高尾の肉体が空中で不自然な形でひねりながら飛んでいた。
!」
がはなったリボルバーの44マグナムが桐山を救った。
川田の警告通り、両手と両腕に渾身の力を込めて放った一発。
なんとか撃ったものの女子中学生に44マグナムはあまりにも反動が凄すぎた。
は大きくバランスを崩し、その場に倒れこんだ。それでもは上半身を起し、視線を高尾に向けた。


(敵は?弾は急所に当たったの?)


高尾が宙を舞っていた。致命傷になったのだろうか?
高尾の視線がチラッとこちらに向けられた。その冷たい眼差しに、は心底ゾッとした。
高尾はクルリと回転、何事もなかったように飛んでいた。


「そんな……どうして!?」


確かに被弾したはずなのに!疑問だけがの頭の中で反復した。
(44マグナムか、女の細腕で扱える銃じゃない。
だがまぐれで当たるパターンも想定して、先に止めを刺しておくか)
高尾がに向かって飛んだ。亀裂が入り崩壊中の地面を蹴って。
地面が完全に崩れる前に、高尾は僅かに残った足場を駆け抜けた。


、逃げろ!!」




キツネ狩り―198―




、逃げろ!!」
桐山の声には素早く反応した。
「桐山くん!」
「早く、逃げるんだ!」
「そんなことできないわ!」
は再び銃を構えた。まだ痺れがとれてない、その手で。
狙いをしっかり定めろといった川田の言葉の重みを胸に刻みながら。


(さっきの弾は外れたのね。今度こそ、当ててやる)

高尾が猛スピードで向かってくる。問題は狙う部位だ。先ほどは心臓を狙って外した。


ならば、今度は心臓より的が大きい頭部を!


は引き金を引いた。銃声が空を切り裂く。
高尾が自分の顔面の前に、右手をスッと上げた。


(掌なんかで防ぐつもり?44マグナムなのよ、手ごと頭がふっ飛ぶはずよ!)


パーンと、鈍い音、被弾した音だ。
高尾の体勢が大きく傾いた。当たった、当たったのだ。
この距離で44マグナムをまともにくらった以上、高尾は即死――のはず。


逃げろ!やつは生きている!!」
「――え?」




そんな、だって44マグナムなのよ。普通の弾丸とは違う。
川田くんだって当たりさえすれば、確実にしとめられると保証した!


こんな化け物弾を頭に受けて生きていられるはずが無い。
どんな身体能力を誇ろうと、高尾晃司だって生身の人間に違いは無い。
サイボーグでも、キマイラでもない、被弾すれば怪我もするし死ぬ人間なのだ。
だから生きているはずがない。生きているはずが――。

宙に舞っていた高尾の体が、突然クルリと回転した。


「……そんな」

頭部も右手も無事。それどころか、全くダメージを受けてない。


「そんなバカな!どうして……!」


それはの心からの悲鳴だった。どうして、どうして?
高尾は崩れかけた岩を踏み台にして、一気に5メートルほどの距離を飛んだ。
「……あ」
恐怖の戦慄がの体を駆け抜ける。手から銃が落ちかけた。


(いけない!反撃される前に……撃たないと!)


は銃を三度構えた。この距離なら、多少弾道がずれても外れることは無い。
ところが、が銃を構えた瞬間、高尾の手元から何かが飛んで来た。
それが銃を当たった。激しい震動が銃から手に伝わる。
気がついた時には、銃はの手からはね飛ばされていた。
直後、高尾が髪を棚引かせながら、の前に華麗に着地していた。




銃を弾き飛ばしたのは銃弾だった。コロコロと地面を数センチ転がっている。

「どうして、銃なんて持ってないのに!」

の疑問に答えるかのように、高尾が右腕をスッと突き出すように上げた。拳は握られている。
それを高尾は開いた。すると掌から弾丸が一発落ちた。


「おまえが放った弾だ」
「……まさか、そんな」
「特殊金属製のメリケンサックをつけてなければ、この手は吹き飛んでいたがな」
「そんな……!」


が高尾の心臓に放った弾は外れてなかった。
高尾の人間離れした動体視力が弾の動きを見極め受け止めていたのだ。
二発目も同じだ。
タネ明かしをされてもは納得できなかった。

そうだろう?いくらなんでも弾丸を受け止めるなんて人間業じゃない。
仮にできたとしても、44マグナムの威力で無傷なんて!


