『ねえ、お兄ちゃんは恋愛結婚とお見合いとどっちがいい?』
郁美、オレは多分結婚はしないよ。恋もしないと思う
『いいか、信史。一人の女の子を愛することは悪いことじゃない』
そうだな叔父さん。あんたの言うとおりだよ。でも……
『はやく、そういう女の子をみつけろ』

見つけたよ叔父さん、あんたに紹介したかった




キツネ狩り―30―




「……
まだ痛みはある。それ以上に体力が削られた感じだった。
「三村くん、大丈夫?」
「野田に……谷沢……か?」
ぼんやりと2人のクラスメイトの顔が視界に入った。

「オレは……」
「三村くん、倒れていたのよ」


――オレは死んでいない。
そうだ、生きている。ここはどこだ?


「ここは?」
「E地区よ」


――E地区……がいる
……、オレはまだ死ねない。


三村の胸に熱い想いと、気力が蘇ってきた。
上半身を起こした。とたんに痛みを感じてうめいた。




「……ッ…!」
「ダメよ。まだ動いちゃ」
はるかが心配そうに言った。
「そうよ。下手に動いて傷が悪化したらどうするのよ」
窓の側から注意深く外の様子を伺っている聡美。
その手にはマシンガンが握られていた。
「でも良かった。このまま死ぬかと思ったのよ」
「……は?一緒じゃないのか?」
の事を問われると2人とも表情を暗くした。


「わからないわ。あたしと聡美は近くで降ろされたから合流できたけど、は最初に降ろされて、それっきりなの」
「それに……」
言いかけて、言葉を飲み込んだ聡美に三村は嫌な予感を感じた。
「どうした?何かあったのか?!」
「あたしたち何度も聞いたのよ銃声を……随分遠くからだったけど。
もしかしたら、もう何人も死んでるかもしれない」
三村は目眩がした。こんな所で、ゆっくり養生なんかしてられない――。














は両手を握り締め、ベッドの上で固い表情を落としていた。
チラッと顔を上げ、窓から外の様子を伺う佐伯を見た。
例の坂持からの連絡以降かなりピリピリしている。
先程までの余裕が消え、完全にハンターとしての鋭い目つきだ。
ちょっと触れたら破裂そうな風船のように、部屋中張り詰めた空気が漂っている。
その居心地の悪さには精神的に消耗していた。


さん」
佐伯の声。はビクッと身体中を硬直させた。
「……な、何?」
強がってはいるが、声が引き攣っている。
先程、佐伯に乱暴な扱いを受けたこともあって必要以上の過剰反応だ。
いきなり佐伯が椅子から立ち上がった。
こちらに歩み寄ってくる。思わず反射的に立ち上がった。
しかし、その前に佐伯が左肩を掴んでいた。押し返された勢いで、またベッドに座った。


「……そんなに恐がること無いだろ?オレが一度でも酷い事したかい?
こう見えてもオレ傷つきやすい性格なんだ。もっと普通にしてよ」
相変わらず優しい微笑だが、目が全然笑ってない。
「……こんな状態でリラックスできるわけないでしょ?」
「傷つくなぁ……女の子に、嫌われたのって生まれて初めてなんだよ」
そういうと足を組んだ状態で、の隣に座ると、右手で髪をかき上げた。
「自分でいうのもなんだけど、オレって、かなりの美少年だろ?
学校ではうっとおしいくらい女にモテたんだよ。去年のバレンタインも100個近くもらったんだ」




どうでもいいことだが、それは事実だった。
佐伯は名門校の特待生で、おまけに残忍性はおくびにも出さず模範的な優等生を演じている。
何より顔だ。繊細で優雅な顔立ち。
しかも(他の転校生と違い)誰にでも優しく愛想がいい(つまり外面がいい)
それこそ学校中の女生徒から、まるでハリウッドスターのような絶対的支持を受けていたのだ。
所属部は、これまた優雅に馬術部だった。
佐伯が馬場で練習をしていると柵の周りは女生徒の壁と化す。
佐伯が(正確には佐伯が乗っている馬だが)障害を一つ越える度に熱狂の渦だ。
しかもバカバカしいことに佐伯が最後の障害を越える時、決って派手なパフォーマンスをやす。
胸の前で十字をきって投げキッスだ(外国のスタージョッキーじゃあるまいし)
さらにバカバカしいことに、この男の本性を知らない女たちは絶叫する。
それこそ喉が潰れんばかりに『キャー佐伯くーん!!』と、ここぞとばかりに発狂寸前の大歓声。
勿論、愛想よく女生徒たちに手を振る佐伯は、ただの演技。
部室に入って一人きりになったとたん「相変わらず五月蝿いメス豚だな」などと暴言を呟いている。
とにかく佐伯は女に慕われたことはあるが、ここまで嫌われ抜いたのは生まれた初めてだったのだ。




