初めて、生徒たちを見た時
恐怖で打ちひしがれる奴等を見た時
実にくだらないと思った

絶望の涙すら流している奴はさらに虫酸が走った
死にたくなければ戦えばいい
オレ達を殺して、この試練に打ち勝てばいい

オレは今まで、そうして生きてきた――




キツネ狩り―26―




ズギューンッ!!


銃声は空に向かって突き抜かれていた。
菊地が引き金を引く、ほんの一瞬早く桐山が、彼の右手首を掴み持ち上げたからだ。
「貴様!」
菊地はがら空きの左手を握り締めると、桐山の右側頭部目掛けて強烈な左フックを放った。
しかし、桐山が反射的に身体を沈めたので、菊地の左拳は桐山の髪をかすめたに留まった。
すかさず、掴んでいた菊地の右手首を引き寄せると同時に、右足で菊地の足を振り払った。
バランスを失った菊地は、次の瞬間、桐山に投げ飛ばされた。
地面に叩きつけられそうになったが、柔道の受身のように回転して態勢を整えた。


「…クッ!」
立ち上がろうとしたところを、桐山に襟首を掴まれていた。

天瀬に何をした?」

菊地は僅かに瞳を拡大させた。

「言え、天瀬に何をした?!」

無表情だが、今度は先程より語尾が荒くなっている。


「……そんなに気になるのか?お笑いだな、たかが女1人に」


『女、たかが女1人に』

信じられるのは己自身しかいない菊地にとって、それは当たり前の価値観だった。
しかも桐山は全国でもトップクラスの名家の御曹司。
いくら桐山和雄個人が気に入ったところで、所詮は身分違いの相手。
そんな女に簡単に命を賭けるなんて、苦労知らずの温室育ちがメロドラマのような恋愛に酔っているだけだ。
少なくても菊地には、そう思えた。
愛なんて、この世の中、存在しない。必要ないものだ。
必要なのは信念と力だけ。
そして、自分は間違いなく、そのふたつを合わせ持っている人間なのだ。
こんな大金持ちの御曹司なんかには決して負けはしない。断じてだ。




「鳴海雅信に聞くんだな。随分と、あの女に、ご執着だったぜ」
「鳴海雅信?」

ふいに桐山の脳裏に鳴海雅信が浮かんだ。
金髪フラッパーパーマで、その美貌にもかかわらず、だるそうな感じの男。
そして、この菊地とは全く異質の、何か得体の知れないものを持った男。
しかし、桐山には菊地が発した『ご執着』という単語の方が重要だった。

「どういうことだ?奴が天瀬に何かしたのか? 」
「……知りたかったら、おまえが直接聞け。ただし、オレを倒せたらの話だがな!!」


菊地が強烈な蹴りを繰り出した。瞬間的に身体を引く桐山。
しかし、一瞬早く、腹にきしむような痛みを感じた。
「……!!」
桐山の無表情な顔が僅かに歪む。

「もう一つ教えておいてやる!!天瀬 美恵 がいるE地区担当は佐伯徹だ。
あの女に恨みを持っている佐伯徹のな!!」














「……みんな……」

美恵は窓から外を眺めていた。
雨足が早くなってきたこともあるだろうが、佐伯徹はしばらく家にいる様子だ。
始終、美恵 を監視できる為、先ほどのように縛られるということはない。
そして今の時点では命の危険も無い。
クラスメイト達に比べれば、雨にも濡れずに家の中にいる自分は、まだマシな状態かもしれない。
今のところ、命の危険もない。もちろん、佐伯の気分次第だが。
それよりも皆のことを考えた。
他の地区は知らないが、このE地区で今生きているのは、谷沢はるかと野田聡美、光子の仲間の矢作好美。
男子生徒では滝口優一郎と織田敏憲だ。
もちろん、この地区に留まっていればの話だが。