撃った本人ですら反動で手が痺れている状態なのだ。
特殊メリケンサックがあったとはいえ、あれを完封してしまうとは。
は銃に手を伸ばした。途端に高尾が銃を蹴り上げる。
しまった!そんな思いが絶望となってを暗闇の渦に呑み込んだ。




、木の幹に隠れろ!!」

桐山の声が聞えなかったら、そのまま茫然自失の状態で動くことすらできなかっただろう。
突然スイッチが入った機械のように、は咄嗟に木の幹に隠れた。
高尾の背後にカッと閃光が走った。そして爆風が一気に迫ってきた。
「……っ!」
桐山の警告通り木の幹の裏に回っていたは、その直撃を避けられた。
木が守ってくれる。それでも全く衝撃を感じないわけではない。
は必死になって木にしがみついていた。爆風の直撃を受け、木は激しく揺れている。
しがみつくのも至難の業だ。しかし離したら最後、吹き飛ばされるかも。
ようやく爆風が収まった。しかし、ゆっくり安堵している暇などない。


「あいつは……?」
いない。爆風に吹き飛ばされたのか?
きょろきょろと激しく弾を動かし、辺りを見渡したが高尾の姿は無い。
「……あ!」
銃が数メートル先に落ちている。はすぐに立ち上がると銃に駆け寄った。
その時、バサッと上空から音が聞え、吸い込まれるように視線を上に向けた。
そして凍りついた。高尾が降って来たからだ。
高尾は何事もなかったかのように、の前に降り立った。


その美貌と、全く姿勢を崩さない優雅さ。
すでに見慣れた高尾の長髪が棚引いている様も加わり、一枚の絵のような崇高さすら感じた。
こんな時でなければ、天から舞い降りた天使に見えたかもしれない。
しかし、もちろん高尾は天使などではない。
悪魔、いや死神なのだ。そして、は死神に『死』を宣告された無力な人間。
逃れられない運命を突きつけられ、もはやもがく事すらできない。


(……銃、そうよ銃よ……銃さえ!)


そんな状態の中、かろうじてとはいえ戦意が残っていたのは驚きだった。
無力な女子中学生が死神にまだ闘いを挑もうというのだ。
これは無謀などというレベルではない、もはや神への冒涜だ。

「無駄だ」

高尾がスッと左手を上げた。
そして、の左の胸――心臓の真上――目掛けて拳を放った。
メリケンサックをつけてない生身の拳とはいえ、まともに受けたらただでは済まない。




は貴子ほど目立つ運動神経の持ち主ではなかった。
しかし、クラスの女生徒の中ではかなりいいほうだった。
恐怖で凍りつき、足元はふらつくが必死に避けようと後退した。
もちろん、そんなことで高尾の攻撃を避けられるはずがない。
高尾の拳の動きのほうがはるかに速かった。
は思わず、ギュッと目を瞑った。ドン、と鈍い音がしたが痛みが無い。
ハッと目を見開くと、桐山が自分を抱きしめて飛んでいた。


「大丈夫か?」
「私は大丈夫……桐山くん!?」

わき腹を押さえながら、桐山がガクッと倒れかけた。」


「桐山くん、しっかりして!」


をかばって、高尾の拳をまともに受けたのだ。
肋骨を数本折ったのだろう。とても苦しそうだ。


「……逃げろ」

桐山はを立たせ、自分は踵を翻し高尾を睨みつけた。

「……逃げろ
「……嫌よ」


「逃げろ!!」


桐山はを突き飛ばし、高尾に向かっていった。














「晃司のモニターの出力を最大にしろ。どんな些細なものも詳細かつ完全に感知するように」
「は、はい」
「他の4人のモニターはもう必要ないから切れ」
「おい秀明!」
瀬名が批判がましい声を上げた。
「もう必要ない。晃司の状態がわかればいい」
堀川はジッとモニターを見詰めた。
「気になるのか?特別な変化はないようだが」
氷室が見ても、モニターを走る曲線は落ち着いたものだった。


「……1、2、3」
堀川はゆっくりと立ち上がった。
「秀明、どこに行く?」
「本部長にかけあってオレの出動の許可を出させる」
「どういうことだ?」
「晃司の心拍数が微妙に狂ってきている」














