「ええ?本当ですか!?」
坂持の受話器を握った手が震えている。
「し、しかし……何かの間違いでは?」
何度も電話の内容を確認している。
「わかりました……はい」
坂持が受話器をおいた。
「先生、どうしたんですか?」
おつきの田原が聞いた。

「……こんなバカな事が……軍の超エリートばかりを集めたんだぞ」




キツネ狩り―29―




「……なんだって?何を言ってるんだ。そんなバカな事できると思っているのか!!」

電話の相手が美恵にとって一番恐怖の対象である鳴海雅信であることは、すぐにわかった。
しかし、その内容は、まるで検討がつかない。
佐伯の反応から、さらにわからなくなった。
佐伯にとっても、まるで予想してなかった事らしい。


「わかっているはずだ雅信!!このゲームのルールは」
『オレは3年連続優勝した』
それで佐伯はハッとした。鳴海の言いたいことがわかったのだ。
『まだ優勝商品を一度も申請していない』


法改正前の旧プログラム。最後の一人になるまで殺しあう椅子とりゲーム。
鳴海は中学時代、毎年のように志願していた。そして3年連続優勝した。
強制参加させられた一般生徒は生涯に渡り生活保護と税金免除という賞品がつく。
しかし、もともと民間人ではない彼等は違った。
軍に籍を置いている以上、生活の心配はないし税金も最初から免除されている。
だから優勝したら、なんでも一つだけ、ほしいものを貰えるのだ。
もちろん度が過ぎた高額なものや超法規的な内容でない限りだが。
周藤晶も去年志願したと聞いた。優勝賞品として軍での特進を申請した。
二階級も上がったということだ。戦死を除けば、特例としかいいようがない。
実に賢い選択だと思った。 しかし鳴海は違う、何も要求していなかった。
もともと出世には、あまり興味のない男だったからだ。
だが、まさか優勝特典を、こんな形に使うとは佐伯は思ってもみなかった。




『優勝賞品は天瀬美恵にした』
「……雅信、おまえ!!」

美恵は目を見張った。
先程まで、まるで名家の御曹司のように、もの静かな態度だった佐伯の目の色が変わってきている。
他の転校生たちのように戦闘意識と殺気に満ちた、野獣のような目だ。
上品だった言葉使いさえも、荒々しく、語尾が強くなっている。


「そんなバカなこと、上の連中が許すとでも思っているのか!!」
『もう了解済みだ』
「何だと!!」
『用はそれだけだ』
「………!!」
美恵 の口を押さえている手に、さらに力が込められていく。美恵 はもがいた。
(苦しい……!! )

『オレの女に手を出すな』
ツーツー……言いたいことだけ言い、また一方的に切られた。




携帯を手にした右手が怒りでワナワナと震えていた。
「……んっ…やめ…」
美恵 の息苦しそうな声。そこで、やっと佐伯は力を入れすぎていた事に気付き手を放した。
美恵 が息苦しそうに咳き込む。
「……乱暴なことはしないで…!!」
まだ苦しい。胸を押さえた。しかし、本当の恐怖は、その後だった。
肩を鷲掴みにされたかと思うと、再びベットに押し付けられた。違うのは、佐伯の目だ。


「……天瀬さん、これで何回目だと思う? 」
「……えっ?」
何の事か、わからなかった。
「あの野郎が、何回℡してきたと思う?」
「……二回よ」
「違う、六回だ。オレが狩りに出かけている時に四回もかけてきた。
そして、何度も言うんだ『オレの女に手をだすな』ってね」
美恵は恐怖で顔色を失った。
あの危険な男に、『オレの女』呼ばわりされていることもだが、それ以上に佐伯の変わりように愕然としたのだ。


「……勝手なことを言いやがって。オレを何だと思っているんだ?」
「痛いっ……放して!!」

この女を、わざわざ捕獲して、大切に保護してやってるのは、このオレなんだ。

「……やめて、お願い…!!」

なんで、あんな野蛮で凶暴な殺戮マニアに、このオレが命令されなければならないんだ?

「……やめて…」


あいつに、この女を自由にしていい権利があるわけがない。
それなのにオレを無視して勝手に話を進めやがって!!

――そうだ、この女の所有権はオレにあるんだ。

佐伯徹は(自称)短気ではなかったが、切れやすい性質でもあった。
その優しげな笑みと物静かな態度からは、想像もつかないくらいの残忍性がゆっくりと目覚めようとしていた。














「……洋ちゃん。待ってて今すぐ行くから」

矢作好美は懸命にB地区に向かっていた。
恋人の倉元洋二。自分を悪の道から救い出してくれた愛しいひと。一刻も早く会いたい。
倉元は、こんな不良娘の自分を好きだと言って優しくしてくれた。
もしかしたら、いや、きっと倉元も自分を探しに来てくれているかもしれない。
そう信じて、好美は夜が明けると同時に、E地区から離れた。今はC地区を歩いている。
C地区を通り抜ければ、倉元がいるB地区につく。


「……痛い!!」
何が起きたのか、好美はわからなかった。
ただ、銃を握り締めていた右手に強い痛みを感じ、反射的に左手で押さえた。
銃は、地面に落ちている。右手からは出血している。
何か鋭利な物で切られたような痕ができていた。


「……ま、まさかっ……」
好美は全身の血が凍りつくのを感じた。
そばの木には、好美を傷つけたナイフが突き刺さっているが、そんなことには、まるで気付いていない。
前方180度見渡した。誰もいない、でも、いるはずだ。


自分を傷つけた何者かが!!