菊地が再度、蹴りを繰り出してきた。すかさず体勢を低くしてかわす桐山。
それは菊地にとっても、驚きだったに違いない。
桐山ファミリーは日頃からケンカに明け暮れていたと聞いていた。
当然、その首領たる桐山もケンカ慣れしてはいるだろう。
だが、闇雲に暴力を使うしか能の無いチンピラしか相手にしたことがないだろう。
本格的に格闘技を、それも実戦で鍛えてきた自分とでは、大きな開きがあると菊地は思っていたのだ。
余談だが、菊地は温室育ちは大嫌いだが、勝るとも劣らないくらいに(むしろ、それ以上に)不良が大嫌いだった。
甘ったれた環境でグレて、それを変えようとする努力もしない。
ただ社会のルールに自分の身が危なくない程度に逆らい、中途半端な暴力で優越感を感じている。
この世の中、これ以上くだらない奴等がいるものかと思っているのだ。














「おい、金だしな。それで見逃してやるからよ」
相手は10人ほどいただろうか。
(バカバカしい。頭数が揃わなければ何も出来ないくせに)
菊地は黙って一歩踏み出した。
「ふざけるな!!金出せば許してやるって言ってやってるんだよ!!」
「………」
俯いた菊地に不良たちのテンションはさらにあがった。
「怖いのかよ?だったら……」


「……いいな、おまえら」


「…えっ?」
その低い呟きに不良達は全員目を見開いた。
「……こんな、つまらないことが楽しめるなんてな」


「『見逃してやる』だと?貴様等チンピラが、このオレを!!何が『許してやる』だ」


虫けらが、オレに喋るな!!!




「ひぃー!ゆ、許して下さい!!」
その後のことは説明は必要ないだろう。
菊地は、その不良グループを瞬く間に片付けた。
唯一、意識が残っている奴は地べたに這いつくばり、その頭部は菊地の右足に踏みつけられている。
「お、お願いです!!助けて下さい!!!」
さっきまで、優位を気取っていた奴が、必死になって命乞いだ。
そのプライドのかけらもない態度に、菊地は、ますます嫌悪感を増大させた。

「ケンカを売るのなら相手を選ぶんだったな」

最後に、その虫けらの腹に思いっきり蹴りをぶち込んでやった。
このゴミどもは甘ったれてグレた連中だ。所詮は、その程度のレベル。
生きているだけで、空気が無駄使いされている。














初めて桐山和雄のプロフィールを見た時、今まで生きてきた中で一番虫酸が走った。
恵まれた環境、贅沢な日常、約束された将来。そして、明晰な頭脳に端麗な容姿。
一口にエリートと言っても、これほど完璧に整ったエリートは、そうそういるものではない。
それが不良グループの頭。菊地がゴミダメに掬う蛆虫のように嫌っている不良ときたのだ。
これほど最高の人生を送っていながら、最悪の道を暇つぶし程度に歩いている男。


『オレは残る。プログラムに参加する』


金井泉には、愛する女の為に自ら地獄に飛び込んだ勇気ある言葉に感じた。
しかし、このセリフこそが菊地の逆鱗に触れた。
超エリートのくせに不良の頭をやっているような甘ったれた(それも反吐がでそうなくらいに)奴。
菊地はそう感じた。
現実を全く直視していない、ふざけた行為にしか思えなかったのだ。



――何の苦労もしらない。
――自分は生きて帰れると信じて疑わない。
――もちろん死と直面したことなど、ただの一度も無い。

この世で、自分の思い通りにならないことは何一つ無いと思っている――。


(俺はそういう男が一番嫌いだ)














「クッ…!」

腹を押さえる桐山。間髪入れずに、菊地の懐からナイフが伸びた。
咄嗟に反転してかわすも、僅かに学ランに切り込みがはいった。
「……桐山、もう一つ教えておいてやる」
その目は、これ以上ないくらいにギラギラと赤い光を放っていた。




「おまえにオレは倒せない」





【B組:残り25人】
【敵:残り5人】




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