「嫌よ!」

は銃に飛びつき、素早く銃口を高尾に向けた。
向かってきた桐山を迎撃するつもりだった高尾だがの行為に反応した。
一気に桐山を飛び越えに向かってゆく。


!!」


桐山は必死になって高尾からを守るべく自らも飛び、高尾のボディに蹴りを入れようとした。
だが、高尾は回転して桐山の蹴りを簡単によけた。


「桐山くん!」


は銃口を上げると発砲した。
「きゃぁ!」
発砲と入れ替わるように、ナイフが飛んで来ての左手を傷つけた。
銃弾は、こんな距離にもかかわらず高尾の顔を微かにかすっただけ。
銃がの手から落ちそうなり、は右手に力を込め何とか堪えた。


(おかしい)

高尾は着地した。疑問が生まれていた。

(オレは、あの女の心臓を狙ったはずだ)

桐山の攻撃の切れがよくて、手元が狂ったのか?


自問自答する前に、背後から桐山の殺気を感じた。
高尾は振り向かず裏拳を放っていた。桐山は、咄嗟に体勢を傾け避けた。




(――避けた?)

それは高尾にとって驚きだったようだ。
そして桐山は高尾に羽交い絞めをかけた。


、撃て」
「――え?」


「今だ、撃て!」


そんなこと出来るわけ無い。撃てばどうなるか素人のでも結果はわかっている。
この距離で44マグナムを撃てば、風穴が空くのは高尾のボディだけではない。
高尾に密着している桐山も同様に悲惨な死体になるだけだ。
が桐山の命令を拒否する前に高尾が行動を起していた。
桐山に羽交い絞めされたままの状態で飛んだのだ。
そして桐山ごと落下。桐山を地面に叩きつけた。
その衝撃で、桐山は高尾から手を離すだろうと睨んだのだ。


ところが、桐山は離さない。
高尾は再び飛んだ。再度、桐山の全身に激痛が走る。
桐山の手の力が僅かに緩んだ。高尾は素早く桐山から離れる。
その瞬間を狙っていたかのように銃声が轟いた。
高尾の動体視力は、自分の頭部目掛けて飛んでくる銃弾を捕捉していた。
高尾は、スッと右手を上げた。カンっ!と激しい金属音が発生した。
高尾の体が大きく傾いた。




(何だ?)

高尾は咄嗟に回転して体勢を立て直した。

(銃弾の威力にオレが押された?)

高尾は右手を見た。手首が不自然な形で関節とは逆の方向に向いていた。
それを確認した数秒後に、ズキズキと激痛を感じ出した。
もっとも、その程度の痛み、高尾にとってはノープロブレムだったが。
問題なのは、明らかに自分が押されだしたという事実だけだ。
発砲したは、銃の反動に耐え切れず背後にふっ飛ばされていた。


!」
桐山が駆け寄ってくる。
「桐山くん、銃……銃を!」
は自分の身より銃を優先させた。銃、あれがなければ!
の危惧は銃が高尾の手に渡る事だった。
その危惧は現実になろうとしていた。高尾が銃に向かって走ったからだ。
「桐山くん、銃が!」
「つかまってろ」
桐山は、爆破装置のスイッチを押した。
一気に、三人が立っていた地面に亀裂が入った。
桐山はを抱えて飛んだ。一方、高尾も飛んでいた。




桐山は、を抱えたまま、まだ地面が崩れてない地点に飛び込んだ。
「ここにいろ」
高尾を倒す最後の地だ。ここで必ず仕留めてやる。
桐山は強い決意をもって、自ら崩れかけた地面に飛び込んだ。
高尾は飛びながら横目で銃を追っていた。

(――そろそろ終わりにするか)

小さな岩にトンと片足を着くと、それを蹴って銃を飲み込もうとしている地点に飛んだ。
カっ……規模は小さいが閃光が見えた。

(二時の方向に爆弾)

高尾は空中で体勢を変えた。爆風が、その真下を通過する。
銃が地面に飲み込まれ――るのを高尾は許さなかった。
高尾は小石を投げた。銃に当たり、銃がはじき飛んだ。
次は自分の番だ。高尾は地面に飲み込まれかけた木の枝に着地。
共に沈む前に枝を踏み台にして飛んでいた。桐山はすかさず爆破装置のスイッチを押した。
爆薬が尽きるのが先か、高尾が逃げ切るのが先か。
横一直線に火柱が上がった。高尾は崩れる地面を駆け抜ける。
そして高く飛んだが炎のほうが早い、高尾の全身に炎が飛び移った。
高尾は全く表情を変えず、空中で回転しながら上着だけをバサッと素早く脱いだ。

