「こいつがターゲットだ」
「ふーん、優男だな」
「とにかく容赦なくやれ」
「……いいんだな?もし、死んだら」
「事故死なんて、よくあることだ」




キツネ狩り―20―




佐伯徹が出て行って、どのくらい時間がたっただろうか?

「……んっ……んんっ!」
さるぐつわのせいで助けも呼べない。
しかも、暴れれば暴れるほど、ロープは食い込んでくる。
しかし、だからと言って、このまま大人しく囚われの身でいるつもりはない。

(……早く脱出しなければ!!)


美恵 はクラスメイトたちのことを考えた。
他の皆は無事だろうか?
そして、こうも考えた。
なぜ佐伯は面倒な事までして、自分を生かしておくのか?
ふと脳裏に桐山のことが浮かんだ。
桐山が教室を出る時に転校生の一人(名前は確か菊地直人)が言った一言


『おまえを殺れば、1000ポイントだ』


桐山くん……桐山くんをおびき寄せる為に私を?


天瀬は帰れるのか?オレは残る、プログラムに参加する 』  


自惚れているつもりはないが、桐山が自分を特別に思っていることくらい理解できる。

(そう言えば、あの時も……)


それは、ほんの二週間前の出来事だった。















「桐山くん、まだ、学校にいたの?」
類まれな才能を多分に持っているにもかかわらず、桐山はどこの部にも所属していなかった。
いわば帰宅部だ。当然、とっくに帰っている時間なのに教室にいた。
天瀬は、何故こんな時間に教室にいるんだ?」
「私、日直だから」
しかも、相方の生徒が病欠の為、二人分の仕事をこなすはめになっていたのだ。
すでに外は暗くなっており、ほとんどの生徒も帰っていた。
「まだ終らないのか?」
「ううん、これで終わり」
そう言って、美恵が立ち上がったときだった。
天瀬、家まで送るよ」
「えっ?でも、桐山くんの家、私の家と逆方向なのよ」
「かまわない。一人で帰るのは危険だ」
確かに、女一人が夜道を徘徊するのは危険だろう。
美恵は桐山の好意を素直を受けることにした。














「……でね。杉村くんは反対してたんだけど、貴子が怖い顔したとたん賛成したの。
杉村くん、貴子には弱いから。きっと2人の関係は一生変わらないわね」

桐山は黙って聞いていた。
はたから、みれば美恵が一方的に喋っているだけだが(実際そうだが)
美恵は楽しかったし、桐山も内心悪い気はしなかった。
むしろ、こうして並んで歩いているだけで、なんとなく温かい気持ちになる。
それが何なのかわからないが。
その大切な時間が不意に壊されたのは、「おい、見せ付けてんじゃねえよ!」という声だった。
前方に3人、道を塞ぐように立ちはだかっている。桐山は、すぐに美恵を自分の背後に回した。


「なんだ、おまえたちは?」
「さあ、なんでしょうね」
中央の男が、どうやらリーダーらしい。
「何のつもりだ?隠れている奴が何人もいるようだが」
「……驚いた。あんた気配が読めるのか?」
美恵は驚いて回りを見渡した。 どこに隠れていたのか、複数の男が姿を現した。
全部で4人、いや最初の三人とあわせると7人だ。


「オレに用があるのか?」
こんな状況だというのに桐山は全く動じていない。
「まあな」
「だったら、天瀬は帰してくれないか。天瀬には関係ないことだ」
「ふーん、あんた紳士だな。まあ、いい。女は帰してやるよ」
天瀬すまない。最後まで送ってやれなくなった」
「……桐山くん!そんなこと…」
そんなことどうでもいい。重要なのは桐山の身の安全だ。


「桐山くん、ケンカなんてやめて。こんな奴等相手にすることないわ」
「こんな奴とは、お言葉だな」
「……あなたたち、どうせ、桐山くんを倒して名を売るつもりなんでしょう。
だけど、こんなバカなこと許されると思ってるの?!」
「へぇ、あんた、見かけによらず気が強いんだな」
天瀬」
相手のリーダーらしき男と美恵の問答に桐山が割って入った。
「いいから帰ったほうがいい。この連中は普通じゃない」
「えっ?」
「オレがいつも相手にしている不良グループとは、まるで違う」
「どういうこと?」
美恵には理解できなかった。そして驚いているのは美恵だけではなかった。
前方、左にたっている男がリーダーらしき男に囁いていた。


