「何を考えているんだ、あいつは!!」
壁に叩きつけられたワイングラス、ガラスの破片が床に散らばる
「私が、どれだけ骨を折ってやったと思っているんだ!!」
今まで息子が自分の意思に逆らったことは一度も無かった
実に優秀な息子だった
だからこそ、30億もの大金を捨てたのだ
しかし――その息子は今、殺人ゲームの真っ只中だ
激昂した所で、もうどうにもならない
帰ってきたら再び桐山家に迎え入れるが

生きて帰ってこなかったら――




キツネ狩り―32―




「……弘樹!!」
「近づいてくる……20メートル…15メートル……」

杉村は反射的に貴子を、自分の後ろに回した。


「大丈夫だ貴子。おまえは絶対に守るから」


守りきれるだろうか?
相手は拳法道場の同期生なんかとは格が違う。
戦い=殺し、という連中なんだ。


「……貴子、オレが奴の注意を引くから逃げるんだ」
「何言ってるのよ」
「オレは男だから、おまえを守るのは当然だ」
「ふざけないでよ。こんな時に、男も女もないわよ」
杉村はグッと棒を握った。 ガタガタッ……小屋の扉を開けようとしている。


「……弘樹。言っておくけど、あたしは躊躇なんてしないわよ」
「わかってる……。扉が開いたら、一気に叩くんだ」

ガタンッ…!勢いをつけて扉が開いた。

「せいやぁ!!」

杉村は渾身の力を込め、棒を振り落とした。














「はい……申し訳ございません。しかし、相手は手強くて……いえ、そんな」
電話相手にペコペコ頭を上げる坂持。相手はプログラム総本部長だ。
菊地直人の死は軍全体に、かなりの衝撃を持って伝えられた。
坂持は、かなり参っている。
つい5分程前にも菊地春臣――菊地直人の義父――に散々嫌味を言われたのだ。
自分の育てた直人が返り討ちなどとは、とんでもない恥だ。
いや、それ以前に自分の教育は完璧だった。その直人が負けるはずはない。
もし、負けることがあるとしたら、それは杜撰なプログラムを展開させた執行本部の責任だろう、と。
そして今は総本部長に大目玉だ。


『わかっているのかね。坂持君』
「はい、申し訳ございません。しかし、他の奴等は、菊地の死を謙虚に受け止め……その。
さらなる決意を持ってプログラムに挑んでいますので、これ以上のアクシデントは」
『だと、いいのだがな……それと、君の為に、ひとつ言っておくが』
総本部長は、意識的に声を小さくした。


『君も噂で聞いたことはあるだろう。佐伯徹の出自のことを』
「……ええ、まあ。大きな声では言えませんが」


『他の連中はともかく、佐伯徹に死なれたら、君は一生、出世に縁が無くなるぞ
まあ高尾晃司の場合も、奴を作り出すのに莫大な予算をつぎ込んだ科学省が黙ってはいないだろう。
だが佐伯は何といっても特別だからな』
「と、言う事は……あの噂は本当だったんですか?」
『いや、噂は、あくまで噂として扱うというのが、この世界の常識だ。わかるな?』
「はい、重々承知しております。私も、あの方の怒りを買うのはごめんですから……それでは」
ふぅ…と溜息をつきながら、坂持は受話器をおいた。




「ご苦労だな。坂持先生」
その余裕綽々の声に、坂持は怒り心頭で振り向いた。
「……周藤…よくも、おめおめと先生の前に顔を出せたな」
「ミスったのは直人だろ?オレにあたるなよ」
「うるさい!うるさい!!うるさーい!!」
坂持の鬱積したストレスが爆発した。


