次の瞬間、音速の法則に従い雷鳴が轟く
そして、さらに激しくなった雨が地面を叩いた
キツネ狩り―27―
「貴子寒くないか?」
「大丈夫よ。それより、こんな所で足止めくらうなんて」
杉村と貴子は田んぼの片隅に立てられた物置小屋にいた。
農具を入れておくだけの小さな小屋。2人が休息をとるには少々狭い上に、雨漏れがひどい。
だが、近くに人家はないし、木の傍だと雷が恐い。
仕方なく、こんな粗末な小屋に身を寄せていたのだ。
「とにかく雨が小降りにならないと動きが取れないわね。
こんな雨の中だと敵の足音も聞こえないもの」
敵の存在に気付きにくいこと危を察知して、賢明にも休息をとることを考えたのは貴子だった。
「天瀬は大丈夫かな……それに、三村や七原も気になる
」
一番大切な幼馴染の貴子と合流した今、杉村は他の親友である三村や七原の心配をする余裕がでてきた。
他のクラスメイトも気になる。
三村を通して仲のよかった豊や、これまた同じように七原を通じてそれなりに親交のあった国信だ。
もちろん、最優先させなければならないのは美恵と貴子だ。
2人を守るためだったら、容赦なんてしてられない。
正直言って、同じ年頃の少年を殺すなんて発想は、自分でもゾッとした。
たとえ、相手が自分達の命を狙っていてもだ。
だが、はるかに2人の命が大事だ。その為なら鬼になるしかない。
「弘樹、もう少し待って雨がやまなかったら出発しましょう」
「でも転校生が」
「ここに、ずっと留まっていても危険だってことに変わりはないわ。
それに必ず見つかるってわけでもないでしょ。だったら移動した方がいい」
「……そうだな」
貴子は、やっぱり頼りがいがある。杉村は精神的に大きく支えられていた。
芯は強いが、少々お人好しな面がある杉村にとって、貴子と合流できたことは、これ以上ない幸運だったといえよう。
「じゃあ出掛けようか」
そう言って、ディパッグを肩にかけ、例の探知機を手にとった杉村。
「!!」
「弘樹どうしたの!」
幼馴染が瞬間的に表情を強張らせたのを貴子は見逃さなかった。
「近くに誰かいる!」
「おまえにオレは倒せない」
それは自信ではない。
菊地が、あの日、あの男に人生を押し付けられた時から築き上げてきた、壮絶なプライドだった。
「………」
桐山は何も答えなかった。彼にとって、それは何の意味も持たなかった。
重要なのは天瀬美恵を守ること。
その為に、敵――取り敢えずは、この男――を殲滅すること。
それ以外のことに興味は一切無い。
ただ、菊地の絶対的なプライドに裏付けられている実力は、天才桐山の戦闘力をもってしても厄介だった。
桐山が、菊地の誘いに乗った理由は、ただ一つ。
美恵のことだ。桐山が教室を出た後、何かがあったようだが、一番確認しなければならないことがある。
「……天瀬は生きているんだな?」
僅かに菊地の目が鋭さが増した。
「この後に及んで、まだ女の心配か?安心しろ、あの女は無事だ。
佐伯徹に殺されていなければの話だがな」
美恵 は生きている。今は、それだけで十分だった。
それならば話は早い
――この男を倒して一刻も早くE地区に向かうだけだ
「川田さん、何やってるの?」
木の幹に切り込みを入れ、たこ糸を引っ掛けている川田。
その糸に誰かが脚をかければ、糸に引っ掛けてある空き缶が落ちる仕掛けだ。
「ちゃちなシロモノだが、まあ、無いよりはマシだろうからな」
豊は転校生で年上、しかもお世辞にも愛想がいいとは言えない川田とは、一度も会話をしたことさえなかった。
だが、その的確な判断力に感心せずにはおれなかった。
「で、でも川田さん。こんな所に、ずっといるつもりなの?
危険だけど、皆を探そうよ。クラスメイト全員で力を合わせれば、きっとなんとかなるよ」
「……クラスメイト全員でか。そいつは無理だな」
「えっ、なんで?」
意味ありげな川田の言葉に豊はキョトンとした。
「二時間ほど前に、山の中で江藤と南を見つけたよ。いや……正確には2人の死体を」
「……!!」
豊には衝撃だった。クラスメイトが2人も死んだというのだ。
だが衝撃的な話には、さらに続きがあった。
「そう離れていない場所で日下も見つけた。手遅れだった」
2人ではない。3人だ。
「……信史。信史は見なかった!?」
「いや、見てない。だがな……おまえも聞いただろう?あのマシンガンの音を」
古びたタイプライターのような恐怖の破壊音。
確かに聞いた。今、思い出しても背筋が凍る。
「十中八九、転校生だろう。当然、標的がいる。
笹川か中川か……おまえに、こんなこというのは酷かもしれないが、三村の可能性だって十分ある」
「……そんな」
「とにかくだ。奴等は戦闘のプロだ。そんな奴が近くにいるんだぞ。
下手に動けば、オレ達が次に標的になる。今は息を潜めてるのが一番いい」
「……で、でも」
「しばらく様子を見てから行動するんだ。
あんな連中に正面から戦いを挑むのは自殺行為だからな」
「くたばれ!!」
再びトリガーを握り締め、銃口を桐山に向ける菊地。
ズキューンッ!!
