川田は爆破をストップさせた。
「……これ以上やったら、こっちのほうもやばくなるからな」
爆弾を仕掛けた場所は地盤がゆるかった。
しかも、ここ数日の土砂降りのせいか、さらに脆くなっている。
そこに、政府仕様の上等な爆弾を爆破しまくったのだ。
(下手したら土砂崩れ……いや崖に特に強力な爆弾を仕掛けたんだ。
最悪な場合土石流が起きる。雨で濡れているから山火事は起きないだろう。
それが不幸中の幸いだ。大規模な火事が起きたら大変なことになる。
島中に仕掛けた爆弾に引火したら作戦がパアになる)
川田は美恵の腕を掴むと走り出した。
「行くぞ!ひとまずここを離れる!」
キツネ狩り―191―
「……お、おい」
「なんでしょうか、本部長?」
「……島で直接任務にあたっている軍隊に持参させた爆弾はどのくらいの量だ?」
「さ、さあ……大した量では無いと思いますよ。実戦でも演習でもないのですから」
「そ、そうだな……私の心配のしすぎか」
本部長はホッとした。反面、心配が完全に拭いきられたわけではない。
(頼むぞ高尾……おまえに私の首がかかってるんだ。
頼むから残りの生徒どもを、さっさと皆殺しに……)
切なる願いを拒否するかのように再び爆発が起きた。
そして、またしても破片が飛んできた。
「……ひ!」
「……美恵っ!」
木が投げ飛ばされた方向に向かって桐山は走ろうとした。
「逃がすつもりは無い」
が、高尾が前に出た。
「どけ!」
桐山の蹴りが空を切り裂いた。
「遅い」
「!」
しかし無情にも蹴りは高尾に届いてない。紙一重で完全に避けられた。
桐山は今度は銃を取り出した。が、同時に高尾が飛んでいた。
桐山は背後に振り向かず腕を真後ろに伸ばした。
高尾は後ろだ。それも自分の急所に手が届く位置。
後は発砲のみ。発砲はタイミングの勝負だ。
カツンっ……そんな金属音がした。
(しまった)
ナイフだ。銃口にナイフを突き刺された!
発砲したら、銃が爆発する。
そんなことをしたら、ダメージを負うのはこちらのほうだ。
桐山の切り換えは早かった。銃がダメなら生身の体で攻撃するだけ。
桐山は高尾の姿を確認する前に、回り蹴りの体勢に入った。
体を反転させた瞬間、高尾が蹴りを入れられ体勢を崩すのが見えるはず。
ところが、そこに高尾はいなかった。
「どこにいった?」
「後ろだ」
「……!」
こんな至近距離で気配はおろか物音を発しないとは。
桐山は反射的に裏拳を放った。
ガシッと拳を掴まれた感触。しかも凄いパワー。
馬鹿力なんてものじゃない。拳の骨が粉々に砕けそうだ。
「……くっ」
桐山自身、その中背からは想像もつかないほどの腕力の持ち主だ。
体型的には桐山と高尾はそう変わらない。
それどころか、身長といい体重といい筋肉のつき方といい、ほぼ同じ。
それなのに、このパワーは?体格から想像したものよりはるかに上。
高尾が桐山の拳をつかんでいてる手をひねった。
途端に桐山の体がバランスを崩し反転する。
(手首の骨を折るつもりか)
桐山は地を蹴ると空中で反転した。回転を加えたため高尾から手が離れた。
このチャンスを桐山は逃さない。高尾の腹目掛けて強烈な蹴りを入れる。
桐山は腹部を抱えてふっとぶ高尾を連想した。
しかし結果は違う。高尾はふっ飛んでなどなかった。
桐山が蹴りを繰り出した瞬間、高尾はキッチリと両手を出して蹴りを止めた。
止めただけではない。そのまま、高尾は桐山の足首を軸に空中倒立したのだ。
桐山の足首をしっかり掴んだまま、その無理な体勢を押し通した。
しかも空中倒立から連続して、そのまま桐山の頭上を回転しながら飛び越えた。
桐山の足首を掴んでいる。つまり桐山は大きくバランスを崩される。
桐山がバランスを崩すと同時に高尾は桐山の背後に着地した。
桐山とは背中合わせになるような形で。
そのまま連続して高尾は後ろ蹴りをくらわしてくれた。
その蹴りは桐山の背後にヒット。桐山はふっ飛んでいた。
木の幹に派手に衝突。が、勢いはとまらない。
バキバキと、木が倒れ、さらに桐山の身体は数メートル飛んだ。
そして、大木に背中から激突してやっと止まった。
「……く」
全身に痛みが走る。しかし、このまま倒れているわけにはいかない。
どんな化け物にも隙はあるはず、そこをつけば必ず勝機はある。
(……こいつの隙は)
桐山はゆっくりと立ち上がりながら、じっと観察するかのように高尾を見つめた。
だが、高尾はその観察すら許してくれない。
桐山が立ち上がる暇を与えず、飛んで来たのだ。
桐山のボディに膝を食い込ませるつもりだ!
