昼間とは思えないほど空が暗い
その色は、そのまま、この悲劇を象徴しているかのようだ
――惨劇は続く
キツネ狩り―21―
「……そんな……沼井くん……」
冷たくなった沼井。
何度、揺さぶっても微動だにしない、その肉隗に、泉はショックを隠しきれなかった。
ボイラー室で震えながら、どのくらい時間がたっただろうか?
ほんの10分ほどかもしれないし、1時間かもしれない。
とにかく、沼井をこのままにしてはおけなかった。
それに、転校生がいつまでも一箇所に留まっているとは思えなかった。
なぜなら、先ほどの桐山への宣戦布告で、転校生は最後に、こう付け加えたのだ。
『文化会館に、オレの居場所を指すものを置いておく』と。
つまり、転校生は、居場所を他に移すということだ。
正直言って、すぐにでも逃げたかったが、少なくても沼井の生死を確認するまでは逃げることに戸惑いを感じた。
転校生が、もう、この場所にはいないという確率に賭けたのだ。
そして沼井を、いや沼井の遺体を見つけた。
「沼井くん!!」
駆け寄り何度も呼んだ。泉は衝撃のあまり自分の口元を押さえこんだ。
首は鋭利な物で切られている。おまけに心臓にはナイフが深々と刺さっていた。
そう、沼井は完全に死んでいるのだ。
泉は胸の奥から湧き上がってくる嗚咽を止める事が出来なかった。
その死臭に、流血に、嘔吐感さえ覚えた。
どのくらい時間がたっただろうか?
泉は、ぼんやりとだが、自我を取り戻した。
とにかく、これからの事を考えなければいけない。
転校生は、もうここにはいない。
そして、もう一つ重要な事を思い出した。それは桐山和雄だ。
もしも、桐山が、あの放送を聞き、それに乗ったとすれば、ここにいれば桐山が来るだろう。
桐山を待つべきだろうか?
何度も考え、それが一番ベストだと考えた。
桐山は強いだけではなく、なんと言っても冷静沈着で恐ろしいほど頭が切れる男だ。
「……沼井くん」
とにかく沼井の遺体を、こんな無様にさらすのは可哀想だ。
胸に突き刺さっているナイフが特に痛々しい。
とりあえず、これだけでも抜いておこうと思い泉は勇気をだしてナイフに触れた。
「一荒れきそうにね。こんなことなら代えの服を用意しておくんだったわ」
光子は、ますます暗雲に覆われた空を見上げて溜息をついた。
朝降っていた雨は一度はやんだ。
しかし、それは嵐の前触れに過ぎなかったのかのように、今は雷まで、けたたましい声をあげている。
光子は山の中にいた。隠れるのに最適な場所を見つけたのだ。
それは高さ2メートル、奥行き5メートル程の小規模な洞窟だ。
しかし、入り口はツタでおおわれ、ちょっと見ただけでは洞窟だとはわからない天然の隠れ家。
本当なら、今すぐにでも のいるE地区に行きたかった。
光子は誰も信じていない。今まで一緒に悪事に手を染めてきた仲間の比呂乃と好美もだ。
しかし、例外が現れた。それが。
他の奴は信用できないが なら信じられる。
一緒に戦うことができる。心から、そう思っていた。
再度、天を仰ぐと黒雲に覆われている。おそらく大雨が来るだろう。
しばらく、ここに居た方がいい。それに光子は今動けない理由が他にもあった。
「もう一つ、問題が出来た事だし」
光子はチラッと洞窟の奥を見詰めつぶやいた。
2時15分。時計は、そう告げていた。
文化会館地下駐車場。念の為、監視カメラの死角だけを通り、桐山は、そこに来ていた。
もちろん注意深く、人の気配を探ってはみたが、誰もいない。
デイパッグを降ろした。仮に転校生と出くわせば、即戦闘だ。
デイパッグは邪魔になるので置いておくことにした。もっていくのはナイフだけだ。
そして、もう一本(民家で手に入れたものだ)折りたたみナイフをポケットに入れ、文化会館に入った。
「……ん」
もがきながら、 は懸命に脱出を試みていた。
この戦いが始まる前、バスで降ろされ浜辺の岩陰に隠れていた時に
は袖口に、ある加工をしていた。
『今時の不良娘は使わないけどね。こんなチャチなものでも意外と役に立つものよ。
たいていは襟や袖口に隠すの。あたしはいつもそうしているわ』
そう言って、光子がカッターナイフを隠し持っていることを教えてくれたことがあった。
あの時は特に興味も沸かず聞いていたが、今は状況が違う。
は光子に教わったとおり、カッターから刃の部分だけを取り袖口に隠しておいたのだ。
佐伯徹が戻ってくる前に、なんとかロープを切って脱出しなければならない。
早くしなければ、自分の身だけでなく桐山まで危険に巻き込むことになる。
一刻も早く脱出しなければと思っていると、突然、部屋のドアが開いた。
「
さん、ただいま」
「……!!」
「もう一人獲物がかかったんだ。そのせいで寂しい想いをさせたね」
佐伯は相変わらず口調だけは優しげに語りながら、からさるぐつわをはずした。
「……もう1人って……殺したの!?」
「ああ、あの神経質そうな委員長だよ」
「……」
もう罵ることもできなかった。この男は人殺しなんて何とも思っていない。
そんな相手にクラスメイトが殺されるたびに罵った処で、この惨劇は終わらない。
「それと食料を調達してきたんだ。政府が配給したパンはまずいだろ?