「どこを見ている?」
「……っ!!」

背後から声がした。

「悪いが、遺言書を書く時間もやれない」
ゆっくりと後ろを見た。転校生だ、好美は固まった。
「お願い見逃して……あ、あたし…洋ちゃんに……洋ちゃんに会いたい……!!」
「もしかして倉元洋二のことか?」
「そ、そうよ……洋ちゃんだって、きっと、あたしを探して……」
「ああ、それなら問題解決だ」
「えっ?」
転校生は、さも面白そうに笑った。


「奴は、もうとっくに死んでいる。だから心おきなく死ねるな。おめでとう」
「……死…んだ……?」

好美には理解不能だった。いや理解したくなかった。
「嘘よ!!」
好美は叫んだ。恐怖など吹き飛んでいた。
怒りと、倉元の死を受け入れる事への拒絶。 それだけしかなかった。


「嘘よ!!なんで、そんな嘘を言うのよ!!
洋ちゃんが死ぬわけない!!あたしを残して死ぬわけ……」

「薬がないな」

好美の言葉を転校生が遮った。


「つける薬が」


まるで低能な無脊椎動物を見るような目で転校生は続けた。

「自分で遊んでいた男に、そこまで入れ込むなんて。バカにつける薬はない」

好美の中に、全く別の感情が湧きあがった。驚愕だ。


「遊んでいた……?」
「あの男が本気だと思っていたのか?援交までしていた、おまえに」
「……………」
「おまえみたいな売女には、肉体目当ての男しか近寄ってこないに決ってるだろ」
「……違うわ。洋ちゃんは……洋ちゃんは……」
「おまえたちのことは政府の公設興信所が調べあげている。あいつには本命の女もいた。
もっとも、相手の女には取巻きの一人に過ぎなかったようだけどな」
「嘘よ!!嘘よー!!」
好美は泣き叫びながら銃を拾い上げた。しかし――。


トリガーを引く間もなく、好美の眉間にはナイフが突き刺さっていた。
「まったく……」
転校生――周藤晶――は、好美の右手から銃をはぎ取った。


「本当に、バカにつける薬はないな」


そう言って、周藤は携帯を取り出した。

「もしもし」
『す、周藤!!』
「どうしたんだ坂持先生。随分と焦っているようじゃないか」














「……嫌っ。放して!!」
美恵には何がなんだか、わからなかった。
ただ、わかっているのは、自分の命は佐伯の手中にあるということだ。
「……またか!雅信の奴、何度かけてきたら気が済むんだ」
無視してやろうとも思ったが、携帯の画面に『サカモチ』と表示されているのをみて佐伯は美恵から手を放した。


「先生、何の用ですか?今、取り込み中なんだ。後にしてくれませんか?」
『何を言ってるんだ!!それどころじゃない!!』
「何があったんです?」
『本部から連絡が入った……菊地が……』














「まさか、あの連中を倒すことの出来る奴がいたとは……」

軍務省から派遣されたプログラム責任者はソファにもたれ頭を抱えていた。
その部屋の中、コンピューターが何台もある。ここから、坂持たち実行部をサポートしているのだ。
転校生たちは体内にチップが埋め込まれている。
そのチップから、現在位置と健康状態(心拍数と体温)が常にリアルタイムでモニターに表示されているのだ。
20分ほど前、波のように動いていた菊地の心電図がツーという音とともに、横一直線になり完全に反応しなくなった。
最初は機械の故障かとも思われた。
だが衛星カメラは川辺で倒れたまま動かなくなっていた菊地の死亡写真を送信してきたのだ。

「菊地局長に、なんて言えばいいんだ……」

全ての軍部にとって、屈辱だ。許されざる屈辱だった。














「直人が?!相手は誰だ!?」

相手は、あの厭らしい中年男・坂持らしい。
内容はわからないが、佐伯の様子から、ただごとえはないことを美恵は感じ取った。
佐伯が携帯をしまった。
先程までの、爆発寸前の危険な表情が一変。これ以上ないくらいの張り詰めた目をしている。














周藤は、携帯をしまうとA地区の方角を睨んだ。
桐山は十中八九、C地区を通るだろう。
運がよければ(いや、この場合、幸運と言えるかどうかはわからないが)次に戦うのは自分だ。

「だからオレは言ったんだ。油断はするな……と」


オレの忠告を無視した結果が、この様だ。
それにしても……やはり侮れない相手だ。自分の目に狂いは無かった。

「……正攻法でいくより、確実な方法を選んだ方がよさそうだな」




周藤より数分後、坂持から連絡を受けた鳴海雅信は携帯を切るとニッと笑った。
「ククッ……」
右手で顔を抑え、込み上げてくる感情に素直に喜んでいた。

「桐山和雄か……こんなに殺しがいのある奴は、生まれて初めてだ」




坂持は最後に、高尾晃司に連絡を取った。さすがの高尾も、驚くだろうと坂持は思った。
『菊地直人が死んだのか。そうか、わかった』
ところが高尾は、まるで明日の体育祭は雨天中止だと連絡を受けたかのように淡々としている。
他の3人は、それぞれ反応があったのに、まるで無関係な事を聞いているかのような感じだ。
「何を落ち着いているんだ。これは由々しきことなんだぞ。
それに菊地が倒されたということは、おまえたちにとっても強敵になるはずだ。
油断したら、おまえたちまで殺されるかもしれないんだ」
『なぜだ?』
「なぜって……」

『殺される前に、殺せば何も問題はない。違うのか?』














天瀬さん。君の王子様は、とんでもない奴みたいだな」
「…えっ?」
「こんなことは法改正後初めてだ。上の連中も驚いていたよ」
「何のこと?」
「まさか、オレ達精鋭部隊を相手に……」
「……もしかして」


「ああ、そうだよ。一人殺られた。やったのは桐山和雄だ」





【B組:残り24人】
【敵:残り4人】




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