菊地が銃口を向ける、僅か一瞬早く、桐山はナイフを飛ばしていた。
と、同時に走った。十数メートル先の大木だ。
銃弾は、菊地がナイフを除けた、その僅かな反動で弾道が桐山から外れた。
そして十数メートル先にあった岩にのめり込んだ。
しかし菊地は瞬時に体勢を立て直し、桐山の背中にスッと銃口を定める。
桐山の背中はガラ空だ。
(今度は外さない!!)
しかし――!
プツン……ふいに、菊地の数メートル背後、聞き慣れた音がした。
(まさか!!)
振り向き、その音を確かめるなんてバカな事はしなかった。
菊地は走った。 全力疾走だ。
この森の中、そう自分が仕掛けた物の位置は全て把握している。
確認などするまでもない!!
あの音、あれは―――。
チュドォーンッ!!
菊地の背後から爆風と衝撃が、一気にせまってきた。
「クソっ!!」
銃が菊地の手を離れ、数メートル先に転がった。
しかし、今は銃にかまっている暇は無い。
瞬時に地面に飛び込むようにして突っ伏した。頭上を熱を帯びた風が走っていく。
その数秒後、小石がパラパラと背中に降ってきた。
それは、かつてない屈辱だった。
敵に、それも本来なら狩るべき相手に、自分が仕掛けたトラップを利用されるとは。
だが怒りに我を忘れるわけにはいかない。戦場では自分自身さえも敵だ。
冷静さを失ったら、それはすでに戦死も同然。
菊地は、瞬時に起き上がると、走った。
桐山の銃――何度も撃ちあいをしたが、その度に、発射された弾を数えるのだけは怠らなかった。
そう、今、桐山が手にしているワルサーは空だ。
弾を詰めさせるわけにはいかない。
(その前に片付けてやる!!)
ベルトに仕込んでおいた小型ナイフ。
本来なら実戦向きではないが、ようは急所を狙えばいい。
喉を掻ききればジ・エンドだ。
桐山はワルサーに弾を詰め込んでいる最中だった。
しかし、二発詰めたところで菊地が迫ってきた。
ナイフを持った右手首を咄嗟に掴んだ。銃は、まだセットされていない。
桐山は、菊地の右手を木の幹に叩き付けた。
ナイフが、菊地の手から滑り落ちる。
チラッと菊地が左後方に目をやった。同時に蹴りを繰り出す、よける桐山。
当然、菊地から手を放した。
しかし、菊地は攻撃の為に、蹴り技に転じたわけではない。
取り合えず、桐山に掴まれた右手を解放することだ。
そして、思惑通り桐山から放れた。
身体を反転させると、先程、目をやった先にある銃に向かって、まるで盗塁をするように滑り込んだ。
ずっしりと重みのある質感。これで最後だ。
トリガーにグッと力を込め振り向いた。
しかし、滑り込んできたのは菊地だけではなかった。
菊地は桐山に銃口をむけることができなかった。
桐山が銃身をしっかりと握り締め、銃口を空に向けて持ち上げたからだ。
揉み合っていた2人の足が、ほぼ同時にバランスを失った。
その森の中、2人が位置している場所から目と鼻の先にあった傾斜に転がり落ちたのだ。
2人の身体が、激しく回転ながら落ちていく。
それでも菊地は銃口を桐山の頭部に向けようと、桐山は、その銃口をそらそうと必死になっていた。
尚も転がる2人の身体。
そして――2人の身体が一瞬宙に浮いていた。
傾斜が途切れていたのだ。今度は、垂直に2人の身体が落ちた。
そのコンマ数秒後に、激しい水音と水しぶき。
まだ、冷たい川水。いや、そんなことは問題ではない。
問題は水深のある川というものは、水面からは決してわからないほど、水中の流れが速いということなのだ。
普通の人間なら、その流れに負け、泳ぎの体勢を取れずに、水流の藻屑となるだろうが、2人は違った。
流れに上手く乗り、岸に向かって泳いだ。
川底に足がつく地点。桐山は立ち上がった。前方に目をやった。
菊地直人はいない。桐山は、すぐに後方に振り向いた。
菊地が立っていた。
笑っていた。勝利を確信した笑みだ。
その手に握り締められていた銃は、真直ぐ桐山を見詰めていた。
「オレの勝ちだ」
――銃口から火が飛んだ。
「―――!!」
――桐山が目を見開いた。
左胸から、一気に赤い液体が飛び散った――。
【B組:残り25人】
【敵:残り5人】
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