5月と言っても夜は寒い
だが寒さなど問題ではない
問題は――殺戮者たちの存在なのだ
キツネ狩り―33―
「……………」
美恵は言葉を失った。いくらなんでも、こんな事を言われるなんて予想外だ。
「ひとの質問には早く答えてくれないか」
「……あなた、何言ったのかわかってるの?」
「だから彼と、そういう関係なのかって聞いてるんだよ」
「ふざけないで!!」
美恵は右手を上げた。
また、お見舞いしてやることになるとは思わなかったが、そんな事を考える余裕は無かった。
しかし、佐伯は軽々と右手首を掴むと、ついでに左手首まで掴んで、そのままベッドに押し倒した。
「同じ手が二度も通用すると思ってるのかい?オレも随分と甘く見られたものだな」
「殺すのなら、さっさと殺しなさいよ!!」
「自暴自棄になるなんて感心しないな。命は大切にしないと御両親が悲しむよ」
「どうして、こんな酷いこと聞くのよ!!」
「だって、桐山くんは君の為にゲームに参加したじゃないか。
ただの友達の為に、そんなことする奴はいないだろ?
よっぽど、いいものあげたんじゃないかな――と、考えるのは普通じゃないか。だから……」
掴まれた手首に、さらに力が込められた。
痛い……!
「君なら、彼の弱点を知ってるんじゃないのかい?」
「弘樹!あたしは反対よ!!」
「落ち着けよ貴子」
「あんな奴と行動を共にするなんて、真っ平ごめんだわ」
「おまえの気持ちもわかるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
突然、現れた新井田に貴子は感情を昂ぶらせていた。
一年生の頃から新井田とは同じクラスだったが、散々嫌な思いをさせられた。
こともあろうに恋人関係にあるなどと根も葉もない事実無根の噂を流されたのだ。
おまけに(いや、こっちの方が重要だ)貴子にとって、杉村以外で初めて出来た大切な親友、天瀬美恵。
その美恵に執拗に迫っていたのは記憶に新しい。
誰もいない教室で、わざとらしく肩を抱いたり、学校の帰り道で待ち伏せしていたり。
もっとも桐山と美恵が仲良くなった途端に、そういうバカな行動はしなくなったが。
「事情が事情だ。新井田とも協力しないと。
それは……おれだって、おまえや天瀬に手を出してた新井田にはいい感情持ってない。
だからって見捨てるわけにはいかないだろ。今は好き嫌いを言ってる場合じゃないんだ」
「弘樹、あたしは単に、あいつが嫌いだから反対してるわけじゃないわよ。
あんな卑怯な男と一緒にいたって、いざというときには、あたしたちを裏切るわ。
自分だけ助かろうとするに決ってるわよ。
これは、あたしと、あんた……それに美恵の安全にかかわる問題なのよ」
「でも、オレは、どんな奴だろうと見殺しはできない。
もしもオレ達が見捨てたことで新井田が殺されたら、一生重荷を背負っていかなければいけないんだ」
貴子は、しばらく黙っていた。
「……わかったわよ。あんたって、本当に甘いんだから」
本心を言ってしまえば、仮に新井田が死んだとしても貴子には痛くも痒くもなかった。
だが杉村が良心の呵責にさいなまされるのは、貴子にとっても辛いことなのだ。
貴子は杉村の気持ちを優先し妥協することにした。
「相馬……一つ頼みがある」
七原が少々言いにくそうに話を切り出した。
「その慶時のことなんだけど……少しでいい、探す時間をくれないか?」
「七原くん、本当に国信くんの事が心配なのね」
「そうなんだ。だから……」
「だめよ」
きっぱりとした返答だった。
「この地区にいるのは転校生だけじゃないわ。
あのいやらしい中年親父やゴロツキみたいな兵隊が大勢いるんだから。
こんな所、長居は無用よ。さっさと立ち去らないとやばいわ」
「で、でも…」
「悪いけど、これ以上時間を無駄遣いするわけにはいかないのよ。
それに国信くんが見つかる保証なんて全然ないしね。
E地区に向かっている間に運良く見つかることを祈るしかないわ」
それは正論だった。冷たいようだが、光子と違い、七原には感情しかないのだから。
「第一……」
と、言いかけて、光子が茂みに隠れた。
「相馬?」
「あんたも早く隠れなさいよ!」
小声だが強い口調で促す光子。
七原はわけもわからずに、取り合えず光子が隠れた茂みに身を隠した。
「ほら、あそこ」
光子が指差した先、5、60メートル程の距離に学ランが見える。
もっとも顔は木々に隠れて見えない。
「誰だろう?クラスメイトかな?」
この島で学ランを着ている者と言えばB組生徒か、確率は少ないにしても転校生の二つに一つ。
「転校生かも知れないわよ」
七原は悩んだ。相手がクラスメイトなら、すぐにでも声をかけなければ。でも転校生なら?