「周藤さん、こいつオレたちの正体を?」
「……まさか、知っているわけがない」

いや、他の男たちも、美恵には聞き取れないくらい小声でヒソヒソと話し合っていた。




その様子を、少しはなれた木の影から見詰めている人影があった。
「……あいつら、何をぐずぐずしてるんだ?」
周藤晶だ。そして、この襲撃はもちろん彼の差し金である。
今までも三村や川田たちに街のチンピラどもをぶつけ、その戦闘能力を測っていた。
そして今回は桐山和雄というわけだが、今までと大きく異なる事がある。
それは桐山にぶつけたのは、不良などではなく、自分同様軍に籍をおく少年兵士ということだ。
そして、わざとらしく不良グループのリーダーを演じているのは、周藤輪也。
周藤晶の1つ年下の弟だった。














――三日前――


「どういうことだよ、兄貴」
プログラムの選抜隊に選ばれてからというもの、兄が裏でやっていることは輪也も知っていた。
兄のやることは理解していたし口出しもしなかった。
輪也自身、派兵先こそ違えプログラムに参加することになっている。
対象クラスのことを自分自身で調べておきたいというのは理解できる。
理解できないのは、わざわざ兵士を使おうという点だった。


「どうして、オレたちを使うんだよ?
いつものように適当なチンピラを使えば済むことだろ?」
輪也も周藤同様、軍の特殊部隊に所属しており、それなりの自信とプライドを持ち合わせている。
なぜ物差し代わりにされなければならないという気持ちがある。
「そう言うな、こいつは政府公認の要注意人物なんだ」
渡された写真に写っているのは、これ以上ないくらい整った顔立ちの男。
とても、そうは思えない。
しかしだ。なんといっても兄の命令なので、しぶしぶ承知はした。
だが、実際に桐山を目にするまでは、兄の取り越し苦労だと確信していた。














(こいつ……オレたちが普通の学生じゃないと簡単に見破った。
勘ってやつか?それとも、ハッタリか?
どっちにしても兄貴が言ったとおり、まともな奴じゃ無さそうだな……)


「どうした?オレに用があるんじゃなかったのか?」
「桐山くん!」
天瀬が気にすることはない。いつものことだ」

美恵を解放すると、桐山と、その連中は、その場をから立ち去った。
さすがに公道ではやばいので、場所を移すことにしたのだ。
しかし、美恵は家路にはつかず全速力で走っていた。
見て見ぬフリなど出来るわけがない。
とにかく警察に行って、事情を話そうと思ったのだ。
その時だった。ふいに背後に気配を感じた。
そして、振り向く間もなく首の辺りに強い衝撃を受けて意識を失った。


「バカな女だ。大人しく帰っていれば巻き込まれずにすんだのに」

「どうします?」
「輪也のところに連れて行け。いざという時、役に立つ」




辺りに民家などない空地。
月が無ければ、真直ぐ歩くことも出来ないだろう。

「さて、と。始めさせてもらうか。悪く思うなよ」

輪也の言葉が終らない内に、桐山の背後にいた男が飛び掛ってきた。
「……グッ…」
桐山は振り向きもしなかった。
ただ、その男は顔面に裏拳、続けざまに鳩尾に強烈なヒジ打ちをくらわせた。
男は反撃もできず、その場に倒れる。
多勢に無勢と完全に形勢は不利なはずなのに、桐山にはまるで恐怖はない。
それどころか、桐山は他の連中には目もくれず、中央にたっていた男(輪也)に殴りかかっていった。
輪也も瞬時に体勢を低くし、攻撃をかわす。
しかし桐山は間髪入れずに身体を反転させたかと思うと、その顔面めがけて回し蹴りを応酬した。


「……クッ…!」
背後に吹っ飛ぶところだったが堪える輪也。
だてに戦闘訓練は受けていない。

「輪也さん!!」
「おまえら、何ぼさっと見てるんだ!!さっさと片づけろ!!」




……あいつ。他の連中には目もくれず輪也だけに攻撃をしかけている。
それも、自分は攻撃をかわしながら……。
敵が多数なら、まず頭をつぶす。それが鉄則だからな。
頭を失った手下なんて、取るに足らないことを、わかっているんだ。

