死にゆく奴がいる
生き残る奴がいる
その境界線は?
生き残るに値する者の資格

それは――絶対的な強さ




キツネ狩り―23―




夏山だけあって緑が生い茂っている。
身を隠すのに最適と共に、敵を見つけることが困難だ。
その敵が、この場所を指定している以上、明らかに敵にとって有利な場所だろう。
しかし、桐山には避けて通れない事だった。
天瀬美恵の名前を出された以上、来ないわけにはいかない。
その理由さえわからずに桐山は、今、この場所にたっているのだ。
そっと、こめかみに触れた。
なぜか疼く。それは生まれてこのかた感情というものを知らずに育った桐山の不思議なクセだった。
ただ、美恵の事を想うだけで、心が落ち着かない。
こんなこと生まれて初めてのことだ。





山に入って、どのくらいたっただろうか?
桐山は足を止めた。前方にトラップを発見したのだ。
落葉で巧妙に隠しているが、よく見ると周りの地面にくらべ明らかに不自然な形で僅かに盛り上がっている。
おそらく、踏み込んだとたん爆発だろう。
しかし、桐山は全く別のことを考えていた。
ポケットからハンカチを取り出すと、足元にあった小石を包み、それをトラップの真上に向かって投げた。
途中、小石はハンカチの包みから抜け出し、数メートル先に飛んでいった。
重りを失ったハンカチはヒラヒラと空中を漂い、そして地面に到達することなく止まった。


(……やはりな)


桐山は、注意深く近づく。傍にきて目をこらし初めてわかる。
そのトラップの上方に幾重にも糸が張り巡らされていたのだ。
あまりに極細な糸なので普通ならば見逃していた所だろう。
そして、その糸の先には爆薬が仕掛けられている。
最初のトラップを発見すれば、たいていの人間は油断する。
そして気をゆるませた途端、次に控えていた本命ともいうべき高度なトラップにかかりジ・エンドという寸法だ。
いわば最初のトラップは囮。
もっとも、普通の奴なら、その囮にかかりジ・エンドだ。
おそらく、この山のいたるところにトラップが仕掛けてあるだろう。
桐山はデイパッグを降ろすと地図を取り出した。














(……静かだ。奴は、まだオレが仕掛けた罠にかかってないようだな)

菊地直人は静かに、だが神経を研ぎ澄ませて様子を伺っていた。
菊地が戦いの場に選んだ場所は天然の要塞だった。
近くにはセメント工場、所々、工事用のダンプカーや発掘車が置かれている。
この山はセメントを掘り出すために、その姿は今や半分に削り取られていた。
そう背後は完全な垂壁、断崖絶壁同然になっており、到底そこを通る奴などいないだろう。
それゆえ敵の侵入経路を絞ることが出来る。


菊地は、自分が今いる場所を中心に、半径1キロの扇形状に、いくつもトラップを仕掛けておいた。
そして仕掛けておいたのは攻撃型トラップだけではない。
防御のために幾重にも糸を張り巡らせておいたのだ。
どれだけ神経を研ぎ澄まそうとも、ひとつも避けることなく近づくことは容易ではない。
もし脚にでも引っ掛ければ、瞬時に糸全体に、その衝撃は伝わる。
最終的には糸の先端のセンサーが感知し、菊地に敵の接近を知らせるのだ。
だが、一箇所だけ防御線やトラップを、あえて仕掛けなかった道がある。
桐山がトラップに気付き、尚且つ、それを避けて、この場所まで辿り着く可能性があるのは、その道だけだ。
菊地は、銃を手に待っていた。その道から桐山が現れるのを。














「……美恵 さん」
そっと、瞼を開けた。ふいに少女の顔が瞳に映る。
美恵 さん!」
愛しいひと。嬉しさのあまり、飛び上がるように身体を起こした。
「痛っ!」
とたんに脚に激痛が走った。


