「あれは……!」
川田の目にもバイクが宙を走るのが見えた。
その先には、高尾が操縦する軍用ヘリがある。
「桐山め、ヘリごと奴を木っ端微塵にするつもりか。
やってくれるじゃないか。あいつはやることが派手だな」
しかしこれならいけると、川田は確信した。
どんな化け物だろうと、これで終わりだ。
ヘリが爆発したら、当然、操縦士も死ぬ。
「今度こそ終わりだ。いや、終わらせるんだ桐山!!」




キツネ狩り―188―




「晃司が戦っている相手、桐山和雄について、もっと詳しい情報が知りたい」

堀川が他人のことを知りたがるなんて珍しい現象だった。
たとえ、それが戦う相手だろうと、堀川は興味を示さないのが常だったから。
だから上が与えた情報に一応目を通すだけで、それ以上何も言わない男だった。
蛯名が不思議そうに意見を言った。
「詳しい情報っつっても、奴の戦闘能力に関した資料はもうもらったじゃねえか」
それに対して、堀川は妙な事を言い出した。


「オレ達には公表してないことがあるだろう」
「何だよ、それ。何で、そう思うんだ?」
「よく見ろ攻介。奴の資料を」


蛯名は、もう一度桐山の資料に目を通した。他の連中もだ。
それはプログラム委員会が、詳細に調べた生徒の個人情報。
家族構成、本人の性質や成績はもちろん交友関係にまで及んでいる。
例えば、男子一番・赤松義生の資料には、こう記載されている。

『体格はクラス一の巨漢だが、運動神経・体力は皆無に等しい。
持久力・瞬発力、共になし。性格は気が弱く、常に他人の顔色を伺っている。
男子十番・笹川竜平に普段から虐めに合っており、庇ってくれる友人も無い。
プログラムでは十中八九逃げ惑うだろうが、逆に恐怖にあおられ乗る可能性もある』

特に特筆すべき事柄が無いため、一ページにも満たない内容。
しかし、それは赤松に限らず、ほとんどの生徒がそうである。
数ページにも及ぶ資料=能力の高い生徒。
例えば三村信史などは叔父の個人情報も追加されている為、八ページ。
川田章吾にいたっては、昨年のプログラム優勝に関する情報も含め、なんと十二ページにも及んでいる。




「桐山の資料のどこに不備があるっていうんだ?」
蛯名は溜息をつきながら資料を見た。
「全く見事なまでだよな。見ろよ、この成績。出席日数ギリギリなのにオール5だぜ。
ま、無理もねえな。テストは一番以外になったこと一度もないじゃあ。しかも、ほとんど百点満点だぜ」
堀川が突然立ち上がった。そして退室してしまった。
「なんだ?どうしたんだよ秀明の奴」
蛯名はわけわかんねえという表情だったが、氷室には堀川の行動の意味がわかった。
氷室も上が何か隠していることに気づいたのだ。


なぜなら、あれだけ能力値の高い生徒である桐山の資料はたったの五ページ。
プログラム委員会の調査員は、国防省の捜査官があてがわれる。
プロ中のプロが調べて、これはないだろう。
何かを意図的に隠しているとしか思えない。
つまり、公表できないことが多すぎて、削除・修正しか結果、こうなったと。
それを裏付けるように桐山に関する記載は、他の生徒と違ってやけに簡潔なのだ。
しかも簡潔なのは桐山の家族や育ちに関すること。
特に中学入学前、つまり小学生時代のことはほとんど書かれていない。
桐山の優秀な成績や不良グループのリーダーとしての活動、差しさわりの無い事柄は詳細に記載されているのにだ。


(上の連中は何かを隠している。オレ達のような尉官程度には教えられない何かを。
こんな特殊な男の小学時代が『普通の優等生』だと?
お粗末な調査内容だ。こんなものを信用しろというのか?
本当に、これだけしか調査できなかったのなら国防省は無能すぎる。
無能ではないというのなら、隠蔽したとしか考えられない)














バイクが凄いスピードで飛んでいる。
そのまま、そのままだ!川田は祈るように必死に心の中で、その言葉を反復した。
ヘリコプターの扉が開いた。プロペラの風に長髪をたなびかせながら高尾が姿を現した。

(しまった、バイクが衝突する前にエンジンに発砲するつもりだ!)

