足音が近づいてくる
1人は、クソッタレの看守だ
もう1人は……聞き覚えのない音
あれは……あの足音は――。




キツネ狩り―22―




「プログラムの状況はどうだ?」
「高尾晃司が990点でトップです。450点差で佐伯徹が続いています」
「何をやっているんだ、あいつは」
「しかし、局長。高尾と佐伯は武器ポイントで点をあげているだけです。
直人さんは先程ポイントの高い生徒を片づけたらしく、戦闘ポイントだけなら直人さんがトップです」


生徒たちは一人一人にポイントがついている。
ポイントの高い生徒を倒せば戦闘ポイントが入る。
そして、倒した相手が高性能の武器を所持・使用していた場合、戦闘ポイントとは別に武器ポイントが入るのだ。


「まあいい」
菊地は高級ソファから立ち上がると窓に近づいた。
こちらは島より一足早く雨が降り出している。

「雨か……あれと初めて会った時も、こんな天気だったな」














足音が止まった。鉄格子の、すぐ前だ。
こんな薄汚い少年刑務所には、およそ似つかわしい高級スーツに身をまとった紳士が立っていた。
看守の態度といい、かなり社会的地位のある人間だろう。
もっとも、近いうちに死刑宣告を受ける自分には関係ない。少年は、そう思った。


「こいつか、例の子供は?」
「はい、まったく末恐ろしいガキですよ。小学生のくせに殺人を犯したんですから」


少年の名は――桜井直人、当時11歳。
殺人罪で死刑宣告が、ほぼ決っていた。
少年犯罪が増加の一途とたどっているとはいえ、11歳の少年が死刑。
しかも裁判は行われていない。
さらに付け加えれば、公平な裁きというものを受けさえすれば、桜井直人には十分、情状酌量の余地はあった。
ただ、彼にとって不幸だったのは、殺した同級生の父親が、国会議員だということだ。


桜井直人は良家の子女ばかりで構成された寄宿学校に席をおいていた。
しかし、彼は名門の出ではない。
それどころか児童保護施設から来た孤児だった。
だが能力は、ずば抜けていて、その寄宿学校の特待生として特別入学を許可されたのだ。
成績は常に学年トップ。それも断突。当然、周囲の妬みは凄まじいものがあった。
その筆頭が、与党議員を父に持つ同級生。
とりまきと一緒に、彼に嫌がらせをするのは日常茶飯事だった。
教師は揃いも揃って見てみぬふり。
しかし、当の桜井少年は、まるで他人事のように完全無視だ。
この少年が、普通の子供らしく傷つき嘆くような素振りを見せれば、あるいは、それで終わったかもしれない。
だが、この全く我関せずといった態度は、かえって傲慢な同級生たちの神経を逆撫でにしていた。
そして、ある日、事件は起った。














「何の用だ?」
「おまえ、生意気なんだよ。親に捨てられたくせに」
「オレ達ハイソサエティとは違うんだ。わかってるのか?」
理不尽でくだらない一方的な抗議に桜井は帰ろうとした。
「無視するんじゃねえよ!!」
突然バットが振り落とされた。咄嗟に避けたがかすった。
僅かに額に血が滲んでいる。
「オレのパパは国会議員なんだ。おまえなんか、オレ達みたいに、選ばれた人間の奴隷なんだよ。
この人間のクズ、自分の立場をわきま……」
と、言いかけて、言葉が止まった。いや、出せなかった。

「……いい加減にしろよ」

11歳の少年とは思えないくらいの恐ろしい形相が、そこにあった。




重傷者11人、死亡1人。
死亡した児童は殴られたさいコンクリートに叩き付けられ、打ち所が悪く即死。
加害者とされる児童も数箇所怪我を負ったが、それは不問。
教師が駆けつけた時には、すでに事件は終わっていた。
そして被害者の父親の意向で、事件の原因や背景は一切調査されなかった。
即日、加害者の少年を罰することで全ては終わった。
いや、終わるはずだった。














「鍵を開けろ」
「気を付けて下さいよ。ガキのクセに凶暴ですから」
男は少年に近づくと、いきなり襟元を掴み引き上げた。
そして間髪入れず、その左頬に強烈な拳を打ち込んだ。


「……!」
殴られた勢いで、壁に背中から叩きつけられる。
「局長!!」
これには看守も驚きを隠せなかった。
いくら死刑確実な囚人とはいえ、年端もいかない少年なのだ。
「……ゲホ!!」
続けざまに、みぞおちに強烈な蹴りを加えられ、桜井直人は腹を抱え床に這いつくばった。


(……殺される!!)