「ようやく、お目覚めのようね」


その声にハッとした。美恵じゃない。見上げて少女の顔を、改めて見た。
美しいが美恵とは全く違う、子悪魔的要素を秘めた愛くるしい妖艶な美しさだ。

「……相馬?」

相馬光子、城岩中学校で、貴子や美恵と並び、1.2を争う美少女。
それ以上に悪い噂の耐えない不良少女。

「……オレは、どうして……」

七原は混乱していた。そして、思い出した。
小川さくらの悲鳴を聞きつけたこと、さくらを見つけたこと。
そして敵の姿を確認し囮になるために逃げたこと、そして――




「あいつ!あいつは?!」
全てを思い出した。あの危険な男、菊地直人のことを。
「あいつはどうしたんだ!?」
返事の代わりに、突然口を押さえつけられた。
普段は強い色香と愛くるしさを秘めた相馬の目が今は怖いくらいに険しくなっている。

「大声出さないでよ。あんたバカなの?
見つかったら、どうするのよ。あんたが殺されるのは勝手だけど、あたしを巻きこまないで」

そこで、七原はハッとした。そうだ、取り乱したとはいえ、確かに光子の言うとおりだ。
どこに敵がいるかもしれないのに大声出すなんて、自分の居場所を教えるようなものだ。
もし、これが桐山か三村なら、そんな浅はかなマネはしないだろう。

「ごめん、つい」
「今度から気をつけてちょうだい」


(全く、女にモテて、運動神経はいいけど、こういうことは世間知らずね。
頼りになりそうもないわ。修羅場経験がない人間はやっぱり駄目ね)


光子は半ばあきれていた。しかし、仕方がない。
七原が特別、浅はかといわけではない。普通の中学生のレベルなのだ。
いや、泣きわめいたりしない分、ずっとマシだろう。
ただ、光子は子供の頃から、世間の裏を嫌というほどみてきた。
その点、普通の中学生より、ずっと機転がきき、かつ度胸があるというだけの話なのだから。




「相馬が助けてくれたのか?」
「そうよ。驚いたわ、ここに隠れていたら七原くんが空から降ってきたんだもの」

そう文字通り、空から降ってきたのだ。
途中で木の枝に引っ掛かったのが幸いして地面に衝突するのを免れていた。
転校生に撃たれた足の怪我以外はカスリ傷。
そして光子が手当してくれたこともあって、足の怪我も、だいぶ痛みが引いていた。
出血も止まっており、歩くだけなら支障は無いだろう。


「転校生は?今、何時なんだ?」
「一度に聞かないで」
光子はブランド物の時計(もちろん男に貢がせたものだ)に目を通した。
「3時10分ね。ところで歩けるの?」
「ああ、大丈夫だよ。それで転校生は?
あいつがいたんじゃ、この足で逃げ切れるかどうか……」
「それなら多分大丈夫よ。あいつは、あたしたちには目もくれてないから。
とりあえず今の所はね」
少々、意味ありげな光子の言葉に、七原はキョトンとした。
「七原くんが寝てる間に、あの男の島内放送があったのよ」
「放送?内容は?」


「あいつ桐山くんに宣戦布告したわ。今ごろはタイマン勝負してるかもね」
「桐山に宣戦布告!?どういう事だよ!!」


「ちょっと、静かにしてって言ったじゃない。あんたって学習能力ないの?」
そうだ、確かに光子の言うとおりだ。
「ごめん、悪かったよ。でも、なんで桐山に?」
「さあ、桐山くんがポイントの高い生徒だからじゃない。確か1000点だって言ってたじゃない」
「でも、桐山は頭の切れる奴だろ。そんな誘いに乗るとは思えない」
「だといいけどね」
少々、意味ありげな光子の言葉を七原は疑問に思った。
まるで、桐山が奴の誘いに乗ったとでもいいたげな様子だ。


「話なら、歩きながらでもできるでしょ?
あたしE地区に行きたいのよ、七原くんのせいで出発遅れたけどね」
「E地区?」
美恵のいる地区だ。七原と光子の目的は完全に一致したようだ。
「わかった急ごう」
立ち上がる七原。まだ多少は痛むが、大丈夫だ歩ける。
「相馬」
「なに?」
「言い忘れたけど助けてくれて、ありがとう」