だが、こんな距離でか?爆風でヘリがあおられるぞ。
高尾が銃口をバイクに向ける、そう思った川田の予想は外れた。


「何だと!?」
高尾がヘリから飛び降りた。いや、バイクに向かって飛んだのだ。
「何を考えているんだ、バイクと空中で衝突事故起すつもりか!」
高尾は綺麗にジャンプしていた。そしてバイクの座席に着地。
いや、着地ではない。つま先が接触した程度だ。
バイクを蹴った。その反動を利して今度は背後に飛んでいる。
背面で一回転、そのままヘリコプターに戻った。
バイクは高尾の蹴りによってスピードを殺され一瞬停止。そのまま真っ直ぐ地面に落下だ。


「危ない!」
川田は急ブレーキを踏んだ。バイクが自分達の目の前に落ちてきたのだ。
トラックを止めただけではダメだ。爆発に巻き込まれる!
「しっかり、つかまってろ、お嬢さん!!」
川田はギアをバックにいれ、アクセルを思いっきり踏んだ。
ギュルギュルと、タイヤが不気味な音を出して逆回転。
凄い勢いで後退。ほぼ同時にバイクがアスファルトに激突した。
爆炎が巨大な化け物となって襲ってきた。川田はさらにハンドルを回転させる。
間一髪だった。あと少し川田の判断が遅かったら、間違いなく炎に飲み込まれた。
ガン!と背後から衝撃が襲ってきて、トラックが停止した。
「きゃあ!」
美恵は慣性の法則で危うく車外に放り出されるところだった。




「大丈夫か、お嬢さん!?」
「え……ええ。私なら大丈夫よ、気にしないで」
さすがの川田も、この瞬間的な危機的状況では背後にまで注意を払うことは出来なかった。
ガードレールに衝突したのだ。一時的とは前方はふさがれ退路も絶たれた。
「あの小僧!オレ達を逃がすつもりはないってことか!」

なんて生意気で可愛げの無いガキだ!!
16年間生きてきて、こんなふざけた人間は初めてだ!!

「悪ふざけもほどがあるぞ!こんなクソガキに大人になられたら大変だ!」
川田はライフルを手に運転席から飛び出した。
「そうなる前に、このおにいさまが大人の常識ってのを教え込んでやる!!」
高尾は背面飛びで一回転してヘリに舞い戻った。

今は背中を向けている状態。がら空きの背中に弾をぶち込んでやる!

銃声が一つ。川田の足元の足元から血が噴出した。
「か、川田くん!」
高尾は振り向いてなかった。しかし、よく見ると腰の辺りから銃口が見える。
「隙は見せないってことか、ますます可愛げの無い若造だな」
川田はその場に片膝をついた。銃弾がもろに左足に被弾している。
至近距離がもう少し短かったら、足がなくなるくらいに肉をえぐられていただろう。
立ち上がろうとする川田だが途端に左に傾いた。激痛に襲われバランスが保てない。
左のシューズが真っ赤に染まっている。それが尚いっそう痛々しさを強調していた。




「川田くん、こっちよ!」
美恵が川田の腕を引いた。
「何をしている。さっさと身を隠せ!」
こんな状況だ。美恵を守ってやる自信はない。
自分のことなんか構わずに逃げ隠れしろと言いたかった。
しかし美恵自身はそんなこと思いもよらないようで、川田の腕を自分の肩に回し川田を立たせた。
ヘビー級チャンピオンのような川田は、中学生の女の子には重かった。
しかし美恵は火事場の糞力を発揮した。川田を支えながら、走るように素早く動いた。


「早く、建物の陰に」
二人は、何とか建物の間にある僅かな隙間に入り込んだ。
ここなら角度上、高尾が発砲して被弾することはない。
しかし、逃げることもできない。この先は高い塀で通行止めになっていた。
トラックは……後ろがかなりへこんでいるもののエンジンは無事だ。
あれなら走行自体には問題ない。何とかトラックに戻れば。
そのためには、この場所から飛び出すしかない。
しかし飛び出せば、途端に高尾が攻撃してくる。
チャンスを待つしかなかった。高尾の注意がこちらからそれるチャンスを。
そのチャンスは、桐山に作ってもらうしかない。
「結局、あいつに頼るしかないのか……」
川田は無念そうに拳を握り締めた。




