を取られたらオレ達…困るんですけど……それに」
それに、せっかくクラスメイト同士が再会できたというのに桐山は一言も言わなかった。
行動を共にしようと――。


「死ぬんじゃなかったのか?」


振り向かずに桐山が言った。
山本とさくらはハッとお互いを見た後、再び桐山の背中に目をやった。
確かに今にも心中しそうな勢いではあった。
しかし、それは転校生に殺されるくらいなら、という前提があってのことだ。
桐山は強いし何より冷静沈着で頭もいい。山本もさくらも、それだけは知っている。
その桐山が一緒にいてくれさえすれば死ぬこともない。
それなのに桐山には全く、その気はないのだ。止める気さえも。


「死ぬのなら、これは必要ないだろう。だが、オレには必要だ」


「あ、あの…桐山さん、オレ達も一緒に……」
「話は、それだけだ」
山本が言い終わらない内に桐山は再び歩き出した。
「そ、そんなッ…!!桐山さんッ!待ってください!!」
2人は、心中することも忘れて、慌てて桐山の後について行った。














「まさか君、雅信がファーストキスの相手だっていうんじゃないだろうね?」

美恵の瞳が拡大した。
「驚いたな」
佐伯は美恵から手を離した。


(桐山の奴、自分の女でもないのに……。随分と入れ込んでるんだな)


桐山の女なら、政府も知らないような情報を聞き出すことも出来たのに。
佐伯の当ては完全に外れた。
「災難だったね。あの殺戮マニアにファーストキス奪われたなんて」


本当に嫌な男!!忘れたいのに!!


美恵は佐伯から視線をそらした。
「怒らないでよ、天瀬さん」
しかし、そんな美恵とは裏腹に佐伯は楽しそうに笑っている。
「よかったよ。君が、そういう女で」
「……?」
「教室で言っただろう、オレは清純なタイプが好みだって。君を助けてやってもいいんだよ」
「……どういうこと?」
「君と契約したいんだ」


助ける?生徒皆殺しが前提の、このゲームでそんな事できるわけが無い。
まして、こんな男、信用には全く値しないはず。


そんな、美恵の気持ちを察してか、佐伯は続けた。
「嘘じゃない。もちろん表向きは死んだことするから、家には帰してあげられないけど命は保証するよ」
「……………」
「本当だよ、オレは軍に強い人脈がある。生活の心配もいらない、オレが面倒を見てあげるよ。
さっきも言ったとおり、書類上は死んだことになるから、一生御両親とは会えないし連絡も取れない。
でも、そんな贅沢いってる場合じゃないことはわかるだろ?」
「そんな事……信用できないわ」
「慎重なんだね」
「当然よ。私を囮にして桐山くんを殺そうってひとの言う事なんて信用できないわ」
「……君が、そう思うのも仕方ないね。確かに最初は君を囮にして用が済めば殺すつもりだった。
君には酷い目に合わされたし、その仕返しもかねてね」

酷いのは、どっちよ!美恵は喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。


「でも、気が変わったんだよ。君がオレの嫌いなタイプなら、こんな事考えなかった。
清水比呂乃や矢作好美みたいな女だったらね。
特に表面は大人しくて物静かなふうを装っているくせに、親の目を盗んでは男を家に連れ込むような女。
確か小川さくらっていってたな、あの偽善者は。そういう女は反吐が出るほど嫌いなんだ。
でも君は、そうじゃないだろ。そんな君を殺すなんてオレも心が痛むんだ。
まして、雅信なんかに、くれてやるのは惜しい」


「……あなた、言ったわよね、契約だって。私の命を助ける代わりに何が狙いなの?」
「話が早くて助かるよ。菊地直人は、桐山くんを侮って返り討ちにあった。
油断大敵って、やつだね。その桐山くんも、君なら油断するだろう?」

「………」
美恵は全身が凍りつくのを感じた。


「桐山和雄の息の根を止めたいんだ。協力してくれないか?」





【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




BACK   TOP   NEXT