食事の間だけはロープを外してやるよ」
「……随分、余裕なのね。私が隙をみて逃げるとは思わないの?」
「勿論、思ってるよ。そしてオレは、さらに、こう思ってる。
君の力量ではオレから逃げるなんて無理だね」
悔しいが、そのとおりだ。
(……仕方ないわ。今は言うとおりにして、この男が再度狩りに出かけた時に……)
「ああ、それと、もう一つ言っておくけど」
テーブルに、クロワッサンと果物を並べながら、の希望を打ち砕くかのように佐伯が言った。
「袖口に隠したカッターで逃げようなんて考えない方がいいよ」
「!!」
「悪いけど、君が寝ている間に身体検査しておいたんだ。
あんな危ないもの取り外させてもらった。あきらめるんだね」
桐山は廊下を壁つたいに歩いていた。人の気配はゼロだ。
転校生は、もう、この場所にはいないのだろう。
桐山は探した。転校生が言っていた、居場所を指し示すものを。
そして廊下を曲がった――。
(あれは充と、もう1人は誰だ?)
それはゲーム開始以来、桐山が初めて目にした人間だった。
(……金井か?)
沼井の、すぐ前方に仰向けに倒れている。顔は見えない。
セーラー服、女生徒だ。その小柄な体型と髪型から金井泉を連想した。
普通の人間なら、恐怖でパニックになるだろう。
さもなくば二人に駆け寄って、その生死を確認するだろうが桐山は違った。
遠目からも二人は微動だにしない。おそらく、死んでいると判断したのだ。
そして桐山には最優先すべきことがある。それは転校生だ。
あたりに神経を集中させた。しかし、相変わらず物音一つしない。
桐山は周囲に注意を配りながら二人に近づいた。
女生徒は、やはり金井泉だった。背中にナイフが一突きだ。
首筋に、そっと触れてみた。死後硬直が始まったばかりだ。
死んで、そう時間はたっていない。 今度は沼井に目をやった。
こっちは顔色も、かなり変色している、金井よりも、ずっと前に殺されたのだろう。
この場所に転校生は、すでにいない。そして、二人の死亡時間のズレから、桐山は、こう考えた。
金井泉は直接殺されたのではない。おそらくトラップだと。
実際に、桐山の推理は当たっていた。
金井の背後、5メートル程の位置、観葉植物の植込みの中に簡単なトラップが隠しこんであった。
トラップには釣糸が張ってあり、その糸は天井つたいに伸びている。
その先端は沼井の胸に刺さったナイフだ。
そう、ナイフを抜こうと泉が手を触れたとたん、背後からナイフが矢のように飛んできたというわけだ。
そして、暇つぶし程度に、こんなトラップを仕掛けておいたことから一つの推理が成り立った。
転校生は、この場所から遠く離れているとみていいだろう。
転校生がいない以上この場所には用は無い。
桐山は泉の傍に転がっている拳銃と、ディパッグの中の弾を手にすると沼井の遺体に近づいた。
そして手を伸ばした。正確には沼井ではなく、沼井の胸ポケットにだ。
あのトラップの標的は金井泉ではない。転校生が挨拶代わりに桐山に残したものだ。
その転校生の本当の意図を桐山は理解していたのだ。
胸ポケットの中に一枚の紙切れが無造作に入れてあった。
案の定、それは転校生の居場所を指し示すもの。 いわば挑戦状だった。
「……西の山か」
桐山は再び歩き始めた。用は済んだ。
もう、この場所に留まる理由はない。しかし――。
なぜか桐山は数歩歩いて、後ろを振り向いた。
そして金井泉を見た。桐山にとっては、何の価値もない女。
いや桐山にとって、価値のある人間など存在しない。
そう、存在しなかった。今までは――。
『
が、どうなったか知りたくないか?
』
金井泉に
の姿が重なった。もしも、あれがだったら?――
………!
――手にしていた転校生からのメモを握りつぶしていた
【B組:残り25人】
【敵:残り5人】
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