屋上では、昇降口の陰から桐山が様子を伺っていた。
(……美恵)
桐山の位置からは川田と美恵の様子はわからない。 高尾の様子から、予想するだけだ。
(バイクには衝突しなかった。奴が発砲したということは二人は無事だ。
少なくても今の時点では生きてはいる。だが逃げる事もできないだろう)
桐山は昇降口の陰から飛び出した。当然、高尾はすぐに反応。
川田や美恵よりも桐山が優先。二人は後で消せばいい。


桐山は全速力で走った。屋上の北側のフェンスに向かって。
ヘリが動いた。桐山の前方に回りこみ、確実に止めを刺すつもりだ。
桐山は大きくジャンプ、フェンスを飛び越えた。そのまま下に真っ逆さま。
四階建てからアスファルトにダイビングなんて狂気の沙汰ではなかった。
しかし桐山は焦ったわけでも、まして狂気に取り付かれたわけではない。
桐山はフェンスと飛び越えたが、そのまま落下などしてはない。
そう見せかけて、片手でしっかりつかまっていた。


屋上を飛び越えてきたヘリは、今まさに桐山の真正面にある。
銃口を向けた桐山のすぐ目の前でだ。
操縦席に座っている高尾の額に銃口はまっすぐ伸びている。
発射すれば、間違いなく高尾の眉間に穴が空く。
今度こそジ・エンドだ。高尾の両手は今だ操縦桿で塞がれている。
高尾の、その両手が動いた。同時にヘリが急にバランスを大きく傾ける。
桐山の目に今まで側面しか見えなかったプロペラの上部が見えた。
風が、螺旋状の風圧が桐山を襲った。
視界が一瞬気流で塞がれた。桐山は思った。

『しまった』――と。




高尾がヘリのバランスを崩したのは、ほんの一瞬、すぐにヘリは元に戻った。
バランスを戻した時、高尾は両手に銃を握っていた。
桐山はフェンスから手を離した。
危険な行為だった。だが、手を離さなければ、高尾の格好の標的。
桐山は落下する。落下速度を瞬く間に上げながら。
街路樹の枝に着地。その枝の反動を利して、窓に向かって飛んだ。
窓ガラスを突き破って屋内に。

(どうする?下手に出れば即射殺される。しかし、オレが動かなければ美恵が殺される)

ヘリコプターはまだ悠々と空中浮遊している。プロペラの音が騒々しい。
(……プロペラの音が少し変わった?)
着陸するのか?ゆっくりとヘリが下がってくるのが見えた。

(奴も屋内に来るつもりか。銃撃戦で勝負をつける――と、いうことか)

高尾がヘリから出てきたところを射殺する!


桐山は窓に向かって走った。ヘリがゆっくりと地面に接触。
僅かにバウンド、アスファルトを摩擦しながら、ゆるゆると滑走していた。

(――おかしい。なんだ、あの下手な操縦は?)

免許取り立ての新人操縦士だって、あんな着陸するものか。
短時間ではあったが、高尾の神業ともいえる操縦を見てきた桐山は、その違和感に敏感に反応した。

(――まさか)

一つの可能性が、桐山の脳裏をかすめた。
ヘリが弧を描きながら半回転した。操縦席が丸見えになった。
桐山の瞳が大きく拡大した。操縦席に、高尾の姿はなかった――。














『な、なんだって?』
受話器の向こう側から宇佐美の震える声が聞えた。
「ああ、そうだ。今、ここにいる士官では話にならない。桐山の秘密を教えてくれないか。
なぜ、こんな指令をだした?なぜ、奴にこだわる?」
『こ、こだわるもなにも……奴は優秀な実験サンプルになりそうだったからで』
「サンプルに必要な人間だから、というだけか?」
『そうだ。Ⅹシリーズが最高だからといって、Ⅹシリーズだけに甘んじてられない。
その為に、外から優秀な人間を時々導入しているし、凡人を超人に作り変える実験も行っている。
おまえも知っているだろう?おまえたちが活躍するまで科学省が茨の道を歩んでいた事は』
初代高尾が犯した裏切り、そして前世代のⅩシリーズの全滅。
そのため、当時の科学省は幹部の大半が懲戒免職の上、科学省は規模を大幅に縮小された。
『その後も、予算を削られたり、何かと冷遇され続けてきた。
秀明!おまえや晃司の父親のせいでな!息子なら責任感じろ!!』
「科学省で誕生した人間に親はいない。いるのは、ただの遺伝子提供者だ。
そう教えたのは長官、おまえのはずだったが、違ったか?」
受話器の向こうから『……くっ』っと悔しそうな声が聞えた。