周藤は冷静に桐山を分析していた。


しかし、簡単に思惑通りに事をすすめられるわけにはいかないな


周藤は、懐から銃を取り出した。
実弾を使うわけにはいかないので使用するのは強化プラスチック製弾だ。
それでも当たりどころが悪ければ怪我くらいでは済まないかもしれない。




奴は大事なコマだ。殺すわけにはいかない。
……頭部に当てるのはまずいな。踵にでもあてておくか。

と、狙いを定め、銃をかまえた時だった。
桐山が振り返ったのだ。周藤は咄嗟に身を隠した。




(……まさか!気付いたのか?)




反射的に気配を消す周藤。
それは特殊部隊の任務に日常のほとんどを費やしていた彼の習性だった。




(……気配が消えた?)

しかし、それは桐山相手では逆効果だった。桐山は気付いたのだ。
故意に消えた気配。只者ではない奴がいることに。
つまり、この連中をけしかけた奴がいることに。




「どこを見ている!!」

桐山が背後に潜んでいる奴の存在に一瞬気を取られた瞬間を輪也は見逃さなかった。
強烈な右ストレートが、その整った顔、左頬にヒットする。
目の前の敵から、一瞬とは言え目を反らした代償は大きかった。
それまで、優勢を保っていた桐山の身体が後ろに飛んだ。
背後にいた連中にぶつかる。

「押さえてろ!!!」

輪也の命令に、すかさず二人が両側から腕を掴む。
同時に輪也は身体を宙に浮かせていた。
強烈な飛び蹴りをお見舞いしてやる算段。普通の奴なら、それでアウトだ。
しかし、両腕の自由を奪われたままの状態で、桐山の両脚だけがスッと宙に浮いた。
まるでジャッキー・チェンのカンフー映画のように、桐山の蹴りがテンポよく輪也の腹にヒットした。
その反動で、右腕の掴みが緩んだ。機を逃さず、右腕を振りはらう。
そして、自由になった右腕で、左腕を掴んでいた奴の鳩尾にパンチをヒット。
相手はうめき腹を抑え倒れこんだ。




「……おい、その女を使え」
「本当に女を使うんですか?」
「そうだ、必要なら傷の一つくらいつけてやれ。輪也の手に負える相手じゃ無さそうだ」
周藤は非情な命令をだした。それから、少し考えて一言追加した。
「ただし、5分後にだ」
「5分後?」
「……ああ、もう一度だけ確かめてやりたい」
周藤は部下に指示を出すと、反対側に回り込んだ。


(さっきは銃を使おうとしたから、無意識に殺気をだしてしまったのかもしれない)


右手の中に入るくらいの小石。桐山は、こちらを向いていない。
今度は悟られないように完全に気配を消していた。
その頭部に向かって、まるでプロ投手が投げた硬式球のように、一直線に猛スピードで小石が飛んだ。
普通の人間なら、そのままだ。ぶつかるまで気付かない。
ぶつかっても現状を把握できない奴もいる。
卓越した鋭いカンを持っている奴なら、瞬間的に背後に迫る『あやしい何か』の気配に気付く。
もっとも気付くだけだ。大抵は反射的に振り向くだけにすぎない。
当然、自分めがけて飛んでくる物体を避けるなんて芸当は持ち合わせていない。
しかし、優れた反射神経と、それに答えるだけの身体能力を持っている奴なら、何とかよけるはずだ。


(桐山、おまえは、どのタイプだ?)


桐山が小石の攻撃範囲に入った。周藤が目を見開いた。
気付きもしないタイプ、気付くが何もできないタイプ、なんとか避けるタイプ
それは、どれも素人の行動の範疇だ。
しかし、自分達のように超凡な人間、しかも訓練を受けた人間は、避けるといってもレベルが違う。
背後に脅威を感じた瞬間、反射的に振り向くことなく上半身をスッと下げる。
そうすれば攻撃を避けるだけではなく、敵に対し反撃をしやすい利点があるのだ。
しかし、桐山は、どのタイプにも当てはまらなかった
桐山は振り向いてなかった。そして小石は静止していた。
桐山が振り向きもせずにスッと掴んだからだ。


(………あいつ!!)