男は、まるで下等生物を見るかのような冷酷な視線のまま、懐から煙草を取り出した。
そして、火をつけ何事も無かったかのように口にくわえた。

「……せ……」
「なんだ?命乞いか?」

年端のゆかない少年が、こんな目にあえば半狂乱になって命乞いをするだろう。
しかし――少年は命乞いなどしなかった。。




「……殺せ!!」




「……合格だ」

男は笑みを浮かべると看守に指示をだし、その場をあとにした。
だが、その数分後には少年は牢獄から開放されたのだ。
裏で何があったのか、当時の桜井少年にはわからなかった。
だが、その日のうちに桜井直人は死亡届が出され、戸籍は抹消された。
そして、その男の元で特殊な教育を受け、中学に上がる頃には男の養子になっていた。














「……どうして」
「何が?」
「どうして、あなたたちは、こんな酷いことができるの?」
それは美恵にとって、当たり前の疑問だった。
「変なこと聞くんだね。君たちだって学校いって勉強するだろう?それと同じさ」
「人殺しなのよ、これは!!」
「君たちだって同じだろう。違うのは殺るか殺られるかだけさ」
「私たちは違うわ!!一緒にしないで!!」
「君だってオレを殺そうとしたじゃないか」
美恵は一瞬言葉を失った。そう、確かに雪子の死体を見た時、怒りにまかせて引き金を引こうとした。


「……違うわ。少なくても私たちは、あなたたちのように人を殺す時、笑ったりできない」
「だろうね。でも、彼はオレ達と同じだよ」
「彼?」
「桐山和雄くん」
「ふざけないで!!桐山くんは……」


「オレ達と同じ人間だよ。立場が同じなら平気でオレと同じ事をしてただろうね。
なんとなく本能でわかるんだよ。オレと同じ人間だって」


美恵は怒りで目も眩みそうだった。この男は桐山を侮辱した。そう感じたのだ。

「そう怒らないでよ天瀬さん、食事がまずくなる」














「誕生日おめでとう直人」

義父がグラスを持ち上げ、そう言った。
誕生祝いが初めてなら、こうして外食に来たのも初めてだ。
物心ついた時には、すでに親のいなかった直人にとって初めての出来事。
「プレゼントだ」
そういって、綺麗な包装紙に包んだ箱を渡す。
「開けてみろ」
少々戸惑いを感じながらも箱を開けた。

生まれて初めての誕生日祝い――。


「……!!」


直人の表情が凍った。中身は拳銃だ。

「振り向かずに後ろを見てみろ」

言われたとおり、ステーキナイフを鏡代わりにして後ろをみた。




「いいか、よく聞け。あれがターゲットだ」

義父が目線を配った先に標的がいた

「奴を殺せ。おまえなら出来る」

義父は続けた。

「任務が失敗した時は――」


「おまえが死ぬときだ――」




ナプキンをテーブルの上におくと義父は立ち上がった。

「私は局に戻る。健闘を祈るよ」

それから10分あまり後だっただろうか。レストランに銃声が響いたのは。
その夜、全テレビ局は番組を中断。


『代議士暗殺』のテロップ付き特別臨時ニュースが深夜まで放送された。














「シンジ、シンジ!!」

豊は走っていた。三村が降ろされた場所に向かって全力疾走していたのだ。
「……あっ!」
小石につまずき転倒。

「シンジ……どこにいるんだよ」


豊は、ずっと隠れていた。場所はC地区の近くだ。
三村を探そうにも勇気が持てない。しかし、突然、銃声が響いた。
そのとたん恐怖という名の風船が一気に膨らみ、そしてはじけたのだ。
その銃声は響き方からして近くではない。
しかし、耳に届いた以上、はるか彼方というわけではない。
しかも、その音は、まるで古びたタイプライター。
よく三村と一緒にみたアクション映画で酷似した銃声を聞いた事があった。
そう、マシンガンだ。
次の瞬間、豊は走っていた。敵に見つかる危険性を考えるほど理性は残ってない。
「……シンジ……」
その時だった。背後から、襟を掴まれ力任せに起き上がらせられたのは。


「……ひっ!」
反射的に豊は持っていたフォークで、背後の相手を攻撃した。
しかし、フォークが振り落とされるより先に、相手は豊の右腕を、がっちり掴み、その動きを止めた。

「おい!攻撃するんなら、敵かどうか区別してからやってくれ」

豊はハッとして、相手を見上げた。
決して親しみやすい相手ではないが敵ではない。それはまぎれもない事実だ。


「か、川田さん!!」














「おい小僧、それ以上近づくな。この方は国会議員なんだぞ」
「何事だ」
「先生。この子供が」
「……子供だと?お、おまえは!!バカなっ、おまえは死んだはずだ!!」


その代議士は、まるで幽霊をみたような表情で驚愕した。
同時に響く銃声。驚愕した表情は、そのままに、その眉間には穴があいていた。


「せ、先生!!貴様!!」

黒服の男達が次々と銃を取り出す。
そして銃声が一斉に辺りを包み込んだ――。















「……!!」

菊地は目を見開いた。額からは汗が流れている。


「……またか」


瞼を押さえた。次に脇腹の古傷を学生服の上から押さえた。
完治しているはずなのに疼く。
この二年間で何度も同じことを経験した。
過酷な任務につくと、かなりの確率で、この古傷が疼く。


時計を見た。予定通りの時間だ。
その時だ。何かを感じた。
物音でもない、気配でもない。だが確実に何かを感じた。
それは第六感というべきか、特殊訓練によって、研ぎ澄まされた彼の本能が直感的に告げてきたのだ。




「――来たな」




――殺される為に。

それは菊地の中では、もはや必然だった。


なぜなら――。


敗れるわけがない。

自分が、壮絶な人生を生き抜いてきた自分が、温室育ちなどに負けるはずがない。


――そう、絶対にだ。




「……どこからでも、掛かってきやがれ」




時計は3時を回ったところだった。





【B組:残り25人】
【敵:残り5人】




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