「連帯責任だ!!おまえたちが不甲斐無いばっかりに!!
先生がどれだけ嫌な思いをしたかわかってるのか!?
おまえら、それでも男かぁぁっ!!?悔しくないのか!?
……先生は、先生は……おまえたちを、こんな甲斐性無しに育てた覚えはないぞ!!」
「当然だ。育てられた覚えはない」
「と、とにかくだ!!さっさと奴等を片付けろ!桐山の首を今すぐ持って来い!!」
「そう、あせるなよ。ヤル気が失せる」
「第一、何で、おまえがここにいるんだ?まだプログラムは終わってないぞ」


「6時30分だ」
「はぁ?」
「オレは、いつも、この時間に夕食をとる。
でも支給されたパンなんか食べる気にならないから戻ったんだよ」
「……す、周藤……。おまえ…おまえって奴は……」
「どうせオレ達には働かせておいて、自分だけ豪勢な食事をするつもりだったんだろ?
早く出せよ。昔から言うじゃないか、腹が減っては戦は出来ない」
「どの口から、そんな事言えるんだ!!おまえは腐ったミカンかぁー!!」














「何が言いたいの?」
美恵はキッと佐伯を睨みつけた。
「別に。さっきも言っただろう?君と話をしたいだけだよ。君と桐山くんは恋人なのかな?」
「……友達よ」
正確に言えば、友達という名称も当てはまるか、どうかわからない曖昧な関係だ。
かと言って、ただのクラスメイトというような間柄でも無い。
「聞いてもいいかな」
「いいといわなくても、いうんでしょ」


「君、もしかして桐山くんと寝たのかい?」
「……え…?」

美恵の瞳が一瞬拡大した。


……何…?今なんて言ったの?


――理解するのに数秒掛かった。














「……静かね」
「ああ、そうだな」

山本和彦に身体を寄せながら、さくらは空を仰いだ。
先程まで激しく降っていた雨は止み、辺りから虫の音が聞こえる。
七原に助けられ、九死に一生を得た、さくら。その後、C地区を目指していたときだ。
さくらを探す為にA地区に入っていた山本と偶然再会することができたのだ。
山本が自分の肩を抱き寄せてくれている。たった、それだけのことが、とても嬉しかった。
まるで世界中の悪意から守られているような安堵感が、そこにはあった。
しかし……転校生が現れれば、たちまち、この静寂は壊されるだろう。

「……私たち、殺されるのね」
「さくら、オレはずっと傍にいるよ。君の傍に」
「ありがとう」


本来なら『君はオレが守る』と言うべきなのだろうが、仮に言ったところで山本では実行不可能だろう。
それはさくらも、そして山本本人もわかっていた。

「私……ずっと、和くんと一緒にいたい。
和くんと離れ離れになって、あのひとたちに、ひどい殺され方をするのだけは絶対に嫌」
「オレだって、そうだよ。どんな死に方をしようと、さくらと離れるのだけは絶対に嫌だ」
山本の支給武器は銃だったが、それは山本にとって、ほとんど意味が無かった。
山本の頭にあるのは、この愛しい恋人と最後まで共にいることだけなのだから。
「和くん……和くんとだったら、私こわくない……」
さくらの言いたい事は十分すぎるくらい山本に伝わった。
「オレも、さくらと一緒なら怖くないよ。あいつらに殺されるくらいなら一緒に死のう」
「……うん」
その時だ。2人の背後の茂みがガサッと音を立てた。














「うわぁー!!やめてくれぇー!!」
顔面スレスレの位置で棒を止める杉村。もう少し遅かったら、顔面損傷だった。
「……お、おまえは」
棒を引き、改めて相手の顔をみた。敵ではない。
「……危なかった。死ぬかと思ったぜ」
「すまない転校生かと思って」
「E地区に行くのか?オレも天瀬を探そうと思って向かう途中だったんだ」
杉村の後ろから、貴子が敵意を込めた目で睨んでいる。
美恵の名前を出したことで、さらに鋭さが増したようだ。

「ちょうどよかった。一緒に行こうぜ」
「ああ、そうだな。新井田」




【B組:残り23人】
【敵:残り4人】




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