『と、とにかくだ……もう後がないんだ』
科学省はⅩシリーズのおかげで我が世の春だと思われている。
だが、実際には、その春はいつなんどき冬に変化してもおかしくない脆いものだった。
先代の高尾が犯した反逆罪を盾に、科学省は予算を削られ好き勝手できなくなった。
先立つものがなければ何もできない。
科学省は再度Ⅹシリーズを作ることを上に申請した。上の返事は許可できない、ということだった。
化け物を作ることは上にとっても望ましいが、裏切られたら被害は甚大だからだ。
許可がでたのは、科学省が少ない予算から賄賂を工面したから。
なんとか第二世代のⅩシリーズの『製造』には着手できたものの、その後が大変だった。
八人誕生させたⅩシリーズのうち、無事に成長したのは、たったの三人。
科学省の面子は再び丸つぶれになった。


金をかけて誕生させたⅩシリーズがこれでは話にならない。
科学省は元金タダの人間兵器を作ろうと洗脳プログラムを行った。
全国の孤児院から優秀な子供を集め、闘争本能を限界以上に引き出そうと試みた。
成功すれば凡人から超人を作り出すことができた。
ところが、異常なストレスに耐え切れなくなった子供達はある日とんでもない事件を起こした。
たった七歳の幼い子供が殺し合いを始めた。
科学省の博士達が駆けつけたときには、世にも恐ろしい地獄絵図が広がっていた。
おまけに死体が確認されなかった子供が複数いた。
つまり殺人鬼と化した子供達にまんまと逃亡されたのだ。
初代高尾の事件と違い、実害が無いということで騒ぎにはならなかった。
(その子供達はその後消息不明となり、新たな事件を犯すこともなかった。
犠牲になったのは国家にとってはどうでもいい孤児ばかりだったからだ)
しかし科学省にとって信用を失った事は大きい。
挙句の果てに、細菌兵器研究所の大規模な爆発事故だ。
高尾や堀川の活躍で、なんとか面目を保っていたに過ぎない。


『……桐山は優秀な人材だ。従来の方法でなくても人間兵器を作り出すことができるサンプルになる』
「例の孤児院でやった実験を桐山にやるのか?」
『……それはまだ決めてない』
「どっちにしても、なぜ急に桐山を消す方針を変えた?」
『方針を変えた?何のことだ?』
「上の連中は最初から桐山のことを知っていたはずだ。奴の過去を隠しただろう。
他の4人が殺されることは、おまえには計算内のことだったんじゃないのか?」














(どこだ、奴はどこにいる?)

気配は完全にない。しかし、確実にいる。

(気配が読めないなら、奴が攻撃を仕掛ける時に生じる微かな物音を聞き取る)

桐山はジッと聴覚に神経を集中させた。
菊地との戦いで、そうだったように絶対音感にものをいわせるつもりなのだ。
だが――(何も聞えない)――のだ。

(動いてないのか……それとも、物音すら完全に消せるのか?)














「お嬢さん、気づいたか?」
「ええ……あのひと、ヘリから降りたみたい」
先ほどまで聞えていたプロペラ音が徐々に小さくなってきている。
「いや……正確にいえば、ヘリが着陸する前から降りていたな」
「どういうこと?」
「ヘリの動きみたか?妙だった、まるで操縦覚えたばかりのヒヨッコが乗っているみたいにな」
「でも、あの人がヘリから降りたなら、ヘリは墜落するでしょう?」
「普通ならそうだ。だがヘリってのは飛行機にはない特徴がある。
操縦士の腕次第でエンジン切っても墜落しないように出来てるんだ。
あれだけずば抜けた腕だ。上手くバランス保ち自動的に着陸させることも可能かもしれない」
「そんな、信じられない」
「オレだって信じたくは無いよ。だが、奴は化け物だ」
「桐山くんは……今、あの人と戦っている桐山くんは……」
「賭けるしかない」


「桐山も奴と同等、いや、それ以上の怪物だと願うしかない」




【B組:残り3人】
【敵:残り1人】




BACK   TOP   NEXT