「別に、お礼なんていいわよ。いざとなったら、あたしの弾除けになりそうだったから」
「え”?」














「局長、楽しそうですね」
「これが笑わずにいられるか」

報告書を手にしながら菊地は心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「やってくれたぞ直人の奴」
報告書には、菊地直人の島内放送が記録されていた。
「桐山和雄を殺せば一気に直人がトップに踊り出る。これで来年の予算は大幅アップだ」
「しかし、直人さんが返り討ちにあえば……」
「おまえは私を侮辱するのか?」
突然、低くなったトーンに、菊地の部下は青ざめた。


「あれは私が、あらゆる特殊教育を施した最高傑作だ」
「………」
「負けるための教育をしたことなど一度もない。あいつには勝利以外ない」
「……相変わらず恐ろしい方だ、あなたは」
「恐ろしい?直人はかつて罪を犯した。ひと一人殺したんだぞ。
死刑になることろを助けてやったのは、この私だ。
書類上死亡したことにして、新しい人生を与えてやった。私がいなければ、とうに死んでいたんだ。
私はいわば命の恩人、だから直人の命を自由に使う権利がある」
「命の恩人ですか……」
部下は苦笑した。


「あなたは一体何人殺させたんです?それは数えないんですか?」














「……おかしい。気配が完全に消えた」

菊地は構えた銃を降ろした。小鳥が忙しそうに飛んでいる。
大雨が来る前に巣に帰ろうというのだろう。
時計をみた。さらに思った。遅い、遅すぎる。
トラップに掛かるか、さもなくば唯一の安全通路である、この道を通るか。
二者択一しかないはずだ。
それなのに桐山は現れない。

――まさか土壇場になって命ほしさに逃げたのか?


(それしか可能性はないようだな)


『おまえ、このクラスの中では断突でポイント高いのに』


(フン、所詮は大金持ちのお坊ちゃんだったということか。
政府の連中も、とんだ臆病者を買いかぶったものだ)


『オレは残る、このゲームに参加する』


(……何が参加するだ。リアルを知らない臆病者が)


無駄な時間を費やしたと思い、菊地が立ち上がった時だった。
「!……この音は?!」
菊地の背後、そう断崖絶壁の向こうから聞こえる。
コンマ秒単位で、その音は大きくなっていった。
そして、それが菊地の耳に、はっきりと聞こえた瞬間――。




崖の上から、一気にバイクが飛び出してきた――。

「……な!!」

驚愕より先に反射的に振り向く菊地。
まるでハリウッド映画のようにバイクが飛んでいる。
だが、これはスタントシーンでもなければ、映画のワンシーンでもない。
まぎれもない現実だ。当然、命綱も、クッションもない。


「桐山和雄!!」


空中で桐山は、クレーン車(高さ15メートル程)の先端のチェーンを掴んだ。
バイクだけが菊地の頭上を飛び越え、十数メートル先に転落。
炎上、そして激しい爆音、欠片が辺り一面に突風と共に飛び散った。


「クッ!!」

菊地は岩陰に飛んだ。破片が雹のように降り注ぐ。
「……ふざけやがって!!」
菊地は銃を取り出した。
(ぶっ殺してやる!!)
銃を向けた先、標的の桐山は――チェーンに反動をつけ飛んでいた。
そして、菊地に向かって撃ってきた。菊地の弾は僅かにあたらない。


(こいつ、知っているのか?!狙撃手にとって、一番難しい標的が落下物だということを!!)


スナイパーにとって、一番当てづらいもの、それは上から下に動くもの。
つまり落下するものなのだ。
桐山は、それを承知で、こんなムチャクチャな攻撃をしてきたのだ。


「……クソ!」

僅かに菊地の腕をかすった。
戦い慣れしている自分達兵士に桐山は全くひけをとっていない。
ふいに菊地の脳裏に周藤の言葉がよぎった。




『奴等の中にも天才はいるぞ』




くだらないと思った。とるに足らないと――。

だが――天才は、確かに存在していた

菊地は再び銃をかまえた。
もはや手加減など許されないのだ。なぜなら――。




『奴等の中にも天才はいるぞ』




それは、その天才は――今、目の前にいる。




「こいつか!!」




【B組:残り25人】
【敵:残り5人】




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