同じだ!!オレたちのように戦闘訓練を受けた人間と!!
いや、持って生まれた資質は、それ以上だ!!




「動くな!!この女がどうなってもいいのか!!」

その声に桐山も、他の連中も戦闘を一時ストップさせた。
「……き、桐山くん……」
正気を取り戻した美恵だが、まだ状況が把握できない。
わかっているのは、自分の顔にナイフが突きつけられている事だ。
「……桐山くん!私にかまわず逃げて!!」
「うるさいっ黙ってろ!!」
男が、美恵の頬にナイフをあてた。


「…………」
桐山は無言のまま、先ほどのしていた男の襟首を離した。
「……さっきは、よくもやってくれたな」
輪也が懐からナイフをだした。
「……安心しろよ。命だけは助けてやる。おまえも、あの女も命だけはな」
ペタペタとナイフを桐山の顔に当てる。完全優位の立場に輪也は油断をしていた。
突然、桐山が、ナイフを持った右手を掴んだと思うとグイッと引き寄せた。
一瞬、虚をつかれた輪也はバランスを崩す。
桐山は、輪也の右肩を抑えたかと思うと、そのまま一気に地面に押し付けた。
輪也は地面に顔を擦り付けられ、肩を抑えられ起き上がることが出来ない。


「輪也さん!!」
慌てたのは、周りの連中だ。
「おまえ、この女が、どうなってもいいのか!!」
桐山は輪也の髪の毛を掴み、顔だけ持ちあげると奪ったナイフを喉元に突きつけた。


天瀬を離せ」


桐山は恐ろしいくらい冷静だった。
「おまえ、自分の立場がわかっているのか!?」
人数の上でも、人質に取られているのが、無力な女だということを考えても、桐山の方が立場は弱い。
それなのに桐山は一歩も怯まない。
「さあ、離せ。でないと、まず、この女の綺麗な顔に傷がつくぞ」
ナイフの冷たく硬い感触が美恵の頬に感じる。


「……天瀬に傷を付けたら、この男を殺す」


桐山は淡々と続けた。

「脅しじゃない。オレは本気だ」


輪也たちは美恵を殺すつもりはなかった。
ただ、適当に痛めつければいい、そう思っていた。
だが、桐山は違う。




(……あいつ、本気だ!たかが民間人の中坊のくせに、あの女が傷つけられたら、あの女も――。
いや、自分の命さえも危険にさらすこともかまわずに輪也を殺る気だ!!)


あいつには『殺る』と言ったら『殺る』……凄みがある!!
これ以上やったら、本当に輪也を殺されかねない。


――ここまでだな。




周藤は、その場を離れると、空に向かって一発の銃声を轟かせた。
それを聞いた連中は美恵を離す。桐山は、すぐに美恵の元に駆け寄った。
連中は、蜘蛛の子を散らすように、去っていった。


「桐山くん、あの音?」
「……気にするな」




美恵は考えた。思えば、あの時、桐山は何か気付いていたようだった。
あの銃声、あの時は何の音かわからなかったが、今はわかる。
思えば、あの銃声は、この恐ろしいゲームの幕開けを告げる合図だったのかもしれない。














周藤晶は、A地区を睨んでいた。先ほどの菊地の放送は彼の耳にも聞こえていたのだ。




……直人、せいぜい、気をつけるんだな
あいつを、他の奴等と同等に考えたら、死ぬのは、おまえのほうだぞ


オレ達と、民間の中学生の違いは、殺るか殺られるかだ
オレ達は、このゲームに放り込まれた温室育ちどもと違って、戦うということを知り尽くしている
生への執着や、死への恐怖に、正気を失った奴など怖るに足らない


怖いのは……覚悟がある奴だ


オレ達のように、他人を殺すなら、反対に自分が殺されるという覚悟を持った奴
殺されることを承知で、それでも向かってくる奴
そういう奴がは一番やっかいなんだ

奴はオレ達同様、殺しに一切の躊躇も容赦もない




奴は、桐山和雄は、オレ達と同じなんだ




【B組:残り26人】
【敵:残り5人】




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