しかし、光子の決断は七原より、ずっと早かった。
「七原くん、ディパッグかして」
「持ってくれるのか?ありが……」
「あたしは、ここで待ってるから、さっさと確認してきなさいよ」
「オレ達には不味いパンで自分は霜降りなんて、いいご身分だな坂持先生」
「フンッ、こう見えても先生はなぁ、高級官僚なんだぞ」
たのきん兵士たちが、インスタントラーメンをすすっている横で、御馳走を食べている坂持と周藤晶。
ちなみに本日の夕飯のメニューはステーキにパエリア(コンソメスープとサラダ付き)
「いいか周藤。これ以上の醜態は、いくら先生でも許さないからな」
「うるさいな。食事くらい楽しくとらせてくれよ」
「全く……おまえの弟は真面目にやってるそうじゃないか。それに比べて、おまえは……」
弟の名前を出した途端、周藤の目の色が僅かに変わった。
「輪也が参加したプログラムは、もう終わったのか?」
「あと、17人片付ければゲームクリアだそうだ。
おまえも兄貴なら、弟に負けないように全力を尽くさないと」
「輪也が参加した広島のプログラムは、36時間も早く開始した上にレベルが下だ。
あんなのと一緒にしないでくれ」
デザートのメロンも片付けると周藤は腕時計に目をやった。7時10分を回ったところだ。
「それじゃあ先生のお望み通り、出かけてくるよ」
「いいか。菊地の二の舞だけにはなるなよ」
「やれやれ……気楽でいいよな」
「オレ、もしかして相馬に、いいように使われてるんじゃ……」
もしかしなくても、その通りなのだが、とにかく七原は光子に言われた通り動いた。
茂みに隠れながら、例の男に徐々に近づいていく。
後、少しだ。ほんの十メートル程の道のりを気付かれずに慎重に歩けば、相手を確認できる位置につく。
七原は身を屈めながら、かたつむりのように、ゆっくり進んだ。
そして、茂みから、ほんの少し顔を出した。
転校生か?それともクラスメイトか?
イエスさま、いや、この際、どの神様だってかまわない。
どうかクラスメイトでありますように。
「―――いない」
茂みに遮られて学ランから目をそらしたのは、ほんの数秒だ。
しかし――影も形もない。
七原は思わず、茂みから飛び出した。
そして、数メートル走った。周囲を見渡した。やはり、いない。
そんな――見失ったのか?
クラスメイトなら、オレがグズグズしていたせいで、合流のチャンスを失ったことになる。
七原は、再度周囲を見渡した。いない、どこにもいない――。
「クソっ……相馬に、何て言えばいいんだ?」
『七原くん、よくも、そんなふざけた報告できたわね』
七原の脳裏、妙にリアルな光子の冷たい声が響き渡った、その時だった。
七原は物音など、まるで感じていなかった。
にもかかわらず、突然背後に重みを感じて、地面に倒れ込んだのは。
「クソッ!!」
咄嗟に起き上がろうとする七原。
しかし、相手が、すかさず馬乗りの体勢で、七原の動きを封じた。
その重みで起き上がれない上に、髪の毛を鷲掴みにされた。
そして頬に冷たい筒状の金属が押し付けられる。
(銃だ!)
七原はギュッと目を閉じた。
しかし、銃声は響かなかった。かわりに聞きなれた声が背中から聞こえた。
「あら、七原くんだったのね」
「……その声は」
「尾行なんてするから、てっきり転校生かと思って撃つところだったじゃないの」
背中から重みが消えた。そこで、七原は頭だけ振り向いき、ようやく相手の顔を確認した。
「でも、よくよく考えて見れば、転校生が、あーんなバレバレの下手な尾行するわけないわよね」
リーゼントにゴツイ顔。背が高く、がっちりとした体つき、とは対照的に女言葉。
「……月岡」
【B組:残り23人】
【敵:残り4人】
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