(川田が仕掛けた爆薬が――尽きる)

後、二発しかない。最大級の爆弾がもう一発あるとはいえ、このままでは全てが終わる。




「――川田」
それだけ呟くと桐山は走った。
「桐山くん!!」
の声すら届かない爆音の中に。
桐山の渾身のタックル。空中で桐山と桐山の体が激しく衝突した。
その最中、桐山は爆破装置のスイッチを押した。
崖の真下から爆風が襲いかかってきた。
その熱を帯びた風圧に、二人の身体は大きく持ち上げられた。


「――オレにここまで食いついてきたのはおまえがはじめてだ」


高尾が呟くように言った。

「だが、それも――これで終わりだ」


高尾が左手で小石を投げながら、桐山を蹴りはなした。
桐山は十メートルほど飛ばされ、木の幹に激突して止まった。


(爆破装置、爆破装置はどこだ!?)

握っていたはずの爆破装置がない!


桐山は直感で背後に目をやると、そこにあった。
桐山は走った。あれを失えば、全てが終わる。
高尾が立っているのは、川田の最大の花火が仕掛けられている岩場の真正面。

今なら、今、爆破すれば、高尾は死ぬ!!

桐山は地面を滑走しながら手を伸ばした。
ガン……っ、そんな嫌な音がして爆破装置が桐山から遠ざかった。




まるでスローモーションのようにゆっくりと爆破装置が飛ばされていた。
高尾が投げつけた小石が爆破装置を弾き飛ばしたのだ。
その非情な仕打ちは伏線に過ぎなかった。
高尾が小石を投げて弾き飛ばしていたのは爆破装置だけではない。
そう、先ほど銃に小石を投げ、同じように弾き飛ばしていた。
銃は、空中に舞い上がり、二回、三回とクルクルと回っていた。
鈍い光を放ちながら、まるで吸い込まれるように高尾の元に降りてゆく。


「……嫌」

その最悪の光景はにもはっきり見えた。




「いやぁー!!逃げて桐山くんっ!!」




銃が――高尾の左手に納まった。
そして、高尾をその銃口をスッと桐山に向けた。




「ゲームオーバーだ」




高尾が引き金を引いた――。

ドクン……っ。

誰かの体内で心臓が大きく破滅へのロンドを奏でた。

鮮血が――噴出していた。














「……桐山?」

車を猛スピードで走らせていた川田は胸騒ぎを覚えた。
何かが終わった。そんな予感が全身を貫いていた。
何があったのかなんてわからない。
それでも理屈ではなく直感で何かあったとはっきりわかった。














「――どうして?」

は自分の目が信じれなかった。
血が、鮮血が飛び散っていた。
自分の目が信じられなかったのはだけではない。桐山もだ。
鮮血は――桐山のものではない。
桐山ではない。まだ高尾は発砲していなかった。
二人の目の前で、高尾の体が崩れかけた。














ビィービィー!!

「な、何だ!?」

高尾の肉体の様子を伝えるモニターが異常音を連発。
心電図の曲線が大きく上下して今までに無い動きを展開していた。
科学省から派遣されていた医学博士が動揺して後ずさりした。

「……あ、あれが……高尾晃司の体内に潜伏していたアレが……!」

高尾晃司の体内に潜んでいた悪魔が暴走した瞬間だった――。














血を吐き、大きく体勢を崩した高尾。

『任務は絶対だ。どんなことがあっても必ず遂行しろ』

まるでコンピュータにインプットされたキーワードのように、その言葉が鮮やかに高尾の脳裏を駆け巡った。


「……任務……遂行……」


高尾は両脚に力をいれ、それ以上バランスが崩れるのを押さえた。
そして渾身の力を込め、再び銃口を桐山に向けた。
桐山は飛んでいた。爆破装置に手を伸ばした。
高尾は引き金にかけている指に力をこめた。
桐山和雄、高尾晃司、その両者の動きはほんのコンマ一秒の違いもなかった。
そして、ほんの僅か早かったのは――。