「オレのファンが見たら絶対に羨ましがるよ。
そのオレと一つ屋根の下にいるんだからさ、もう少し喜んでくれてもいいんじゃないかな」
は佐伯の意図が読めずに困惑した。
なぜ今、このようなときに、こんなくだらない話をするのか。
「何が言いたいの?」
「何って、君と話をしたいんだよ。こうして、ただ黙っているのもつまらないだろ?」
は、ますますわからなくなった。
「あなたのファンなんてどうでもいいわ。
あなたは私にとって、ただの敵よ。喜べるわけないじゃない」
「冷たいな、こんなに優しくしてやっているのに。それとも――」
そこで佐伯の目が急に鋭くなった。


「君は桐山くんみたいな冷たいタイプの美形が好みなのかい?」














「吊り橋か……大丈夫なのかしら」

光子はチラッと川底を見た。
橋と川との距離は5メートル程、落ちたところで即死なんて高さではないが川の流れに囚われたらやっかいだ。
何より(ただでさえ雨で濡れてるのに)びしょ濡れになるなんて冗談じゃない。
映画なんかじゃ、丈夫そうにみえる吊り橋も脆くて、安心して渡った途端、川に落ちるって相場は決ってる。
念には念を入れて調べておく必要があった。


「七原くん、ディパッグかして」
「持ってくれるのか?ありがとう」
ディパッグを受け取ると光子は七原の背中を思いっきり押した。
勢いで七原は吊り橋に。ギイギイ音を立てる吊り橋。
「先に行ってよ」
言われた通り歩く七原、中間地点まで来ると、突然吊り橋が激しく揺れ出した。
「……何なんだ!?一体何なんだ!!」
七原は倒れ込んだ。そして、その原因を知った。光子が激しく揺らしていた。














「秋也……大丈夫かな」

国信慶時、通称ノブは七原とは反対にA地区を目指していた。
降ろされた場所は坂持たち実行本部がある小学校から、そう離れていない場所だ。
中川典子のことも気になったが、やはり一番大切なのは兄弟のように育った七原だ。
少し迷いもしたが七原を探すためA地区を目指すことにしたのだ。
支給武器は赤外線装置だ。高度な機械だが、戦闘には使えない。
少なくても国信には、そう思えた。
何より、出来ることなら、こんなゲームには乗りたくなかった。たとえ相手が転校生でもだ。


とりあえず、手ごろな棒切れを持ち山の中を移動していた。
しばらく歩くと大きな岩があった。高さは2メートルくらいか。登れない高さじゃない。
国信は、まずディパッグを放り投げた。岩の上の方で、デイパッグが落ちる音が聞こえた。
次は自分だ。岩の裂け目に足をかけ登り出した。
頂上に手をおいた時だ。 足をかけていた裂け目が崩れた。


「うわぁ!!」
途端に落ちそうになる国信。しかし、身体は宙に浮いていた。
右手を誰かが掴んでくれている。
「あ、ありがとう」
助かった。何よりクラスメイトと合流できたのだ。国信は心から神に感謝した。
良子先生の教えの通りだ。神様は、ちゃんと見ていてくれてるんだ。


「それは、どうも」


岩の上から声が返ってきた。その瞬間、国信の顔が凍った。この声、

この声は――。

ゆっくりと上を見た――。




「……ッ!!」

夢なら早く覚めてくれ!!
そんな言葉が国信の脳裏を全力疾走した。


「希望を聞いておこうか?」
「……お、おま…え…は……」


転校生――周藤晶――だった。


「今すぐ死ぬのと、後で死ぬのと、どっちがお望みだ?」




【B組:残り24人】
【敵:残り4人】




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