桐山はすぐに回転して避けた。だが高尾も反応が早い。
普通の人間なら桐山の代わりに地面に膝を食い込ませるだろう。
が、高尾は左手を地面に着き、咄嗟に側転。
(反射神経が並じゃない)
桐山はさらに回転して避けた。だが高尾の反応はそれよりも早かった。
「……ぐっ」
桐山は苦しそうに表情を歪ませた。
そのうえ桐山は高尾の攻撃により、再びふっ飛んだのだ。
高尾は間髪入れない男。桐山をふっ飛ばしたと同時に自らも飛んだ。
空中でさらに桐山に攻撃を加えようというのだ。
空中で体勢を変えるのは至難の業。そう桐山が凡人なら。
桐山はバランスを崩されながらも、ふっ飛ばされた瞬間に、咄嗟に枝を掴んだ。
そのまま片腕のみで大車輪。それで高尾の攻撃をかわした。
しかし、高尾も桐山の動きに素早く反応していた。
大木を蹴ると、まるでムササビのように軽やかに飛ぶ方向を変えたのだ。
そして桐山の背後に素早く移動。
後は桐山の急所、つまり首に蹴りを入れる予定だった。
が、桐山も天才。体を反転して、その蹴りをクロスした腕で受け止めていた。
そして、そのまま押し返した。
高尾もさらに押し返そうとする。だが今度は桐山のパワーのほうが勝った。
飛ばされたのは高尾のほうだった。
もっとも、綺麗に着地してノーダメージだったが。
(おかしい)
だが、桐山は何か違和感を感じた。
(パワーが先程より落ちていた。いや、パワーだけじゃない)
桐山は先ほどの高尾の動きを回想した。
(スピードも落ちていた。だからオレの方が動きで勝ることが出来たんだ)
桐山はジッと高尾を見た。頭から足の先まで。
(一体どうしたんだ?)
桐山は驚くものをみた。高尾の額が光っていたのだ。
(汗?)
これまでの高尾を見ていて、高尾が化け物だということはわかった。
パワー、スピード、運動量、全てが並外れている。
当然、体力も普通の人間の何倍もあるはずだ。
実際に、高尾は杉村や三村相手に派手な戦闘をしてきた。
それなのに、まるで疲労の色は見せていなかった。
桐山にはその理由はわからなかったが、高尾自身はわかっていた。
(……重りが邪魔になってきたな)
今までは感じなかったが、桐山を相手にした戦闘が思ったより体力を奪っていた。
ここにきて重りが身体の重荷になってきたのだ。
(外すか?)
いや……これをつけたまま勝利するのが最も望ましい任務だ。
高尾は、重りを外すことを思い止まった。
そんなことをしなくても自分は勝てるという自信。
そして勝たなくてはいけないという任務遂行に対する悲しいまでの本能。
「勝つのはオレだ」
高尾が再び攻勢にでようとした、その時だった。
凄まじい爆音。それも至近距離での爆発だ。
「何だ?」
高尾の注意が一瞬だけ桐山からそれた。桐山をそれを見逃さない。
隙ができた。この化け物に隙が!