「川田――勝ったぞ」




高尾の背後からこれまでにない大きな爆発が発生し全てを呑み込んだ――。













凄まじい爆音が砂埃をあげながら迫ってくる。


「あ、あれは……!!」


川田が立っている地点にまで震動が伝わった。まるで地震のように。
とんでもない爆発があった。それを知ったのは川田だけではない。




「秀明、あれは!」
「…………」

堀川は無表情のまま島を見詰めていた。
島の山裾で大規模な爆発。今までとは桁が違う。


「……晃司」


「秀明?」
「出動だ。第二のシナリオ発動だぞ」
「おい、嘘だろ?」

「オレにはわかる。晃司の最初で最後の敗北だ」














「……ぅ」
まだパラパラと小石がふってくる。
はゆっくりと立ち上がった。全身、土まみれだった。


「……きり……や、ま……くん」


辺り一面、砂埃が納まってない。桐山の安否すらわからない。
は片足を引き釣りながら歩き出した。


「どこ?……桐山くん、どこにいるの?」


うずくまっている人影が見えた。は走った。




「桐山くん……!」
地面にうずくまっている桐山。ピクリとも動かなかった。
「……そんな」
は桐山に飛びついた。


「桐山くん、しっかりして桐山くん!!」


名を呼び、体を揺さぶった。桐山は全く動かない。
体を起し仰向けの体勢にした。相変わらずの状態だ。


「……死なないで……お願い……」

涙が溢れだし、桐山の頬に落ちた。

「……嫌……嫌よ……」

は桐山にすがり付いて嗚咽した。


「……泣くな」


はハッとして顔を上げた。

「おまえが泣いたらオレはどうしていいかわからない」
「桐山くん」


先ほどと違う涙が溢れていた。は桐山を抱きしめた。




「……行こう。川田が待っている」
「うん」
「まだ全てが終わったわけじゃないからな」
「そうね」

は桐山に肩を貸した。二人はゆっくりと動き出した。
その時、背後から物音がした。
二人は同時に最悪の事態を予測して振り返った。
砂埃で何も見えない。見えないが確かに音がした。


「……、ここで待ってろ」


桐山はそばに落ちていた先端が鋭利な枝を拾い上げると、その音の方向に歩き出した。
ボーリングほどの大きさの石が積みあがっている。爆発によってできたものだろう。


(……この下から聞える。奴なのか?)


その予想を裏付けるように、石の下から長髪が見えた。
桐山は石を両手で持ち上げ、その積み上げられた石の集合体の背後に回った。
そして石を大きく上げた。高尾の頭部に一撃を加えてやるつもりで。
だが、その必要もなかった。
高尾は、もはや自力で石の下から這い出してくることもできなかった。
爆発以前に、高尾の肉体は限界を超えていたのだ。


高尾は血を吐いてた。
だが、すぐそばに桐山が立っていることに気づき見上げた目にはまだ戦意がはっきりあった。
敵が目の前にいる。自分の目の前で生きている。
その事実が高尾の最後の気力に火をつけた。




『必ず敵を殲滅しろ。もし、敵を前にして死ぬようなことがあれば――』




「……わかっている」

高尾が独り言のように呟いた。高尾は左手につけている時計に手を伸ばした。
不可解な行動に桐山は眉をひそめた。


「……どんな手段をもってしても敵を倒す」

高尾は時計についているボタンを何度も押した。

「……最悪の場合、自らと引換えにしてでも倒す」

時計の表示版に、パッと『30』という数字が現れた。




「……それが……オレの任務……オレの存在理由」




時計に表示された数字が30から29、そして28とどんどん減少してゆく。
桐山は高尾がしようとしていることを察した。
そして高尾にクルリと背を向けると全速力で走り出した。




「桐山くん、どうしたの?」
桐山の只ならぬ様子には質問した。だが、その質問に答えている暇なんて無い。
桐山は、の手をとりスピードをアップした。




「――任務了解」




随分、距離を取ったはずなのに、高尾の声が聞えたような気がする。

(ダメだ、間に合わない!)

その時、前方の茂みを突き破って車が現れた。

「二人とも早く乗れ!!」

川田だった。二人は急いで乗車、そのまま車は最高速度で駆け抜けた。




「任務了解――自爆する」




閃光が高尾を、周囲全てのものを包み込んだ。
直後――それは起きた。
爆風が、爆炎が、円状に広がった――。




――『任務完了』――




【B組:残り3人】
【敵:残り0人】




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