桐山は高尾に向かって走った。全力で。
一瞬、桐山から意識を逸らした高尾だったが、ハッとして振り向く。
だが遅い。桐山の蹴りがボディに炸裂した。
桐山は一瞬違和感を感じたが(高尾がパワーショルダーをしていたからだ)力を緩めなかった。
高尾の体が崖から落ちた。高尾だけじゃない桐山もだ。
その時、さらに爆発第二弾。その衝撃波が二人を襲った。
二人の身体は崖に投げ出される。
爆発は高尾に隙を作らせただけでは終わらなかった。
物事には二次被害というものがある。
そして今まさに、その二次被害が起きたのだ。
二人が崖に投げ出された直後、土砂が流れ出した。
土砂崩れが二人を襲ったのだ。
その時、高尾はクルッと反転した。そして桐山を蹴った。
桐山の体が土砂崩れに飲み込まれ、高尾の視界から姿を消した。
高尾は土砂に飲み込まれなかった崖から突出た岩の先端に着地。
土砂崩れが止まった。動から静、そして静止。
流れ出した土砂が完全に止まり、当たりは静寂が包んでいる。
爆発も、あれが最後だったようだ。もう爆音は鳴らない。
高尾は桐山が飲み込まれた場所をジッと見詰めた。
やがて高尾はクルリと向きを変えると、まるでカモシカのようにかろやかに崖を駆け上がって行った。
「いいか、お嬢さん。おまえさんは、ここにいろ」
美恵は黙って俯いていた。
「悪かったな。オレ自身もとんでもないことしたと思っている。
言い訳する気は無いが、あれ以外方法がなかった。
勿論、そんな言い訳で許されるとは思ってないし、罵られても仕方ないだろう」
「川田くんを罵ったりなんかしないわ、ただ……」
美恵は顔を上げた。
「……桐山くん、大丈夫よね?」
「ああ、あの若様は、爆弾ごときで死ぬたまじゃないからな」
どんな化け物でも、いきなり爆発という状況の中では敵に神経を集中させるわけにはいかなくなる。
僅かだが隙が生まれたはずだ。
桐山なら、その僅かな隙をついて逃げれるはず。
「反対側から回って様子を見てくる。上手く桐山に会えればいい。
だが桐山じゃなく、あの化け物と鉢合わせはゴメンだからな」
「川田くん、私に何かできることない?」
「お嬢さんは自分の身を守ることだけ考えといてくれ。
いいか、オレもベストは尽くすが、万が一のことは考えておいてくれ。
10分たっても戻らなかったら、オレに何かあったと考えて……」
そこまで言って川田は言葉を止めた。美恵の様子がおかしかったからだ。
顔面蒼白、おまけにガタガタと震えだしている。
「どうした、お嬢さん?」
美恵の様子に只ならぬものを感じた川田。
美恵は明らかに恐怖している。その恐怖が川田にも伝染していた。
恐怖を振り払うように川田はゆっくりと背後に振り向いた。
――そこには何もなかった――
川田は安心したのか、額の汗を腕で拭い取った。
一瞬、硬直した体が柔らかくなり、心拍数が正常に戻った。
「……何も無いじゃないか」
美恵の様子から、あの化け物が背後に立ってたりしてなどと思った川田はホッと大きく息を吐いた。
「脅かすなよ、お嬢さん。こんな時だ、冗談はやめてくれ」
川田は体の向きを元に戻そうとした。
その前に、何気なく下を見た。地面を――。
「…………まずいな」
桐山は生きていた。怪我もない。
精神も冷静そのもの。片足を投げ出した体勢で、腰をおろしている。
「非常にまずい」
ただ、夜でもないのに真っ暗闇だ。
さらに、桐山は閉鎖された空間に閉じ込められている。
「さて……どうするかな?」
土砂に飲み込まれた桐山だったが、そんな状況でも大人しく死を受け入れなかった。
咄嗟に人一人やっと入れる隙間を見つけ飛び込んだのだ。
その為、土砂に飲み込まれ窒息死することは避けられた。
だが、それは窒息死を先延ばしにしたに過ぎない。
完全に閉じ込められた状態。このままではいずれ酸欠になる。
「仕方ないな。無駄遣いはしたくなかったが」
桐山は銃弾を銃から取り出し、その銃弾から火薬を取り出した。
「これで出口を作る」
もっとも上手くやらなければ――。
「出口どころか、この空間そのものが崩れるが」
「……おい」
川田はひくっと口の端を無意識に上げていた。
こんな状況でなければ笑っているように見えたかもしれない。
しかし川田は勿論笑ってなどいない。いや、いっそ笑ってしまいたいくらいだ。
川田は震えていた。震えながら地面を見ていた。
地面には自分の影法師。そして、その影法師はもう一つ――。
「……冗談だろ?」
川田の影に半分重なるように、もう一人分の影。
「……逃げろ」
川田は汗ばむ手を銃に伸ばした。
「……逃げるんだ、天瀬」
川田は恐怖が色濃く映る目で真上を見た。
「逃げろぉぉー!!」
その影は長髪がたなびいていた――。
爆発と同時に、爆煙の中から桐山が飛び出した。
「上手くいった」
辺りを見渡したが、誰もいない。
「奴はどこだ?」
高尾晃司もいなかった。影も形も見えなかった。
「美恵……」
高尾晃司がいないということは、その理由はたった一つ。
「美恵が危ない」
他の標的を殺しに行ったのだ。
「美恵!」
桐山は全速力で走り出した。
高尾晃司が木の上、つまり二人の真上にいた。
川田は美恵の背中を押し、自分は銃を取った。
「逃げろっ、逃げるんだぁぁー!!」
高尾が飛び降りた。束ねた髪が風でたなびき、その姿は死神に見えた。
引き金を引こうとした川田の腕に激痛が走った。
川田が引き金を引くより、高尾の蹴りがはいるほうが早かったのだ。
「くそったれ!」
痛みを堪えながら、川田は即座に再び銃口を高尾に向けた。
だが、今度は手に痛みが走り、銃が宙を舞っていた。
「このクソガキ!」
高尾は蹴りを繰り出したばかり、再度攻撃にでるだろうが、その時、一瞬間があく。
その一瞬の間を川田はつこうとした。
しかし、高尾のスピードは川田の計算のはるか上だった。
「何っ!?」
高尾が背後に。一瞬で川田の背後に移動していた。
高尾はスッと左腕を上げた。
手刀で川田の首の骨をへし折るつもりだったのだろう。
カチ……そんな乾いた音が聞えなければ。
先ほど川田の手から離れた銃を構え美恵が高尾を睨んでいた。
「やめろ、おまえは逃げろ!殺されるぞ!」
「イヤよ!」
美恵は引き金をひいた。
反動でバランスを崩し、その場に倒れこんだが、発砲できた。
狙ったのは高尾の心臓。
自分の腕で命中するとは思ってないが、少なくてもボディには当たる。
当たるはずだ。そうすればダメージは与えられる。
「心臓を狙ったつもりだろうが、かなりずれてるぞ」
冷たい声が美恵の耳を突き抜けた。
「……そんな」
「オレの腹部に当たっていたな。それも悪くないが即死させなければベストじゃない」
高尾は軍仕様のサバイバルナイフを両手で構えていた。
そのナイフの中央に銃弾はヒットしていた。
「逃げるんだ、天瀬!!」
川田の叫びも届かないほど美恵は放心状態だった。
高尾はナイフの刃に喰いこんだ弾を手にすると親指で弾いた。
「痛……っ!」
美恵が腕を押さえた。指の間から流血している。
銃弾が腕を貫通した。痛いなんてものじゃない。
高尾が一歩前にでた。敵の息の根は確実に止めをさす、それが鉄則。
「待て化け物!」
川田が美恵と高尾の間に入った。高尾は視線を美恵に向けている。
「こっちだ!」
川田は両腕を広げた。高尾の注意を自分にそらす為に。
「おまえの相手はこっちだ!」
高尾の視線がゆっくりと川田に移行する。
「……逃げろ」
川田が囁くような小声でいった。
「行け!」
美恵は躊躇ったが、腕を掴みながら近くの茂みに飛び込んだ。
それを横目で見ていた川田は、一歩一歩ゆっくりと下がった。
そして一気に走り出した。
【B組:残り3人】
【敵:残り1人】
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